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第四十話・王からの想いと

 ガウディ王の突然のプロポーズを受けて、私はただただ困惑していた。


「ど、どうして私なんかを……」


 喉の奥から声を絞り出そうとしたけれど、上手く出てこなくて。緊張と驚きと困惑とで、言葉が出ない。


 ガウディ王は私の手を優しく握りしめた。しなやかで綺麗な手をしてる。こんな美しい王様なら、お相手は星の数ほどいるのは間違いないと思うのだけれど。


「ルカが混乱しないよう、少し私の話をしようか。私は由緒正しいアフガン・ハウンドの一族の長として、こうして王を務めている。王家たる家々は、同じ種の雌を妻に娶るのがしきたりなのだよ。だから私にも、アフガン・ハウンドの雌の婚約者がいる」


 そ、そうなのね。それなのに私を妃にしたいとは何事なのでしょうか。私は声に出せないまま頭の中でぐるぐる考える。王様は察したように口を開いた。


「我が一族、アフガン・ハウンドは世界唯一の美しさ、気高さを持ち、犬種属の中で最も尊まれてきた。だが……そなたは同胞のいかなる雌をも超えた魅力を持っている。こんな気持ちになったのは初めてだ。触れたいと心がざわめき、王たる私がひざまずたくなってしまう。そなたがニンゲンだから、女神ファトゥム様の加護があるから、ではない。そなたが一人の雌として魅力的だから、私を惹きつけて離さないからなのだと、確信している」


 そう言ってから、ガウディ王は私の手に口付けをした。私は顔から火が出そうなくらい恥ずかしなり、辺りを見回したけど、助けを求めようにも周りには誰もいないし、人払いされてるのか、ウィルも良くも悪くも見当たらない。


 私のどこがそんな魅力的なんだろう……どうもこの世界の住人には、私が素敵に見えてしまう魔法がかかってしまうみたい。それこそ人間だからなんじゃないのかな。そう思うけど、とても王様相手に否定できる雰囲気ではない。


 私が困惑していると、ガウディ王は安心させようとしたのか、優しく微笑みながら私の指に自分の指を絡めてきた。


「ルカ、どうか私の決意をよく聞いてほしい。そなたを守るためにも、私の思いを遂げるためにも、婚姻を結び、愚かな権力闘争や政略に巻き込まれることなく、王国を繁栄させ、穏やかな日々を手に入れよう。そなたに恋をしてしまった、私のこの胸の高鳴りを知ってほしいのだ」


 そう言って、ガウディ王は私の掌を自分の胸に当てた。ドクドクドク、と鼓動が早打ちしているのが分かる。

 見た感じはとても落ち着き払っていて、余裕すらありそうなのに。実はガウディ王も緊張してるってことだよね。


 私が鼓動を感じて、ガウディ王の気持ちをなんとか頭で理解しようと悩んでいたら、王様はスッと立ち上がって私の後ろへ行き、後ろから包み込むように私を抱きしめてきた。


 薔薇の香りと、サラサラの金髪が私の顔のすぐ横にあって、私は緊張から石のように体を固くする。お構いなしに金髪が私の頬を流れて、心地良い王様の声が耳元からしてきた。


「そなたと私で、かつてない豊かで平和な王国を築きたい。そして二人で愛し合いながら、穏やかに過ごそう」


 私はたぶん顔は真っ赤だろうし、緊張してロボットみたいにカチコチになっている。ガウディ王の熱烈な告白は、私の思考回路をショートさせるには十分で、私はただ聞くことしかできなくなっている。


 こんな綺麗な男の人に、しかも王様に、プロポーズされ愛の告白を受けるなんて。女神様はこうなることも分かっていたの? 人間として転生するってことは必ずこういうことが付いてくるの? モテたい女の子には最高かもしれないけど、恋愛に免疫がない私にはどうしていいか分からないよ。


 考えている間もガウディ王は私を抱きしめている。もう本当にどうしたらいいのか分からない! この美しすぎる王様と結婚して王妃になったらどうなっちゃうのかな?


 犬王国は素晴らしい国だと思う。私が力を貸すことでもっと良くなるなら、それはすごく嬉しい。王妃になれば孤児院の子供たちや、この先出会うかもしれない、力になりたい犬人たちのためにすぐ行動できるかもしれない。それに王妃になれば生活の心配もなくなる。衣食住は間違い無く保証されるだろうし。


 この美しすぎる王様と結ばれたら幸せになれそうな気もする。ひとりぼっちで転生して、この世界のことを何も知らない私の立場や気持ちに寄り添ってくれた犬人だ。王様の言葉の温かさにはびっくりするほど。そんな人と夫婦になれたら、きっと幸せになれる。


 でも、そんなこと今決められない! そんな重大な決断はできない。私がガウディ王に恋をしていたなら話は早いんだろうけど。


「ガウディ王、ごめんなさい、私はーー」


 考えが纏まりつつあって、それを口にしようかと思っていたところで、当然足音が聞こえてきた。それはもう大きな足音で、急いでこちらに向かっているのがよく分かる。


「失礼致します! ガウディ王!!」


 騎士の制服ーーでも見た事のない黄金色をしていて、ウィルや今まで見たことのある騎士たちが着ていたものより上等に見える装飾のついたものーーを着た、長い黒髪を束ねた男性がやってきた。


 ガウディ王と同じアフガン・ハウンドなのは見てすぐ分かった。耳もぱっと見ないし、鞭のような独特な尻尾を生やしているから。ガウディ王よりもやや童顔の騎士が、私と王様のところに息を切らせて走ってきた。


「どうしたのだ? ルーカス」


 呼ばれた騎士は、ガウディ王と私に一礼した。ガウディ王は私を抱きしめるのをやめて、立って騎士を見つめている。また無表情に戻ってる。こうなると冷たい感じがする。


 ルーカスと呼ばれた騎士はガウディ王に必死に訴えかける。


「先ほど火急の知らせが届きました。国境付近の町で猫王国との小規模な戦闘が起き、国境警備兵や自警団で負傷者多数。医師団と翠騎士団の派遣要請が来ており、イエーツ宰相が対応に当たっております。王に執政室にいらしていただきたいとのことです」


 スッと、ガウディ王の表情が変わった。静かに、石のように無機質な顔つきになる。感情の一切を排除したような、冷たさと無関心さを感じる表情だ。それは動揺や焦りを隠すためのものかもしれないと、今の私だからなんとなく感じ取ることができた。


 ガウディ王は私の肩に手を置いて、私の目をしっかりと見て、表情を緩めた。ほんの一瞬だけど、柔らかくて優しく微笑んで見せた。


「ルカ、この話はまた。悪いが急ぎ仕事に戻らねばならなくなってしまったのでね」


 私はそのガウディ王の手をぐっと掴んだ。びっくりした王様の目がまん丸くなる。

 先ほどのルーカスさんの話を聞いてすぐ思ったのは、私が行けば、魔法を使って怪我人を癒せる! ということ。ただ、治癒魔法が使えることは私とウィルしか知らない。色々面倒なことにならないように秘密にしていようと話したのだけれど。

 私の力で助かる犬人がいるのなら、力になりたい。その強い思いが私を突き動かして、ためらいなく王様の手を握った。


「ガウディ王。私に特別な力があるのはご存知ですよね。その力で、負傷した方々を助けることができます。だから、私もその町に行かせてください」


 私の決意の言葉は、いつも話している時のトーンとは全然違うものだったんだろう。ガウディ王は一瞬躊躇うような表情をしてから、自分の手を掴んでいる私の手に、空いている方の手も重ねてきた。そして、少し悲しそうにため息を漏らした。


「……そなたを守りたいと言った矢先に、これか。私の思うようには行かないものだ。それがそなたの魅力でもあるのだろうね。今ここで判断するわけには行かぬ、まず私と共に執政室へ来なさい」

「ありがとうございます」

「礼など不要だ。言っておくが、そなたを危険な場所に送るなど、私は反対なのだからね」

「……王様の気持ちを無視してごめんなさい。でも、女神様から授かった力で、絶対に役に立てると思うんです。もしかしたら、こういう時のために女神様は私に力を授けたのかもしれませんし」

「ルカがそう思うのなら、そうかもしれないね、ただ、そなたを大切に想っている私の気持ちは、胸の内に留めておいてほしい」


 ガウディ王はそっと私の手を包んで、私の胸の上に返すように当ててきた。

 ほんのりとそこが温かく感じた。この美しく心優しい王様の気持ちが胸に染みる。


 そして、そばで控えていたルーカスさんーーガウディ王直属の近衛騎士だと後ほどウィルに教わったーーが急かすように私たちを王宮内の執政室へと連れて行ってくれた。

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