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第三十八話・ウィル

 それから私は1週間、緋騎士団の練習場でいろんな魔法を作り出したり、ぬいぐるみ二人と一緒に子供たちのお世話に必要なものを揃えたり、おもちゃを作ったり、ルゥと遊んだりして過ごした。


 メイローズ団長が孤児院の大改革を始めたことは、王宮内でも話題になっているみたいで、話が私の耳にまで届いてきた。

 それから、孤児院の改革についてイエーツ宰相に会って支援を頼んだら快諾してくれた。今まで囚人のように閉じ込めておく事しかできなかった子供たちが、ルゥのように明るさを取り戻し、社会に戻れるようになるーー。


 私が起こした奇跡だって言われた。で臆病な犬を飼ったことがあるなら分かるんだよね。必ず心を開く瞬間が来るってこと!

 ルゥは思っていたよりずっと早く心開いてくれたけどね。


 そんなこんなで、孤児院に行く日のための準備を整えながら、いろんな魔法を作り出して、この先のことに備える日々だった。


 私は自分が考えた魔法を書き留めた小さなノートを持っていて、名前と効果、それに使用後の体調の変化を記録してる。魔法によっては使用後に体調が悪くなるので、忘れないように記録しておいた。

 もうノートの三分の一が埋まろうとしてる。ぎっしり描いた自分の文字を見るのがだるくなって、ノートを閉じてため息をついた。


「ルカ様? お疲れですか?」


 ウィルの呼びかけで、はっと我に帰る。

 考え事していたら、ウィルの声が聞こえなかったみたい。


「ごめんウィル、ぼうっとしてたみたい」


 自室のテーブルに座って考え事をしていた私を、ウィルはそばに来て、私の肩に手を置いてきた。


「大丈夫ですか? 連日、魔法やらおもちゃ作りやら、あれだこれだと動き回られていたから、お疲れなのでしょう。少し休まれますか?」


 ウィルがとっても心配そうに聞いてきた。ベッドを指し示して、横になって休んではいかがですか? と聞いてくる。私はちょっと悩んでから、こくりとうなずいた。


 すると、間髪入れずにウィルが私のことをお姫様抱っこした。


「な、何するの」

「ベッドまでお運びいたします。暴れないで大人しくしてくださいね。ルカ様は僕の大切なお姫様なんですから、このくらいさせてください」


 頼んでもないのに、勝手にお姫様抱っこするなんて! と思ったけど、本当に連日あれこれ動き回っていたせいか、ぐったりして怒る気力もなかった。


 ウィルが優しくベットに寝かせてくれて、ウィルはベッドサイドに腰かける。


 ウィルの耳、先っぽがぺこりと垂れてて可愛いんだよね。髪の色もブルーマールの不思議な色合いで。遠目でもウィルだって分かる。

 瞳も透き通るようなブルーで、見つめていると吸い込まれそう。


 ベッドの中で力を抜くと、今にも吸い込まれそうな気がした。疲れてたんだなあ。


「そういえば、ルゥはどこに行ったのかな?」


 ヒルデとベークがいるから大丈夫とは思うけど、どこにいるか分からないとやっぱり心配。これが親心ってやつよね、きっと。


 ウィルはニコッと笑って、枕の上に広がっている私の髪を掌ですくい上げて撫でた。


「ルゥちゃんなら今ごろ、調理場でお菓子作りをしているはずです。さっきヒルデとそんな話をしながら歩いて行きましたよ。だから、久しぶりの二人きりですよ、ルカ様」


 そう言って、私の髪に口付けをした。

 いつもなら怒るけど、今日はそんな元気もない。私はフーッとため息を吐いて、ウィルから視線をそらしてそっぽを向いた。


「じゃあもう休むから、部屋の外にいてくれる?」

「分かりました。……なんて言うと思いますか? せっかく二人きりになれたのに。せめて、ルカ様が眠りに落ちるまで、おそばにいさせてください」


 ウィルは、しつこい。前からわかっていたけれど。オーストラリアン・シェパードだからなんだと思う。

 私は諦めて目を閉じた。


 すると、今度は頭を撫でられ始めた。

 さっきは髪の毛だったのに。


「ウィル、勝手に触らないでってば」


 私が困って注意しようとウィルの方を向くと、ウィルは片手で私の頭を撫でながら、私の上にのしかかるようにして、体も顔も近づけてきた。


 ウィルの息づかいが聞こえてくる。青い瞳も目の前にある。


「ルカ様、僕の告白の返事は、いつもらえますか?」


 鼻と鼻がぶつかりそうなくらい近距離で、ウィルがささやいてきた。私は恥ずかしさから離れようともがいたけれど、ウィルの上半身がのしかかっていて、動けない。


「ウィル……お願い、恥ずかしいから、どいて」

「今日は、どきませんよ。返事をいただけるまで。ルカ様は、僕のことは嫌いですか?」

「嫌いじゃないよ」

「では、興味や関心は? それに愛着は?」

「うーん、よく分からない……」

「僕が近衛騎士でなくなり、会えなくなったら寂しくなりませんか? 毎日ずっと一緒にいるのが当たり前でしょう、僕たち」


 ウィルが近衛騎士じゃなくなったら。そういえばイエーツ宰相が、そうしましょうか? って話したのを断ったんだっけ。だって、ちゃんと話もしないままうやむやにするのもと思ったんだもん。


 でも、いざこうやって聞かれると、なんて答えていいか分からない。ウィルのこと好き? うーん悩んでしまう。

 頼りにしてるし、そばにいてくれたらすごく心強いし、話すのは楽しい。だけど、どうしても、離れないで、好き、って気持ちがよくあるかって聞かれたら、分からない。


 私はウィルの方は恥ずかしくて見れないまま、なんだか泣きそうになってきた。


「ウィル……私はウィルのこと、好きかどうか分からないの」


 申し訳なさと切なさで涙が出そうになる。

 初めて、ウィルへの気持ちを真剣に悩んでる。


 ウィルは少し悲しそうに笑いながら、片手で私の顔に手を当てて、ウィルの方にぐいっと向けた。


「これから好きになっていけばいいんです。僕がいないと生きていけない、そんなルカ様になってもらいたいんです」


 ウィルはそう言ってから、私に顔を近づけてきた。

 逃げられないようになのか、ウィルの手や体にぐっと力が入っていて、身動きもできない。


 私はぎゅっと目を瞑った。望んでないタイミングでのキスは、なんだかすごく切なくて胸が痛い。


 目を瞑ったその奥で、ふと、ジーアスに来たばかりで出会った一人の猫人のことを思い出した。

 月の明かりで輝く銀髪に、金と水の瞳。言葉数は少ないけれど、いつも大切にしてくれたーーコノエ。


 コノエに助けてもらった命なのに、何も恩返ししないまま、ここで幸せになるのは、違う気がする。


「だめ! やめて」


 もうウィルの唇が当たったような気もするんだけど、それに負けずに大きな声を出してウィルの動きを止める。


「離して、ウィル! 私にはやるべきことがあるの。ウィルとべたべたしてる場合じゃない。だから、離しなさい」


 私がぐっと目に力を入れてウィルを見ると、ウィルはクゥーンと鼻を鳴らしてみせた。こういう時って本当犬だよね。そんな捨てられたみたいな顔しても心揺るがないわよ。


「ぐいぐい迫って僕のものにしちゃおうと思ったのに」

「そんな悪いこと考えてたの? もう怒った! ウィル、また魔法で痛い思いしたいみたいね」


 ウィルは魔法と聞いて、名残惜しそうにしながらも、私の上から身を引いた。はぁ、やっと軽くなったし動ける。


 このスケベ犬人はどうしてくれようか。

 私が疲れて眠いところにつけ込んで。しばらく近衛騎士から外れてもらおうかな、本当に。


「じゃあルカ様、部屋の外にいますから、ゆっくり休んでください」

「ウィルのせいでもう眠気も飛んで行っちゃったんだけど」

「ドキドキさせてしまって申し訳ありません」


 と、懲りずにウインクしてから、さっさと部屋を出て行った。この逃げ足の速さ! 絶対、魔法をかけられまいと思って逃げたんだわ。


 私は一人になって、ベッドに沈み込んでため息を吐いた。ウィルのことで悩むなんてバカらしい! 誰か好きな人を決めなきゃいけないわけじゃないんだから。


 それより、猫王国。やっぱり私が行かなきゃなんだろうなって、なんとなく感じてる。そのための準備も整ってきた。少し休んだら、イエーツ宰相に会いに行こう……。

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