第二十九話・魔法を使ってみよう
蒼騎士団の練習場は、まるで学校の校庭みたいな大きなグラウンドだった。
ドレスではなく動きやすい服装ーーそれでもかなり装飾もありきらびやかだけどーーになった私とルゥは、ウィルの所属する蒼騎士団の練習場に来ていた。
先に練習場に来ていたウィルが、騎士団員数人を引き連れてやってくる。ウィルの隣には、ウィルよりかなり背が高く、艶々とした短毛の、ろうそくの炎のような形をした立ち耳をした犬人がいる。
ウィルより装飾のついた制服を着ているから、あの人が団長さんなのかな、もしかして。ルゥは私の足にしがみついてウーウー唸ってる。制服を着た犬人たちに酷い目に遭わされたことは、ずっと忘れないだろう。それ以上に優しくしてもらったり、良い思い出ができれば少しはルゥも落ち着くとは思うんだけど。
「ルカ様、ご挨拶が遅れました、蒼騎士団団長のカルカス・ブラックウィドールです。我が騎士団のウィルアムがご面倒をおかけしています」
黒い短髪は綺麗に整えられていて、知的な茶色の瞳が私を見ている。精悍な顔立ちで、アスリートのような体つきをしている。さすがドーベルマン、なんて綺麗な人なんだろう。男の人に綺麗って言うのは失礼かもしれないけど、彫刻のように均整の取れた体つきと顔をしている。
カルカスさんはウィルの頭をぐしゃりと掴み、ぐいぐい下に押す。ウィルの耳が情けなく後ろに倒れている。
「やめてくださいよー、団長。僕はちゃんとルカ様の近衛騎士を立派に務めていますよ! ね、ねルカ様」
助けを求めるウィルのうるうるした瞳が可愛くて、つい、
「セクハラがある以外は立派に守ってくれていますよ」
と笑いながら言うと、カルカスさんは無言で腰の剣に手をかけた。ウィルが必死にその手を押さえる。
「セクハラは! してません! まだ! 何も! だから怒らないで!」
耳ぺたんこにして必死に叫ぶウィルがおかしくて、ルゥと一緒に笑っていると、カルカスさんはウィルを軽々と投げ飛ばし、ウィルはなんとか受け身を取っている。
カルカスさんは私に向き直り、一礼してくれた。
「ウィリアムはバカで単純で根っからの楽天家ですが、剣の腕は立つし、命をかけてルカ様をお守りするでしょう。なので今後またセクハラがあれば、俺に言ってください。二度とできないように痛めつけておきますので」
さらりと恐ろしいことを言うカルカスさん。でも口元が少し笑ってる。ウィルはその笑いには気づいていないらしく、震え上がって私の後ろに隠れようとし、先にくっついているルゥに激怒され追い払われている。
私はカルカスさんの笑いに気づいていないフリをして、
「ではその時はよろしくお願いします! 私が叱るより効果がありそうですね」
と笑って言った。
ウィルをいじめるのはここらへんにしておいて。カルカスさんと、他に二人の騎士がいて、私に頭を下げている。
「練習場は好きにお使いください。何か道具など必要な場合はこの二人が用意します。俺はまた王宮で仕事があるのでここらへんで失礼します」
カルカスさんは綺麗なお辞儀をして颯爽と歩き去っていく。その背が小さくなって、ようやくウィルが元気になった。
「ルカ様ー、早速魔法使ってみましょうよ! 的があった方が良いですよね? 君たち持ってきて」
ウィルが指示すると、二人はさくさく動いて的をセットしてくれた。ルゥが興味津々に見ている。
でも、本当に魔法が使えるようになってるのかな? ここまでして何も起きなかったら恥ずかしいんですけど。そう思うと勇気が出ない。
そんな私の気持ちを察してくれたのか、ルゥとウィルがそばに来て笑いかけてくれた。
「大丈夫ですよ、ルカ様。初めて何かをしようとする時は、失敗して当たり前。努力をしたということが、えらいんです。なぁ、ルゥも魔法が見れなくても、ルカ様が一緒に居てくれたらそれが一番幸せだよな」
ルゥもうなずいてくれた。うぅ、二人とも優しい。
私は深呼吸して気持ちを落ち着けた。女神様が言ってたことを思い出そう。
私のイメージで使えるように、魔法にしたって言ってた。他の人は超能力とか仙人とかその人その人のイメージらしいって言ってたっけ。らしい、ってことは女神様が過去に転生させた人とかではないのかな。
とにかく、人それぞれだけど、イメージしたような力を使えるってことだよね。問題は、呪文はいるの? それに、魔法にそれぞれ名前とかいるの? イメージするにはやっぱり名前くらいは無いとダメかな……呪文はよく分からないから唱えなくて良いと思うけど。
まず、的に向かって火の球を飛ばしてみようと思う。よくあるファイヤーボールってやつ。でも、いざファイヤーボール! って言うのってすごく恥ずかしいよね。それに他の魔法の名前もそれに合わせて考えなきゃいけなくなるのも面倒だし……イメージをそのまま名前にしたらどうかな?
火球よ飛んでいけ、とかどうかな。これじゃ痛いの痛いの飛んで行け、みたいで変かな。
ひとり悩みに悩んでると、やっぱりワクワクしてる感じのウィルとルゥと目が合って。にこにこしてる。ルゥは口を開けたままワクワクしてる。二人の距離が近付いてる気がするのは、ウィルの努力の賜物なんだろうなあ。
はっ、いけない。現実逃避しかけてた! 二人とも気にしないって言ってくれたし、そろそろ少しはアクションを起こさないとだよね。
覚悟を決めて。イメージして。まず炎ね。
「炎が手から上がって……」
イメージの練習、と思って自分の手を見ながら、声を出すと、その瞬間。
ボゥ! と音がして掌から炎が上がった。
「きゃあ!」
「おお!」
私の悲鳴とウィルの歓声が同時に上がる。ルゥは火が怖いのかウィルのマントにしがみついている。
びっくりした途端炎は消えてしまったけど、たしかに手から炎が上がった! 熱くはなかった。
それじゃあ……どうやら恥をかくことはなさそうだから、ファイヤーボールをやってみますか。
すぅっと息を吸い込んで、さっきの炎が飛んでいくイメージをする。
「火球よ飛べ!!」
私の声と同時に掌から炎の球が生まれて、そこそこの速さで的に向かって飛んで行った。的をしっかり見ていたからか、火球は大きな音を立てて的にぶつかって、炎を四方に散らしながら的を破壊した。的はバラバラになって焼け焦げている。
「で、できた……すんなり使えちゃった、魔法」
私は茫然と自分の手を見つめる。何も変わりはないのに。すごいけど。
ウィルが消火の指示を騎士たちに出して、それから私が見つめている私の両手をぎゅーっと握りしめた。
「本当に魔法使いになりましたね! 世界でたった一人のニンゲンで、しかも唯一の魔法使い! すごすぎます!!」
ウィルの無邪気な笑顔にホッとするけど、本当に喜んで良いのかな。そりゃ自分の身はこれで守れるけど、私ひとりこんなすごい能力もらって良いのかしら……。
ウィルは私の手を握りしめたまま、
「ついでに、世界でたった一人の! 僕のお嫁さんになってください! ね、そうしましょう。僕は魔法使いの妻も大歓迎です」
ウィルのマントにつかまっていたルゥが、ウィルの話を聞いて、ダメ! と言ってウィルの足に咬みついた。
「いたーー!」
ウィルの悲鳴が練習場に響き渡る。自業自得よね、早速カルカスさんに報告しなきゃ、そう思いつつ、ウィルのセクハラを撃退する魔法は何かできないか早速考えようと心に決めた。
力を授ける、と言われてイメージするものはなんでしょう。ルカはたまたま怪我が治った時、ウィルと魔法という言葉を交わしていたのもあり、力と言われて魔法をイメージしたんですね。
もうウィルの護衛もいらないですね。
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