第四十六話・バルトー
その日、夜明けと同時にウィルを起こして、馬を走らせた。私が起こすまで眠っていた自分にびっくりしていたが、ウィルでそれだけ疲労の色が濃いのに、私が元気なことが余計にショックだったらしい。
そうして強行軍で旅をして、昼過ぎにようやく、バルトーが見えてきた。
「僕よりルカ様の方が体が丈夫になっていて、かなりショックです」
しゅんとしてウィルが言う。ウィルは疲れから起き上がるのもしんどかったらしい。ルーカスを先頭に、私とウィルは横並びで馬を歩かせていた。もうバルトーの町は目の前だ。私の背丈より高い石壁が町を囲っている。門は開いていて、門番が二人いるのが見えた。
「回復してあげようか?」
「うう、それもなんか悔しいので、我慢します」
「変な意地張ってると、後で後悔するんじゃない?」
「ルカ様の前ではカッコいい僕でいたいんですよ」
「それはもう難しいんじゃない……」
ウィルの横顔を見て、昨夜のルーカスとの会話を思い出す。若かりし頃のウィルが、ルーカスの妹に片想いして迫った挙げ句、ルーカスと決闘して負けるなんて。しかも一回だけじゃない。最初、ウィルが恋に落ちたって言葉を聞いて、少しだけ胸が苦しくなったけど、事の顛末を聞いているうちにバカバカしくなってきた。
ウィルは、黙っていたり、見た目通りの性格ならすごくカッコいいのに。なんかとっても残念。
「ルカ様、僕の顔見て残念そうな顔してますけど」
「分かっちゃった?」
ウィルがムッとして何かを言おうとしたところで、私たちはバルトーの町に到着した。
ルーカスが何やら身分証明書なのか書面を出して門番に見せている。門番は大きなこうもり耳をしていて、胴長短足のずんぐりむっくりした体格をしている。耳と尻尾が茶色いのと、こうもり耳、それに胴長短足と言えば、コーギーしかいない気がする。
門番二人は私を見るとびっくりしたように目をまん丸にして、それからおずおずと頭を下げた。
「女神様の使い、ニンゲンに会えて幸せです」
門番の一人が頭を垂れたまま私に言ってきた。またこういう態度をとられるのね。慣れる気がしない。
「頭を上げてください。怪我人がたくさんいるって聞きました。案内できる方を呼んでもらえますか?」
「はい、ではおれが町長を呼んできます」
片方の門番が急ぎ足で町の中に消えて行った。
町は石造りと木造が混じっていて、二階建ての建物が多い。露店は少なく、昼過ぎなのに、歩いている人影もまばらだ。
「それで、猫人連中はどこにいる?」
ルーカスがめちゃくちゃ怖い顔で門番に聞いている。無表情な上に声が低くて、しかもなんか怒っている感じがすごい伝わってくる。猫人、って言う時に力が入っていたから、もしかすると猫人が嫌いなのかも。
門番は耳を後ろに倒して怖がりながら、
「町の外れに自治区を作って、そこにいます。町長が奴らを追い出さなからこんなことに」
「戦闘まで起きたのに追い出してないのか」
「一部の猫傭兵団が起こした問題なので、前から町に住んでいた猫人たちまで追い出すわけにいかないからと。町長は甘いんです。なんとか言ってやってください」
門番がルーカスにへこへこしている。ルーカスって長身痩躯で、黒い髪は束ねてあるけど長髪だし、顔も彫刻みたいに整ってるから、存在感がすごいんだよね。門番もそれに圧されてる。
ウィルは私の横で腕を組んで不満そうにしていたけれど、とりあえず黙って静観していた。
そうこうしているうちに、先ほどの門番が、大柄な男性を連れて戻ってきた。根元から折れている大きな垂れ耳は黒く、頭髪は黒と、部分的に茶色が入っている。すごい筋肉質で大柄で、尻尾も毛量たっぷりな長い黒い尾をしていた。
「お待たせして申し訳ありません、バルトーの町長、マシュー・クレモアマウンテンです。ニンゲンのルカ様、それに騎士様方、お待ちしておりました」
どうやらイエーツ宰相が、私たちより早く着く早馬をここに飛ばしていたらしい。私は軽く会釈して、挨拶をした。
「ルカです、それに私の近衛騎士のウィリアム・クロスフリーと、今回護衛で同行してくれた王の騎士、ルーカス・セカンダリ・デラセルです。怪我人がいるところに早速案内してもらえますか?」
「はい、町の神殿にいるので、ご案内します」
大柄な村長が、ドスドスと歩いていく。私はうずうずして我慢できず、町長の犬種は何かを聞いてしまった。
「町長さんはバーニーズですか?」
「左様でございます。バーニーズ・マウンテンドッグの一族の端くれです。まさかルカ様にお会いできる日が来るとは夢にも思っておりませんでした。こんな辺境まで足を運んでいただき感謝です」
ここまで話すと、いきなりウィルが町長の隣に身を乗り出した。
「ルカ様が来たのは怪我人の慰問のためです。町のためではない。くれぐれも勘違いなさらぬよう、忠告しておきますよ」
「はい、もちろんです」
「それから、猫人も町の中に未だにいると聞きました。ルカ様を危険な目に遭わせるわけに行きませんので、神殿の守りはしっかりお願いします。それから猫人を一刻もはやく町から追い出すべきです」
ウィルは私に向ける顔とは全く違う、冷たく厳しい顔をしていた。その横顔を見て、ふと、ウィルがどれだけ私に優しくしてくれていたのかを悟った。
町は活気がなく、二個しかなかった露店の店主は私を見て頭を下げていたので表情まで見れなかった。通りを歩いている少ない犬人も、しゃがんで頭を下げている。
立ってください、と言いたかったけど、今は怪我人の治療が最優先だ。
神殿らしき場所が見えてきた。石造りの大きな建物に、ステンドグラスがはめ込んである。大きな両開きの木の扉の入り口には、革の鎧を着た犬人が二人立っている。一目見て、その二人もくたびれているのが分かる。顔色も悪いし、力もなくうなだれていた。
「ウィリアム様、お言葉ですが、現在町にいる国境警備兵と自警団で、無事な者は国境警備をしており、他に神殿の警備も交代で当たっています。ただほとんどの者が負傷しており、ルカ様の護衛まで人員を配置できない状況なのです。猫人たちも、今回の争いを起こした者たち以外は皆善良で町にも馴染んでおりましたので、すぐに追い出すような真似はできません」
「自分の町の民が傷つけられたのに、猫人を擁護するのか?」
ここでルーカスの冷たい声が降ってきた。ハッとしてルーカスを見ると、やはり冷たい表情。昨日焚き火を前に笑い合ったのが幻覚だったのではないかと思うくらい、冷たく無機質な表情だ。
「お言葉ですが……街で暮らす者は、猫人でも町民だと思っております」
震える声で町長は言った。それを聞いて私は頭を殴られたような衝撃に襲われる。
この犬人の町長は、種属で分けて考えていないんだ。今までこんな考えを持った犬人はいただろうか。居なかったよね。戦争を繰り返さないためには、この町長のような考え方ができないとーー。
「ルカ様、到着しました。あまり若い女性に見せたくない光景ですが」
ウィルの声で我に返った。
扉をくぐると、血の臭い、消毒薬の臭いが鼻をついた。神殿のホールは、椅子をくっついた簡易ベッドで埋め尽くされていた。少なくても二十台はあるベッドに寝かされている人々。包帯を巻かれているものの、血が滲んでいたり、痛みから呻いている声が響き渡っていた。
医者と看護師だろうか、白い作業服姿の犬人数人が必死に動き回っている。それに、神殿に仕えているである、懐かしの洋服を着た犬人たちも数人いた。前に女神様と会えた大神殿で借りた服と同じものだ。
「まず、重症の方のところに案内してください」
一刻も早くみんなを治療してあげたい。そう思って、近くにいた作業服の犬人に声をかけた。
「は、はい。こちらです」




