第十六話・王都への旅路でトラブル
馬車があまりに静かに、滑るように走るので、私はすごく感激していた。
あの猫王国から乗ってきた馬車は、猛烈に揺れる板の上に座ってる感じだったんだけど、今は、揺れも本当に少ない。
こんなに違うのね。高級馬車をチャーターしてくれたウィルに感謝しなきゃ。
だけど、感謝すると絶対図に乗るよね。
「ルカ様、なんか悪そうな顔してますよ。いじわるそうな!」
なんと、意外と鋭い! 褒めると図に乗るからやめとこうと思った、って言ったらウィルは泣くかな?
「ウィルが手配してくれたこの馬車、快適だなと思って感謝してたの。でも! だから撫でてとか言わないでね?」
先手必勝。
一日中ウィルの頭を撫でて過ごすのは嫌なので、先に断りを入れておくことにした。
ウィルは悲しむかなと思ったけど、意外とそうでもなかった。にこりとして髪をかきあげる。
「ルカ様。まるで僕が、撫でて撫でてと四六時中せがんでいるような言い方をなさいますね!」
「え? そうだよね?」
「違います!!」
ウィルのこの自信はどこからくるんだろう? 私には一日中言ってるようにしか見えなかったけど。
「今日でまだ五回しか言ってません! きちんと機会を見てお願いをしているんです。そりゃ、ルカ様と結婚したら四六時中撫でていただきたいとは思っていますが……」
け、結婚……まさかそこまで話が飛んでくとは。
「ウィル、あのね、申し訳ないけど、私まだあなたのことよく知らないし、結婚以前に付き合う気持ちもないからね」
ようやく準備していたお付き合いお断りのセリフを出すと、ウィルはにこっとして、
「今はそうですよね! でも、いつか必ず。僕に振り向いてもらいますよ」
うーん、自信過剰すぎる。
私まだこの世界のことなにも知らないし、自分の生活だって何一つ成り立ってない。そんな状態で、付き合うとか結婚なんて考えられないでしょ!
本当に大切な人に巡り会えたら、って、ジーアスに来る前はぼんやり考えてた。それは今も変わらない。
私が考え事をしているのを悟ったウィルが、なぜか私の手を両手でしっかり包み込んで握ってきた。
「きっと僕がルカ様の運命の相手ですよ」
「なんでそうなるのー! こら! また勝手に触った! ウィル! ダメって言ったこと、ちゃんと覚えてる?」
私は手を払って腰に当てて、ウィルを睨む。いけないでしょ! とすごむと、ウィルの耳がペタンと後ろに倒れた。
17歳の女の子にすごまれて小さくなる好青年って、すごい構図だけど。
「すいません、覚えてます。ハァ、ついまた触ってしまった……僕はもともとこういう性格なんですよ、ルカ様。フレンドリーなんです。気づけば触れてしまうんです。僕に限らずオーストラリアン・シェパード族はみんなそうなんです」
私は知ってるよ、と心中で呟いた。子どもの頃大好きですり切れるほど読んだ犬種図鑑に、書いてあったもんね!
明るくて社交的、それに体力もあり、走る速度も速いって。運動神経抜群なんだよね。
「ウィル。分かるけど、私の気持ちも大切にしてくれたら嬉しいな」
お願い、と付け加えると、ウィルは胸に拳を当てて、分かりました、と諦めたように言った。
その時、御者が私たちの室内に続く小窓を開けて叫んできた。
「騎士様! 馬車の前に怪しい者がいます!」
私が何か言うより早く、ウィルが剣を片手に馬車を飛び出して行く。私も続こうとしたが、ウィルが「安全なここにいてください」と言い捨てて行ったので、仕方なく車内で座る。
御者と話すための小窓から前を覗き見すると、御者が邪魔だけど、なんとなく見えた。
馬に乗ってマントを着た人が二人。フードをかぶっているのでどんな顔かは見えない。
ちょうど夕刻になり、それもあって辺りは暗くなってきていた。
「何者だ! 私は蒼騎士団副団長ウィリアム・クロスフリー、道を開けないと痛い目を見ることになるぞ」
ウィルが剣を抜いて構えている。
二人組は馬から降りて、無言のままナイフを抜いた。ナイフが不気味にキラッと光る。
ニ対一で、ウィルは大丈夫かな……。私も不安だけど、御者はもっと不安そうで、ガタガタ震えて、尻尾が股間に入っている。赤毛の垂れ耳をした小柄な御者は、手足も短く、とてもじゃないけど戦うことには向いてなさそう。
「きっと大丈夫ですよ」
私が御者に声をかけると、震えていた御者が小さな声で「ニンゲン様……ありがとうございます」と泣きながら返してきた。すごい怖がっていて、見ているだけで可哀想になる。
その時、剣とナイフがぶつかり合う音が鳴り響いて、私はウィルを見つめた。
マントの人物は、空中で身をよじり綺麗に着地する。あの動きは見覚えがある。
「貴様ら、猫か!!」
ウィルが牙を剥き出しにして怒鳴った。言われた方は無言のまま、再びウィルに襲いかかる。
ウィルは猫人の素早い動きに翻弄されず、しっかり攻撃を防いでいる。
猫人の攻撃を剣で防ぎ、次の瞬間、猫人の腕を掴んで地面に叩き負ける。ぎゃん! と猫人の悲鳴が聞こえた。ウィルの方が圧倒的に強いんだ、良かった。
倒れた猫人はほとんど動かない。
でももう一人いたような……、そう思った瞬間、馬車の扉がガチャッと開いた。
黒と白のぶちの耳をした猫人が、ナイフを片手にそこに立っていた。目つきは鋭く、冷たい目をしている。
びっくりしたけどそうだよね、二人いたらこうなるか。そんなことを思いながら、車内に武器になるものはないか、せめてナイフを受け止めるものはないかと視線を泳がせるけど、コノエがもたせてくれた小さなカバンだけが頼りなく座席の上にいるくらいだ。
他の荷物はみんな荷物置き台に入れてしまった。
やばい、どうしよう。
諦めのような気持ちが胸いっぱいになったその時、猫人が「ニンゲンなんか消えろ!」と小さく叫んでナイフを振った。
とっさに腕を出して防御する。
その瞬間、猫人の背後にウィルの色とりどりの毛の影が見えたと思ったら、猫人の首を背後から咬みついて、そのまま地面に叩きつけたのが見えた。
ウィルは大きな犬歯で咬みついたまま離さない。猫人は苦しげにわめきながらジタバタしていたけど、次第に抵抗が弱くなっていく。
そのまま動かなくなったところで、ようやく、ウィルは口を離した。血だらけになった口周りや制服が、かなり恐ろしく見える。
でも。不思議と恐ろしくはなかった。
「ありがとう、ウィル」
ちゃんと助けに来てくれたんだ。
ウィルはぶるぶると身震いして、口周りの血を腕で拭ってから、私を見た。その顔がたちまち蒼白になり、耳が垂れていく。
「すみません、ルカ様、僕がついていながら、お怪我を……」
今にも泣きそうなほど悲しげな顔をしてる。
大丈夫だよ、そんな顔しないで。
私は大丈夫。
ウィルの視線の先、私がとっさに自分を守るために突き出した腕が、ナイフで切られて血が出てる。でも不思議と全然痛くない。
「大丈夫、浅い傷だと思う。だって全然痛くないの」
「でも……手当てさせてください」
ウィルは手当てするために私の腕を取り、見つめていたけど、次の瞬間びっくりしたように「わあ!」と大きな声を出した。
「ど、どうしたの?」
不思議に思いながら聞いてみると。
読んでくださりありがとうございます! 嬉しいです!
暑苦しい好青年ウィルの独壇場もそろそろ終わります。
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