65 『タラディ・グループ』
昼食を終えた後、おれたちは島の西へと足を進める。
タラディ・グループという集団が縄張りとしているところに行くまではだいぶ時間があったので、歩きながら考えてみた。
ベンとの話では気になる点がいくつもある。
ガイコツ島の由来はもとより、骨の巨人が本当に存在しているのかどうか。
霊的結界とは結局なんなのか。
ネコタマとアリステラの姿もない。島には着ていないと考えるのが妥当なんだろうが、まだわからなかった。
もしかしてタラディ・グループとやらのところでのんびりとしている可能性を考えないでもないが、なさそうだ。
となればやはり館に一度戻るのがいい。あそこがおれたちの家で、帰る場所なんだ。
それと——
「……」
横目で姉ちゃんを見る。
もし彼女さえよければ、一緒に住みたいと考えていた。
「レイ君?」
どうしたの、と聞いてくる姉ちゃんにおれはしどろもどろになってしまった。
思えば一緒に過ごすのも久しぶりだ。受験勉強をするようになってからは遊ばなくなったし、歳をとるにつれてなにやら気恥ずかしい思いを抱くようになっていたのだ。
つまり、ぶっちゃけて言えば会うと緊張してしまうようになっていたのだった。しょうがないじゃん。中学生なんてそんなもんでしょ。
「もう、あんまり見つめないで~」
「あ、ああ、ごめん」
姉ちゃんはおれよりも四つ年上で、大人の女性だ。子供扱いされるのは仕方がないとして、高校生となったおれは、こうしてまた普通に話すことができた。以前に戻ったみたいで嬉しいと思う。
そうこうしているうちに密林地帯を抜けて島の東に出る。
背の高いヤシの木がたくさん立っていて、これぞ南国って言いたくなった。
「タラディ・グループは穏健なんだよな?」
おれはベンに向かって再度確認する。
「ああ、リーダーのタラディは話のわかる女性だ。交渉にも応じる……はず」
セリフの最後が自身なさげだ。
ちらりとジョーンズへ目を向ける。彼はなにやら複雑が表情をしていた。
雰囲気から察するに何か事情があるのかもな。
目的の場所へ着いた頃には空がすっかりオレンジ色に染まっていた。
暑さが和らいで幾分か過ごしやすい気温になっている。
「なあ、ベン。これ本当に穏健派なの?」
思わず尋ねてしまった理由は、おれたちの行く手を阻むバリケードを見たせいだ。
石を積んだ低い壁の隙間には、尖った木の杭がびっしりと詰められている。油断のない目つきをした男たちが見張りとして配置され隙がない。
殺気立っているのは一目でわかった。
話し合いが通じるか? と聞かれれば、答えは限りなくノーだと思える。
「歓迎はされなそうだ……」
見張りの男がおれたちに気付き、声を上げる。
キャンプから飛び出して来る男たち。
戦う気はないが、棒きれを持った彼らに囲まれるとさすがに冷や汗が出た。
「待て、おれたちは交渉に来たんだ」
ベンの話に応える者はいなかった。みな無言でおれたちを見ている。
やがて——
「どきな。あたしが話をする」
男たちの間を割って出てきたのは、肌が浅黒く焼けた女性だった。
おれのおふくろよりも若く見えるから、おそらくは三十代くらいだろう。
申し訳程度に包む布の服とか腰蓑とか、南国とはいえ少々過激な恰好だった。
「やあ、タラディ、また——!?」
ベンがセリフを言い終える前に、バチン、という大きな音が響き渡る。
強烈無比なビンタを喰らった彼は、足元の砂に顔面から突っ込んだ。
これは痛い。絶対に痛い。
「修羅場かしら?」
「呑気に言ってる場合じゃないよ、姉ちゃん」
初手から交渉失敗だ。
タラディはベンの襟首を掴んで引き起こし、怒鳴る。
「なんであたしに黙って出て行ったのさ!」
「あ、いや……それは……」
目を白黒させるベンを見て、ジョーンズが盛大に吹きだす。
「ジョーンズ?」
「ああ、ハジャマレ、すまんな」
ジョーンズは笑いながら小声でベンとタラディのことを話してくれた。
島に流れ着いた彼らは最初、タラディのところにいた。過ごしているうち、ベンとタラディがイイ感じになったらしい。しかしそのせいでグループの男たちに追い出されてしまったというのだ。
ネコタマの言いぐさではないが、人間ってのはよくわからない。島から出られないのに色恋が大事とはな。
あるいはおれは子供すぎるだけだろうか?
「は、話を聞いてくれ!」
「そいつは泣いて謝ってからだよ!」
タラディはすごく気の強い女性だ。恐ろしいとさえ思う。
さんざんにビンタを喰らって両頬を腫らしたベンは、結局謝ったのだった。
「ふん、何を言うかと思えば……」
武器を取り上げられたおれたちは、キャンプ内に連れて行かれ、タラディの小屋へと案内される。
一応は客人扱いということで、縛られたりはしていない。
「あの社には何もなかっただろ? いまさら調べてどうするんだい」
「改めて調べたいんだ。頼むよ、タラディ」
頬を腫らしながら懇願するベンを見ていると、笑いが込み上げてくる。
「そこまで言うってことは……なにか掴んだんだね?」
「ああ、そうだ。ハジャマレ、鍵を彼女に見せてやってくれ」
おれはすぐに鍵を二つ取り出して、タラディに見せた。
「これは……鍵かい?」
「最初に攻略した社の中に石碑があった。そこには三つの鍵を持って神聖な祠に行けと書いてあったよ」
「……そういやあんたの名を聞いてなかったね」
「はざ―—」
「彼はハジャマレ。声なきお宝探しハジャマレだ」
なんでいま名乗るのを邪魔したんだよ!
「ふっ……サイレント・トレジャーハンター・ハジャマレか……良い通り名さね」
乗るのかよ!?
いい加減しろよおまえら。わざとやってるんじゃないだろな!
付き合いきれんわ。さっさと本題に入ろう。
「すでにおれたちは二つ持ってる。残るは一つ。それでここへ来たってわけ」
「ふうん……ここから出られるってんなら協力してもいいけどね」
話の分かる姉御だ。
「けど……ただじゃあ許可できない。あそこはあたしたちの縄張りだ。あんたたちがガダク一家の手先じゃないって証明できるかい?」
おれはここまで聞いてやっと安心できた。躓いたかに思われた交渉が始まったのだ。
最初の予定通り、食糧を出す代わりに社へ入らせてもらおう。
「えーと……カゴある? 大きめのヤツ」
「ん? 何をする気だい?」
「取引の材料だよ」
あからさまに怪しみながらも、タラディはカゴを用意してくれた。
十分な大きさだ。ちくわの百本は簡単に入る。
おれは意識を集中させて、カゴの中にちくわを生成。どうせなら大盤振る舞いだ。全部出す。
「な、なんだいこれは!?」
跳び上がって驚くタラディの姉御を無視して生成を続ける。
数は百本を超えて、二百本に到達した。
カゴ一杯どころか、山盛りになった様を見て満足する。常日頃から生成していたおかげか、一度に出せる記録を更新した。
「レイ君……これって、もしかしてちくわ?」
姉ちゃんが一本取って匂いを嗅ぎ始めた。
「そっか、おれのスキル言ってなかったな」
失念していた。
姉ちゃんと再会した夜は、話を聞いた後すぐに寝てしまったのだ。
「まあ……姉ちゃんのと比べたら月とスッポン? そんくらいの差だけどな。おれのスキルはZランク『ちくわ生成』なんだよね」
「Zランク?」
説明するよりも早いと、胸ポケットにしまってあった紙切れを手渡す。
三枚の紙にはそれぞれスキルが書かれている。
「Zランク『ちくわ生成』、Zランク『吸収≪微≫』、もう一つは……読めないわね」
「最後のは手違いのバグスキルって聞いた。つまるところおれが使えるのは二つだけ。ちなみのZランクは一番下の最低辺らしいよ?」
「レイ君は最低じゃないもん!」
「いや、話ちゃんと聞いて?」
姉ちゃんは結構思い込みが激しいから、説明し直すのが大変だ。
「タラディ、これで社の許可をくれないか?」
「許可もなにも……これがなんだか説明しておくれよ」
「これは食糧だ。確か『チクワ』だったか。すまん、ハジャマレ、乳繰り合いは後にして説明を頼む」
乳繰り合いなんてしてねえっつーの。
ごほん、と一度咳ばらいをしてちくわを食べて見せる。
「これは魚の身を練って作った食べ物だよ。もちろん毒とかは入ってないし、安心していい」
ごくり、と誰かの喉が鳴る。
音の主は、タラディの姉御だった。
「こ、これを? こんなに大量に?」
「ああ、食べ物に困ってるって聞いたからさ。迷惑じゃないなら受け取ってくれ」
「い、いや……これをどこから……」
「企業秘密」
おれはニヤリと笑って親指を立てた。
タラディはしきりにおれたちと大量のちくわを見比べて——
「わかったよ。許可しようじゃないか」
ついに折れた。
誰だって腹が空けば気が立ってしまう。しかし、大量の食糧を目にすれば気持ちは変わるだろう。食べ物は偉大だ。
目いっぱい体を動かし、目いっぱい食べて、ぐっすりと寝る。ストレスはできるだけ溜めないのが一番いい。これは地球でも、エルディラッドでもずっと思っていたことだ。
馬鹿みたいなことだって思われるかな? でもあえて言いたい。とても大事なことだと。