17 『やっと来た村で包囲されたらどうすればいーい?』
ブタ肉をどこまでも堪能したおれたちは、ぐっすりと眠って、お昼頃に出発した。
久しぶりの食肉は体に力を漲らせている。もうヌルンの種を食べなくていいんだと思うと、涙が出そうになった。
これで野宿じゃなければ言うことはなかったのだが。
出発が遅くなったのには理由がある。
一つはネコタマがなかなか起きなかったからだ。
待っている間、おれは剣鬼の真っ二つになった遺体と、昨日殺されたであろう人の体を埋葬した。
嫌悪感はなかった。少しだけ悲しくて、ちょっとだけやりきれない感情が込み上げてきた。
もうちょっと早く来ていれば、なんて思うのは傲慢だろうか。救えたかどうかすらわからないのに、ついそんなことを考えてしまう。
剣鬼ヨーツントまで埋葬したのは、生前がどうあれ死ねば土に還るって思ったから。
ネコタマに言ったら、自己満足に過ぎぬ、とか言われそうだ。
何食わぬ顔で戻ったおれは、起きていた彼女とともに出発し、道を進む。
細い道を辿っていくと、待望のまともな街道に出た。
「右か左か、どっちに行けばいいかな」
どちらの先にも町は見えない。一本道が続いているだけだ。ただ、注視すると車輪の跡があった。
「なあ、どっちだと思う?」
「どちらでもよい。レイが選んだ方へ行く」
ネコタマはあくび混じりに答えた。あれだけ寝てまだ眠いのは恐れ入る。
「じゃあ左だ」
そこから一時間か、二時間か、先を進み、ようやく光明が差した。
煙が見える。
煙突から出た様を連想させる、人がいる形跡。
自然と足が早まり、にやけ面になってくる。サバイバルじみた生活もこれで終わり。やっと人並の食事にありつける。
左に足を進めたのは正解だ。すぐに建物の並ぶ集落が目に入った。
「ほう、村といった風情だな。規模は小さいがいいだろう」
いいだろう、とはどういった意味か。急に不安になってきた。
「ネコタマ……まさかとは思うが、皆殺しとか言わないでくれよ」
「そのようなことはしない」
きっぱりと言い放つ顔は凛としていて、おれが騙されやすい男であれば惚れていたかもしれない。
ただ、これまでの経緯を思うと、少々信じにくかった。
「なんにせよ……一息つける」
なんとも長閑そうな、郷愁を誘う小さな村だ。
だが、通りには人がいない。煙突からは炊事の煙が出ているから無人ということはないだろう。
「メシの時間……なのか?」
村人全員の食事時間が一緒……なわけないか。
おれたちは入口にたどりついて一度足を止めた。
静かすぎる。
「ふむ、見られているな」
「この村の人たち全員人見知りなのかな?」
思わず出た軽口はネコタマに無視されてしまった。悲しいしむなしい。
構わず入りたいところだが、不気味さが足を縫い留めている。
どうしようか思案していると——
「止まれ! そこから動くな!」
大きな声が響いた。
声の主が家の陰から現れる。口や頬の辺りに立派な髭を生やした、やたらと体格のいいおっさんだ。手には斧を持っている。
そしてふと後ろを見れば、鍬や鋤といった農具を手にした男たちがぞろぞろと出てきた。
「えーと……なに?」
「包囲されてしまったな」
キレるかに思われたネコタマが存外落ち着いているおかげで、おれもかろうじて平静さを保てている。
「すんませんけど……おれたちなんかしました?」
最初に出てきたおっさんに声をかけてみると、忌々しそうに唾を吐かれた。
最悪の第一印象だ。
「おまえたち、変わった格好をしてるな。どこのモンだ?」
どこのモンと聞かれても、答えづらい。堂々と、異星人です! なんて名乗ったらひどい目に遭わされそうだ。
「答えられねえのか?」
周囲に起こった殺気が伝わってくる。誰がどう見たってピリピリしているのがわかる状況だった。
「おれたちは——そう、旅の者だ。ここから……東に行く途中なんだよ」
「西から来たのか?」
「そうそう! 西から来たんだ!」
「西にはなんもねえぞ。死霊がうようよいやがるから誰も近づかねえ」
撃沈。
ちらりと横目でネコタマを見る。彼女は沈黙したまま動こうとしなかった。
「怪しい奴らだ。おい、土倉に入れておけ! 後で村長を連れていく!」
へい! と元気の良い返事をして、何人かが鍬を突きつけてきた。
鍬だろうがなんだろうが、刃物は近くで見ると凶悪だ。
さすがに揉め事はごめんだと思った。これまでさんざん面倒な目に遭ったせいでうんざりしているし、形はどうあれ休みたい気持ちが勝っている。
「ネコタマ、ここはおとなしくした方がいい」
「……しかたないな」
彼女が思いのほかおとなしいことに驚きつつ、おれは男たちに従った。当然武器は没収されて、乱暴に引っ張られる。
「入れ! さっさとしろ!」
背中を押されて入った場所は藁が積まれた蔵だった。窓はなかったが、隙間から差し込む光のおかげでそんなに暗くない。
おれは藁にダイブして埋もれた。ひどい扱いのように思えて、野宿よりは百倍マシだ。
ネコタマは自身の能力を使って宙に浮いた。そして壁の隙間から外の様子を窺っている。
「村全体が殺気立っているな」
さすが、というべきか、ネコタマは全く取り乱していない。『ニンゲン絶対殺すマッスィーン』にしか思えなかったイメージも今はだいぶ和らいでいる。
「どうした? わらわの顔に何かついているか?」
「ああ、いや、すまない。ずいぶんとおとなしいんじゃないかって思った」
「始末はいつでもできる。あの程度の数、秒で皆殺しだ」
さいですか……
見直して損した気分だ。
「様子見をしたのか?」
「そういうことだな」
なにか考えがある風の彼女は、外の様子を見続けている。
それにしても、いきなり武器を突きつけてくるなんて異常だ。事情があるのは馬鹿でもわかる。
とはいえ初めて来た村の事情など知ったこっちゃない。
おれはいくぶんかの苛立ちを抱えつつも、藁の上に横たわった。
不貞寝ってやつだ。せっかくたどり着いたのにひどい歓迎である。
どうせやる事もない。そう思い、目をつむった。
気温が暖かいせいですぐに眠気が襲ってくる。
うとうとしかけた時——
「レイ?」
「ん?」
目を開けるとすぐ近くにネコタマの姿があった。姿というか彼女の胸が目の前にある。服の上からでもわかる二つのふくらみが自己主張しまくっているのがわかった。
ハッとして目をつむる。何日か一緒に旅してきたが、おんぶをした事以外にここまで近づいた時はなかった。
気安く話せていたおかげで忘れてたけど、こいつ、女だったわ。
「起きろ、バカ者。誰か来るぞ」
「いや、起きない」
「ふざけている場合か?」
おまえの距離が近すぎて起きれねえんだよ。つーかなんでおれのすぐ上に浮いているんだ。別のとこで浮いてくれ。
「顔が赤いぞ。怒っているのか?」
「いや……そうじゃない」
「不思議なヤツだな、ぬしは」
ふっと気配が離れたので、おれはやっと目を開けて藁から身を起こした。
待つこと数分、くたびれた音を出して木造の扉が開く。
現れたのは目が血走ったおじさんだった。痩せていて、肩で息をしている。
「お、おれの息子をどこへやった……?」
「息子?」
「しらばっくれるんじゃねえ!」
セリフを言い切る前に、おじさんが襲いかかってくる。
少しも思い当たる節がない。そもそも初対面だし。
唾をまき散らしながら飛び掛かってくる様は中々に恐ろしい。
おれはおじさんを見ながら、呑気にそんなことを考えていた。
いかがでしたでしょうか?
気に入ったらブクマ、オナシャス!