23 『盗賊団襲来?』
おれが村長として過ごす日々は、それはもう大変だった。
村人からくる陳情は全部が雑用で、畑の世話から、屋根の補修、肥溜めの掃除とか、気が狂いそうになるほどだ。
タリキ村の人間たちは呆れるほど他力本願な人たちだった。
こんな日々がいつまでも続くと思うと、さすがにやる気なんぞ彼方に吹き飛ぶ。
「……ネコタマ、なにしてんの?」
彼女はこの三日間、何かを書きつけていて、時折満足げに頷いていた。
「レイ、やはり金を税として徴収するには無理がある」
彼女の言うことは、おれも痛感していた。
タリキ村は辺鄙すぎて、物が出回らない。自給自足で衣服も家もほとんど手作りである。月に二度ほど行商人がやってくるらしいのだが、おれはまだ見ていない。つまりは通貨がほとんどなく、物々交換でやりとりされているわけだ。
「なら物でいいんじゃねーの?」
「そうはいかない。金がないと投資がしづらいからな」
「……?」
「ぬしはコウコウとやらで何を学んだんだ?」
叱られてしまった。
政治経済の授業は受けていたが、まともに聞いていた試しがない。
そっぽを向いて誤魔化していると——
「村長! 大変です!」
村人の一人がドアを開けて飛び込んでくる。
今日は一応休日にしているので、仕事はなしなのだが——まさか木から降りられなくなった猫を助けろとか言わないよな?
「と、盗賊がっ!?」
「なに?」
と腰を浮かせたのはおれじゃなく、ネコタマだ。彼女が身を躍らせて颯爽と外に出たので、それに続く。
盗賊とはまた、物騒だ。
村内は騒ぎが起こり始めている。
村の入り口に駆けつけると、そこにはすでに警備責任者であるおっさん、ミノタトヒや村の男たちがいた。
人の壁をかき分けて進み、状況を確認する。
「おっさん、何があった?」
「ハザマ村長、これを見てくれ」
彼らの足元に誰かが倒れている。
土と血で汚れた戦士風の男。身なりはあまり良くない。右腕に赤い布を巻いているが特徴的だった。
「こいつは『赤布団』のヤツだ。入り口まで来て倒れた。もう息はしてねえ」
赤布団は大規模な盗賊団で、ここいら一帯の厄介者だという。
「最近はおとなしかったんだがな」
初めは襲撃してきかと思ったが、そうじゃない。倒れている盗賊の遺体は血にまみれていて、攻撃を受けたのだと思える。
何が起こっている?
「とりあえずはどこかに運ぼう」
と、手を借りようとしたおれを、ネコタマが引っ張った。
「レイ、あれを見ろ」
道の先から誰かがやってくる。数は三人。腕に赤い布を巻いている事から、盗賊団だとわかる。
彼らは叫び声を上げながら、必死の形相でこちらに向かってくる。
「おっさん!」
「ああ! わかってる!」
おれたちは身構えた。だが——
風が吹いたかと思うと、三人の盗賊が燃え上がる。比喩でもなんでもなく、突然炎に巻かれた。
断末魔の声が耳に響く。
「あなたたち、下がって」
女性のものと思わしき声は、上空から聞こえた。
見上げるおれの目に映ったのは、太ももだ。
「なん……だと……」
明るい空の下、トンガリ帽子と黒マント。宙に浮いた棒はホウキだろうか。魔女のイメージそのままの人物が上から声をかけてきたのだった。
盗賊を燃やしたのは彼女の仕業だと直感した。
あれは、六魔術だ。
そうこうしているうちに道の先からまたもや盗賊たちが走ってくる。すると——
「おらあああああああああああああああああ!!」
重厚な爆砕音と獣じみた咆哮がして、何人かの盗賊が天高く飛ぶ。彼らはただの一撃で空の星となってしまった。
土ぼこりのせいで見えにくい。が、馬鹿でかい剣が振るわれたのをおれは目撃した。正直に言ってあり得ない一撃だと思う。
そして、土ぼこりから姿を現したのは、見事な体格を持つ大男だった。
大男は地面を揺るがしそうな重い足取りでこちらにやってくる。
「一人で先に行くんじゃねえよ、フリギラ」
「あんたが討ち漏らしたの、片付けたんだけど?」
いかにも屈強な戦士だと言わんばかりの大男からは、暴力の匂いしかしない。盛り上がった二の腕がタフさをこれでもかと演出していた。
呆気にとられるおれたちなどお構いなしに、彼らは会話を続けている。
「コウは?」
「主力を誘導しているとこだ。すぐに来る」
彼らがなんの話をしているのかはわからなかった。
答えがわかったのは一分後だ。
ざっと見て十人ほどの、腕に赤い布を巻いた男たちがこちらにやってくる。そして——
「光よ!」
短くも力強い言葉が聞こえたかと思うと、閃光が走り、十人の盗賊が一斉に吹き飛んでいく。
衝撃の余波がここまで届き、遅れて盗賊たちがおれの足元に転がった。
ボロボロになった盗賊は、確認するまでもなく事切れている。
光が収まった後、集まっていた村人たちは驚きの声を上げた。
最後に現れた男の、光り輝く姿に感動したのだろう。
鎧は身に着けておらず、この世界にはない変わった服装をしている。
「何者だ?」
おれの隣で、ネコタマが緊張を高めた。無理もない。あんな力を次々と見せつけられては、驚くほかないだろう。
だが——
おれは別の意味で驚いている。
驚くどころか、息が止まりそうだ。
「ふう……これで全部かな」
汗を拭い、爽やかな笑みを浮かべる男を見て、村の女性たちが息を呑んだ。
180を超える長身と、均整の取れた肉体。白い歯に整った甘いマスクは、『イケてる』を凝縮したかのようだ。
「フリギラ、バーツ、すまない。ちょっと遅れた」
はにかんだ笑いすら整い過ぎていて、この世のものとは思えないな。前から思ってたけど。
「あ、ごめんね。初めまして、タリキ村のみなさん。僕はコウイチといいます」
頭をぺこりと下げるコウイチの隣に、魔女と大男が並ぶ。
「明星光一……」
おれがその名を口にすると、コウイチが形の良い眉を上げた。
「あれ? 君、もしかして地球の人?」
そう、おれはこいつを知っている。
おれだけじゃない。地球の、日本に住んでるヤツなら、赤ちゃん以外は誰だって知ってるだろう。
「へえ、地球出身の人に初めて会ったよ。嬉しいね」
おれは正直あんまり嬉しくない。嫉妬っていうか、男としてはよくない感情がわいてくるからだ。
「改めて自己紹介させてもらおう。僕は明星光一。君は?」
「……葉坐間レイ」
「はざま……まさかとは思うけど、日本人?」
「まーね」
「いやー、目の色が変わってるから日本人だと思わなかった。ごめんね」
悪気がないのはわかってるんで怒ったりはしないが、鼻につくヤツだと思う。
「僕たちはタリキ村を助けに来た。よければ代表の人に会わせてくれないかな? はざま君」
さて、どうしようか。
ネコタマを見ると、やはり警戒しているようだった。
明星光一から感じる気配や力は先の剣鬼ヨーツントなど比較にもならない強力なモノだ。彼女はそれを感じとって、今にも飛びかかりそうだった。
「いいよ。村の中に来てくれ。集会所がある」
「助かるよ」
おれは素直に応じた。
それを見たネコタマが何故か露骨に顔をしかめる。
やれやれって感じだ。
何が言いたいのかわかってしまったので、ため息が出そうになる。
後で怒られるのを確信しながら、おれは明星光一一行を案内するのだった。
展開、変わりました。
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