第十八話・翡翠戦争
お肉の焼けるジュワーという音と、漂ってくる良い香りで目が覚めた。
ベーコンの焼ける匂いとはまたちょっと違うけど、美味しそう。目を開けるとテントの中に寝ていて、たしか馬車の中で眠ってしまったはずなのに……と思ったけど、寝ている私をウィルが運んでくれたんだろうな。
ブーツを履いて外に出ると、ウィルと御者が火を前にして料理をしていた。
「おはよう! 昨日は寝ちゃって、運んでくれてありがとう」
お礼を言うと、ウィルはにっこりしてくれた。火の上に鉄の板があり、その上で肉を焼いている。調理器具は馬車に備え付けがあって、それも馬車を借りると付いてくるって言ってたなぁ。
御者は、ここで初めて気づいたけど、たぶんダックスフントだ。胴長、短足の体つきがそんな感じ。
「おはようございます、ニンゲン様」うやうやしく頭を下げて挨拶してくれる。
「そんな堅苦しくしなくて大丈夫! 私のことはルカって呼んでね。昨日は大変な目に遭ったけど、みんな無事で本当に良かった」
御者に明るく話しかけると、目がうるうるとして、「勿体無いお言葉です」と感激している様子。そんなたいそうな人間じゃないのに! ってこの世界に来て思うの何度目だろう。
「さ、朝ごはんができましたよ」
木のお皿にパン、目玉焼き、そして焼いたお肉が並べられている。二人分しかないので心配になって「御者さんのぶんは?」と聞くと、彼は朝早く起きて食事を済ませているので、私たちが食べている間に夜営の片付けをしてくれるらしい。そっか、仕事としてやってるから、私たちと一緒に休んだりはしないんだ。
私はウィルにお礼を言って朝食を食べ始めた。とっても美味しい。水も煮沸してくれたものを用意してくれて、まろやかで美味しかった。
「ウィルは料理が上手だね!」
「犬王国では、男女共に料理が教育の一環であるんです。美味しい食事は生活を豊かにしますからね」
「火は怖くないの? 猫王国にいた時は、みんな火を使ってなくて、なんでか聞いたら嫌いだって言ってたから」
そう、ヴァイスに、料理しないのと聞いたら、料理なんて時間のムダ、食べ物はその時に食べる量を取って来ればいいし、保存食は薫製にしてる、って言ってた。薫製が村の唯一の料理だって言ってたなぁ。
火はみんな嫌いだって言ってた。だから犬人もそうなのかと思っていたけど、そうじゃないみたい。
ウィルは私の質問にフッと笑う。
「粗暴で怠惰な猫人たちは、料理の素晴らしさも分からないし、火が怖くて使えないんですよ。だから翡翠戦争では火を使った作戦で我々が大きな勝利を挙げたんです」
「翡翠戦争……どんな戦争だったの?」
またこのワード。前にヴァイスが言ったら、コノエが話題を変えたやつだ。あの時はヴァイスに聞けないままだったけど、ようやく聞ける。
「流れを説明しますと、ジーアスでは犬王国と猫王国が十年も戦争をしていて、和平が結ばれたのは半年前なんです。その和平交渉の前にあった、最後の戦争が翡翠戦争です。名前の由来は、猫王国にある翡翠湖という、美しい湖が戦地になったからなんですよ」
なるほど。ウィルは話を続ける。
「その時は我が軍が猫王国に侵攻していたものの、兵糧も付きかけ、兵士たちも疲労のピークでした。猫王国にはかなり厄介な傭兵団がいまして、『月光兵団』と呼ばれていたんですが、夜襲に特化した暗殺者集団で、この傭兵団が本当に厄介で。我が国の戦士たち、騎士たちの命をたくさん奪われました」
ウィルの目がすっと細くなり、尻尾は静止し、遠くを見ている。
「翡翠戦争も『月光兵団』によって敗戦するだろうと言われていたところで、我が国の軍師がある策を思いつくんです。翡翠湖に黒油を流し、消えない炎を作り、昼夜共に炎の明かりと灯すというものでした」
戦争とはいえ。湖に油を流して火をつけるなんて。恐ろしいことを。私は話を聞いてショックを隠せなかった。この自然豊かなジーアスで、そんな野蛮なことをするなんて。ヴァイスと小川で魚を採って食べたことを思い出す。
ウィルは私を片目で見てから、話を続けた。
「その作戦のおかげで、『月光兵団』の夜襲も止めることができました。猫は火を嫌いますが、僕たちはそこまで恐れないので。そして我々が勝利したのですが、双方に大打撃でしたし、翡翠湖は美しかった姿を変えてしまったそうです」
ウィルは最後の方は少し悲しげだった。
「翡翠戦争は多くの命を奪い、命だけでなく、美しい自然も奪いました。女神様はそういった行為を嫌うので、戦争がこれ以上激化するのを恐れ、犬王国から和平を申し込んだのです」
「そうだったんだ……」
犬種属と猫種属同士がピリピリするのも、国の内政が安定していないのも、この話を聞いたら仕方なんだと分かった。
ウィルも苦しそうに笑っている。
「僕も大切な家族、叔父を翡翠戦争で亡くしました。叔父は翡翠戦争で軍の総司令官だったんです」
目を落とし悲しそうに話す。家族を大切にする犬種とあったし、ウィル自身とても明るくて人懐っこいから、きっと仲の良い叔父さんだったんだろう。そう思うと私も胸がぎゅっとした。
ウィルは顔を上げて、にこりとしてくれた。
「悲しい話を長々とすいません。今は和平も結ばれていますから、大丈夫ですよ。さぁ、準備ができたようです。出発しましょう!」
御者が支度を終えて馬車の横で待っていてくれている。
ウィルがさっと立ち上がり、手を差し伸べてくれた。私は抵抗なくその手を掴んだ。みんな色々な痛みや苦しみを乗り越えて生きてるんだって分かった。
もう戦争なんて起きないようにしたい。私にはなんの力もないけど、それでも、人間としてできることがあれば頑張りたい。
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