8 『★/%〇』
例の『彼女』をやり過ごしたことで、命からがら噴水広場に戻って来たおれが最初にしたことは、水を飲むことだった。
面と向かっているだけで消耗するのに、当たれば致命傷必至の攻撃をかわしたとはいえ、三度も見せられて想像以上に消耗していた。
噴水のそばに腰を下ろしてたおれは、気が抜けて放心状態だ。
無人の亡都はただただ静かで、『彼女』の足音も聞こえない。
時折上空から吹き寄せる風の音。
大していつもと変わらないはずが、ひどく寂しい。
「ニルはどこ行ったんだ……」
むかつくがアールの顔もちらつく。
おれって一人がだめだめな人間だったっけ?
小学校の時から友達いないし、一人には慣れてるはずなんだがなー。
「……それにしても、あいつ、すげえ怒ってた」
思い出すと背筋が凍る思いだ。『彼女』は顔中に血管を浮かび上がらせて、真紅の瞳を光らせていた。あの怒り方は尋常じゃあない。やたらと人間を下に見て、憎悪をあらわにしていた。人間に親でも殺されたのだろうか?
アールとニル。古代の滅んだ都市。そこにいる『彼女』。放り込まれたおれ。
考えよう。
どうすればいいのか。
なに、時間はたっぷりある。
……
…………
なんか眠くなってきた。
だいぶくたびれている。だが今眠るのは怖い。
大丈夫だとは言っていたが、『彼女』に見つかるかもしれないし……
……ZZZ
「おい、起きろ」
「……うーん」
「いつまで寝てんだ、てめえ」
こつこつと固い何かで頭を小突かれる。
おれは跳ね起きた。
「アール!!」
「なんだあ? 元気じゃねえか」
一瞬、感激して抱き着きそうになってしまった。
「昨日はどこに行ってたんだよ!」
「……言う必要はねえよ」
「このっ! おれの心配を返せっ! おまえたちを探しに行ってあいつと出くわしたんだぜ! 死ぬとこだったわ!」
アールはとても驚いた顔をしている。おれが生きてることになんか文句ある訳?
「おまえ、『あいつ』に襲われて生還したのか?」
「そうだよ!」
「……無駄に生命力あんな、おまえ」
褒められているのか、けなされているのか判断がつかない。どちらにせよイラッとする。
「アール、あいつと少し話したよ。やっぱり『城』になにか隠してるみたいだった」
「……」
「ニルはどこだ? 教えないと」
「ニルは今調査に行ってる。すぐに来るはずだ」
「一人で大丈夫なのか?」
「あいつは下手したら俺よりも強い。心配はいらねえよ。それよりも、やるぞ」
こんな時でも対決かよ。こいつはまさしく脳筋ナンバーワンだ。嫌味製造機をオプションで持ってるからさらにひどい。
やるしかないか。今のおれじゃあアールたちの足手まといだし、少しでも強くならなければ。
それから何週間かが過ぎた。
おれはこれまでしまっておいた勤勉さをフルに使ったかもしれない。今後は反動で怠惰になること間違いなしだろう。
朝にアールと対決。色々と武器も使ってみる。剣とか槍とか、どれもしっくりとはこなかったが、少しずつ手に馴染んでいった。
昼からはニルと六魔術の練習をする。全く使えなかった魔術はわずかながら発動するようになった。
炎術は100円ライターの火程度だったが、それだけでたき火ができるようになる。
たき火があるなら次は料理だ。朽ちかけの鉄兜を綺麗に洗って逆さまにすればあら不思議。鍋の出来上がり。これでヌルンの種を煮ると、臭いはえらいことになったが、苦みが和らぐことを発見した。おれってすごくね?
風術はドライヤー代わりだし、土も少しだけ動かせる。
六魔術ってすげえわ。それもこれもニルのおかげだ。
なのである日、ニル自身について聞いてみた。
「ニルの魔術属性ってなに? 火?」
「ボクは全部だね」
「そうなの? どれか一つじゃなかったっけ?」
最初に聞いた時、どれか一つって言ってた気がする。
「たまにいるんだよ。全属性に適応している人間は六魔術の申し子だって言われてる」
ニルの表情は冴えない。聞かれたくないことだったのだろう。
「つまりニルは天才なのか。やるじゃん!」
天才なんて初めて見た。やっぱりいるんだな。
「怖くないの? ボクのこと」
「なんでよ」
何を言っているかわからない。愛くるしい見た目は怖さなんて微塵もないけどな。
「レイ……君って人は」
「ん?」
「いや……ボクは天才なんかじゃないよ。それにボクよりすごい人はいる。少なくとも二人知ってるし」
十五歳で様々な事柄に造詣が深く、六魔術の達人であるニルよりもすごいヤツがいるとは。世の中広い。
「ちなみにどんなヤツ? 魔王? 勇者?」
「違うよ。兄さんと、レイ。君だよ」
「はああ?」
なーに言ってんのよ。褒めたところでなんも出ないよ? と思いつつ顔が緩んでしまった。
アールとニルはここでいつまでも閉じ込められてる人間じゃない。出るための手助けをしたいとおれは思うようになっていた。
接近戦と六魔術の修練に加えて、ちくわ生成についてもレベルアップしている。
初めは数時間おきに一本しか生み出せなかったものが、今ではかなりの数を一度に生成できる。毎日発動していたことで熟練度が上がったのは明白だ。だからってなんだよとは言わないでほしい。これが意外と面白いんだ。
通常のちくわは数十本生成できるが、これをあえて一本にすると、様々な応用ができるとわかった。大きくしたり小さくしたり、硬さを変えてみたり。
……自分でも思う。だからってなんだよ、と。
そしてある日———
もはや日課となっている朝の対決。
おれはかなり集中していた。
アールはこれまで、おれの動きを見てから対応していた。いわゆる後の先ってヤツだ。
体力や腕力に劣るこちらが喰らいつくためには、とにかく頭を使うしかない。
距離をとり、剣を弾く。
焦れているようには見えない。
落ち着け。
「どうした? 攻め手が尽きたか?」
安い挑発だ。だけど乗る。
雄叫びを上げて突っ込む。
アールは、けっ、とつまらなそうにして、最速の横薙ぎを振るってくる。
ここだ。ここを避ける。
暴風を伴って迫りくる剣。鞘に入ったままだが、当たればKOされる。
おれは走りながら、滑り込むようにして思い切りのけ反った。
風と剣が顎先をかすめて。おれの視界を通っていく。
「なにっ!?」
体の柔らかさを最大限に使い、やり過ごした。後は——
「……」
「……くそ……相打ちかよ」
おれが持つ剣は、アールの首筋に届いていた。
しかし同時にヤツの剣もおれの首筋に当たっている。
これでは勝ったことにならない。
少しの間睨み合った後、おれたちは互いに剣を引いた。
「今日はこれで仕舞だ」
「おい、おれはまだやれるぜ」
「……明日」
「なんだよ?」
「本気でやる。それまで休んでおけ」
背を向けたアールの声は、重苦しかった。
少しは認めてくれたってことか?
去っていくアールと入れ代わりでニルが来る。
「今日もお疲れだね。レイ」
ニルはいつもと変わらぬ笑顔だ。
「早速始めよう。六魔術にもだいぶ慣れたんじゃない?」
練習を続けたことで、威力こそ変わらないものの、即座に発動できるところまで漕ぎつけた。
魔術の精度をより高くするには、イメージと反復練習が大事。ニルから何度も聞かされた言葉だ。おれは一人になる夜の間も練習を行っていた。
火術から順番に使用して、精度を上げていく。
「レイ、ここから出たらどうするの?」
初めて聞かれたな。
何も考えてない。強いて言うなら、美味いものを食べる。
「そうだな……あんまし考えてなかった。ニルは?」
「ボクは……もし出られたら、ここの調査を改めてしたいかな」
まいった。どうやら調べ足りないらしい。
「後は、故郷に帰る手段を探そうと思ってる」
「そうなの? 混沌と秩序の均衡は?」
……忘れかけてた。
そもそもがだ。
試験の内容を教えてもらえなかった。いつまでの期間なのかも知らない。
ムカついてきたな。結果としてニルに出会えたことは嬉しいが、勝手に選んどいて、有無を言わさず放り投げる。冷静に考えるとめちゃくちゃだ。
アフーラとアリマー。
自分たちのことを神だと言っていた。もの凄く美人で、特にアフーラは服装がえらいことになってたし、あれはちょっと、いや、色々とまずい。
「……」
「レイ、集中が乱れてる。あと鼻の下も伸びてるよ」
はっ!?
おれは今何を……
「ま、まあ、後で考えるさ。まずは何よりもここを出る。やっと動けるようになったんだ。アールとニルを手伝える」
「うん、そうだね」
「さっきアールから、本気でやると言われたよ。気合入れないとな」
「本気で? 兄さんが?」
ニルは驚いていた。
「おれも結構やるでしょ?」
「……そう、だね。たくさん練習してたから、それが実を結んだんだね」
手放しで褒めてくれる。
今まで心が折れなかったのはニルのおかげだ。
おれは無邪気に喜んでいた。
先に何が待ち受けているのかなんて少しも考えずに、アールに勝つことだけを考えていたんだ。