第三十四話・好かれる理由
イエーツ宰相にキスされる。
そう思って、どうしていいか分からず、目をつぶってぎゅっと身構えた。
その時。
「失礼します!」
という声と同時にガチャと扉が開いて、ウィルが飛び込んできた。
目前まで迫っていたイエーツ宰相の顔はふいとそっぽへ向いていて。たぶん、照れて真っ赤な顔をした私が立っているだけ。それでもウィルは分かっているようで。
「イエーツ! このむっつり野郎!」
珍しくウィルが怒っている。いつもにこにこ穏やかで明るいのに。イエーツ宰相に掴みかかって行く。どうしよう。やめてって言うのも気が引ける。よし、最悪、二人とも魔法で吹き飛ばそう、そうしよう。
イエーツ宰相は涼しい顔をして、自分より少し背が低いウィルを見下ろしている。
「むっつりではない。なんならこの場できちんと好意を伝えようか? それとも、自分が求婚しているのに相手にされない悔しさを私にぶつけるか?」
ぎゃあ、言い方悪すぎでしょ。ウィルは明かに怒って、尻尾も膨らんで真っ直ぐだ。対するイエーツ宰相は耳尻尾ともにそんな怒っているようには見えないんだけど。耳はそっぽ向いてるし、尻尾はぶんぶん大きく揺れている。うーん、やっぱり喧嘩を吹っかけているのは間違いない。
「お前! 前から気に食わなかったんだよ!」
ウィルが拳を振り上げたので、私は声を上げた。
「ちょっとストップー!」
ウィルは拳を上げたまま静止してこっちを見る。イエーツ宰相も見る。二人の視線を非常に気まずく思いつつも、なんとか口を開く。
「その、あの……私みたいな小娘の、どこがいいんですか……?」
やっとの思いでそう言うと、イエーツ宰相はウィルを押し除けて、髪を整えながら口を開いた。
「お気づきでないならはっきり伝えましょう。まず、犬種属にはない良い香りがします。これは中毒性でもあるのか、ずっと嗅いでいたいと思ってしまう香りです。それから、犬人にはない仕草や表情になぜか惹かれます。それからその手、柔らかくて優しげなその手に、撫でられたいと思ってしまう。こんな気持ちになるのは生まれて初めてです。そして、犬人とは違った考え方、行動力。それに私たち犬人への深い理解。幼さもありますが、非常に好感が持てます」
そ、そうなんですね。聞いておいてなんだけど恥ずかしくてイエーツ宰相の顔が見れない。するとウィルが今度は私の方に来て、ぐっと私を抱きしめて、
「それだけじゃない! こんな可愛い顔をした女の子には会ったことがありませんでした! 初めて見た時は衝撃が走りましたよ。一目で特別だって感じました。ニンゲンだからでなく、一人の女性として」
と言いながら私をぐっと抱き締めてくる。あの、私の意思とか、イエーツ宰相が見てるのにとか、そういうのはどこへ? ウィルは私の耳許で囁く。
「こんなに柔らかくて温かくて気持ちが良い存在は、あなただけです」
人前でなにを……と思っていると、イエーツ宰相が足音を立てて近寄ってきて、ウィルの肩をぐいっと掴んで私から引き剥がし、ウィルの顔面を殴り飛ばした。
「失礼、文官である私が、殴るなどと言う専門外の行為をするのは不慣れでして。力の加減が上手くできませんでした」
見るとウィルは鼻から血をだらだら流してる。私を抱き締めたから出た鼻血なのか、殴られたからなのか? そんなのはどうでもいい、この場を収めないと。
そう、こういう時のために魔法が使えるようになったんだわ、きっと。
二人とも黙ってほしいし、喧嘩もやめてほしい。ここが屋外なら吹き飛ばしたいくらいだけど、屋内だから大目に見て、痺れて動けなくするのはどうだろう。スタンガンを食らったみたいに。ちょっとセクハラもされたところだし。
イメージもできたので、睨み合って次の一撃の機会を窺っている二人に向かって、手を向けた。
「二人とも、私への迷惑をよーく考えて、反省して! 新しい魔法、痺れて反省しろ!」
名前もクソもないレベルの言葉と同時に、私の手から金色の光が走って、二人に直撃して。
「がぁっ!」
「うぐっ!」
笑えるくらい想像通りの声を漏らして、二人ともその場に倒れ込む。よし撃沈させることに成功。
私は両手をパンパンはたいて、ほっと一息ついた。
「お二人さん。私に触れるのは同意をもらってからにしてね! さもないともっと痛い魔法を使わせてもらうからね」
二人とも床に突っ伏して震えてる。耳もぐったりだ。かなり痛かったみたいだけど、自業自得でしょ。
私はなんとか自分を落ち着けて、一人で執務室にある椅子に座った。
やっと、二人ともよろよろと立ち上がってくる。
「これは、ルカ様には護衛の必要は全くないということがよく分かりました。なのでウィリアムを近衛騎士から外しましょう」
「お前! まだそんなこと言って僕に突っかかってくるつもりかーー」
またしてもケンカモード。
「はいはい、二人とも、反省が足りないならもう一回痺れてもいいんだよ?」
私がそう言うと、さすがに二回目はごめんだと思ったのか、二人ともハァとため息をついて睨み合うのをやめた。よしよし。
「二人にはしっかり反省してもらいます」
「お言葉ですが、好きな女性に求愛するのに、体に触れるなとは、ちょっと頭が硬すぎませんか。我々、犬種属は触れ合うことが日常的なので、ルカ様のように抵抗があるのは珍しいのです」
「あのね、イエーツ宰相。私だってそういう空気になったり、嫌じゃなければこんなに大騒ぎしないの。強引すぎるし、もう少し私の気持ちを考えてほしいな」
「ニンゲンの感情は複雑で難しいですね」
イエーツ宰相は私の言葉に納得したのか、うんうんとうなずいている。対してウィルは不満顔だ。
「ウィル、そんな顔しないで。せっかくのイケメンが台無しだよ」
私がそう声をかけると、パァッと顔が輝いて、
「イケメンってなんですか? 褒めてますよね?!」
と尻尾をぶんぶん振っている。そっか、この世界にはイケメンなんて単語はないのね。
「イケメンって、顔がカッコいいってことだよ。ウィルは黙ってればカッコいいんだから」
「じゃあ黙ってます! そうすれば好きになってもらえますよね」
そんな単純じゃないんだけどなー、と思いつつ、ウィルににこやかに笑いかけてうんうんしておいた。するとウィルはしっかり口を閉じてにこにこ私の後ろで立っている。
これで少しは静かになるよね。
イエーツ宰相は衣服や髪の乱れを整えて、机に向かっている。
「では、練習場の件はお話ししたように、緋騎士団の練習場をお使いください。それから、猫王国へは緋騎士団を潜入させますので、ルカ様が行く必要は全くございません。私としては王都に居ていただいた方が安心です」
ガウディ王もそう言ってたね。私が責任を感じて行く必要はないって。良かった。今の状態で放り出されたら路頭に迷いそうだもん。
せめてもう少し魔法やこの世界のこと、猫王国のことが分かってからにしたいし、ルカのことも心配だし。
私はイエーツ宰相にお礼を言って執務室を後にした。
あのクールな宰相にキスされそうになったのはすごくびっくりしたけど、その後のウィルとの子供みたいなケンカを見てちょっと呆れ気味。
当のウィルは、私の横で黙って歩いてる。いつもならラジオばりに延々としゃべってるのに、今は黙々。たまに目が合うとにこっとしてる。こうやってれば好きになるって思い込んでるもんね……。
私はなんとも言えない複雑な気持ちで、ルゥ待つ宿木の館に戻った。




