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第二十四話・私のこの先

「僕、あんなにキレそうなイエーツ宰相、初めて見ましたよ! いつも冷静沈着な方なので、あんなに感情を表に出すことがなかったんです。いやー、楽しかった!」


 ウィルが心底楽しそうに話してる。尻尾も左右にぶんぶん揺れてる。ウィルはどうもイエーツ宰相のことが苦手、もしくは嫌いみたい。


 正論しか言わなそうだし、事務的だし、冷たい感じはする。でも私はスタンダード・プードルが、実は家族にはすごい甘えん坊でやんちゃだって知ってるのだ。

 だから、イエーツ宰相のことも昨日のイメージや話した感じだけで決めつけることはしないようにする。


 とはいえ。


「すっごい怒ってたよね……」

「そりゃもう。鼻息荒く執務室に走って行きましたからね」

「私も無茶なことを言ったって分かってるけど、はいそうですかって神殿で祈りを捧げる毎日なんて嫌だったんだもん」

「そのルカ様の気持ち、僕が一番理解してると思いますよ」

「そうだよね、ありがとう」


 昨日、イエーツ宰相やアンダンテさん、ガルファルさんと会って、それからウィルが王宮を案内してくれた。私の言葉に怒ったイエーツ宰相はさっさと執務室に走って行ってしまったけど、アンダンテさん、ガルファルさんは時間の許す限りは一緒に王宮を回ってくれた。


 アンダンテさんは、ラブラドール・レトリバーらしく、天真爛漫で明るくて、私の言いたいことはよく分かります! と言ってくれた。アンダンテさんも子供の頃はレストランをやりたいと思ってたそうで、理由が、美味しいごはんをお腹いっぱい食べて暮らしたいから。でも生まれた家が王家で、しかも長男だったので、王になるしそれ以外の期間は相談役をしなくてはならない。他の仕事には就けない。アンダンテさんは、王都や、各地の街や村にレストランを増やすための助成を出すことを決め、自分の立場からできる、子供の頃の夢を広げたそうだ。


 私がアンダンテさんの話を思い出して笑っていると、ウィルは私の足元に来てひざまずき、


「ルカ様が僕と結婚すれば、クロスフリー伯爵夫人として、ニンゲン様だからとかそういう縛りなく、のんびり楽しく暮らせますよ! だから結婚しましょう!」

「本当に、縛りなく暮らせるのかなあ? ウィル、イエーツ宰相に頭上がらないでしょ? 昨日もすみっこで気配消してたじゃない」


 私の言葉に、ぎくっ、と耳をぺたんと垂らすウィル。ほーらね、やっぱり。イエーツ宰相に勝てないと、絶対自由は勝ち取れない気がする。それに、ウィルと結婚したらそれはそれでまた縛られてるような気がする。


「そ、そんなことないですよ。ルカ様のためなら、イエーツ宰相に睨まれても頑張りますよ!」


 睨まれても、と言ってるあたりからもう耳と尻尾がね。耳は怖がってぺたんとしてるし、尻尾はお股の間に入り気味。私はウィルの肩をぽんぽん叩いて、「じゃあ私が昨日イエーツ宰相にしたお願いの、結論が出たか、聞きに行く勇気はある?」と聞いたら、

 しゅっ! と素早く立ち上がり、目を横に泳がせながら、


「そういえば、今日、うちの団長が地方視察から帰ってくるんです! ルカ様にもご紹介せねば。イエーツ宰相のところに行く前に、うちの団長に会いに行きましょう! そうしましょう!」


 ウィル……どんだけイエーツ宰相が怖いんだろう?


「分かった、じゃあ私だけでイエーツ宰相に会いに行ってくるから、執務室まで連れて行って。ウィルの上司には、その後に会いに行くよ。イエーツ宰相に昨日のことお詫びしたいし、彼の意見も聞かなきゃ」





 ウィルはすごく嫌がってしぶって、それはもうイヤイヤ期の子供か? ってくらいしぶったけど、私も折れずに説得を続けて、最後は叱りつつ、ウィルに連れて行ってもらうことに成功した。


 イエーツ宰相の執務室の前で、ノックをする。


「どうぞ、ルカ様」


 昨日と同じ、冷たい感じのイエーツ宰相の声。入ると、書類が積んである机の前にイエーツ宰相は立っていて、向かいにある椅子を指して、お座りください、と言ってきた。


「ノックで私だって分かるんですね」

「ルカ様の匂いや足音は、私たち犬種属とは全く異なるものなので、かなり遠くから分かっていました。それで、昨日の続きをお話ししに来られたのですか?」


 なんだか喧嘩腰とはまでは行かないけど、話す必要ある? くらいの勢いで言われてる感じはある。でもそれに引いたりめげたりしちゃだめだ。


「少し話したいです、いいですか? 私は人間だっていう肩書き以外、何も持ってない、仕事もなければ特技もないことはよくお分かりですよね」

「仕事ならあるじゃないですか、女神様の使いとして祈りを捧げるという、あなたにしかできない仕事が」


 まだそれを言って来るかー、やっぱりイエーツ宰相は頑固だ。頑固そうとは思ったけど。


「私、祈り方も知らないんです。そんな私が祈ったところで、何か効果があるとでも? 人間がこの世界でできることって、それしかないんですか? イエーツ宰相はこの国で一番頭が良い方ですよね。それなのに、祈ることしか思いつかないんですか?」


 私の挑発的な言葉に、また昨日のように耳が後ろに引かれ、尻尾がまっすぐ立つ。


「お言葉ですが、ルカ様。あなたは歴史上でも初めての、ジーアスに来たニンゲン様なのです。前例のないことについては私には判断が難しい。女神様がいてくれればこのような不毛な言い争いもせずに済むのに……」


 頭を抱えるような仕草をするイエーツ宰相。そう、それだ。皆さんからの期待も、女神様が使わした人間、って、女神様が必ず背景にいて。女神様の力は私も目の当たりにしたというか、身をもって知ってる。

 でも私は使いってだけで何もできない。せいぜい、怪我がすごい速さで治っただけ。それもあのとき一度きりだから、今はどうなのかもわからない。


「だから、ルカ様。大神殿に赴き、女神様と話せないか試してみてはいかがですか。昔は定期的に大神殿にて女神様とお話しすることが可能だったのです。三十年前までは」

「それ、私も気になってます。三十年前に、何かがあって、女神様が現れなくなったとか、なぜ現れないのかとか、そういう話は何も分からないんですか?」


 イエーツ宰相は私の言葉に首を横に振った。肩をすくめ、耳も斜め後ろに引き気味だ。私とのやりとりにストレスを感じてるのだけは間違いない。


「当時は私の父が宰相を務めており、大司教や王とともに最後の女神様との拝謁にも参加していました。だから私が持つ情報は間違いありません。そして、その日も女神様はいつも通りで、おかしな点も見当たらなかったのです。なのにその日を境に、いつもなら現れるであろう流行病の流行にも、飢饉にも、そして猫王国との戦争にも、現れませんでした。だから、ルカ様、あなたは国民の三十年分の期待を背負わされているのです。それをあなたが望んでいないことも分かります。ですが、女神様のお力によってこの世界に来たのならば、あなたにもなすべき責任はあるはずです」


 イエーツ宰相の言葉は、私には重かった。

 気になっていた事を聞く。


「女神様が現れていた頃は、病や食糧難、戦争などは無かった、ということですか?」

「もちろんです。女神様はジーアスの住人である私たちが悲惨な目に遭わないよう、いつも守ってくださいました。だから、流行病はすぐに収束し、食糧は天候に恵まれ、戦争は起きないよう、犬王国と猫王国、双方の王にお話をして、問題が拗れる前に解決してくださっていました」


 私が知ってる神様は、実態もなければ影響もない。でもファトゥム様は違うんだ。身近にいて、すごい力を持ってみんなを目に見える形で守っていたんだ。


 私は自分の掌に目を落とす。なんの力もない私が、三十年ら不安と苦しみの中にいたこの世界の犬人、猫人たちに出来ることなんてあるんだろうか。


 いつもこの壁に突き当たるなあ。


「……分かりました。イエーツ宰相の言う通り、まず大神殿に行ってみます。私ができることは、まず女神様となんとかまたお話しできないか試してみる事、これが一番だと言うことが痛いほど分かりました」


 私の言葉に、イエーツ宰相は耳を倒して、少し緊張が解けたように笑ってくれた。


「分かっていただけて光栄です」

「いえ、イエーツ宰相にはたくさん噛み付いてしまってごめんなさい。ひとまず大神殿に行ってできることをやってみますが、他にもできることがないか探してみます。私の気持ちは分かってもらえたようなので」

「分かっていますよ。王は、あなたが好きなように生きられるようにと望んでいますからね。でも王の意向だけではどうにもならないほど、皆の期待が膨れ上がってしまったのです」


 私もうなずいた。期待は嫌と言うほど感じてる。感じなかったのは、ガウディ王と、アンダンテさんくらい。あとウィルは、違う意味で期待されてるのがちょっと面倒……。


 イエーツ宰相はくるりと背中を向けて、話を続けた。背中を見せるのは、確か、犬同士なら、尊重の意味があるはず。無防備な背中を晒すわけだから。


「そういえば、蒼騎士団のお調子者副団長、ウィリアム・クロスフリーの事ですが。あなたに失礼なく、きちんと近衛騎士ができていますか?」


 急にウィルの話になる。なんだろう?


「ええ、ウィルは一緒に旅をしてきたのもあって、とても信頼しています。ただーー」

「あなたに結婚を迫っているそうですね」


 わ! イエーツ宰相の耳にも入ってるのね。

 私は苦笑いした。


「そうなんです。ウィルのことは好きです、でも異性としてというより友達のような気持ちです」

「そうだと思っていました。分かりました。ウィリアム・クロスフリーがあなたの近衛騎士を続けたいと願い出ているのですが、蒼騎士団の仕事に戻らせましょう」


 私の方を向き直って、冷たく言うイエーツ宰相。私は、それを聞いてうーんと頭を悩ませる。

 遠ざければ済む話なのかな。そうじゃないよね。


「イエーツ宰相、ウィルには引き続き私の騎士でいてもらえたら嬉しいです。仕事を変えて引き離すのではなくて、私からきちんと結婚する気はないと伝え続けます。それが、彼への誠意の見せ方だと思うので」


 私が言うと、イエーツ宰相は手に持っていたペンを落とした。カラカラと乾いた音がする。イエーツ宰相を見ると、びっくりしすぎたような、まん丸の目をして耳を目一杯立てていた。

 なんでそんなびっくりしてるの?


「そうですか……分かりました。初めて、ルカ様が特別なのだということを、理解いたしました」

「え?」


 何か特別なこと言った? いや人として普通の話をしただけのような気がするんだけど。

 人として。もしかして、犬人は違うのかな?


「継続的に誠意を持って向き合うという行為を、私たち犬人はほとんどしません。ウィリアムの場合なら、仕事で距離を離してしまえば済む問題ですから。距離を離したからルカ様への好意が薄れるわけではありませんが、少なくとも会えなければ付きまとう事も求婚する事もできませんからね。私たちはそうやって問題を解決するのです。誠意を持って向き合う事はあまりせず、行動で解決するのみです」


 ふーん、そう言われても、イメージがあまり湧かないけど。人間のコミュニケーションと、犬人のコミュニケーションの取り方は違うんだって事は、よく分かった。


 でも私の伝え方は、愛犬たちにはきちんと伝わっていたと思う。よく話を聞いて言うことを聞いてくれたもん。だから無駄じゃないと思うよ。


 私がイエーツ宰相を見ると、初めて、優しい笑顔を浮かべていて、ちょっとビックリした。こんな顔もできるんだ。


「お話が長くなってしまいましたね。では、近々大神殿へ向かわれてください。近衛騎士は引き続きウィリアムに任せることにします。お話できて光栄でした」


 最後の言葉は全然嫌味っぽくなくて、素直な気持ちみたいだった。イエーツ宰相は私に一礼すると、すぐ机の上の書類に向き合って、もう私には目もくれない。


 邪魔すると悪いと思って、そーっと執務室を後にした。

 自力で宿木の館に帰れるかな? と不安に思っていたとき、柱の影から見慣れた色とりどりの頭が出てくる。


「ウィル! どうしたの?」


 ウィルは胸を張って私の横に立つ。エスコートしたいらしく、腕を差し出してきた。


「ルカ様のおそばを離れないと誓っていますから。どうやら、今日は宰相閣下を怒らせずに話ができたようですね」

「そうね。今日は仲良く話せたよ。ウィルの話もしたよ」

「えっ!? なんの話ですか?」

「それは秘密」


 ウィルの腕を取ると、嬉しそうに彼は歩き出した。


「あっ、そういえば団長なんですが、また仕事だってどこかに出かけしまったんです。いつ戻るかも未定だそうで。すいません」


 入れ違いになる団長さん、どんな犬人なのか気になるけど、そのうち会えるよね。


「ううん、大丈夫。次はね、大神殿に行くから準備しよう」

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