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混沌と秩序の間に挟まれたらどうすればいーい?  作者: 雨森あお
旅立ちから旅立ち編
16/88

15 『剣鬼』

新章開始なので一気に二話投稿しました

 空気が一瞬にして凍り付く。

 二メートルはありそうな巨躯に長剣を持つ黒マント男には隙が見当たらない。

 緊張感が高まっていく。

 できれば逃げたいところだが——


「……」


 構えた男の背後に倒れているのは、多分子供だ。おれと同い年くらいの少年に見える。

 動こうとしない男に対し、おれは観察を続けた。

 倒れている人は身じろぎ一つしない。


「殺したのか?」

「……だからなんだ?」


 なんだそれ。

 見たところ武器は落ちていない。丸腰の人間を斬ったのか、こいつ。


「なんで勝負?」

「剣の道を究めんが為」


 理解が及ばない。これは関わらない方がいいだろう。


「おれ、急いでるから。さよなら」


 顔に流れる汗を意識しつつ、横に逸れようとするが、無理だった。

 白刃がきらめき、烈風が吹き抜ける。

 黒マント男の長剣がおれの制服をかすった。


「あぶねーだろ! なにすんだよ!」

「……」


 男は無言のまま斬りかかってくる。

 左から右への横薙ぎ。返す刀で右から左。

 ぎりぎりで避ける。少しでも反応が遅れていたら死んでいただろう。

 どうやら本気で殺す気らしい。

 異様に長い腕から繰り出される剣は速い上にリーチが長すぎる。

 体格からしてすでに不利。

 そのうえ……さっきからなんだか体が重い。 

 風邪でも引いてしまったか? だとしたらまずい状況だ。


「……」


 ヤツは踏み込んできた。上段から鋭い一撃を繰り出してくる。動作に無駄がなく、美しいとさえ感じる一閃だった。

 だけどこれもかわす。切っ先がわずかに胸を裂いてかすり傷ができた。

 やっぱり体が重い。思い通りに動かないのがもどかしい。

 追撃に対し、身構える。

 黒マント男のスピードはネコタマほどじゃないが、今のおれには荷が重そうだった。現に危うく斬られるところだったし、いつまでついていけるかわからない。

 このままじゃやられる、と胸の内で呟くしかなかった。

 だが——

  

「……貴様」


 追撃をしてこない。しかもなんだか怒っている。


「私を愚弄しているのか?」

「へ?」


 細い目をかっと見開いて、憤怒の表情を隠そうともしない。

 おれなんかした? 完全に被害者なんですが。


「この私が! 剣鬼(けんき)と称される私が女を人質に取るとでも思うのか! 人を背負ったまま戦うなど……舐めくさりおって!」


 剣鬼を名乗る男の大喝で、おれはようやく気が付いた。

 そう、おれは——()()()()()()()()()()()


「……どうりで体が重い訳だよ」


 ネコタマは起きることもなくおれの背でスヤスヤと寝息を立てている。

 別に忘れてたわけじゃないよ! 戦いに集中してただけ!


「わかった。彼女は降ろす」


 かっこつけて手を抜いていた風を装っているが、恥ずかしさで胸がドキドキしていた。アホの子だとは思われたくない。

 黒マント男は律義にも待ってくれている。あるいはおれがアホ過ぎて呆れているのかも。

 ネコタマを降ろすと、体が羽根みたいに軽くなった。体を伸ばして確認。うん、調子はいいな。


「どうしても戦うのか? おれは別に戦士とかじゃないんだけど」

「嘘はやめておけ。その腰に差した剣。並々ならぬ気を感じる。相当な業物と見た」


 やっぱりそうなんだ……アール自身も結構な業物とか言ってたし、わかる人にはわかるのか。


「いざ尋常に勝負!」

「それしかないのかよ! くそ!」


 剣を抜き、剣鬼の一撃を受ける。

 甲高い音と火花が散り、それが二度三度と繰り返される。

 かなり強い。肌で感じる強さはアールと同等。凄まじい重圧だ。

 さらに繰り出される剣撃をかわし、いなし、受け止める。


「やるではないか!」


 こっちはぎりぎりだってのに、男は嬉々として斬りかかってくる。

 変態か、こいつ。すげえ嬉しそう。


「ならばこれはどうだ!」


 男の放つ剣が変化してきた。フェイントを多用する変幻自在の剣。

 だがそれはアールにさんざんやられた手でもある。

 かろうじて対応し、切り抜ける。

 ここで剣鬼の顔色が変わった。

 後ろに下がり、剣を鞘に納める。

 戦いをやめたかといえば、そうでもない。

 右肩を前に出し、やや前傾姿勢。

 どこかで見覚えのある構えは——居合切りってヤツか。小さい頃見た記憶がある。ヒテン……ナントカ流? なんだっけ? ナントカカントカツルギ流だったかな。あんまり覚えてない。

 おそらく、間合いに入った瞬間、首を飛ばすつもりか。


「見た目からは想像できぬ力量……身のこなし。貴公は『選別者』か?」


 選別者……?

 額面通りに受け取れば、選ばれし者。

 考えるまでもない。混沌と秩序の試験に選ばれた者の一人ってことだ。


「あー、もしかしてあんたも?」

「左様。我が名はヨーツント。貴公の名は?」

「……葉坐間レイ。ちなみにスキルは何が当たった?」

「聞きたくば私を打ち負かすことだな」


 ダメもとで聞いてみたが、当然教えてはもらえない。残念だ。

 試験に選ばれた者は特殊な能力を三つ授かる。おれは『ちくわ生成』、『吸収≪微≫』、手違いらしい謎文字スキルという頭を抱えたくなる構成だった。ゆえに他人のスキル構成が気になる。

 余裕の表情を見る限り、剣鬼ヨーツントは切り札を隠していると感じた。


「うーん……迂闊には近づけないな。こういう時は……」


 戦いなしじゃ通してもらえないだろう。だったらまずは牽制だ。

 様子見で六魔術を使う。

 火術の基本である火球(ファイアボール)。ニルとかなり練習した術だ。

 野球のピッチングを真似て投げる。規模は小さいが速度はまあまあ。これで決まれば楽だが。

 剣鬼の手が霞んだと同時に、火球は真っ二つになった。

 うん、無理。

 剣鬼は余裕しゃくしゃくで剣を鞘に戻す。何度でも撃ってこいという面だ。

 その後も真上に火球を放ってみたり、カーブをかけてみたりしたがあっさりと迎撃されてしまった。反射だけで撃ち落しているのかもしれない。

 ものすごい空間の把握能力と反射神経だ。自動で迎撃している風にも見える。

 だとしたらますます隙がない。

 わざと近づいた方がいいか?

 危険だけど、遠距離攻撃が通じない以上は埒が明かない。

 意を決してじりじりと距離を詰めていくと、緊張感が増した。

 目には見えない結界を感じる。

 これは剣の間合いなのだろうか。

 向こうから仕掛けてこない。あくまでも迎撃の構え。やはり隙は見当たらなかった。

 剣鬼は集中を切らさない。

 なんとなく、このまま逃げた方がいいんじゃないか、と思った。

 だけど——

 剣鬼の背後に倒れている人の姿が見える。

 背中を見せて逃げるのは、なんかムカつくな。


「面倒になってきた」


 もういいや。突っ込む。

 切り札を持っていたとしても、使われる前に倒してしまえばいい。

 無造作に歩き出すと、剣鬼は困惑した。複雑な感情が伝わってくる。

 ヤツはおれを注視し始めた。

 予定通りだ。

 右手を軽く上げて、言葉を紡ぐ。


「ちくわ生成」


 ノータイムで生み出すちくわの出現先は、剣鬼の足元だ。


「なんだとっ!?」


 前触れなく生まれ出た巨大ちくわが、剣鬼を宙へと跳ね上げる。体勢は明らかに不十分。必殺の居合は出せない。

 おれは地を蹴った。

 強く踏み込んで跳び、空中にもう一個ちくわを出して足場と変え、上空へと昇る。


「後でちゃんとおいしくいただくから許してくれ!」


 自分で生み出したちくわに謝りつつ、剣鬼よりもさらに上へ躍り出る。


「き、貴様ぁっっ!!」


 混乱し、目を泳がせる剣鬼からは脅威を感じない。もはや王手だ。

 狙うのは命。とはいっても殺すわけではなく、別の命を標的にする。

 案の定急所を守りに入った剣鬼に対し、上空から一閃。


「ぐあっ!?」


 勢いよく吹き飛んでいったのは、ヤツの右手だった。

 おれの剣は剣鬼ヨーツントの右手首から先を斬り飛ばしたのだ。

 奪ったのは剣士の命とも言えるもの―—利き手。

 着地して振り向いた時、剣鬼の顔が見るからに青ざめていた。

 

「なんということを……」

「剣鬼っていったっけ? あんた、もう剣は使えない」

「ふ、ふざけるなっ! このっ……」


 怒りをあらわにしたところで遅い。腕の断面からは血がとめどなく流れ落ちている。


「その倒れてる人……丸腰だったんだろ? あんたはいかれてるよ。だから一番つらくなるようにした」


 これは本心だ。

 事情は知らないけど、剣鬼が異常なのはわかる。アールと対峙した時の太陽にも似た熱を感じなかった。

 かばう訳じゃないけどネコタマは人間を憎み、おれに襲いかかってきたが、根底には哀しみがあった。

 お互いに戦士なら勝負してもいいかもな。あるいは戦争や闘争であればそういうもんだと割り切れるかもしれない。

 だがこいつはただ平然と丸腰の人間を斬る。おそらくは自分の楽しみのために。


「とりあえずあんたが今まで殺した人たちに詫びて……って、なに言ってんだおれ。ガラにもない」


 説教なんて言いたくないし聞きたくない。

 得物をしまって再び剣鬼を見る。

 最初に見た強者の顔はどこへいったのか。ヤツは絶望やら怒りやら焦りやら、色々と入り混じったなんとも言い難い表情をしていた。

 勝負はついたのだ。

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