18 『タリキ村殺人事件』
さて、どうするか。
目の血走ったおじさんをかわすのは簡単だ。しかし避けた拍子に怪我をされたら可哀想だし、かといってまともに相手をするのは嫌だ。
おじさんがこちらに届くまでの刹那、おれはネコタマを見た。
彼女は少し楽しそうに笑みを浮かべてこちらを見ている。
他人事かよ。
おじさんは勘違いをしているようだし、なるべく穏便に済ませたい。となれば、ここは投げる。
向かってくるおじさんの襟を掴み、引くと同時に腰へ乗せて跳ね上げる。投げる方向は藁の山。これで怪我はしないし、おとなしくなるだろう。
あくまでソフトに、ふわりと浮かす要領で——
「!! 軽い!!」
おじさんの体重が軽かったのと、あまりにタイミングが決まり過ぎたせいで手ごたえがない。
おじさんの体は狙った藁の上ではなく、天上の梁にぶち当たり、ごぎいっと音を立てて跳ね返った。
「し、しまった!?」
床に落ちたおじさんは気を失い、ぴくりとも動かない。
呆然とした。無意識の内にちくわを生成して、かじる。思いがけない現実がやってきた時、人は本質が出るという。
おれの本質はちくわをかじる事だったってことか。一つ自分のことがわかった。
「レイよ、ぬしも過激だな……ふふっ」
明らかにおれが困惑しているのを見て、ネコタマは笑いをこらえている。
「違うよ! なんか……間違った! うん、間違ったんだ!」
「なんのいい訳にもなっていない」
ダメだ。言い返せない。
「どうしよう……死んでないよな?」
見る限り息はしている。止まりかけているが。白目剥いてるし、痙攣もだ。
「そんなつもりじゃなかった……ここまでするつもりじゃあ……」
「犯罪者は大抵そう言うな」
彼女の言葉一つ一つが胸に突き刺さる。
何もできずにただただ慌てふためいていると、扉が開いた。
やって来たのは、老人が一人と、さっき村の入り口で話した体格のいい髭のおっさんと数人の男たち。
老人はあごひげを撫でながらおれたちを見て、男たちに目配せをした。
「ずいぶんとまた、力が余っているようじゃのう、見るからに怪しい旅の人よ」
初手から嫌味とは、やりやがる。
「息子が消えた男をいたぶるのは楽しいか?」
「……いきなり襲ってきたんだ」
「ふん、まあよい」
老人は男たちに倒れたおじさんを運ばせて、扉を閉めた。残ったのは老人を除けばおれとネコタマ、そして髭面のおっさんだけになる。
「妙なことは考えぬことだ。外には20人の血気盛んな男たちを待機させている。物音がすればすぐにでもそなたらを取り押さえるぞ」
「そんなつもりはない。それよりも話を聞いてくれ。おれたちは何もしてないんだ。ここで捕まる理由なんてない」
おれが必死に言っても、老人は顔色一つ変えなかった。
「旅の人、名は?」
「葉坐間レイ、あんたは?」
「わしはホムガム。ここタリキ村の長をしておる」
村長のお出ましってわけか。直々の取り調べなのはいいが、まずは何の理由で閉じ込めたのか聞きたい。
「いったいなんのつもりなんだよ? なんでおれたちを閉じ込める?」
「……殺人じゃよ」
さ、殺人……穏やかじゃないな。だが、関係ない。人を殺したことなんか、ない。
「ことの起こりは三カ月前。村の西で全身が干からびた村人の死体が見つかった。初めは死霊の仕業かとも思ったのじゃがな」
「そんなの知らない。おれは関係ない」
「二か月前には剣で斬られた死体が三つ。いずれも切れ味の鋭い得物での傷じゃ。そうだな?」
村長のセリフに合わせて、髭のおっさんが剣を掲げる。おれが持っていたアールの剣だ。
「こいつぁかなりの名剣だ。初めて見てもわかるくれぇにな。切れ味も相当にちげえねえ」
「これはおまえの剣だろう? ハザマレイ」
「……」
アールの剣に関しては何も言えない。おれが託されたものだからだ。
「そして先月、さらに一人の斬殺死体と、引き裂かれ、原形をとどめないほどに損壊した死体が三つ。計八人が亡くなっておる。いずれも村の西で起こった。そしておまえたちは西から来たのじゃ。疑わぬ方が無理というもの」
「証拠はないだろ」
「証拠が必要かのう?」
くそ、何が言いたいんだこのジジイ。本当におれたちがやったとでも? 決めつけもはなはだしいぜ。
「ハザマレイよ、おまえは怪しい。その恰好もここらでは見かけないものじゃしな。どこから来なすった」
「……言っても信じねえよ」
「ではそちらは? 女子よ」
ネコタマは何も答えなかった。答える必要などない、と目が言っている。
「話にならんな」
「そりゃどーも」
ジジイのセリフは本来おれが言うべきものだ。さすがに腹が立ってきた。
「ならば……やはり死刑にすべきじゃな」
「!?」
「村長?」
驚いたのはおれだけじゃなかった。髭におっさんも目を見開いている。
「なんでいきなり死刑なんだよ!」
「おまえたちは犯人じゃ。だから死刑。当然のこと」
バカかこのジジイ。大概にしろよ。こんなの不当だ。
「落ち着け、レイ」
「お、落ち着いていられるかよ!」
口を開いたかと思えば、落ち着けときた。
「この老人はな、取引を持ちかけている」
「は?」
「で、あろう? 村長よ」
微動だにしていなかった老人が、初めて表情を変えた。一方でネコタマの口はうっすらと歪んで見える。間違いなく彼女は楽しんでいた。
「殺人事件を放っておけば村長としての能力を疑われる。なにせ八人も死んでいるのだからな。落としどころが必要だ」
「あのー、もうちょっとわかりやすく」
話についていけないおれに対し、盛大なため息をした彼女は説明を続ける。
「村人の、とりあえずの留飲を下げるためには誰でもいいから処刑するということだ」
「なんだよそれ……」
「これで運良く事件が終われば良し。そうでなければまた誰かに罪を着せて裁けばいい」
おれは村長を睨みつけた。ジジイは涼しい顔をしているように見えて、額に大量の汗をにじませている。
「取引ってのは?」
「おおかた、か弱くて美しいわらわを死なせたくなければぬしが犠牲になれとでも言うのだろうな」
か弱くて美しいとか自分で言うなよ、と喉まで言葉が出かかった。
村長は絶句していた。つまりは図星だったってことだろう。
「いやー、おれこいつのために犠牲になんかならねえけど」
汚いぞ! 村長……って、あれ?
「しまった! 本音と建前が逆に!」
「レイ、後で殴る。本気で」
ネコタマの目が恐ろしかったので、おれは顔を背けた。
「そ、村長……本気ですか?」
髭のおっさんが問いかけると、村長はうなった。しきりにあごひげを撫でて何やら考えている。
「この者らが怪しいことは間違いない。じゃが……女子の言うことも一理ある」
一理もなにも、てめえが考えてたことだろう。この期に及んで自分の考えだとは認めないつもりか。
「いい加減しろよ、そんな提案を呑むわけ——」
「一晩、考えさせてくれ」
「ネコタマ! 何言ってんのよ!?」
おいおい、まさかおれを死刑に? んなバカな。あり得ない。
「そうか、ならば良い返事を期待させてもらうとするかのう」
おれを置いてけぼりにするなああああああああああああああ!
「では明朝」
と、老人は出て行った。髭のおっさんだけはおれを気の毒そうに見ながら静かに出て行く。
なんなんだよ、これ。
おかしいだろ。
「おい、ネコタマ、なんのつもりだ」
「まあ、そういきりたつな。わらわに考えがある」
ぱちりとウインクされてしまい、怒鳴りたい気持ちが引っ込む。
「どんな策だよ」
「策もなにも、ぬしが村の恩人であると証明すればいい」
ん? やっぱりおれ、相当アホなのかな。それともこいつが頭良すぎるのか。話がまるで見えない。
「では簡単に説明してやろう」
おれは色々と言いたいことを引っ込めて、彼女の言葉に耳を傾けた——
サスペンスを期待していたらすいませんです
殺人事件に巻き込まれる……って話が動かしやすくて好き
気になったらブクマ、気に入ったら評価、オナシャス