16 『食べてみよう異世界グルメ!~触手の生えたブタ編~
もはや剣鬼ヨーツントには何もできない。
そう判断したおれは、再びネコタマを担ごうと歩き出す。
しかし、おとなしくしてた剣鬼が突然叫び出した。
「うう……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
剣鬼は手首を押さえながら立ち上がり、走る。おれの方ではなく、ぐっすりと寝ているネコタマに向かってだ。
これはしまった。女は人質に取らないなんて言ってたけど嘘じゃん。
さすがに焦る。ネコタマがいくら強いとは言っても、寝こみを襲われては何もできない。
深呼吸して気持ちを落ち着かせ、スキルを使う。
「ちくわ生成!」
またもや瞬時に発動した能力が、剣鬼の前面に大きなちくわを作り出した。
「っ!?」
ぼん、と気の抜けた音がして剣鬼が弾かれる。
「あんた、情けないヤツだな」
呆れるしかない。なにが剣の道を究めんがためだよ。結局卑怯なだけじゃないか。
もはや万策尽きたのか、剣鬼は手首を押さえたまま呆けている。
こうなってはさすがに何もできないだろう。
「ネコタマ、そろそろ起きてくれ。寝すぎだよ」
「う、うーん……なにやら騒がしいな……」
ふわあ、と大きな背伸びをして起き上がる。
「おまえ、一度寝たら起きないのな」
「寝つきの良さには自信があるからな」
「自慢することかよ……」
おれはもう首を横に振るしかなかった。
「それで、こやつは何者だ? 怪我をしているようだが」
「いきなり襲ってきたんだよ」
「ふむ……」
彼女はいかにもな動作をして、辺りを見回し、一人で納得していた。
見ただけでわかるのなら大したものだが……
「では始末しようか」
「え?」
止まる間もなく、ネコタマが能力を使い始めた。
彼女の力がどういったものなのか、詳細は知らない。見た限りでは見えざる手と言うべきか、力を込めるだけで剣鬼の大きな体が宙に浮く。
何をされているのかわからない剣鬼は首の辺りを掻きむしって暴れた。
「縊り殺してやろう」
「待て待て! いきなりなにすんの!」
「こやつは刺客の類だろう? 始末するになんら問題はない」
「わかったわかった! 始末するのは……まあいいとして! よくないけど! もうちょっと話とかさあ!」
「いらん。無駄だ。時間がもったいない」
ついさっきまで寝てたヤツのセリフじゃない気がする。
「き、聞きたいことがあるんだよ! 町の場所とか!」
「む……」
ネコタマが力を緩める。地面に頭から落ちた剣鬼は激しく咳き込み、やがて力なく座り込んだ。
「まったく……やることが過激なんだよ」
「……ぬし、そのキズはどうした?」
「これか? かすり傷だ。問題ない」」
浅く斬られただけだが、少し血が出ている。それを目ざとく見つけた彼女の目つきが変わった。
「わらわの料理人をキズモノにするなど……許さない!」
キズモノって……変な言い方すんなよ。あとついでに言うがなんでおまえの料理人なんだ。
「やはり殺す。その罪、死をもって——」
「だからやめーーーーーーい!」
「黙れ! ぬしもぬしだぞ! このような雑魚に傷をつけられるとは情けない!」
「かすっただけって言ってるだろ! そもそもおまえが——」
背中で寝ていたせいだ、と言いかけた時、おとなしくしていた剣鬼ヨーツントが急に立ち上がって走り出した。
斬られた腕を押さえながら、なりふり構わない様子でやぶの中に消える。
「逃げやがった」
「追いかけるぞ、レイ」
追いかける必要はないと思うんだが、スイッチが入ってしまっているネコタマの目は完全に獲物を狙う冷酷なものへと変わっている。
森の中へ飛び込む彼女を、おれは追うしかなかった。
「馬鹿め、血痕が残っているぞ!」
赤黒い染みが線状に続いている。必死に逃げるヨーツントには血痕を気にしている暇などないだろう。
視界の悪い森の中ではあるが、追いつくのは時間の問題だ。
「待て! 痴れ者め!」
ネコタマが言葉を放つ先にヨーツントの背中が見える。
このままだと彼女はすぐにでも彼を殺しかねない。
地球とは違う星に来たからってさすがに進んで人殺しをする気はなかった。どうやってネコタマを止めるか考えていると——
「ぬわああああああああああああああああああああ!!」
前方から聞こえる悲鳴に足を止める。
一体何が起こったのか。
ネコタマとともに悲鳴の聞こえた場所へ踏み込んだおれは、言葉を失ってしまった。
剣鬼ヨーツントの巨躯が宙に浮いている。
「た、た、助けてくれぇ……」
彼の四肢は管状の名状しがたい何かに巻き付かれていて、持ち上がっているのだった。
蛇に見えるが違う。
生き物は生き物だが、タコの触手といった方が近い。
「ネコタマ……あれはなんだ? この世界ってあんなのがいるの?」
ごくりと息を呑みながら尋ねる。
「少なくともわらわは見たことがない」
おれたちの視線は触手の持ち主に釘付けだ。
突き出た大きな鼻とつぶらな瞳。ブヒブヒ言ってる呼吸。
見た目はブタ。しかしサイズは規格外。そんでもって背中から触手が生えてる。
「や……やめ……ぬぐわああああああああああああ!!」
からみついた触手がヨーツントの肉体を引き裂く。
おれは思わず目を背けてしまった。グロすぎる。
「一見巨大なブタに見えるが……」
地球に触手の生えたブタはいない。サイズもでかすぎる。
ようやくというか今さらというか、地球ではない場所に来てしまった実感がわいた。
触手の生えたブタはおれたちに気が付いている。ぶひーぶひーと息を荒げ、今にも飛びかかってきそうだ。
「レイよ、戦うか?」
好戦的な顔をしたネコタマが問いかけてきた。
無駄な戦いは避けたいところだ。だが、よくよく考えてみれば、相手はブタだ。
問いに対する答えはおれの腹から発せられた。
「こんな時に腹の虫か? 緊張感がなさすぎるぞ、レイ」
「悪かったな。だけどおまえも鏡を見た方がいいぞ。よだれが垂れてる」
「ハッ!?」
慌てて口を隠しても遅いっての。
おれたちは今までにないマジな顔で頷き合った。
触手が生えていようがブタはブタである。つまりは——ごちそうだ。
約二か月間、ロクなものを食べてこなかった。ちくわはうまいけどすでに飽き飽きしている。
「自然の恵みということで、すまん! ブタ!」
アールにもらった剣を抜き、構える。
同時に隣のネコタマが体を宙へ浮かせた。しょっぱなから本気だ。
おれたちから漏れ出る殺気に、ブタが驚いて下がる。
絶対に逃がさないという鉄の意思を込めて、おれたちはブタめがけて突っ込んだ。
そして夜——
「いただきまーーーーーーーーーす!」
限界まで大口を開け、焼いたブタ肉をほおばる。久しぶりに味わう肉の食感と弾ける肉汁。調味料を加えていない素焼きだというのに、雑味や臭みがなくて美味い。薄味ではあるが申し分なかった。
ネコタマも開き直ったのか、すごい勢いで食べている。
今は何も言うまい。少しぐらいはしたなくったっていいじゃない。だって肉なんだもの。
「いやー、うまい! 最高だ!」
触手の部分も食べてみたかったのだが、ネコタマが気味悪いと言ってどこかへ捨ててしまった。
見た目が多少おかしくても中身はやはりブタだった。それだけでなく、これまで食べたどんなブタ肉よりもうまいのだ。きっと最高級のブタだったに違いない。付け合わせがヌルンの種とちくわしかないのが少々寂しいが……
「ああ、そういえばネコタマ。食事はどうしていたんだ?」
「何の話だ?」
「地下にいた時の話だよ」
「わらわは食べなくても生きていける」
ん? 何かの例えかな。現に今は食べてるし。
「すまん、話が見えない」
「うむ。わらわは霊的決戦兵器。食糧がない時は宙に漂う霊力を吸収している」
「へー、そーなんだ……って……はあ!? なんだそりゃ!?」
「食事中にうるさいぞ」
怒られてしまった。
ごもっともではあるが、さらりととんでもないこと言われた身にもなってほしい。
「まあ、驚くのも無理はない。わらわにとっては些末なことだがな」
彼女はひとしきり食べ尽くし、水を飲み始めた。
「兵器なのか……? 兵器って武器だよな?」
「わかりきったことを聞くな。だが……そうだな。別に隠していることでもない。少し昔話をしてやろう」
ネコタマはひどくつまらなそうに話し始めた。
おれは食事の途中だったが、手を止めて話を聞く。
「わらわは造られた存在。敵国を葬るために生まれた人の業そのものだ」
彼女は生まれた時代は、世界中で戦争の絶えない、いわば戦国時代だったという。
人工的な生命体として調整されたネコタマは生まれながらにして強靭な肉体と明晰な頭脳を持ち、物覚えのつく頃から徹底的に英才教育を施された。他にも似たような子供たちがたくさんいたが、生き残ったのは彼女一人だった。
「ある日のこと。戦闘訓練中に不思議なことが起こった。手に触れずして物を動かせるようになったのだ」
彼女は右手を小さく動かして、地面に落ちているブタの骨を浮かせた。そして手を握りしめると、骨がバラバラに砕ける。
「研究員どもは驚いていたな。魔法だと。人知を超えた力だと」
それはそうだろう。もっとも、話を聞く限りではネコタマを作った人たちにとっても想定外の出来事だったようだ。
「わらわはずっと考えていた。わらわは何故生まれてきたのか。何故意思のない人形のように生きねばならないのかと」
「ネコタマ……」
敵を殺すためだけに生み出されるなんて、そんなひどい話はない。聞いていて胸が苦しくなる。
「覚醒した時、思った。わらわは——」
「……」
「全てを支配するために生まれてきたのだと!」
「……ん?」
「その後、研究員どもを全て殺した。わらわの体を好きにいじくり回した者どもだ。情けはいらない。奴らを八つ裂きにした後、街に出て、兵士たちの詰め所を襲った。そこには武器がたんまりあったからな。元より戦争続きで国民の負担は限界に来ていたのは知っていたから、革命を煽るのは簡単なことだったぞ」
「え、ええと……?」
「そのまま国民たちを味方につけて王城に突っ込んだ。衛兵だろうが貴族だろうが王だろうが、わらわにとっては木偶と同じ。たあいもない!」
「ネコタマサン?」
「ふははははははは! 見物であったな! よもや13歳の小娘に国を奪われるなど誰も想像だにしていなかっただろう!」
「……」
「それからはさらに簡単だった。皆がわらわを神と心酔し、死ぬまで戦う兵となった。すぐさま各地を平定して国内を統一。軍を再編成し、埋もれた人材を発掘し、バイツクロフト王朝を立ち上げたわけだ」
ノリにノッている彼女はさらに続けた。
「戦国時代を終わらせるため、わらわは戦争を続けた。勝って勝ち続けて、気が付けば大国の仲間入り。隣国にはもはや力はなく、臣従を申し出るほどになったのだ」
その後に待ち受ける結末を知っているだけに、なんだか遠い目をしたくなってくる。
「しかし大陸は広い。まともに仕掛けていては何十年かかるか知れたものではない。ゆえにわらわは考えた。この上は地上のみならず、天上も地下も我が物にせんとな!」
「それで地下に都市を?」
「そうだ。あそこはわらわの力をより強大にするため、霊力を集積し、制御する目的で作ったのだ」
そういうことだったのか。
ニルは言っていた。初めて入った時、死霊で溢れていたと。制御ができなくなった地下都市は霊力が暴走していたのだ。
「数年かけて完成し、わらわの力を神にも匹敵させんとした矢先、封印されてしまったのよ」
先ほどまでの勢いが一気にしぼみ、彼女はがくりと肩を落とした。
「そ、そうか……おまえも大変だったんだな……それしても、なんというか、すごいな。レイテキケッセンヘイキだっけ? 只者じゃなかったわけだ」
「ようやく理解したか? ふふん」
勝ち誇るネコタマの顔を見ていると、途方もない疲れがのしかかってきた。
「まあ……ぬしも悪くないぞ?」
「へ?」
「自分のことを平凡な男のように言っているが、実はニンゲンではないのだろう? 隠さなくてもいい」
「なんでそうなる。おれは人間だ。ここまで来れたのはたまたまだし、運が良かっただけだよ」
「その割には妙に馴染んでいるだろう? 知らない世界に来て、しかもわらわにまぐれとはいえ勝つなど、ニンゲンには出来ないこと」
馴染んでいる?
言われてみれば、そうだ。ひどい目にはあっているものの、こうして生きているし、ブタ肉も食べている。
「なんか納得いかねー」
ぶすっとしたおれの顔が面白いようで、ネコタマは笑い始めた。
書いていた時、豚肉の生姜焼きがちらつきました……
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