第四十一話・魔法と共に戦地へ
執政室は、ガウディ王が普段から政務を執り行うための部屋らしい。それはそれは華美な装飾を施された家具が揃い、メインのデスクは黒い木材に金の美しい縁取りが添えられている。部屋の四隅には花が飾られており、花々の良い香りが部屋じゅうに漂っていた。
執政室にはソファや長椅子もあるけれど、イエーツ宰相はどこにも座らず、部屋の真ん中に立って待っていた。ガウディ王の後ろにいる私の姿を見た途端、明らかに不快そうな顔をしているのが分かった。呼んでいないはずの私が付いてきたのが、許せないんだろうな。
「お待ちしておりました」
イエーツ宰相は王様にうやうやしく頭を下げた。
私のことは、顔を上げる時に目でちらりと見ただけで、何も言っては来ない。
ガウディ王はデスクに備え付けられた華やかな椅子に腰掛ける。私はとりあえず長椅子にそっと座って、二人の会話を聞くことにした。
「昨日の夕刻、国境付近の町、南東にあるバルトーの町中で、猫王国の傭兵団と、我が国の国境警備兵と自警団による戦闘が起きました。和平締結後、バルトーの町長が善意で猫人も町内に迎え入れていたようです。負傷者多数のため、医師団と、事態の収束のため翠騎士団の派遣要請が来ています」
「ふむ。医師団の手配は任せる。翠騎士団は何人動けるかな?」
「三十ほどです。すでに遠征のための物資を積み込む作業に入っております。医師団については、派遣医師団に要請を出しましたので、明後日までには出発できるでしょう」
明後日! たくさんの人を動かすには時間がかかるんだ。明後日に出発して、いつ町に着くんだろう。それまでに怪我をした犬人たちは大丈夫なんだろうか。今すぐ声を出して聞きたい欲求を必死でこらえた。王と宰相が真剣に執政について話しているのに、私みたいな何の経験もない小娘が話に割って入ってはいけない、それだけは痛いほど分かる。
「町長は、確かバーニーズ・マウンテンドッグのクレモアマウンテン一族だったか?」
「さようでございます。マシュー・クレモアマウンテンが町長を務めておりますが、とにかく人が良いのが取り柄の男ですから、後先考えず猫人を町に受け入れたのでしょう」
「戦闘が起きた原因は分かっているのか?」
「緋騎士団員によると、猫人の傭兵団による故意の揉め事が起きたためだそうです」
「ふむ、という事は猫王国側が絡んでいる可能性が高いのだな」
「はい、なのでこちらも先手を打って、猫王族に今回の件について打診すべきかと思います。しかし奴らのことですから、知らぬ存ぜぬを貫いてくる可能性が高いですね」
二人は真剣に政治の話をしている。私はただ黙って聞いていた。変なタイミングで口を挟むべきじゃない、でも挟むべき時は絶対やってくる。そう考えてじっと聞き耳を立てていた。
「猫王国に潜入させた緋騎士団はどうなっている?」
「そのことですが……」
初めてイエーツ宰相が私をチラッと見た。その微妙な顔から察するに、私には聞かれたくない会話のようだ。でも、この話題についてはひとごとじゃない。それを思い出してもらうために、声を上げた。
「私が行くはずだったのを、代わりに緋騎士団の方々が行ってくれたんですよね? 私も聞きたいです。女神様にも、気になるなら行くべきというようなことを言われましたから」
私が女神様の名前を出すと、それを聞いたイエーツ宰相はハァと諦めのため息をついた。それからガウディ王と私を交互に見ながら話し始める。
「猫王国内にある、女神ファトゥム様の神殿が、破壊されているようです。女神様の干渉を無くし、ジーアスを手中に治めんと、猫王族の一部が動いていると報告を受けました。ただ、現猫王が関わっているのかどうかまでは、まだ調べがついていない状況です。警戒され、かなり難しい状況にいるとの報告が最後でした」
「えっ、じゃあその緋い騎士団員さんは今どうなってるか分からないの?」
私が挟んだ言葉にイエーツ宰相は睨むような目線を送ってきた。
「それが彼らの任務なのです、ルカ様。安全な場所で何の危険もない仕事をしているわけではないのですよ」
子供を諭すような言い方をされ、私はかっと頭に血が上るのを感じた。
「だって、女神様がいる頃は戦争なんて無かったんでしょう? それまではずっと平和だったんだよね? それなのに戦争や争いが当たり前みたいな言い方しないでほしいの」
私は何に怒ってるんだろう。自分の中で考える。イエーツ宰相が、緋騎士団員の身の安全について何も心配していないから。犠牲になっても当たり前のような言い方をしたから。
何より腹が立つのは、女神様の話と現実が全然違うことだ。穏やかに楽しく暮らしてくれたらいいって言ったのに。現実は、転生してすぐ化け物に襲われて死にかけるし、猫人みたいな身体能力もないから何をするのも必死だし、危険だからって犬王国にたった一人身を寄せなければならなかった。
穏やかな暮らしなら、あのままコノエとヴァイスと一緒に暮らしていれば叶ったはずなのに。
犬王国ではニンゲン様だの女神様の使いだのと祭り上げられ。衣食住は何も不自由しないけど、何も分からないまま波に揉まれているような毎日で、やっとの思いで過ごしてる。とにかくやたら言い寄られるから、それだけでも疲れる。
戦争や争いがなく、可愛い犬人、猫人がのんびり暮らす世界であってくれたなら。そしたらこの世界を楽しく過ごせていたんじゃないかな。
「だから、戦争があったことが何より悪い原因だわ。もう二度と戦争なんて起こさせたくないし、争いが起こるのもイヤ」
「そのお気持ちは分かります。私と王は、分かっています。ですが、それをあの自己中心的な猫王族が理解するかどうかが問題なのです」
イエーツ宰相が耳を後ろに引いて、尻尾をイライラしてるように振りながら言った。
さっきの話でも猫王族が一筋縄でいかない、みたいなことを話してた。
「そんなに面倒な人たちなの?」
「ええ、それはもう。会話もままなりませんよ。気の赴くままに生きているような連中ですからね。あの連中を相手に和平にこじつけたガウディ王は、本当に偉大なお方です。もし王がガウディ様ではなく、アンダンテ様かガルファル様でしたら、和平の実現は不可能だったでしょう」
イエーツ宰相が他人をベタ褒めするのが珍しくて、私は彼の顔とガウディ王の顔を交互に見た。ガウディ王はうんうんと頷いている。
「アフガン・ハウンド一族の気質が、少し猫っぽいところがあってね。彼らの扱いに最も長けているのが、我が種だと言うことだよ」
そして私に向かっていたずらっぽくウインクして見せた。優秀でイケメンで性格も良い王様って、どこを探してもこの人しかいないんじゃないのかなと思えてくる。
それより、大事な話をしなくては。私は気を取り直して二人を見つめた。さっきから敬語も使わず喋ってしまっていたことにも気付いて、居心地が悪くなるが、無かったことにしよう。
「私、急いでバルトーの町に向かいます。医師団が着くより先に。二人にもまだ話してなかった事があるんです」
話してなかった事、に二人とも反応した。イエーツ宰相が先に口を開いた。
「また新しい魔法ですか?」
先日、私の魔法、痺れてしまえを身をもって体感したイエーツ宰相が、渋い顔をして聞いてくる。彼の中での魔法のイメージは最悪になってしまったみたい。
「そうです。怪我を癒すことができます。すごいでしょ?」
「治癒ですか……ますます唯一無二の、神のような力ですね」
イエーツ宰相は嫌そうに言ってるけど、ガウディ王は純粋に気になるみたいで、私を見て声をかけてきた。
「どの程度の怪我まで治せるのか、そしてその力は好きなだけ使えるのか、そういったことは分かっているのかな?」
さすがガウディ王。質問が的確だわ。私は頷いた。
「治癒自体はほとんど使ったことがないけれど、たぶん重い怪我も治せると思います。ただ、使った後、疲労や頭痛に襲われることがあります。これは治癒に限らず、どんな魔法でも、です」
「なるほど……だが、私はルカがバルトーに行くのは反対する」
「え、なんでですか?」
ガウディ王なら反対しないと思ったのに。予想外の言葉に私は動揺する。
「ルカ自身の体に負担がかかるような事は、させたくないのだ。それに、いつまた戦闘になるかも分からない危険な場所に、そなたを行かせるわけにはいかない」
「その通りです、ルカ様。最悪の場合、バルトーが開戦の地になるかもしれません。少し待てば医師団が行って治療を行うのですから、そこまで心配されなくても」
二人に口々に反対され、私は深呼吸した。さっきみたいに怒るのはやめたい。
「ご心配はありがたいのですが、私には魔法があります。私を傷つけられる存在は、もしかしたらこの世界にはもういないかもしれませんよ。それから、怪我を治す力を持っていて、今苦しんでいる人がいるのに、自分は何もしないなんて、私には考えられません」
話始めてだんだん自分の心に熱い火が灯っていくような感覚になる。その火が強く燃え出す。
「苦しんでいる人を助けるためのこの力じゃないんですか? 自分のためだけに使うなんて嫌です。私はこの世界をもっと良くしたいんです。自分のことだけ考えて生きるのは嫌。あなたたちにも分かってほしいの。なんで女神様は私を選んで、そして私に魔法を使えるようにしたかを。猫王国に行って、戦争が二度と起こらないように働きかけるため、そうでしょう?」
私は自分に自信がなかった。ただの人間がちやほやされても、何がすごいのか分からなかったし、実際私にはなんの力もなかった。だからこそ、何かを得たい、結果を出したいとも思っていた。
私が自分らしく生きるためには、この王国でのうのうと暮らしていたらダメだ。
私の硬い決意と言葉に、二人の美しい犬人は困ったようにため息を漏らした。




