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第四十五話・ウィルの昔の話

 三人で微妙な空気の中、簡単な朝食を済ませてから出発した。馬を休ませる以外ずっと移動だった。

 このペースなら明日にはバルトーへ着けるのではないかというルーカスの言葉に元気が出て、昼食抜きでの移動も頑張れた。


 街道では時々、馬車や旅人とすれ違った。バルトーで戦闘があったことがもう広まっていて、また戦争になるのではないかと不安になった犬人たちが、少しでも猫王国から離れようと移動していた。


 女神様からもらったこの、やたら丈夫な体と、夢物語みたいな魔法の力で、絶対戦争なんて起こさせない。

 私の願いは、二度と戦争のない世界にしたいということ。そして犬猫両人が互いに安心して過ごせる世界であって欲しい。まだジーアスに来たばかりで、分からないことばかりだけど、コノエやヴァイスと安心して会えるような世界にしたい。


 馬に揺られていたら、あっという間に夕暮れ時になった。ルーカスが私を振り返ってくる。


「ルカ様、今日は早めに夜営にします。疲れたでしょうから」

「ありがとう、助かるよ」


 そうして真っ暗になる前に、街道沿いの夜営ポイントを見つけてくれて、私たちは焚き火を囲った。

 テントはないけれど、革のマットに、暖かい毛布はある。食事は干し肉を炙ったものと、干した野菜やきのこを煮込んだスープ、それにパンを浸して食べた。


「美味しかった。ウィルは体、痛くない?」

「そうですね、さすがに下半身がちょっと」

「何だかずっと揺れてる気がするよね」


 ウィルは私の隣で嬉しそうに寝転がって伸びた。横向きになって、自分の隣を手でポンポンする。


「ルカ様、冷えるといけないから一緒に寝ませんか?」

「遠慮しとく」

「そんなぁ……」


 私とウィルのやりとりに、全く興味がなさそうに、少し離れたところでルーカスが座っている。焚き火の炎に照らされる顔がすごく整って綺麗に見えた。


 私もウィルも疲れていたから、すぐ眠気が襲って来た。こんな時のためにある魔法を考えておいたので、寝てしまう前に魔法をかける。


「守りの結界よ、出でよ」


 私の言葉と共に、青白い光が丸く広がり、私たち三人の夜営場所をドーム状に囲んでから、ふわっと光が消えた。


「今のは?」

「ルーカス、びっくりさせてごめんなさい。私の魔法です。これで私たちに誰も近づけないし、攻撃したりもできないので、見張りもいらないですよ……それでは、おやすみなさい」


 ウィルの方は珍しくスースー寝息を立てて眠っていた。私もその音を聞きながら、眠りに落ちて行った。





 焚き火のはぜる音で目が覚めると、火のそばでルーカスが座っていた。ウィルは死んだように寝ている。

 私はのろのろと起き上がった。


「ルーカス、見張りは大丈夫って言ったのに、起きていたんですか?」


 起きて来た私をチラリと見るルーカス。相変わらず無表情だ。


「ルカ様の力を疑うわけじゃないけど、見張りをしないと落ち着かなくて。不快に思わせたのなら申し訳ない」

「ルーカスが謝ることはないですよ」


 私はルーカスの隣に、少し間を開けて座った。焚き火が消えないように木を足してくれていたらしく、燃え尽きた沢山の灰の上に、まだ真新しい枯れ木が組んである。


「あの、ウィルのことなんだけど、聞いても良いですか?」

「何でしょう」

「ウィルがここまでルーカスを嫌う理由が、何かあるんじゃないかと思うんですけど」


 ルーカスは私の方を見ずに、パチパチ音を立てている焚き火をじっと見ている。無視されるかな、と思い始めた頃に、ようやくルーカスが口を開いた。


「……学院の頃です。ウィリアムは珍しい毛色と、クロスフリー伯爵家の息子として学院の人気者でした。性格も明るく人懐っこく、剣の腕も立ちました。対照的に、俺は家柄は良いものの、陰気で口下手なので、いつも一人でした」


 私が頭の中で、ウィルやルーカスが学生のイメージを想像する。確かに、ルーカスの言うことが容易に想像できた。でもそれが、どうしてルーカスを嫌う理由に繋がるんだろう?


「クロスフリー伯爵家は、純血を守ることに対して、寛容な家なんです。貴族の中ではほとんどいない、他犬種との結婚を認めている。より良い血を入れることで能力を伸ばすという考えなんです。なので、色んな女性から毎日のように言い寄られていました」


 私の頭の中で、メイドさんがウィルを見る熱を帯びた視線を思い出した。同時に、犬の純血種を守る、血統書がどうのという元の世界の犬社会を取り巻く状況もぼんやりと思い出した。確かジーアスでは雑種は庶民なのよね。

 庶民でもウィルと結婚すれば伯爵夫人になれる。だからあんなに女性たちはウィルを熱心に見ていたのかな。


「そんな中、学院の女子の中で1、2を争う剣の使い手に、ウィリアムが恋に落ちたんです。……アフガン・ハウンドのアテナ・セカンダリ・デラセル。明るく活発で、美人です」


 ウィルが恋に落ちた、と聞いてドキッとした。今は私に言い寄ってばかりで他の女性には興味なさそうだけど、そうだよね、私が知らない昔には、そういうこともきっとたくさんあったんだよね。頭では分かるけど、なんでか、胸がチクッと痛いし、少しだけ息苦しく感じた。


「そのアテナさんは、ウィルと付き合ったの?」

「それが……アテナは俺の妹なんです」

「えー!!」


 思わず大きな声が出てしまい、慌てて止めた。ウィルの方を見たら、まだ死んだように寝てる。起きてもおかしくないと思うんだけど、よっぽど疲れてるのかな。

 起きないようなので、話を続けた。


「ルーカスの妹さんに恋をしたのに、なんで嫌ってるの?」


 ルーカスはふぅと息を吐き、頭を押さえて見せた。困ったような顔をしている。


「アテナは、天真爛漫で美人な上に、剣の腕も立つ。そのため子供の頃からお姫様のように育てられてきたので、わがままに育ってしまった部分もあって。ウィルが告白した時、妹は、『兄ルーカスに勝てるなら、付き合ってあげても良い』って言ったんです」

「なんとすごいセリフ」

「我が妹ながらお恥ずかしい」


 ルーカスは困ったような顔をしている。それにしても、全然口下手じゃないし、話すこともそんな嫌いじゃなさそう。私はだんだんこの昔話が楽しくなってきて「それでそうなったの?」とわくわくしながら聞いた。


「ウィリアムから俺に決闘の申し出があり。受けました。いつも一人でいる根暗な男と、学院の人気者の決闘、みんな興味津々でした」

「あ、なんかここまで聞いたら分かってきた気がする」


 ウィルがルーカスを嫌う理由。予想できたけど、ルーカスに先を促した。


「……俺は王国でも1、2を争う剣の使い手です。ウィリアムも確かに強いですが、十本の指に入るかどうか、というところなので」

「みんなの前で、ウィルが負けたのね」


 いつのまにか敬語を忘れて話していた自分に気付いて、ルーカスに謝ると、「そのままでどうぞ」と言ってくれた。ルーカスは決闘のことを思い出したのか、遠い目をしている。


「その後、アテナはウィリアムのことを盛大に振り、ウィリアムは一ヶ月くらい家で寝込んでいました。その時は俺も悪いことをしたと思ったんですが」

「ですが?」

「復帰したウィルアムが、懲りずにアテナを口説くので、また決闘する羽目になったんです」

「うわぁ……しつこい性格と思っていたけど、昔からなのね」

「ですね。結果、俺が何度もウィリアムを負かす形で、学院生活が終わったんです。ずっと根に持ってるらしく、王宮ですれ違うたびに威嚇してきましたよ」

「それは、ルーカスは何も悪くない、ただウィルが逆恨みしてるだけだよね」

「そうかもしれませんが、ウィリアムのプライドを傷つけてしまったことは申し訳なく思っています」

「ルーカスは優しいね」


 ルーカスがウィルの話をするたびに悲しそうになっていたので、私は励まそうと声をかけた。


「ルーカスは自分のこと陰気とか口下手だって言ってたけど、今の話すごく面白かったし、たくさん話してくれて嬉しかった。それに、ルーカスもウィルにキツい言い方してるけど、本当は嫌いじゃないんだってことよく分かったよ」


 私はルーカスの腕をポンポンと叩いた。元気出して、と伝えたかった。


「ウィルももう大人なんだから、昔のこと引きずらないで乗り越えてほしいね。ルーカスも、昔のことは水に流して、今のウィルと付き合っていければきっと楽しいよ」

「そうですね……アテナのことがなければ、良い友人になっていたかもしれません。いつもウィリアムと仲良く過ごしているセレスが羨ましいこともありましたから」


 魔性の妹がいなければ、二人は今は仲良しだったかも。と思ったけど口には出さなかった。ルーカスはどうやら自分の妹を溺愛しているような感じがしたので、触れないようにした。

 でもセレスさんが羨ましいって言うなんて、可愛いところもあるんだ。

 私は込み上がる笑いを隠しきれず、ニコニコしながらルーカスを見た。ルーカスも珍しく私の方を見てきたので、目が合った。


「話を聞いてもらて良かったです。自分の中でどう処理していいか分からなかったので、救われました」

「そんな大したことはしてないけど、過去のことを乗り越えたり、水に流すのも大切だよね。ウィルがまたあなたに因縁をつけたり、意地悪しようとしたら、しっかり怒るから安心してね」


 私がガッツポーズで言うと、初めて、ルーカスがふふっと笑った。

 黒髪のイケメンの笑顔は、すこぶる眩しかった。


「ルカ様に怒られたら、ショックで寝込みそうです」

「それが、ウィルは全然懲りないんだよね」

「さすがウィリアム……」


 私たちは顔を見合わせて笑った。

 気付けば空が白んできていた。

ウィルの青春は、意外と残念なようです。


仕事がハードでなかなか書く時間が取れずにいたのですが、なんとか更新できました。読んでくださる方がいることが大きな励みになっています。本当にありがとうございます!

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