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第四話・サバディアの猫たち

 夢を見ていた。

 私の可愛がっていた猫のひとり、雑種のキジ模様と白の男の子。その子が夢に出てきた。私が名前を呼ぶと嬉しそうに尻尾を揺らしてやってきて、私の体にすりすりして甘えてくれる。

 私が顎を撫でるのが大好きで、うっとりと目を細める。眠る時には私の腕の中で丸くなって眠る。少し重くて邪魔だけど、その重みも愛おしい……。


 今もその重みを感じて、猫の存在に安心感を覚えて……ん? 今って、たしか私はジーアスって異世界にいて、猪の化け物に襲われそうになって、ハリウッドスターもびっくりのイケメン人型猫のコノエに助けられて。


 そっと目を開いて周りを確認すると、寝ているのはコノエの家の敷物の上で、私にかけられたブランケットの中で、猫と言うには大きすぎる少年が丸くなって寝ている。私の体と腕の中に寄り添って。


 昨日、出て行けーって大騒ぎしてたヴァイスだ。あれだけ私のこと文句言ってたのに、寝ているところにもぐり込むなんて、可愛すぎる!

 思わずふふっと笑い声が漏れた。とたん、ヴァイスが目を覚ましてもぞもぞブランケットから出て行く。うーんと伸びをしてから私を振り返り。


「お前また変な術使っただろ! 勘違いするなよ! お前と寝たくてここに寝てたんじゃないんだからな! ここは俺んちだからどこに寝たって俺の自由なんだからな!!」


 うふふ、可愛い。私は笑顔を隠さずに、うんうんと頷いて見せた。


「そうだよね、ヴァイスくん、お家に泊めてくれて本当にありがとう。感謝してます」

「ふん。俺はこれから朝飯作りするから邪魔すんなよ」


 鼻を鳴らしてふんぞり返る姿も可愛い。背丈は私より小さいから、彼の頭についたきりりとしたお耳がよく見える。大きくて、細やかに毛に覆われた猫の耳。コノエの耳はもっと耳先が長くて形が違うけれど、兄弟なんだ。


「……お前、俺と兄ちゃんが本当に兄弟なのかって思ってるだろ」


 あら、意外とするどい。私はちょっと申し訳なさそうに笑いながら頷いた。怒りだすかなと思ったけど、怒らずにため息をつくヴァイス。


「俺たちは雑種だから特徴の出方が違うんだよ。この村は雑種がほとんどだから、気にしたことないけどな。兄ちゃんみたいな長毛のオッドアイは珍しくて、俺みたいな短毛の白はよくいるんだ。俺だって兄ちゃんみたいな綺麗な猫種属になりたかったよ」


 そうだったのね。純血とか雑種って、この世界にもあるんだ。私は雑種も純血も飼っていて、どちらも本当に可愛い子たちだったと思ってる。


「ヴァイスくんの白い耳と尻尾もすごく綺麗だよ。真っ白で雪みたい。それに瞳の色もとっても綺麗で、私は好きな色だよ」


 本心から言ったのだけど、ヴァイスはもじもじして、耳を少し倒しながら尻尾を揺らしている。

 そのままそっぽを向いて、部屋の奥にあるキッチンらしきところに向かっていった。

 キッチンというか作業台かな? 私がいた世界みたいに蛇口や排水、シンク、それにガスコンロやかまどのような火元があるわけじゃない。あるのは人が二人立って作業できるギリギリの大きさの作業台と、水瓶、それに包丁がわりのナイフが二つ。いくつか小さな瓶や皮袋が置いてあるけれど中身は分からない。食材らしきものは見当たらない。


「朝飯取ってくるけど、うろうろすんなよ」


 言うなり彼は音もなく扉から出て行った。家に残された私は、やることもないので、ブランケットを畳んでストレッチした。この世界に来てからなんか体が軽いんだよね。

 ストレッチしていると扉が開いて、コノエと、その後ろに手にかごを持ったヴァイスが戻ってきた。


「起きたか。顔を洗えよ」


 コノエはさっと水差しの水を昨日とは違う大きめの平皿に入れて渡してくれて、私はお礼を言って受け取った。

 タオルがないのに顔を洗って良いのかな、とためらっていると、ヴァイスが覗き込んで不思議そうに、


「水を少しつけて顔を洗うんだよ。ニンゲンは違うのか?」


 と言ってくる。猫の顔の洗い方ってそんな感じなのね。私も手に少しつけて顔を濡らしたけど……正直、洗った気は全くしない。仕方ないので手はしっかり洗っておく。


 コノエは私の横に腰を下ろし、顔を掌でこすっている。猫の仕草を人がやってるって、すごい不思議。ヴァイスはキッチンに行き、カゴから何かを取り出している。よく見ると手のひらほどの大きさの魚を三匹と、深緑の草をひと束出していた。

 目線より高い位置に棚があって、そこからお皿を出して魚と草を並べて、それを持ってヴァイスもやってくる。


「ほら、タダメシだぞ! 感謝しろよ。兄ちゃんがお前のぶんまで手に入れてくれたんだぞ」

「ありがとう、コノエ。それにヴァイスくんも、朝ごはんの支度ありがとうね」


 お礼を二人に伝えると、コノエはこくりと頷いて、ヴァイスはへへと笑っている。ヴァイスの警戒心も少しずつ薄れてきた気がする、嬉しいな。


 目の前に置かれた皿の中の魚は、燻製なのかな、少し色が変わっているし、焼いた訳ではなさそう。ほんのり燻した香りもする。それに草。これって見覚えあるわ、猫草って呼んでた、うちにもあって猫たちは好んで食べてたやつ。

 異世界でも猫は猫草が好きなのね。


 笑いを堪えつつ、コノエが隣で無言で食べ始めたので、私もいただく。魚はとっても良い燻製の香りで、食べると味がしっかりついていて美味しい。草はかなり躊躇いながら、これはサラダ、生野菜、と自分に言い聞かせて食べた。ちょっと青臭い。


「美味しいよ、ありがとう。ねえ、この村はどんなところなの? 雑種の猫種属のみなさんが暮らしてるの?」


 食べながら話しかけると、コノエはもう食べ終わったみたいで、空の皿を前にまた顔を掌でこすっている。可愛すぎる仕草を、銀髪の美男子がやっているとちょっと困惑する。


「ここは猫王国の中でも辺境にある。今の猫王国は純血主義で、俺たち雑種は位が低いと考えられているんだ。そんな王国のやり方が合わない雑種が、この村に集まって暮らしてる」

「このサバディアに住む猫種属はみんなすごいんだぞ! みんなすごく強いんだ。兄ちゃんなんかその中でもずば抜けてるんだぞ。なんたって兄ちゃんは翡翠戦争の時……」


 ヴァイスが翡翠戦争、という初めて聞いた名前を口に出すと、コノエはサッと手を弟の口に当てて言葉は遮った。むぐ、と黙るヴァイス。この絵は首を横に振って、これ以上話すな、と言ってる感じ。

 戦争があったんだ。気になる。でもコノエは聞いて欲しくなさそう。これは後でヴァイスと二人きりの時に聞くのが良さそうね。そう思って、今は私も聞かなかったふりをすることにした。


「この村の人たちは私のことそんなに気にしてなさそうだね。人間が現れてもそんな大したことじゃなさそう」

「何をバカなこと言ってんだよお前ー! あのなサバディアは本当に特別な村なんだぞ。普通の町とか村なら大騒ぎになって! お前は捕まえられて、逃げられないそうにぐるぐるに縛られて、王宮に連れて行かれて、戦争の道具か、それか殺されたっておかしくないんだからなー」


 なんですって?! そんな大事になるの……? そういえば昨夜、コノエが言ってた。猫王国は、女神様が現れないから、自分たちでジーアスをいいように支配しようとしてるって。女神様に送り込まれた私は邪魔者ってことなのね。


「やっと分かってきた。そんな状況だから、私を守ろうと匿ってくれてるんだね。本当にありがとう。コノエは、昨日も猪の化け物から守ってくれて、今もこうして何もわからない私に色々教えてくれて。いつか何か恩返しができれば良いんだけど」


 残念ながら今の私は無一文で、家もなければ家族もいない。これって今気づいたけどかなり悲惨な状態だよね。女神様は、楽しくのんびり暮らしてね! なんて呑気なこと言ってたけど、生きるか死ぬかの世界で、かなり危うい立ち位置なのでは? そう気づくと同時に、何度も命を救ってくれたコノエには、感謝しかない。見つめると、こくりと頷いて見せてくれた。


「今は、この世界の事を少しでも知り、先のことに備えるといい。ヴァイス、ルカを連れて村を案内してこい。俺は国境付近の町までの旅の準備をするから」

「えー! 俺も兄ちゃんと準備してたいのに。ニンゲンのお守りかよ、しょうがないなぁ。感謝しろよルカ!」


 ありがたいなあ、私の身の安全を考えて、旅をしてくれるなんて。ヴァイスも文句は言ってるけど、私の名前を呼んでくれたから嬉しい。にこにこしてヴァイスを見つめる。自然と目が細くなるので、友好的な気持ちが伝わったみたい。


「よーし、ルカを村のてっぺんまで連れてってやる! すごーく高いんだぞ!」

「え? あの崖の一番上ってこと? それはちょっと無理かも。私はヴァイスくんたちほど運動神経が良くないから無理」

「そんなのやってみなきゃ分かんないだろ!」

「いやいやこの家の高さまでで十分だよ、お願い! 崖上りだけは勘弁して!」

「なんなんだよ後ろ向きなやつだな。やろうと思えば大抵のことはなんだってできるんだぞ、まっこれは兄ちゃんが教えてくれたセリフなんだけどな」


 それはとっても良いセリフなんだけど、私は逆立ちしても無理だわ、崖上りだけは! ヴァイスとにぎやかに喋りながら家を出て、初めて太陽の下の村を見た。


 崖にあるのは村の住人たちの家で、平地には猫草を栽培する畑や、燻製を作るための小屋があった。

 村人……村猫人たちの数人とすれ違うと、ヴァイスが元気に挨拶していた。私も挨拶したけどあまり興味なさそう。茶トラやサバトラ、黒など、猫の毛色あるあるな耳と尻尾を生やした村人たち。みんな目が大きくて、整った顔つきをしている。美男美女の村って言ってもあながち間違いではなさそう。猫ってみんな綺麗な顔してるもんね、そうだよね。


 ヴァイスいわく、みんな雑種で、この辺境でも暮らしていけるだけの能力があるすごい人たちらしい。水や食料は物々交換で、近くの小川に行くと手に入るそうだ。私は水が飲みたいから、ヴァイスに頼んで連れて行ってもらった。


「川には今ごろ女たちが洗濯とか洗い物しに行ってるはず。おっ、いたいた!」


 ヴァイスがおーいと手を振ると、小川のほとりで三人の猫娘たちが手を振り返した。女の子らしく、ふわふわのスカートや、動きやすそうな短いパンツなど、ファッションがちょっとおしゃれな感じになっている。長い髪はそれぞれ三つ編みやポニーテールなどきちんと手入れされていて、もちろん三人とも美人。


「あなた、ニンゲンなんだって? 本物なの?」

「はい、ルカっていいます、よろしくお願いします」

「よろしくしなくて結構よ。あなたの面倒見る気はないし」


 辛辣な態度の子は、茶トラのふわふわの耳と長い尻尾で、茶髪をポニーテールに結いている。きつそうなつり目だけどすごく美人。


「ごめんねルカさん。ナラシャは悪気があるわけじゃなくて、こういう言い方しかできないのよ。それにしてもニンゲンって不思議! 犬たちほどじゃないけどドタバタ動くし、仕草も変わってる」


 こちらは黒のぶちが入った白猫人で、黒髪を三つ編みにして垂らしていた。


「おいルカ、こいつらに捕まると話が終わらないから、水飲んだら行くぞ」

「えっ、分かった。綺麗な猫種属の方たち、お騒がせしてすいません。失礼しますね」


 なんで挨拶したらいいかも分からないので、できる範囲で礼儀正しくしてその場を立ち去ることに。だって猫のマナーなんてすぐには思い出せないよ。

 そう思っていたら、三人ともいきなりふいっとそっぽを向いて、各自、洗濯や洗い物に戻っていった。

 ああ。猫って去り際はそんな感じだったね……思い出したよ。私の挨拶の方がずれてるんだわ。

 挨拶した私を変な目で見ていたヴァイス。水飲みを貸してくれたので、恥ずかしさを隠すためにも、たっぷり水を飲んだ。また水の飲み方が猫種属の方たちと違うもんだから、目をまん丸にして見てるヴァイス、と、ちょっと離れたところの三人猫娘たち。


「えへへ、びっくりした? これが人間の水の飲み方なんだよ。コップとかで普段は飲むんだけどね」

「そ、そんなに一気に飲んだらお腹チャプチャプで家に帰れなくなるぞ!」

「えー? 平気だよ。もっと飲まないとチャプチャプにはならないよ」


 うそだ! とヴァイスは騒いでいるけれど、本当だし。そうか猫は一気に水を飲むとチャプチャプになって動きが鈍るから飲まないのね、納得。

 その後は二人で川で魚を捕まえて、というか、ヴァイスが捕まえるのを応援して。捕まえたら褒め称えて。

 えらーいすごーい! 良い子! って頭を撫でたら、とたんにゴロゴロ喉を鳴らし出して、本人もびっくりしていた。


「それ、その、頭ゴシゴシするやつ、良いな。もっとやれ!」

「えー、これはお利口さんや頑張った猫さんへのご褒美なんだよ」


 頭ゴシゴシしろーってまとわりつかれながら、晩ごはんのおかずの魚を持って帰った。私は魚だけだとちょっと、と他の食べ物はないか聞いたら、イモと木の実があるからと、木の実はヴァイスがすぐとってきてくれて、イモは育てている人と物々交換でもらってきた。イモのこと、丸い根っこ、白くて粉っぽいやつ、と説明されてすぐに分かったよね。


 そんなこんなで転生して二日目、サバディアでの一日が無事に終わった。

仕事が忙しく、やっと書きました。まだ小さな村で始まったばかりの異世界生活初日です。

次の話はちょっと短めに、楽しい話にしたいと思っています。


うちの猫はたくさんの犬と暮らしているせいで、猫の仕草があまり見られません。

面白いことに、「お返事は?」「おいで」「ハウス」のコマンドができます。犬と育つとそうなるのかな。柔軟な思考回路を持っている証拠ですね。


昔飼っていた猫たちのことに想いを馳せながら書いていますが、真の猫好きの方には物足りないかもしません、すみません。

もっと猫の気持ちと仕草、勉強しなければ!

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