第三十五話・ぬいぐるみたち
自室に戻るとルゥは起きていて、テーブルに並べられたアフターヌーンティーのようなお菓子の山々を、あるだけ全部制覇しようと手も口もべとべとにして格闘していた。
ドレスを汚さないように、子供用エプロンをつけている。メイドさんがにこにこルゥを見守っているけど、よーく見ると目の奥が笑っていないような……ルゥのあのべとべとの手や顔を洗わなきゃいけないし、汚れたテーブルや食器も片付けること考えたら、笑えないよね。
「ルカ!」
私を見つけてルゥが小走りにこっちへ来る。
「ルゥ! ちょっとその手だと今は抱っこできないよーごめんね」
抱っこしようとしたけど、お菓子でべとべとの手を見てやめた。私がパッと逃げると、ルゥは自分の手を見つめて、にやっと笑った。
「ルカも食べる?」
「う、うん、そうだね。一緒に食べようかな」
私がそう言うと、ルゥは自分の手を一生懸命私に差し出してくる。ん? なんだろう。
ルゥの顔を見ると真剣だ。ルゥの手についたお菓子を食べろってこと? そういうことなの?
「ルゥのおてて、食べていいの?」
「うん」
まぁー可愛い。触られるのも怖がって怯えて、命がけで暴れていた子と思えない。
私は感激してルゥの指についたクリームを舐めた。ルゥは嬉しそうにキャハハと笑う。あどけない子供の姿になったルゥを見ると、本当に嬉しくなる。
「僕も食べたいなールゥちゃん! ちょうだい!」
ここでまた余計な男が動き出す。いい加減黙っていられなくなったみたいで、しゃがんでルゥの手を舐めようと頑張っている。ルゥは不快そうな顔をしてから、しぶしぶウィルに指を舐めさせて、そのまま引っ掻いて手を引っ込めた。
「痛!!」
懲りないなあウィルは。唇からほんの少し血が出ている。私の方を向いて、
「ここ、ここです! 早く治るように舐めてくだひゃい」
と必死に訴えてる。そんなとこ舐めるわけないでしょうが! 私はそんなウィルを無視して、ルゥが朝もらったぬいぐるみを探した。
いたいた。ベッドの上に寝かされている。テディベアと魔法使いの女の子。私はその二つを持ち上げて、よーく見つめる。
「ルゥの」
ほっぺにチョコをつけたルゥが、ぬいぐるみが心配らしく、そばに来て切なそうな顔をしてる。
私はルゥに笑顔で話しかける。
「ねえルゥ。この子たちとおしゃべりしたり、ルゥのこと助けてくれたり、一緒に遊べたらとっても楽しそうじゃない?」
私が聞くと、ルゥは瞳をキラキラさせてうなずいた。よし、持ち主の許可も取れたね。
あとは私が失敗しなければバッチリ。
ウィルがそばに来て不思議そうにぬいぐるみと私を見ている。
「ルカ様、もしかして、もしかしなくても、ぬいぐるみに魔法をかけようとか思ってます?」
「そうだよー。私に代わってルゥや子供たちのお世話ができる存在を作ろうと思うの」
「そんなことできるんですか!?」
「やってみなきゃ分からないけど、やってみようと思ってるの!」
私は二つのぬいぐるみを並べて、じっと観察してみた。
茶色のテディベアの方は、子供たちを抱きしめたり、一緒に遊んだり、守るような存在になってほしいな。
魔法使いの女の子は、子供たちを上手に叱ったり、褒めたりして、成長を促すような存在になってほしいな。
二つのぬいぐるみの役割や性格を決めてみる。ウィルがわくわくした顔で覗き込んでくる。
「ルカ様、二人の名前も決めましょうよ」
あら、ウィル、意外と良いこと言う! 名前をつけなきゃ始まらないよね。
このぬいぐるみたちはルゥのために用意したものだから、私が決めるんじゃなくて、ルゥに聞いてみよう。
「ルゥ、二人の名前、なんにしよっか?」
ルゥはうーーんと声を上げて悩んでから、にこっと笑って、
「ベークとヒルデ!」
まぁ、可愛くてちゃんとした名前! ルゥの頭をよしよししてあげる。想像していたよりずっと大人っぽい名前をつけるんだ、ルゥ。もっと、クマさんとかリリーとかそういう感じかなあと思っていたのに違ったね。
「じゃあ、ベークとヒルデに、これから起きてもらうね。二人とも、素敵な名前がついたよ、起きてごらん」
ぬいぐるみたちに手を当てて、二人が起き上がってしゃべったり動き回るイメージをする。掌がふんわり温かくなって、だんだん光り始めた。
フワッと力が抜けて、光も消える。すると、ぬいぐるみがもぞもぞ動き始めた。本当にできた!
ベークはむくっと上半身を起こして座ってキョロキョロしている。ヒルデは立ち上がってからベッドサイドに腰掛けた。
「わぁ! 本当に動き始めましたね! すごい!」
ウィルが興奮して大きな声で叫ぶ。ルゥも嬉しそうにベークのふわふわの手を握りしめた。
ベークはルゥの手に自分の手を重ね、口元をニコッとさせた! すごーい。自分でやっておいてなんだけど、さっきまでただのぬいぐるみだったものが動いてるって、本当に魔法だよね。
「こんにちは、ルカ様、ルゥちゃん、ウィル! 私は魔法使いのヒルデ! 動けるように、話せるようにしてくれてありがとう!」
ベッドサイドに座っているヒルデが、なんとも可愛らしい声で喋り出した。ルゥはベークを抱きしめながら瞳をキラキラさせてヒルデを見る。ウィルも目をまん丸にして見てる。
私も驚きを隠せない。
「ルカ様、重ねてお願いがあるんですけど、ベークも私も、この小さい体だとお仕事するのに困るので、私たちをもう少し大きくしてもらえませんか?」
小さな魔法使いのぬいぐるみが、テキパキとしゃべってお願いをしてきた。その愛くるしい姿といったら。
私は自分の手をぎゅっと握りしめて、今起きた奇跡に感謝しつつ、ヒルデのお願いにしっかりうなずいた。
「私の力でできるなら、もちろん大きくするね! 大きくなーれ!」
ルゥが抱っこしているベークと、床に降り立ったヒルデそれぞれに手を向けて、祈りながら言葉を紡ぎ出す。
むくむくと、二人とも膨らんでいき、ベークはルゥの大きさを超えていく。さすがに抱っこしていられなくなったルゥは、残念そうにしながらもベークの手は握ったままだ。
ヒルデはぬいぐるみそのままの可愛い姿で、私の胸辺りまで大きくなった。
動く巨大ぬいぐるみの完成!
「ありがとう! これでお仕事がしやすくなりました! さぁルゥちゃん! 私と遊ぼうね。言葉遊びしましょ。謎かけはどうかしら?」
なんと早速ヒルデがルゥの教育を買って出てくれた。ルゥはベークに抱きしめられるような形で甘えながら、嬉しそうにうなずいている。
ウィルは不思議なものを見る目でぬいぐるみたちを見つめてから、私の顔をまじまじと見る。な、なんだろう。
「ルカ様は本当にすごい。万能の魔法使いですね。不可能がなんでも可能になっていく。ただーー」
なんでかウィルは言葉を濁す。何を言いたいんだろう。はっきり言ってくれないと分からないよ。催促するように見つめていると、困ったように口を開いた。
「……この動く巨大ぬいぐるみが館内を動き回ってたら、皆さんパニックになると思うんですよね」
それは確かにそうだ! 全然考えてなかった。
「どうしよう、そんなこと考えずにやっちゃった」
「では、こういう説明はどうでしょう。女神様がルカ様のために使わした、お手伝いたちだと」
「それは良いね! 女神様の名前を出せば、どんな不思議な事もみんな受け入れてくれそう」
ウィル、ナイスアイデア。後先考えずに作ってしまったけど、ウィルのアイデアなら問題なくぬいぐるみたちを自由にさせられそうだね。




