第十七話・転生したから?
ウィルの変な声にびっくりして聞き返すと、ウィルは言葉を失ったまま、私の腕を指差している。
さっきまでぱっくり切れて血が出ていた傷が、今は、血の跡はあるものの、傷自体はきれいさっぱり無くなっていた。
「えっ、なんで? ウィルは回復魔法とかそういうすごい技が使えるの?」
「いえ、この世界に魔法が使えるなんて犬猫はいませんよ」
「じゃあなんでだろう?」
「女神様からこういう力を授かったのでは?」
うーん、そんなことあるのかな。女神様は何も言ってなかったけどなあ。何度見ても、触っても、傷はなかった。
はっ、そういえば、体も疲れにくいような気はしてた。馬車に揺られても何があっても体が痛いのすぐ治るし、痛くなりにくいし。
「確かに、女神様のおかげかも! 転生したら体が丈夫になったんだと思ってた」
あはは、と脳天気に笑って見せたけど、ウィルはすごく悲しそうな顔をしていた。
手を伸ばしてきて、私の腕を掴む。
「良かった……本当に良かった。もしあなたに何かあったらと思ったあの時、心臓が止まるかと思うほどの恐怖に襲われたんです。あんな感覚は生まれて初めてでした」
ウィルは私の腕をしっかり掴んで、切ない表情で真っ直ぐに瞳を見つめてきた。ドキッとする。こんな真剣なウィルの顔、初めて見たかもしれない。
私は無意識に、彼の頬に手を当て、そっと撫でた。
「守ってくれてありがとう、嬉しかった。ウィルのおかげで助かったんだから、そんな顔しないで。いつもの明るいウィルでいて」
そういうと、ウィルは一瞬泣きそうな顔になったけど、それからにこっと笑った。いつもの彼の屈託のない笑顔だ。彼の思いやりが嬉しくて「よくできました!」と褒めて、頭をわしゃわしゃ撫でてあげた。
嬉しそうに尻尾が揺れている。
良かった。私もウィルも、御者さんも無事で。
「ん? いけない!」
ウィルが突然バッと外に飛び出して行く。私も後から馬車を降りると、馬に乗った猫人の後ろ姿が見えた。馬はすごい速さで駆けて行く。大きな荷物のようなものを馬に乗せているように見えた。
「やられた!」
ウィルの口惜しそうな声。見ると、気絶していたはずの猫人も、私を襲ってウィルに殺された猫人も、どちらも姿が無くなっていた。
「すみません、ルカ様。逃げられてしまいました。死体でもあれば猫王国との交渉のカードに使えたのに」
口惜しそうにしていたが、私が不安そうにしているのを見て、パッと笑顔になる。心配をかけまいとしているのかな。
「撃退はできましたから! もう大丈夫です! 今日は少し進めば見通しの良い平地に出るので、そこで夜営にしましょう」
ウィルは御者にテキパキ指示し、さっきまでひどく震えていた御者も落ち着いて動いてくれている。
私は一人になってまじまじと腕を見た。実は、痛みはないけどぱっくり切れた傷口から、白っぽい何かが見えてたんだよね。筋とか腱とか骨かな……って内心不安だったんだ。
今、怪我してた箇所をぎゅっと押してもつまんでも、違和感もない。固まった血だけが、本当に怪我したんだって事実を教えてくれてる。
私の体、どうなっちゃったのかな? すごいけど、ちょっと怖いかも。また女神様に会って話を書く事ができればいいのに。
腕をさすっていると、ウィルが車内に入ってきて、すぐ馬車が走り出した。
猫人の血だらけだったウィルの顔や首は、拭いてきたらしくおおかたの汚れは取れていたけれど、服は血に染まったまま。血のにおいがはっきり分かる。
「においが気になりますよね、すみません」
ウィルはしゅんとして、それから服を脱ぎ出した。上着を脱ぐと薄手のシャツになっていて、シャツはそこまで汚れていない。上着を丸めて、馬車の荷台の方にぽいっと投げた。
今日も色んなことがあったなぁ。思えば、この世界に来てから、毎日とっても慌ただしく、生きるのも精一杯の命がけ。
安心したからかあくびが出そうになって、必死に噛み殺す。
「ルカ様、疲れたでしょう。少しお休みしてください」
ウィルが自分の膝をぽんぽんして、ここに寝てください、と言ってくるけど、私はやんわり断って、背もたれに頭まで預けて目を閉じた。
すると、向かいに座っていたウィルが、隣に座ってきた。目を閉じていても音と気配で分かる。
触れているところから温かい。ウィルは体温が高いんだ、やっぱり犬っぽいなあ。私の手にふわふわした毛が触れてくる。たぶん尻尾。触り心地がすごく良い。さらさらしてる。
思い出すなぁ、うちの犬たち。みんな元気かな? 女神様が約束してくれた事があるから、きっと心配ないと思う。もう二度と会えないのはすごく寂しいけど、みんなが幸せに暮らしてるんだって確信があれば、自分も頑張ろうって思えるから。
ウィルの尻尾の触り心地が本当に良くて、触っているうちに、吸い込まれるように眠りに落ちて行った。
ルカが眠りに落ちてから。
ウィルは、隣のルカの小さな寝息を聞きながら、よだれをこらえるのに必死になっていた。
(今なら、髪の匂いを嗅いでも怒られないはず。でももし気づかれて、また怒られたらどうしよう。でも、そっと嗅ぐだけならきっとバレないはず。そっと、そっと……)
ウィルは静かに、こっそりとルカの髪に顔を寄せて、胸いっぱいに息を吸い込む。
ルカの香り。犬種属とも、猫種属とも違う香り。日向ぼっこしている時の、あの優しくぽかぽかした香り。優しい香り。
ウィルの尻尾が、抑えきれずにぱたぱたと揺れる。両手でその尻尾に触れていたルカが、
「ん……?」
と身動ぎした。ウィルは息を飲んで硬直する。しかし、馬車の揺れもあり、ルカは目を覚さなかった。
(良かった。良かった! なんて良い匂いなんだろう。この方がどんなに特別な存在でも、僕はこの方のおそばにずっといたいし、他のどんな存在にも触れさせたくない。僕の、僕だけの、小さな女の子)
犬には独占欲がしっかりと備わっている。
犬王国は一夫一妻制だが、育児が終わった夫婦のみ、離婚と再婚が許されている。その時期以外に浮気をすると重罪だ。男女に関わらず浮気をした者は、生殖能力を奪い、一生を神殿で奉仕して過ごすことになる。
ウィルはオーストラリアン・シェパードという珍しい種類のため、結婚相手の候補はもう決まっていた。種類の違う相手を選び、雑種を産むという方法もあるが、雑種はやはり純血種より苦労が多い。
我が子に苦労させるを分かっていてその道を選ぶような真似は、愛情深い犬種属では、なかなかできない芸当だ。
それ以前に、犬種属ではなく、神に等しい存在とされるニンゲンの女性を相手に選ぼうとするなんて、無謀すぎる事だとは分かっていた。
「頭では分かっていても、心はそうはいかない」
ウィルは小さく呟いた。
馬車が止まる。今夜の夜営場所に着いたようだ。
ルカを横に寝かせて、自分は席を立つ。テントを張ったり食事の支度をしなくては。
眠るルカの顔を見ていたら、ウィルの胸に激しい感情が湧き上がってきた。
(好きで好きでしょうがない。全部僕のものにしたい)
寝ているルカに触れたかったが、必死に我慢した。
早くテントを張って、四肢を伸ばして眠れるようにしなければ。そっと馬車を出て、御者と協力して準備を始めたウィルだった。
犬の犬種図鑑って、高いものだと万近いんですよね。仕事柄、持っています。見つけると買うので何冊もあるんですが、実は図鑑によって書いてあることが違ったりすんですよね!それを見つけるのも楽しいです。
もし続きが気になると思って下さったら、広告の下にある☆をタップして、★にしていただけたら嬉しいです!
何よりの応援になります!!




