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分岐エンディング・ルーカス

ここからはエンディングになります。


分岐エンディング、とあるものは、それぞれ別ルートのものと考えて、好きなキャラのものを選んで読んでいただけたらと思います。


分岐でないエンディングも最後に書きますが、まとめというより女神の日常になります。なので、好きなキャラと結ばれる分岐エンディングが、私の中ではこの物語の終わり、という気持ちでいます。

 ファルザームとマトヴェイのことで疲れ気味になりながら帰ると、コントロールルームことリビングにはルーカスが一人で立っていた。


 艶やかな黒い長髪は一つに束ねられていて、眉目秀麗というにふさわしい整った顔が、じっと私を見ている。


「ル、ルーカス? みんなは?」


 いつになく真剣な彼の表情に気圧され、私は他のみんなの姿を探してきょろきょろする。


 ルーカスは優雅な動作で私の前まで歩いて来ると、いきなり片膝をついて私の手を取った。


「ルカ様、みんなは自分の家に戻っています。俺はルカ様と話がしたくて待ってました」


 騎士らしいカッコ良すぎるポーズに、心臓がドキドキする。でもそれは置いといて。


「私もルーカスと話したかったの。ちょうど良かった」


 なんとか平静を保って話しかける。ルーカスはにこっと笑って、私の手を取ったまま立ち上がった。


「俺の家に来ませんか? 落ち着いて話せると思うので」


 うーん、ルーカスの家について行って良いものだろうか。悩んでいると、脳裏にファトゥム様の声が聞こえてきた。


(それぞれと、それぞれが望む生活を送るべきです。ルカは女神として共にこの世界に来た者を愛で満たす義務があります)


 えっ、愛で満たす義務? そんなの聞いてないよ。


(小難しい話は置いておいて、せっかく何もかもを投げ打ってここまで来たルーカスの、話を聞いたり、優しくしてあげてもバチは当たりませんよ?)


 バチが当たるって、元の世界特有の言い回しだよね。ファトゥム様も同じ世界から来たんだもんね。


 私は小さなため息をついてから、捨て犬のような瞳で私を見ている長身の貴公子を見つめた。


「分かった。ルーカスの家に連れてって」


「良かった、こちらへどうぞ」


 ホッとしたのか、ルーカスは私の手をぎゅっと握りしめてきた。


 ルーカスに連れられて歩いて行くと、馬のいななきが聞こえてきて、見ると懐かしい馬車がそこにあった。


「これ……」


「ルカ様が王国で使われた事のある、王族用の馬車です。俺の家まで少し距離があるので、馬車で行きましょう」


 ルーカスが馬車に乗せてくれる。懐かしい馬車だ。ルゥを見つけた時もこの馬車に乗ってたよね。あの時、汚れドレスで座らないようにウィルがマントを敷いてくれたことを思い出して、懐かしい気持ちになる。


「……ウィリアムの事、考えてますね」


 御者がいないのに、馬車が動き出した。ルーカスは私の向かいに座ってじっと私を見ている。私の表情だけで、ウィルの事考えてるとか分かるのかしら。


「この馬車に乗る時は、いつもウィルと一緒だったからね。懐かしくて」


 ルーカスは少し悲しそうな顔をしてから、「そうですね」とだけつぶやいて押し黙った。


 馬車の外を見ると、白い世界ではなく何処かの街道を走っているようだ。ほどなくして馬車が一旦停まる。


 見渡す限り続く大きな鉄の門と塀が見えて、門が音を立てながら開く。


「セカンダリ・デラセル公爵家へようこそ、ルカ様」


 ルーカスの呟きと同時に、馬車が門をくぐる。門の先はしばらくだだっ広い平地で、その先に大きな噴水が見えた。


「すごい、ルーカスの家ってこんな大きなお屋敷なの?」


「一応、セカンダリとはいえ公爵家なので」


 噴水には水瓶を持つ女神像と、その傍らで膝をつき女神の手に口付けするアフガンハウンドの貴公子の像がある。


「ほら、見て。恐らくファトゥム様だと思うんだけど、女神と共に神の世界に行った先祖の像があるんです」


 見て、言いながらルーカスはいきなり私の顔のそばに来て、噴水を指差す。見えるけど、そんなに顔を近づけなくても……私が照れて困っていると、またしても悲しそうな顔をしてそっと離れた。


 馬車が邸宅の玄関に辿り着くまでに、どれほど走るんだろう。


「子供の頃からあの像を見て育って……先祖は女神を敬愛し、女神の支えとなるために神の世界に行った、と聞かされて育ちました。先祖の妹が居たので、その血筋が残り今もデラセル家は存続していますが……」


 ルーカスのご先祖様、っていうほど昔なのか定かじゃないけど、とにかく何代も前のアフガンハウンドが、ファトゥム様と神の世界に行ったんだ。


 ファトゥム様に会ったら聞いてみよう。ルーカスは何故かひどく真剣な目で私を見ている。


「どうしたの?」


「ずっと理解出来なかったんです。家族や職務を放棄してまで、女神に付いて行った先祖の考えが。でも、心のどこかで憧れていたんだと思います」


 ルーカスは真剣な眼差しで私を見ている。よく見ると鳶色の彼の瞳は、とても深い色をしている。


 見つめ合っていると、馬車が停まった。ルーカスは音もなく先に降りて、私をエスコートしてくれる。王付きの近衛騎士だったんだもんね、すごくスマートだわ。


 ルーカスは無言で邸宅に入り、どんどん進んで行く。


 さすが公爵家、王族の血筋に連なる家柄。私が今まで見てきた中で群を抜いて立派なお屋敷だ。赤と黒を基調としたインテリアに、豪華なシャンデリア。


 家具もそうだけど、部屋の大きさが尋常じゃない。一体何人の使用人がいれば、この巨大な館を維持できるんだろう。


 今は女神の力をルーカスに分けて、その力で館が存在しているから、館は誰も居なくてもチリひとつない状態だ。


 外から小鳥のさえずりや木々の揺れる音がするからまだ良いけど、こんな広い屋敷に誰も居なかったらかなり怖い。


 私はルーカスが握ってくれている手を、ギュッと握り締めた。


「どうしました?」


 すぐルーカスが反応して私の顔を覗き込んでくる。


「こんな大きなお屋敷に住んでたのね。誰も居ないとちょっと怖いよね……」


 ルーカスは一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐいつもの顔に戻る。ただ、少しだけ笑っているように見える。ほんの少しだし、気のせいかもしれないけど。


「ルカ様、怖がりですか?」


「だって、こんなに大きいお屋敷だよ? オバケとか……」


 オバケと聞いて、ルーカスがついに仮面を捨てて吹き出して笑った。そんなに笑うようなことを言ったつもりはないんだけど。


「妹のアテナも、子供の頃から怖がりで。オバケが出るから怖い、っていつも俺の後をついて回っていたんです。幼い妹と、女神になったルカ様が同じ事を言ってると思ったらつい……すみません」


 ルーカスは笑うのをやめて、また無表情な仮面を付けてしまった。幼い妹ーー確かアテナさんーーと同じなのはちょっとショックだけど、今のルーカスは良かったなあ。


「謝らないで。ルーカスは家族の話をしてる時とか、今みたいな方がずっと良いと思うよ。いつも無表情だけど、それって近衛騎士の仕事中の顔でしょ? もう仕事の顔なんてしなくていいんだから」


 私の言葉にルーカスはハッとする。


 少し慌てた様子で、ルーカスは視線を泳がせてから、辿り着いた大きな扉を指し示した。


「……ここが俺の部屋です。どうぞお入りください」


 ルーカスとはウィルを通してしか接点が無かったから、どんなお部屋なのか全く想像がつかない。


 扉をくぐると、部屋の壁は本棚になっていて、すごい量の本がある。本を読むための机と、仕事をするための机、それに応接用のソファとテーブル、それから大きなベッド。誰も高級な調度品だと一目で分かる。


 何より一番目を引いたのは、黒髪の美しい女性を描いた、巨大な肖像画が飾ってあることだ。


 見てすぐに分かった。


「アテナさん……だよね?」


 私が見つめながら聞くと、ルーカスはハァと長いため息を漏らした。


「はい、妹のアテナです。これは俺が好きで飾っているのではなく、アテナが飾れと言うから仕方なく……」


 言い訳を必死で言うルーカスは、いつになく挙動不審だ。妹大好きなんだろうな、ウィルの昔の話を聞いてる時にもそう感じたけど、今それが確信に変わった。ルーカスはシスコンだ。


「そんな目で見ないで下さい! 違います!! ……いや、その、アテナのことは大切ですが……」


 しどろもどろなルーカスが、すごく可愛い。こんな美しくて強い兄が大事にしてくれたら、誰でも幸せだろうな。


 ルーカスは私から目を逸らして、首を振ってから、ソファを指し示した。


「良ければおかけ下さい。今、お茶を入れますから」


 ルーカス自身がおぼっちゃまなんだろうに、どこからともなくワゴンを呼び出したルーカスが、美しい所作でお茶を入れてくれる。


 私はふかふかのソファに座った。赤いビロードのような滑らかな生地が心地良い。


「どうぞ。あぁ、王にいつもお茶を入れていたので、不味くはないはずです」


 なるほど。だからお茶を入れるのに手慣れていたのね。私はお礼を言ってからお茶を口に含んだ。


 紅茶だと思う、アールグレイのような良い香りが広がってとても美味しい。


「ルーカス、貴方にちゃんと話せないまま連れてきちゃったけれど。もう妹さんと会えないかもしれないし、このまま私のそばで生きていくだけで、本当に良いの?」


 ルーカスは自分がいれた紅茶には手をつけず、手を組んでじっと私を見ている。でも私が見つめ返すと目を逸らした。


「アテナにはまた会えると思います。ファトゥム様がそう言ってました。ルカ様が力を蓄えたら、俺を連れてズーアスに顕現できると」


 そうだったんだ。それなら、みんなを連れて懐かしい方々に会いに行けるのね。それは嬉しい。


「でも、ルーカスはアテナさんが好きなんだよね? それなのに私について来て……」


「ちっ、違います! アテナは大切だけど、それは家族だからで! 俺はルカ様のことが好きです」


 私は心臓の鼓動が忙しくなって、顔が熱くなるのを感じた。ルーカスを見ると、彼も気まずそうにしながら頬が赤い。


「……最初は、ガウディ王から、未来の王妃となるお方を守れ、と言われて、それに従っているだけでした。だけど、ウィリアムとの仲を真剣に取り持ってくれたり、俺達が猫王国で捕われてるのを助けてくれたりして、だんだん親身に感じて」


 ルーカスは私の目を見ないで、話を続けた。


「……ウィリアムが死んだ時、あなたが酷く嘆いて悲しむ姿を見て、心が張り裂けそうだと思った。ウィリアムが死んだからかと思ったが、そうじゃなかった。ウィリアムのためにあんなに美しい涙を流すんだと知って、自分が嫉妬している事に気づいたんです。ウィリアムを想うあなたの優しい心で、俺も想われたいと、そう思ってしまった……」


 そうだったんだ。私はてっきり、親友のウィルを亡くして悲しんでいるとばかり思っていたから、ルーカスの気持ちに全然気付かなかった。


「王の選んだ女性で、親友の想い人だから、諦めようと思った。でもあなたが神の世界に行くのだと知り、あの庭で見た石像を思い出しました。俺があなたに惹かれているのは、運命なのではないかと」


 女神に跪いてその手にキスをするアフガンハウンドの貴公子の像。子供の頃からあれを見て育ったから、自分と重ねたんだわ。私がもし逆の立場でも、同じことを思ったかもしれない。


 寡黙で無表情なエリート近衛騎士のルーカスは、実はシスコンで、夢見る男の子の一面もあるんだね。


「……子供の頃から妹アテナの世話ばかりで、ろくに女性と付き合いもして来なかったので、ルカ様にどう接したら良いのかも分からないんですが」


 ここまで一気に話して、ようやくルーカスが私を見た。緊張しているらしく少し汗をかいているし、全身に力が入ってる。頬も赤くなっていて、見ているこっちが恥ずかしくなりそうだ。


 ルーカスは再び私の足元に来てひざまずいて、私の手をそっと掴んだ。そしてその手にうやうやしくキスをした。


「ル、ルーカス……本当に私でいいの?」


 こんな美男子に好かれる理由が見当たらない。ルーカスは家柄も外見も良く、こうやって話してみてもすごく感じが良い。一見すると冷たそうだし無口だけど、話してみるとよく喋るし誠実だ。


 だからすごくモテるんじゃないかと思う。


「ルカ様、どう言ったら伝わるか……初めて好きな人ができたんです。それがあなただ。どうしても諦められなくて、俺を見て欲しくて、ここまで来ました」


 そしてまた私の手の甲に口付けをする。私は顔から火が出そうなほど恥ずかしくて、手を引っ込めたくて仕方ないけど、ルーカスは意外と強く握りしめて離さない。


「今すぐ受け入れて欲しいとは言わない、でも、一緒に居させてもらえませんか。あなたのためだけに、この世界に来ました。全力で守るし、支えるし、俺の愛は全てあなたに捧げます」


 ルーカスの台詞がすごくストレートで、聞いてる私が恥ずかしくて、空いている方の手で顔を隠さずには居られなかった。


「ルカ様……嫌でしたか?」


 あ、この声は、きっとまた悲しそうな顔をしてるんだろうな。ちらりとルーカスの顔を見ると、長い睫毛を伏せて、やはり悲しそうな顔をしている。


「違うの、ルーカス。あなたみたいな素敵な人に、こんな風に真っ直ぐ告白されたのは初めてで……照れてしまって」


 私の言葉を聞いて、ルーカスのリングテールの尻尾がぐるぐると回るように振れている。たぶん、すごく嬉しそう。


 ルーカスは両手で私の手をぎゅっと握り締めてきた。


「俺に少しでも魅力を感じてくれてるなら、すごく嬉しいです。本当は抱きしめたいけど、いきなりは……今は、少しだけ触れられるだけで幸せです」


 そう言って、包んだ私の手にまたキスをしてきた。ルーカスの精一杯の愛情表現なんだと気付いて、思わず笑顔になる。


「あのね、ルーカス。私もズーアスに来るまで恋愛経験が全く無くて……だから、少しずつしかできないけど、でも、少しずつ前進して行けたらいいね」


 私はおずおずと、控えめにルーカスを抱きしめた。ルーカスの黒い長い髪は想像以上にサラサラ艶々で、女神になって綺麗になった私の髪に引けを取らない。


 それに、なんだかとっても良い香りがする。普通、男性が女性に思うはずなのに、私がルーカスに思うなんて。


 ルーカスの尻尾は今度は左右にぶんぶん揺れている。固まっていた手が、控えめに私を抱き返してきた。


「愛する人と触れ合うって、こんなに幸せで、痺れるような感覚なんですね……すみません、さっき言った言葉を取り消します。少しだけじゃ我慢できない、です」


 そう言うと、ルーカスは私の顎に手を当てて、そっとキスしてきた。目を閉じる寸前に見えた彼の、長い睫毛があまりに綺麗で、彼の顔を見るたびに私の心臓がうるさくなる。


 すごく長く感じたキスの後、ルーカスは息を止めていたらしく、離れて一気に息をした。


「ルカ様、こんな俺だけど、そばに居させてくれますか。愛しています。あなたが欲しい、あなたに必要とされたいし、誰よりも愛されたい」


 ルーカスの深い瞳を見つめて、吸い込まれそうになりながら、私はゆっくりとうなずいた。


「ありがとう、こんなところまで来てくれて。私を好きになってくれて。私もこれから、ルーカスのことをどんどん好きになって行きたいから、そばに居て下さい。一緒にゆっくり楽しく暮らそうね」


 ルーカスは私の返事を聞くや否や、我慢できないと言わんばかりにまたキスをしてきた。


 長いキスの後、唇を離してルーカスは苦しそうに息をする。


「ルカ様、キスの間、息をしても良いですか?」


 この美男子は、本当に女性慣れしてないし、恋愛経験もないらしい。そんなルーカスに胸がきゅっと苦しくなり、可愛いと思ってしまう。


 私は思い切って自分からルーカスにキスをした。そしてほんの少しだけ唇を離して、呟いた。


「息をしないとずっとキスできないでしょ? ルーカス、可愛いね……」


 これからルーカスと過ごす日々は、絶対幸せ。そんな風に思えて、私は笑顔になった。

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