第二十五話・私のできること
昨日はイエーツ宰相との話で、考える事も多くて疲れてしまい、ウィルに誘われて乗馬をしたものの、すぐ疲れて館に帰って休んだ。
今日は珍しく朝から曇りで、大神殿へ行かなきゃいけないけど、雨が降らないといいなと思いながら外を見ていた。
ウィルが迎えに来るのを待ってるけど、今日はちょっと遅い。
何気なしに窓の外を見ていると、館の前庭で、作業をしていた犬人と、そこを通りかかった犬人が、何やら怒鳴り合っている。
「俺のこと睨んでただろ!」
「お前の方こそ! 前からお前の目つきが気に入らなかったんだ!」
「なんだと! 小汚い毛色しやがって!」
「この野郎! ぶっ飛ばしてやる!」
ありゃ、これは間違いなくケンカだわ。
しかもよく分からない言いがかりで。
部屋の隅に控えてくれていたメイドさんも窓のところに来て、ケンカが始まりそうな二人を見る。
「あー、あの二人、いつかこうなると思ってました。いつも睨み合ってお互いの悪口言ってたんです」
メイドさんが仕方なさそうに言う。
ケンカが始まったけど、周りの犬人は誰も止めない。
「誰も止めないの?」
「えっ、ケンカを止めるなんて危なくて。巻き込まれたら嫌ですし」
放っておけないでしょう、と私はメイドさんに言って、急いで部屋を出て階段を降りて、前庭へ向かった。
今も言葉にならない叫びが続いて聞こえてくる。
ケンカしてる二人が目の前に見えた時、私はそれが犬同士のケンカに重なって見えて、
「いけなーーい!!」
と思わず大声で言っていた。
私の大声にびっくりして、ケンカしてる二人も、周りの犬人たちも固まる。
「離れて! 二人とも離れなさい!」
こういうのは時間が肝心。とにかく早く。またケンカに戻る前に。二人の体を押し離して、後ろに下がらせる。
「ル、ルカ様……」
「俺は悪くないんです、こいつが」
二人とも動転しつつも、まだケンカモードだ。耳を倒しながら猫背になって体を丸めてるし、尻尾の上の毛が逆立ってる。よく見ると髪の毛も逆立ってるっぽい。
「あー! はいはい。二人ともやめて。ケンカはやめて。怪我をして働けなくなったらどうするの?」
私が低めの声で厳しく言うと、二人ともうつむいてぐっとこらえてる。とりあえず睨み合いは止まった。
「なんとなく気に食わないからって、ケンカしないで。どうしてもケンカしたいなら、怪我をしないようにして、仕事にも影響がないようにして。そんなことができるのなら。できないでしょ?」
私の言葉にうつむいたまま渋々と言った感じでうなずく二人。
「私は、目の前であなたたちがケンカしてるのを見た時、すごく心配になったの。怪我したらどうしようって」
私の心配の言葉を聞いて、一人がふぅ、と悲しげにため息をついた。肩の力が抜けて、逆立ってた髪が落ち着いていく。冷静になってきた。まだ根に持ってそうな方にも、声をかける。
「どちらか一人でも怪我をしたら悲しいよ。元気で笑顔で働いてる姿を見るのが、私は嬉しい」
ついに二人ともケンカモードではなくなり、落ち込んでいる感じになった。体を丸めて耳を後ろに倒し、尻尾は丸まっている。
「二人とも少しは冷静になったね。じゃあ、もうケンカしないよう、お互いのことよく知ってみたらどう? この様子だとちゃんと会話した事もないんだよね。そこの犬人さん」
周りでケンカを傍観していた一人の、背が高くがっしりした犬人に声をかける。
「二人に横向きに並んで、仲良くお散歩してもらうから、あなたはその後ろからついて行って。二人だけにするのは不安だから、体が大きくて穏やかそうなあなたが付き添って欲しいの。二人とも、散歩しながら、自分たちの話をして、少しでもお互いのこと知ってみたら、もうケンカなんかしたくなくなるよ、きっと」
私は早口に三人に指示を出す。三人は、はい、とおとなしく指示に従ってトボトボと前庭から庭園に向かって歩いていった。
昔、うちの犬同士がケンカした時、こうやってケンカを止めて仲直りさせたんだよね。新しい子が来ると必ずケンカする子がいたんだけど、こうやってお散歩させると、もうケンカしなくなって。懐かしいなあ。
三人の姿が見えなくなるまで見送ったけど、大丈夫そうなのでホッとして息を吐く。
後ろでパチパチと拍手が聞こえた。
見ると、ウィルが私をみてニコニコ笑いながら拍手していた。
「ルカ様はやっぱり特別ですね」
嬉しそうにそう言って寄ってくる。
「何が特別なの?」
「犬人同士のケンカは、ケンカに混ざるやつはいても、止める者はほとんどいないんです。僕たち騎士くらいですね、止めるのは。それでもあの程度のケンカなら放っておきます」
「なんでなの? 怪我しちゃったら困るし、ケンカして仲直りできれば良いけど……」
「そこなんですよね。仲直りって僕たちあまり得意じゃないんです。嫌いな奴、苦手な奴は、避けるかケンカするかの二択しかないんですよ。そういう性なんです。あんな風にケンカを止めて、仲直りまでさせるなんて、すごいです!」
そうなのね、人型になっても犬らしさって残ってるんだわ。人間とは違うんだって再確認した。
「とにかく必死でやったことだから、余計なお世話だったかもだけど、少しでも役に立てたんなら嬉しいよ」
「絶対良い結果になりますよ! 明日にでも二人の様子を見てみればわかる事です」
ウィルはにこにこして私のしたことを心から褒め称えてくれた。こういう反応をしてもらえるのは、素直に嬉しい。自分に自信が持てる感じ。
「じゃあ、バタバタしちゃったけど、大神殿に行こうか」
「そうですね! 王都の中にあるので、馬車を手配いたしました。ルカ様にぴったりの、可愛い馬車ですよ!」
館の入り口に、小さな馬車が止まっている。白くて豪華な装飾が施されている。見ると、装飾が花や蝶の模様になっている。
たしかに可愛い。
ウィルがエスコートして乗せてくれる。中は優しい水色で、外がよく見えるように、大きな窓がついている。
「大神殿まではどれくらい?」
「十五分くらいですかね。街中の様子を見ながら楽しみましょう! 王都は碧騎士団の警備や治安維持によって、素晴らしく治安が良いんです。気になるお店があったら寄り道しましょう!」
大神殿で大司教が待ってそうな気がするんだけど、ウィルは、どこどこの店が美味しい、あそこの店のなにが可愛い、と女の子ばりに大騒ぎしている。
馬車が出発して、空を見ると曇り空が少し明るくなってきた。今日は雨の心配はなさそう。
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