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第四十三話・三人の旅立ち

 執政室を出たところで、ウィルはいつものように待っていてくれていた。宿木の館に向かいながら、手短に説明する。


「国境の町バルトーで、猫王国の傭兵団と戦闘が起きて、負傷者がたくさんいるんだって。私の力でその人たちのことを助けたいから、王と宰相を説得して、すぐバルトーに向かう事になったの」


 ウィルは私の話を聞いて、うーんと唸っている。


「まさか、ルカ様が治癒の魔法を使えることを二人に話したんですか?」

「そうだよ。だって、もし怪我してる人が治療が間に合わなくて死んでしまったら? 自分が治せる力があるのに、助けにいかなかったら、絶対後悔すると思うの」


 ウィルは私の性格を分かってくれてるからか、ニコッとして私を見てくれた。


「まぁ、政治利用されるくらいなら、人助けに使った方がいいですよね! 王都でルカ様の力のことが広まったら大変だと思いましたが、バルトーに向かうならある意味安心です。僕がお供できるのならば、どんな場所でも、どんな目的でも、喜んでついて行きますよ」


 ウィルらしい答えが返ってきて、ホッとして笑顔になる。いつでも一番そばで私を見守ってついてきてくれたウィル。私は魔法が使えるようになったから、もう守ってもらわなくても大丈夫だと思うけど、やっぱり一緒にいてくれると心強い。


 館について、入るとメイドさん三人が玄関ホールで待っていてくれた。もうイエーツ宰相からの知らせが届いているのか、一人は大きなカバンを持っている。ウィルも支度してもらわなきゃ。


「ウィル、私はこれから自分の身の回りの支度を急いで済ませるから、ウィルも準備してきてくれる?」


 ウィルは耳をぴんと立てて、尻尾を振りながら不思議そうな顔をしている。私の方がなんでそんな顔するのか不思議、と思って見返していると、何かに気づいたのかふふっと笑った。


「僕はもう支度は済んでいます。というか、いつでも遠征や遠方での業務に当たれるように、荷造りしてあるんですよ」

「そうなんだ……。そしたら、準備してくるから待っててくれる?」

「調理場に行って、日持ちする食料をもらってきますよ」

「それならイエーツ宰相が準備するって言ってたけど」

「彼が手配するのはどうせ不味い保存食ですから、美味しい干し肉や日持ちするパン、お菓子など持って行きましょう!」


 やっぱり犬だからなのか、食いしん坊全開でウィルは調理場に向かって行った。足取りが軽そうに見えたのは気のせいじゃないと思う。


 私はメイドさんと二人で自室に入った。中にはヒルデとおもちゃで遊んでいるルゥがいた。ルゥを見て胸がギュッと締め付けられるような感覚がしたけれど、ヒルデに笑いかけるルゥを見てホッとした。


 メイドさんに荷造りをお願いして、私はルゥの方に駆け寄る。


「ルゥ! 会いたかったよ!」

「ルカー!!」


 今朝も会ったばかりなのに、感動の再会と言わんばかりに二人で抱き合う。ルゥの柔らかい体をぎゅっと抱きしめる。彼女の髪からは優しい陽だまりのような香りがした。


「あのね、ルゥ、私これからちょっと遠くまで出かけなければならなくなったの。ルゥはベークとヒルデと一緒なら、私がいなくても大丈夫かな?」


 ドキドキしながら胸もとに顔をこすりつけているルゥに話しかける。ルゥの大きな立ち耳が私の頬をくすぐるのが心地良くて、ずっと抱きしめていたくなる。

 ルゥはちらっと私の顔を見た。


「やだ! ルカがいなきゃやだ……」


 やっぱりそうだよね。私だってこんなに辛いんだもん。ルゥはもっと辛いに決まってる。目頭が熱くなってきてしまい、困った天井を見上げる。すると、見かねたヒルデがトコトコとこっちに来てくれた。


「ルゥちゃんには、ルカ様から託された大切なお仕事があるって、お話ししたよね?」


 ヒルデが優しくルゥに話しかける。ルゥは私の胸元に顔を埋めたまま、うん、と小さく呟いた。


「ルゥちゃんと同じ、行き場のない子たちに、大丈夫だよ、遊ぼうよ、ってするのがルゥちゃんの大切なお仕事なんだよね」


 私がやりたかったことを、ルゥはこんなに幼いのに、引き継いでやろうとしてくれている。ヒルデのおかげだけど、それにしても、ルゥはこんなに小さいのにお仕事する! って頑張ってくれてるのだ。


 私こそ、がんばらなきゃと思う。怪我した人たちを私の魔法で助けないと。私は決意を新たに、ルゥの両肩を掴んで私から引き剥がし、顔がよく見えるところに立たせた。


「ルゥ、聞いて欲しいの。たくさんの怪我してる人がいて、私しか助けることができないんだ。私はその人たちを助けたいから、行くことにしたの。ルゥのこと大好きだから、急いで帰ってくるからね」


 理由を聞いて、ルゥは硬い表情になりながらうなずいてくれた。私が思ってる子供じゃないんだよね。ルゥを助けた時と同じように、困ってる人を助けたい、そんな私の気持ちはルゥの方がよく分かってると思う。


「ルカ、早く帰ってきて、一緒に寝てね」


 ルゥの声が少し震えていて、私もつられて涙が滲んできた。この世界に来て、こんなに気持ちを動かされるのは初めて……私が大好きなのは、ルゥなんだなぁ。ウィルが聞いたら嫉妬に狂うか卒倒するかどっちかだと思うけど。


「ありがとう、ルゥ。絶対早く帰ってくるよ」


 私はそのままルゥをきつく抱きしめた。

 しばらくしてから離れて、ルゥに笑いかける。ルゥも笑い返してくれた。ヒルデがそばに来てルゥのことを抱きしめてくれたので、私もホッとする。


 メイドさんが私の服を支度しておいてくれたので、急いでそれに着替えた。ドレスを脱いで、旅装束に。靴もヒールから革のブーツに履き替えた。


 メイドさんが荷造りを終えて、大きな鞄を二つ持って待っていた。ベークとヒルデに手を振りながら部屋を出る。

 部屋の外でウィルが麻袋を手に待っていた。


「ルゥちゃん、大丈夫でした?」

「うん、ちゃんと分かってくれたよ。でも寂しくて私の方が泣きそう」


 泣きそう、という言葉に反応したウィルが、ばっと私の顎に手を当てて、私の顔を持ち上げて近くで見つめている。

 ウィルの意外と長いまつ毛や、透き通るような水色の瞳に目が行く。ウィルは白いハンカチを出して、私の目に溜まった涙をそっと拭いてくれた。


「ルゥちゃんがうらやましい。僕もルカ様に泣かれるような存在になりたいです」


 やってることはカッコいいのに、言ってることはこれだ。残念オブ残念男に見えてきてしまう。

 私は呆れて、


「もし泣くとしたら、ウィルが死んじゃう時くらいだから、そんなの絶対ないでしょ」

「えー、離れたり会えなくなるのでは泣きませんか?」

「それならせいせいして笑うかも」


 ウィルはがっくりしながら、私の荷物を持って先導してくれた。館の外に出ると、辺りはもう暗くなっていて、ランタンを持った騎士が、馬を三頭連れて立っているのがぼんやり見えた。


 私とウィルが歩み寄ると、馬を連れていたのはルーカスだということが分かった。その瞬間、ウィルは長いため息を漏らす。ため息にびっくりして振り向くと、耳を後ろに倒しているウィルの、嫌そうな顔が見えた。


「まさか……僕ら二人だけじゃないかもとは思ったけど、お前が同行するなんて」


 驚きを隠せない様子のウィル。何大騒ぎしてるのかなと思いつつ、私はルーカスにペコリと一礼した。ルーカスもじっと私を見てくる。


「ルカ様、こいつは、こいつだけは、一緒に旅したくないです!」


 ウィルは大袈裟なほど騒いでいる。何にそんな騒いでいるのか不思議だったけど、次のルーカスの一言で分かった。


「ウィリアム。相変わらずよくしゃべる。黙って早く支度しろ」


 感情のないような、抑揚のない声で言い放った。

 これ、ウィルの一番嫌いなタイプだわ。

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