第四十二話・急ぎの支度
結論から言うと、ガウディ王もイエーツ宰相も、私を行かせないという主張を諦めた。私が絶対に折れないって、二人ともすぐに気付いたからだ。二人が何を言おうが、私は自分の意志を貫いた。それに、女神様も猫王国に行ってほしいような事を言っていた、と伝えたことが、二人の諦めに繋がったと思う。
少しでも早くバルトーに向かいたい。そう思うのに、二人が話し込んでいて執政室から動けないままだ。
「またウィリアムを護衛に付けますか? 私は反対ですが」
「いや、他にも護衛を付けるようにし、ウィリアムも行かせよう。あの男は優秀だし、ルカも慣れているだろうから」
二人が私の方を見る。ウィルのことで意見を求めているのかな。私はため息をついた。
「ウィルは頼りになるし、ずっと一緒にいたから、落ち着きます。バルトーへも一緒に行けるなら助かります」
ただ、隙あらば私を口説こう、迫ろう、ってしてくるのが迷惑。二人には言えないので、こっそり心の中で呟いた。
イエーツ宰相はあからさまに嫌そうな顔をしている。ウィルのこと殴ってたもんね。
「それでは他の護衛ですが、王は誰か心当たりが?」
「私の近衛騎士のルーカスを行かせる。ルーカスなら必ずルカのことを守り抜いてくれるだろうから」
「しかし、ルーカス卿以上の使い手はおりませんよ、王の護衛はどうなさるおつもりなのですか?」
「蒼騎士団長のカルカスに任せるよ」
二人の話はまとまってきたようだ。
私の護衛に、さっきいたアフガン・ハウンドのルーカスの話が出ていたけど。ふと見れば、部屋の隅にルーカスが立っていた。気配を殺していたので今の今まで気付かなかったけれど。よく見ると黒い長髪の美男子だ。自分の名前が出てもじっと立っているだけで動かない。微動だにせずにずっと立っているなんて、疲れないのかな。
「それで、私はすぐにでも出発したいんですけど、どうですか?」
待ちかねて私が声を上げた。
まだ不満そうなイエーツ宰相が、ふんと鼻を鳴らす。
「あなたが身一つで行ければすぐにでも出発できるでしょうが、脚の速い馬の手配、護衛、それに食事などの物資も必要でしょう。あなたの身支度はどうするおつもりですか?」
言われて、あー、と私は声を漏らした。旅行に行くような身支度、しかも行き先は快適な温泉宿などではなく、戦闘があったばかりの場所。けが人が大勢いるところだ。
軽装にするにしても、着替えや最低限の支度は必要だろう。行ってから調達するのは難しいだろうし。私はイエーツ宰相にうなずいて見せて、長椅子から立ち上がった。
「ではこれから身支度を整えて来ますので、物資の準備はお願いできますか?」
「はいはい、ルカ様の仰せの通りに。私は反対しましたからね。何かあったらすぐ王都にお戻りくださいね」
イエーツ宰相はまだ怒ってるみたい。私は返す言葉もないので、黙って聞き流すことにした。ガウディ王の方を見たら、優しい笑顔で笑っている。
「ルーカス、こっちに来なさい」
ガウディ王が、よく通る低くて心地よい声で、自分の近衛騎士を読んだ。
「はい、ガウディ様」
返事をして、黒髪の美男子がこちらにやってくる。尻尾はほとんど動いていない。何を考えているのか全く分からない顔つきをしている。
ルーカスは王様の傍らに立ち、つんとした感じで私を見つめている。深い黒い瞳だ。
「紹介しよう、私の筆頭近衛騎士のルーカスだ。ルーカスは私の甥に当たる。由緒正しい王族デラセル家の一員でありながら、喋ったり、笑ったりが大の苦手、剣や組み手の腕は超一流の、生粋の武人だよ」
ガウディ王の優しい笑顔は、自分の可愛い親族に向けてらしい。ルーカスを見る目も優しいし、紹介もクスッと笑ってしまうような内容だ。私も笑顔で一礼した。
「よろしくお願いします、ルーカス様」
「呼び捨てで構わない」
私の挨拶に応えた黒いアフガン・ハウンドの声は、低くてよく通る声だ。私をじっと見てはいるものの、興味や関心も全く無さそう。私はこういう目線をどこかで見たことがある。
コノエだ。猫特有の、感情があるのか分かりづらい瞳。あれに似ているんだ。
「では、ルーカス。バルトーまでよろしくお願いします」
ルーカスは小さくうなづいて、一瞬ガウディ王と目配せしてから、早足で執政室を出て行った。
イエーツ宰相は腕を組んでその後ろ姿を見ている。
「ルーカス卿ならルカ様のおそばに置いても心配ないでしょうね。さて、ルカ様は急いで旅の支度をして下さい。今から二時間後に出発できるよう手筈を整えますので」
ふと窓の外を見ると、夕方に近付いてきたのか、日が陰ってきていた。二時間後ということは、夜に出発する事になる。
前に猫王国から馬車で旅した時は、夜は夜営して移動しなかった。夜闇に紛れて化け物が出たり、方向を見失わないよう、明るい時間しか移動しないのだと言っていた。
でも今は緊急事態、急がなくてはならない。私がすぐにでも飛び出して行きそうなので、それに合わせて準備してくれるという事だと思う。そう思うと、嫌々な顔しながらもキチンと準備してくれるイエーツ宰相に感謝の気持ちが湧いてきた。
「ありがとうございます。館に行って準備してきます!」
たぶん館に戻る途中でウィルにも会えるだろう。その時に話して、急いで支度しなきゃ。
ベークとヒルデとルゥにも説明しなきゃいけない。ベークとヒルデがいるから大丈夫だとは思うけど、少し離れるって考えただけでも、私の方が寂しくなるなあ。
イエーツ宰相も、ガウディ王も、良くしてくれた。大丈夫とは思うけど、次いつ会えるか分からないし、どうなるかも分からない。私は決意を固めて、二人に深々と礼をして執政室を後にした。
更新が遅れてすいません。仕事で時間が取れず、夜は書き途中のまま寝落ちしてしまいました。
ブクマや評価をいただけたことが励みになって、頑張って面白いものを書きたい!という気持ちを後押ししてくれています。本当にありがとうございます。




