第三十話・ルゥのこと
ウィルが太ももから血を流している。
ルゥに咬まれた傷だ。ウィルが私にセクハラ求婚してきたのに反応して、私を守ろうとしてくれたみたい。
ルゥは私の足に腕を回してくっついてる。ルゥの髪を撫でながら、痛がるウィルをどうするか悩んでいた。
「痛いぞ、ルゥ。血が出るほど強く咬むことないじゃないか、ルカ様のことが好きなの者同士仲良くできると思っているのに」
ウィルがルゥに優しくしてた理由って……大人だからとかじゃなくてそう言う理由なの? ちょっと引いてしまう。
それにしても白い制服のズボンに血が広がって、見てるだけで痛々しい。治るまでどれくらいかかるんだろう。
そうだ、治るといえば。私は怪我をしない体だって言ってたけど、魔法を使って怪我を癒すことはできるのかな。
「ルカ様、その思いつき、是非やってください!」
ウィルは私の顔を見て何を思いついたのか悟ったようで。私はしゃがんでウィルの太ももに手を当てる。
「ああ、ルカ様にこんなポーズをしてもらえるだけで幸せすぎて元気が出そうです」
「ルゥ、次またウィルが気持ち悪いこと言ったらまた咬んであげて!」
「うん!」
ルゥが返事してくれた、可愛い。片言だけど喋ってくれるようになってきてる。
ウィルの傷に手を当てて、治れ、と念じる。自分の傷が消えた時のように、瞬く間に回復していくイメージで。
「あっ、痛くなくなりましたよ!」
ウィルが嬉しそうに言ったので、私はホッとして手を離した。
「ルカ様、すごすぎます。怪我人を癒せるなんて、本当に夢のような力ですね」
「本当に。私だけこんな都合良すぎる力をもらって良いのかな?」
「それはまぁ、そのぶん猫王国の異変をなんとかしろって暗に言ってましたよね、女神様」
そうだ。思い出したらため息が出てきた。
でも私ができることが増えたから良いのかな?
できることと言えば、ルゥ。
「ルゥ、抱っこしてあげる、おいで」
私が手を伸ばすと、ルゥは嬉しそうに抱きついてきた。結構重いけど、ルゥの温もり、柔らかさが心地よい。ルゥの大きな瞳や耳や尻尾は、チワワか何かだよなあ。臆病なところも少し似てる気がする。可愛すぎるウルウルとした瞳を見ると、なんでも許したくなっちゃうよね。
「とりあえず、女神様が現れたことと、私の力のこと、王様とイエーツ宰相と、大司教とみんなで集まって話さないとだよね」
「その日時の調整はすでに指示してあります! そろそろ返答が来ると思うんですけどね」
ウィルは意外と仕事ができるんだね。そりゃ副団長なんだからできるか。でもどこか抜けてそうなこの笑顔を見てると、本当に副団長なのかなって思っちゃう。
三人で練習場を後にしようと歩き出すと、王宮の方から、遠目でも分かる、美しい白髪の女性騎士がこちらに向かって歩いて来た。
碧騎士団の団長、メイローズさんだ。
ルゥが体を震わせて私にしがみつく。
「大丈夫よ、ルゥ。私がついてるから」
ギュッと力を込めて抱きしめて、安心させてあげる。ルゥは私に抱っこされたままメイローズさんを睨んで目を離さない。怖いからこそ目が離せないんだろうな。
メイローズさんは近くにやって来て、私に一礼した。
「お忙しいところ申し訳ありません、ルカ様、少しお話しよろしいでしょうか?」
「もちろんです。実は私もメイローズ団長にお話ししたいことがあって」
私たちは顔を見合わせて、もしかして、と二人でルゥに視線を合わせた。
「その子を今後どうするかについてお話ししたいと思っておりましたが、同じことをお考えのようですね」
「はい。見てください、一日でこんなに慣れてくれたんですよ。お話もしてくれます。ウィルにも少しずつ慣れていますよ」
ウィルは笑いながら、触れることもありますよー、たまに咬まれますけどね! と太ももを示して見せている。
ルゥは唸ることはしなかったが、不安や怯えがあるのは痛いほど伝わって来た。メイローズさん自身は素敵な犬人の女性だと思うけど、彼女が仕事としてしてきたことは、この子や同じ境遇の子たちの心を傷つけてきたんだろう。
「あの、私がルゥのことをきちんと面倒を見て、他の人とも意思疎通ができ、仕事もできる状態にするので、それまで待っていただけませんか?」
うーん、とメイローズさんは口に手を当てて悩む。ポーズがいちいち様になるなぁ。
「この子だけ特例というのは、本来であれば許されないのですが、相手がルカ様なので、まあ、良いでしょう。ただ、少しでも危険であったり、慣れないならば、他の子と同じように孤児院送りにします」
「イヤ!」
ルゥは叫んだ。メイローズさんは目を丸くしてびっくりしてる。ルゥが喋ると思ってなかったのね。でもルゥは私たちの話もちゃんと理解してるし、言葉だってどんどん吸収してる。
「ありがとうございます。ルゥなら大丈夫です、私のことを守ってくれてるんですよ、こんな小さい体で。必ずルゥのことはしっかり面倒をみますので」
「ルカ様のご負担にならなければ良いのですが。その子の更生にはどのくらいの時間がかかるとお考えですか?」
「うーん、そうですね。早くて一週間、遅くても三週間以内には、落ち着くと思います」
「そ、そんなに早く!?」
「そうですよ」
私はルゥの頭を撫でて、華奢な体を抱きしめる。
ルゥと出会って、あの騎士たちの対応を見てから、私は悟ったんだ。
この世界には、臆病な犬人を慣らしたり、導くためのテクニック、扱い方が全然できてないって。
今のメイローズさんの反応もそう。孤児院送りにしてもダメなまま成長して早死にするって言ってたけど、それは臆病さをそのままにしちゃうから。何もかもがストレスで、それを上手く受け止めたり、成長する機会を与えていないから。正しい接し方をすれば改善できるのに、その手法が存在してないんだ。
「メイローズさん。ルゥが私との暮らしに慣れて、誰も傷つけなくなったら、お願いしたいことがあるんです」
私の、決意のこもった言葉に、メイローズさんの耳と尻尾がぴくりと動く。
「……なんでしょうか」
私にしかできないことを、見つけた、そう思ったんだ。ルゥを抱きしめながら、言葉を出した。
「孤児院に行って、他の子たちの力にもなりたいんです。私にその力があると分かっていただけたらの話で構いません」
「なんとまあお人好しな……」
メイローズさんは頭を抱えていたけれど、口元は嬉しそうに笑っていた。バッと顔を上げて私の腕を優しく包み込む。ルゥを抱っこしているからルゥごとだ。
ルゥはびくっとして咄嗟に咬みそうになるが、もっと早く、私がルゥを押さえた。
今、ルゥは私を信用してきてくれているから、私が静止してるのが分かって、咬みつかずにいてくれた。
メイローズさんは私とルゥを試したのかな? と思ったけど、どうも違うみたい。目がキラキラ輝いている。
「ルカ様、あなたは本当に素晴らしい方だ。この世界に来て、自分の利益や安全より、苦しんでいる者の力になろうと考え行動されようとしている」
そうか、私の言葉に胸を打たれたんだ、この美しい犬人は。テンションが上がって、ルゥのことも忘れて私の腕を掴んだみたい。
私と目を合わせて微笑んでいる。
「私の力不足で、この子のような子供をどうすることもできずに悩んでおりました。ルカ様がそのお力を貸してくださるのなら、私は喜んでその機会を設けましょう。そしてルカ様が動きやすいように全力で尽力いたします」
良かった。メイローズさんに受け入れてもらえた。私の腕の中で、ルゥが、
「ルゥ!」と叫んだ。
メイローズさんは?な顔をしていたけど、私はルゥが何を言いたいのか分かって笑ってしまった。
「ちゃんと名前があるから呼んでほしい、ってことですよ」
伝えると、メイローズさんは私から手を離して、嬉しそうに笑って、ルゥを見た。
「ルゥ、良かったな、ルカ様と出会えて。私もルカ様と出会えたこと、ルカ様がジーアスに来て下さったことが、本当に嬉しくて仕方ない。ルゥと同じ気持ちだよ」
いたずらっぽく微笑みながら話すメイローズさんは、すごく素敵で。団長として毅然としてる姿もカッコいいけど、砕けた感じはもっと素敵だわ。
ルゥもちゃんと分かったみたい。もう緊張やら不安や警戒はなく、メイローズさん見ている目も、もう疑いは浮かんでいなかった。気持ちが伝わったんだ、嬉しい。
「いやー、良かったですね。僕だけが咬まれて嫌われ者ですけどね、ははは!」
ずーっと静観していたウィルが、ここぞとばかりに割り込んできた。ルゥが、キッと睨むのを見て、メイローズさんは笑っている。
「ルゥ、えらいぞ。このアホな犬人からルカ様を守ってくれ。それではルカ様、貴重なお時間をありがとうございました。お話できて本当に良かったです」
「私も楽しかったです、メイローズさん。またルゥの様子を見に来てくださいね!」
「もちろんです。一週間後に参ります」
美しく一礼し、颯爽と歩き去って行った。うーん、メイローズさんもカルカスさんも、団長クラスになるとやっぱり格の違いを感じるなあ、ウィルを見てるからなおさら。
それにしても。ルゥと出会った時、私にしかできないことがわかった! 見つけた! って思ったんだ。その矢先に女神様に会えて、まさかの魔法使いにしてもらってしまったけど。
魔法使いなのはさておき、私自身の知識と経験で、ルゥをはじめ、困っている子供たちの力になれないかなって思ってた。だからメイローズさんに話せてよかった。
魔法使いとしてやるべきことも増えちゃったから、何から手をつけるか、これから話し合わなきゃいけないけど。
「とりあえず、今日はめちゃくちゃ疲れた気がする。館に帰って休もう」
魔法を使ったせいなのか、体がひどくだるい。長い一日だった。ルゥを抱っこしてるからっていうのもあるかも。
ウィルもうなずいて、
「ハードな一日でしたからね。美味しいごはんを食べて、みんなで休みましょう!」
あっ、このテンションは、また懲りずに同じ部屋で寝ようとしてる。ルゥに守ってもらわないとね。
ルゥも同じことを考えているらしく、私を見て、大きな可愛らしい瞳でウインクしてくれた。




