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混沌と秩序の間に挟まれたらどうすればいーい?  作者: 雨森あお
地下都市遺跡編
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4 『新たなる出会い』

 突然の出来事に意識を失いかけていたおれは、全身に走る激痛によってすぐさま目が覚める。

 いったい何をされたのか。

 『彼女』のとっているポーズを見てわかった。

 裏拳だ。華奢な体つきをした少女の裏拳一発でおれは数十メートルも吹き飛ばされてしまった。


「受け身をとったか。数十年ぶりだというに憎たらしいことこの上ないわ。ニンゲン!!」


 そうそう、おれ受け身だけは得意なんだよね。

 だからといってなんの解決にもなりはしない。

 いきなり襲われて、殺されかかっている。

 少女の殺意は本物だ。

 おれを見る目は、憎悪に彩られている。


「ま、待て! おれは——」


 再び『彼女』の姿が消えた。次の瞬間には目の前にいる。

 お姫様を彷彿とさせるドレスをひるがえし、空気を切り裂く蹴りが鼻先をかすった。


「またかわした……?」


 不思議そうに呟く少女だが、今のは完全にまぐれ。勢いに押されて首をのけぞらせただけ。

 このままじゃ殺される。

 相手は問答無用で、容赦がない。

 なにか手はないのかと思うが、今使える能力は一つだけだ。

 ちくわ生成。

 うん、終わった。

 でも、何もしないよりはましだ。

 少女に手の平を向けて集中。

 さっきよりもかなり早くちくわを生成できた。

 音もなく生まれたちくわが回転して、少女に撃ちだされる。


「なんだ……?」


 掴み取る仕草でちくわはキャッチされた。


「……魔力は感じない……なんだこれは? 武器?」


 ぬ? 意識が逸れてる! ナイスちくわ!

 おれはすぐさま逃げ出した。

 走り、身を隠し、様子を見て、方向を変える。

 急ぐよりも身を隠す事を優先したおかげか、追い付かれなかった。

 転送された場所まで戻って、朽ちた壁の隅に身を寄せる。

 遠くの方から、カツンカツンと『彼女』の歩く音を聞いた。

 身を丸くして音を出さないよう気を付ける。

 音がさらに遠ざかり、聞こえなくなった。

 死を免れたからか、おれはそこで緊張が途切れる。代わりに今さらになって殴られた痛みが走った。

 

「はあ……はあ……い、痛ぇし……ダメだ……寝る……」


 次第に気が遠くなり、意識を失ってしまった。





 寒さで目が覚めた時、遺跡内は夜だった。

 わずかに差し込んでいた陽光はなく、街灯の光量も小さくなっている。

 昼か夜かもわからない、と思っていたが、そんなことはなかった。

 しかし、夜の闇に体が震えた。昼よりも視界が狭いせいで身動きが取れない。

 もしもすぐ先の暗黒に『彼女』がいたら、今度こそ死ぬ。


「どうすればいいんだ……」


 出口はすぐに見つかると思っていた。

 おれは結構楽観主義だったんだな、といまさらながらに呆れかえる。

 

「あんなヤツに遭遇するなんて……」


 まず人の言葉を喋っていたことから、知性のある生物なのは間違いない。ただ力、身体能力が異常だ。

 信じがたいほどに美しく、恐ろしい『彼女』。

 生成したちくわを食べながら、自分がやられた記憶を振り返る。

 気になる単語があった。

 少女は『魔力』と口にしていた。

 ちくわを知らなかったことから、地球ではなさそうだし、別の世界か宇宙か、とにかく魔法らしきものがある世界だとわかる。


「……ここから出るのが先決だけど、できるのか……?」


 問題はたくさんあった。食糧はちくわ生成の能力で繋げるかもしれないが、水がない。今も喉はカラカラだった。

 水を探す。

 少女に見つからないようこっそり探す。

 あとは出口。外に出ないと何も始まらない。

 うち捨てられた汚い布を拾い、土ぼこりを払った。不衛生だけど背に腹は代えられない。

 ボロ布を纏い、肌寒さをやわらげる。

 夜が明けるまでじっとしていよう。そう考えたおれは、硬直した。

 再び音が聞こえてきたのだ。

 カツンカツンと、誰かが歩く音。

 また『彼女』だ。

 おれはすぐさま身を隠した。

 口を両手で押さえ、呼吸音すら漏らさないようにする。

 壁の向こう側から音が近づいてきた。

 おれを探しているような気配はない。

 様子を窺おうと隙間から覗き込んだおれは、思考が止まった。

 見えたのは『闇』。あるいは『死』。

 昼間とは違う『何か』。

 それともあれが『彼女』の真の姿なのだろうか。

 漆黒の衣を身に付けた『何か』がすぐそこにいる―———


「早く……早く行ってくれ……」


 時間にしてみればわずかなものだったかもしれない。

 永遠に感じた時間が過ぎ去った後も、おれは動けなかった。日が昇るまでじっとして、また気を失った。

 数時間後に目が覚めて、最初に取った行動は現在の場所を離れることだった。

 昨日『彼女』に遭遇したところとは逆の方向を目指して歩く。

 遺跡の中心部には近づけない。

 だったら、今度は別のところへ行くしかないだろう。

 おぼつかない足取りで進み始めたおれは、時折まだ立っている柱に登って遺跡の構造を確認した。

 全容は見渡せないが、中心部に向かって徐々に高くなっており、巨大な建造物も見える。

 仮に巨大建造物が『城』だとして、今いる場所は外縁部だ。

 何時間歩いたのか。警戒をするあまり歩みは遅いが、ようやくというか、希望の光が差し込む。

 噴水を発見したのだ。

 小さな広場の中央にしつらえた石造りの噴水。しかも水がちゃんと出ている。


「水……やっ……た! 水ぅぅぅぅぅぅ!!」


 駆けこんで頭から突っ込み、がぶ飲みをする。綺麗な水かどうかなんて知らない。水分補給がなにより重要なんだよ今は!

 地下水なのか、思いのほか冷たくてうまい。

 なんとか命はつないだ。

 今のところ『彼女』とは遭遇していないし、ここを中心に出口を探そうと思う。

 だが、差し込んだはずの希望にたちまち暗雲が立ち込めた。


「おい、誰に断って水を飲んでやがる」


 人の声だ。若く精悍な、男の声。

 ハッとして振り向いたおれの眼前に現れたのは、右手に剣を携えた男。額に大きな傷があり、鋭い眼光でおれを威圧している。

 明らかに歓迎されていない。

 しかし関係なかった。

 おれは感激のあまり、『彼』に抱き着こうとした。


「てめっ!? 近づくんじゃねえ!」


 すっとかわされて石畳を転がる。


「なんのつもりだこらあ!!」

「人……人がいた……」


 涙が出そうだ。『彼女』は一目で異質だとわかったが、目の前にいる『彼』からは太陽を思わせる熱を感じたのだ。


「気持ちわりいやつだな……」


 ちょっと! 初対面で言うことじゃないでしょ!

 とはいえ、ようやく話が通じそうな人間と出会えたことで安堵する。


「水が飲みてえなら俺を倒してからにするんだな」

「……ほえ?」


 ちゃき、と剣の切っ先を向けてくる。

 さっきの言葉は撤回しよう。話は通じそうにない。



 

 男の剣が空を横一文字に裂く。

 

「あひいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 おれの前髪が数本、宙を舞った。


「待て! 待ってくれ! おれは——」

「戦え! 男なら喋る前に剣を振るえ!」


 なにその理不尽。そもそも剣なんて持ってねえし。

 

「この軟弱野郎! 逃げるのがてめえの得意技か!」


 うおおおおおおおい! なんだこいつ言いたい放題言いやがって誰が軟弱だよこらあ!!

 さすがにここまで言われると頭に血がのぼる。

 おれは大振りの攻撃が過ぎたのに合わせて距離を詰めた。

 剣が振れない間合い。

 突然の行動に、『彼』はにやりとする。

 おれは『彼』の襟に手を伸ばす。

 このまま襟を掴み足を引っかけて転がす、と思いきや、転がされたのはおれの方だった。そのうえ剣の柄で頭を殴られて目から火花が出る。


「ふん……いいだろう」


 なにがいいんだよ! くそっ!

 立ち上がりかけたおれは、再び頭を強打されて意識を失った。

 なんかおれ、気絶ばかりしてるな。

 



 ふと、頭に優しい感触がした。

 頭を撫でられているのだろうか。

 とても気持ちが安らぐ。

 んん? 待てよ? さっきのあいつがおれの頭を撫でているのか? しかも後頭部の感触は日常生活じゃまずあり得ない『膝まくら』では?

 ヤ、ヤメロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 むさ苦しすぎる最悪の絵面を想像してしまったおれは叫びながら半身を起こした。


「あ、起きた」

「……へ?」


 目が点になる。

 美少女だ。本物の美少女がそこにいる。


「ボクの兄さんがごめんね」


 なんかすごい安心した。


「うん? どうしたの? ボクの顔になにかついてる?」


 しかもボクっ娘……なんてことだ。


「あ、いや、すいません、なんでもないです」

「あはは、面白い人だね」


 おれは何も言えず、照れ隠しで頭をかくしかない。


「ボクはニル。ニル=ディヴァイン。君は?」

「あー、おれは葉坐間レイ」

「さっきのはアール。ボクの兄さんなんだ」


 なるほど。兄と妹か。確かに顔が少し似ている。


「よろしくね、ハザマレイ」


 天使みたいな明るい笑顔に、おれは呆気にとられるばかりだった。





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