第二十話・重い期待と未来の不安
三人の騎士と大司教は、私が疲れてるといけないからと、早々に馬車を出て行った。みんな自分の馬がいるそう。
馬車を出る時、翠騎士団のバルトさんがウィルの耳を掴んで一緒に引きずって行こうとして、「僕はルカ様のおそばにいるんですよお」と泣きそうになりながら騒ぐので、
「すいません、ウィルは一緒に乗っていてもらえますか?」
と私からお願いしたら、すんなり引き下がってくれた。
ウィルは引っ張られた耳をさすりながら、私の横にべったり触る。くっつきすぎて、横っていうか、一部分は上に座ったのでは? ってくらい重たい。
「あー、いてて。バルト翠団長は最年長の騎士で、僕も見習いの頃にはお世話になったんですけど。とにかく! 厳しいんですよ。今も、僕がルカ様に馴れ馴れしいって怒り狂ってますよ、おお怖い」
ぶるぶるっと震えるウィル。冗談ぽく言ってるけど、尻尾がお尻の間に入ってるから、本当に怖いみたい。
「たくさんの騎士が王国を守ってるんだね。それに、女神様の神殿まであるなんて……なんかスケールが大きすぎて、私ちょっとついて行けてない」
ハァとため息をつくと、ウィルは私の方に手を回してから、私の頭を撫でてきた。チラッと見ると、優しい笑顔だ。今回は興奮してよだれを垂らすとかはしてない。
「たくさん知らない人が来て疲れちゃいましたよね。大丈夫です! 無理に覚えようとしなくていいですから! ルカ様ともなれば、誰だっけ? って聞けばみんな百回でも丁寧に挨拶してくれますからね!」
ははは! とめちゃくちゃ楽しそうに笑うウィル。この笑顔は、私がバルトさんに名前を聞きまくり、バルトさんのプライドが傷つく姿を想像してそう……でもさっきのやり取りで、バルトさんのことは覚えちゃったよ。
ウィルが心底愉快そうに笑っていると、馬車の窓からコンコンと音がして、ウィルと二人で見てみたら、無表情だけど目が怖いバルトさんが馬上からウィルを睨んでいた。
ウィルはぎゅっと私にしがみついてブルブルしている。……こういうのが余計に怒らせるって、分かっててやってるのかなぁ?
こんな広い馬車に一人きりは嫌だし、ウィルなら気心知れてるから一緒に乗ってもらおうと思ったけど、本当はダメなことみたい。
犬人たちの立場とかそういうのが全然わからない。そもそも、
「なんの力もない人間の私が、なんで偉い人扱いされるの?」
ずーっと疑問だったことを口にした。
ウィルは私を見つめてにっこり笑顔になる。いつもいつも明るい笑顔でいてくれる。
「ルカ様は、女神様がジーアスに贈ってくれた特別な存在なんです。何も力がなくても。力が弱かったり、足が遅かったりしたとしても。何も特別なことはできなくても。ここにこうして存在してくれている。それだけで、僕たちはみんな嬉しいし、この世界唯一のニンゲンっていうだけで、すごいんです」
「でもそれって、天然記念物とか、珍獣って感じじゃない? それに実際、私は猫人みたいな素早さや運動神経もないし、ウィルみたいに強くもない。人間だからって何か特別なことができるわけじゃない。そんな私に、みんなは何を期待してるの?」
そう、口に出して実感する。あきらかに、犬人たちは私に期待をしているんだ。その期待が何かも分からないし、期待されていても何もできないから、不安になる。
コノエとヴァイスといた時には、こういう不安はなかった。二人は私に何も期待してなかったから。
でも、さっき出会った犬人たちは違う。
女神様の使いだって言うけど、私は女神様でもないし、話をすることだってできない。
ぐるぐる考えていると不安が増してきて、そんな私の姿を見てウィルは私をぎゅっと抱きしめてきた。
「ちょっと……ウィル、また怒られるよ?」
許可なしに触るなって言った約束も無視してる。でも、不安で胸がいっぱいの今、ウィルの温かい体や、大きな鼓動は、なんだか落ち着く。
「ルカ様に怒られても構わないですよ。あとバルト翠団長にもね。僕自身は、ルカ様に何も期待してないと言ったら嘘になるでしょう。だって、僕の願いは、ルカ様と生涯一緒に過ごすこと。その願いをルカ様が受け入れてくれることを期待してますから」
低く穏やかな声でウィルは続ける。抱き合っているので顔は見えないけど、穏やかな笑顔を浮かべている彼の顔が簡単に想像できる。それくらい、いつも笑顔でいてくれたから。
でも、とウィルは続ける。
「今日会った皆さんは、何かを期待しているように思われたかもしれません。でも、皆さんはルカ様のことを何も知らない。この、犬人とは全然違う、本当に心地良い香りと……初めてみる仕草や、僕を叱った時の強さ。犬人にはない、複雑な感情や、思いやりの深さ。僕は、ルカ様なにもできないとおっしゃるたびに、不思議に思うんです。あなたは、こうして触れ合って話しているだけで、こんなにも特別なのに」
ウィルは私の髪を撫でて、頭に顔を寄せている。彼の鼓動はすごく早くて、全力疾走してきたのかな? と思うほど。私もドキドキしているけど、ウィルほどじゃないと思う。
ウィルの優しい言葉は、不安とプレッシャーに押しつぶされそうだった私の心を、しっかり落ち着かせてくれた。
女神様の言葉、「楽しく、穏やかに暮してほしい」という意味。
それって、こうやってありのままの私を受け入れてくれる存在と一緒に歩んで行けってことなのかも。
コノエやヴァイスとならそうできると思ったけど、国の状況が悪いために離れるしかなかった。
そしてウィルと出会った。犬王国なら安全で。こうして理解してくれる存在もできたんだ。
でも、このまますんなり暮らせるのかな。
「ウィル。きっと、あなたがどんなに理解してくれても、そうじゃない犬人たちもいっぱいいるよね。だから、私は自分がどう生きていくか、これから決めて、それを実行するだけの力が必要だよね」
そう。期待に応えなければならないわけではないけど、応えないことで、自分の暮らしがどうなるか分からない。ウィルが私を守れるわけじゃない。私が自分でなんとかしなきゃいけないんだ。
私はウィルの体を引きはがして、笑顔で彼を見つめた。ぴんとした耳が私を一心に向いている。
「ありがとう、ウィル。少しだけ、分かった気がする」
連投です。集中して書きまくりました。目がチカチカしています。




