14 『ネコタマの話』
新章開始でございます
「そう、あれは……虫の知らせだったのか、珍しく夜中に目が覚めた時のこと——」
たき火を見つめるネイレス・コーデリア・タメリシア・マデリーン(以下ネコタマ)はひどく悲しげな表情で語り始める。
おれたちが遺跡から離れて半日。道らしい道にもたどり着けず夜を迎え、森の中でキャンプをしているところだ。
「トイレに行きたかっただけなんじゃ……」
「黙れ、話の腰を折るな。確かに用を足しには行ったが、それは重要ではない」
とにかく聞け、と睨まれてしまった。
特に興味があった訳じゃない。ただ間を持たせるために話を振ったら始まってしまったのだ。
「嫌な予感は当たるものだ。わらわは武装した家臣たちに囲まれて、眠らされてしまったのよ」
「なんか怒らせるようなことしたのか?」
「さあな。少なくともわらわが治めていた間は戦争に一度も負けず、国民たちは幸福を享受していたはず。敗戦国の者たちにも慈悲を与え、平等に扱った。感謝されこそすれ、封印されるなど……許せない」
「まあまあ、それよか疑問があるんだけど」
「なんでも聞くがいい」
「じゃあお言葉に甘えて。寝てたのになんで千年ってわかったのよ。寝ながら数えてたわけ?」
おれの率直な疑問に対し、彼女は腕を組んで目を伏せた。
「最低でも千年。細かい時間は知らないが……時計があってな」
そりゃ時計はどこにだってあるだろう。話が見えない。
「腕の良い時計職人に命じ、千年止まらぬ時計を作らせた」
なんだその無茶振りは。会った事もない時計職人が可哀想になってきた。
「しかし、わらわが起きた時、時計は止まっていた。街もずいぶんとくたびれていたしな。長い年月が経っているのは言うまでもない」
「その後は?」
「地上に出ようとしたが……レイも見ただろう? アレに阻まれてしまった」
「霊的絶対防衛装置か……」
そうだ、と偉そうに頷く彼女。
端的に聞いただけだと余計に疑問がわいてくる。
「さて、今度はぬしの番だ。レイよ、わらわにぬしの事を説明するのだ」
「あ、ああ。そうだな。自己紹介みたいなもんか」
眠くなるまでは喋ってもいい。
そんな気分になっていたおれは、地球の事と、ここへ来た経緯を話した。興味深く聞いてくれた彼女は、神にも等しい存在、アフーラとアリマーの話になると目を輝かせる。
「秩序と混沌……? ふむ、そのような存在がいるのか」
「信じてくれるのか?」
「嘘にしては話が出来すぎているからな。しかし……そうか。神……」
「試験っていったって、正直何をしたらいいかわからん。だから気にせずにいこうとは思うんだけどさ」
ネコタマは何やら考えこんでいて、呼んでも反応しない。
おれはあきらめて体を倒した。寝るには早い時間だがやることもない。
パチパチとしたたき火の音が響く。聞こえるのはそれだけじゃなかった。おれたちの周囲からは何かが草をかき分ける音や虫の羽音がして、意外とうるさい。
「レイ、一つ聞かせろ」
「……なんだよ」
「神とやらは何故、世界の法則を作り変えないのだ? その点については何か言っていたのか?」
それ、ニルも言ってたな。
「いや、なにも」
「それはおかしい。我らよりも優れ、世界を行き来できるほどの存在が何故わざわざ人に頼る?」
あ、あははー……おれはなんにも疑問を持たなかったなー。
こいつ、ひょっとして頭良いの? ニルもそうだったけど、根本から頭の出来が違うってことか。
「レイの話を聞く限りでは高度な技術を持っただけの人間に思えるな」
「そ、そーなの?」
「滅びが来るとわかっているのに、そやつらでは対処できないんだろう? なれば人と変わらない」
「否定から入るようで申し訳ないんだが……神様にも限界があるってことでいんじゃね?」
「そういえばそうだが」
あまり納得はいっていないようだった。
「それにしても混沌と秩序か。面白い」
ネコタマは楽しそうに笑った。
「最前まで我らがいた地下も考えようによっては混沌と秩序かもな」
「うん? なんでそうなる?」
「地下都市は放っておけば何も起こらない、静謐が保たれた場所だった。ある種の秩序が敷かれていたと言ってもいい。そこへぬしが混沌をもたらし、天井に大穴を空けた。つまりは混沌に傾いたと言えなくはないか」
頭痛くなってきた。途中までしか理解できない。
「傾いたって……おれ、もしかして失格? ダメダメ?」
「さてな。わらわは審査員ではないし」
そうだよね。聞いてすいませんでした。
「そうなるとやはり……」
「どうした?」
「なんでもない」
意地悪で教えてくれないのではなく、彼女自身考えがまとまってないんだろう。
若干の不穏な空気を残しつつ、おれたちは休息をとった。
一夜明けて次の日。
遺跡から太陽の昇る方向、地球で言えば東に向かって進んだおれたちは森を抜けられないでいた。
見えるのは木と草ばかり。
ネコタマに聞いても、わからない、という答えが返ってくるばかりだ。
あくまで本人の言だが、おおよそ千年以上も経っていれば何もかもが変わって当然だろうと思う。
おれは何気なく小袋から種を取り出してつまんだ。
地下遺跡都市から持ってきたヌルンの種だ。昇天しそうな苦さにも慣れて、悶えることもなくなった。慣れってすごい。
「……?」
なんだろう。うなじに視線を感じる。
振り向くと後ろにいたネコタマが視線を逸らした。
なにか言いたそうだな。
無視しよう。きっと面倒なことに違いない。
ポリポリと種を噛む。まずいが、腹持ちが良い食べ物には違いなかった。
「……レイ」
「どうかしたのか?」
振り向くとまた目を逸らされる。
「さっきからなんなのよ」
「……」
心なしか頬が赤い。トイレにでも行きたいのだろうか。
「だからなに?」
「……わからないか?」
「ああ、わからん」
「……わかれ」
いやわかんねえよ。なんだこいつ。
だが……ちょっと待て。ちゃんと考えないといけない。しばらくは一緒にいる訳だし、少しは気を遣った方がいいかもな。
ネコタマはニンゲンを見下している。つまりは頼み事ができないってことか。
いま要求しているのは……
「言っとくが急に暴れ出しても放っとくから」
「何故そうなる。わらわを何だと思っているんだ」
むしゃくしゃしてる訳じゃなさそうだな。
つまりは……これか。
「食ってみるか?」
と、種を差し出す。
すると、顔を背けながらも彼女の目はヌルンの種を見ていた。
今度は正解だ。腹が減っていたということか。
「それはなんだ?」
「ヌルンの種」
「美味なるものか?」
「くっそまずい」
「ならばいらん」
ぐっ……すげえむかつくんだけど。
「他には何もないのか? 我が料理人よ」
「料理人じゃないっての」
と言いつつスキルを使ってちくわを生成する。おれってほんとお人好しだ。初対面で裏拳かまされてもこうして面倒見てるし。
「……それは?」
ネコタマが露骨に顔をしかめる。
「おれの能力で生み出した食べ物だよ。ちくわって言うんだ」
「い、いらん! それはぬしの……肉だろう?」
「気持ち悪いこと言うなよ! あくまで能力! 生成したの!」
想像したら吐きそうになった。なんてこと言うんだ。
「さきほどの種を献上せよ」
「いいのか? 栄養はすごく豊富らしいけどめちゃくちゃ苦いぞ」
「しかしぬしは平気で食べている。ちくわとやらよりはいい」
ちくわを差別すんなよ。まさかマジでおれの肉だと思っているのか?
納得がいかないと思いつつも、ほらよ、と種を投げ渡した。
ネコタマは、あーん、と大口を開けて種を放り込む。
すると——
「ん……? ほう、これは——」
最初の数秒こそ平気な面をしていたが、やがて真っ青になり、次いで赤くなった。
「う……なん……だ! に、苦い! これはっ!」
彼女は両腕を振って必死になにかを伝えようとしている。
求めているのものが水だとわかり、水筒を取り出したが遅かった。
「ウヴォェェェェェェェェェェェェェェ!」
あっ、おれが初めて食った時と同じ反応だ。
ついには白目を剥いて気絶してしまう。それどころかビクンビクンと痙攣をし始めた。
慌てて抱き起こし、呼びかけてから口に水筒を当ててやると、突然ものすごい力で水を飲み始める。
「ぐふっ……レ、レイ……ぬし、なんてものを食べさせる……」
「おまえが望んだんじゃないか」
「ぬしは……常にこれを? 舌が腐っているな」
「おい、一言余計だ」
まったく、世話の焼けるヤツだ。
「……確かに想像を絶するマズさ。まだ口の中がおかしい」
「あらかじめ言っただろう」
「ん? だが……妙に体が熱いな。力が漲るようだ……それに、なんだか眠い」
「お、おい!」
ネコタマが気持ち良さそうに目を閉じる。
勘弁してくれ。ここで寝られるのはさすがにきつい。
「ネコタマ? 起きろよ。今日も野宿はしたくないんだ」
「うーん……少しだけ……ZZZ」
「……まじ?」
彼女はそのまま地面で眠り始めた。
「そんなことってある? ねえ、ネコタマさん? 起きてよ、ねえ」
ダメだ。小さく返事はするものの、体を動かす気配がない。
これには大きなため息をするしかなかった。
さて、どうしようか。
置いてはいけないし、かといって足止めもご免こうむる。
「しかたねーなー……ネコタマ、ほら、おれに寄りかかれ。おぶってやる」
「うーん……うーん……」
返事なのか寝言なのかわからん。
割と強引に寄りかからせておぶる。なんとか動けそうだった。
「なにしてんだろな、おれ……」
ようやく地上に出たと思ったらこれである。途端に行き先が暗雲で覆われている気しかしない。
ネコタマが意外にも軽いおかげで大きな負担にはなっていないが、足取りは遅くなるだろう。
己の不運をあきらめて、おれは先を急いだ。
朝早くに出発してからだいぶ時間が経つ。ネコタマはおれの背で眠ったままだ。
さすがに疲れてきた。もうなにもかも投げ出したくなってくる。
見えるのは木と草ばかりだし、風景からして飽きがきてしまう。
何度目かのため息をつき、空を見上げると、木々の合間から太陽が見えた。位置は真上。地球だと正午だ。
だがここでようやく待ちに待った変化を目撃する。
細い道が先に見えたのだった。
しっかりと舗装されていることから、人工的な道だと思える。
「おお! これをたどれば多分町に着くよな?」
手が空いていればガッツポーズしているところだ。
さっきまでのデコボコしていた地面に比べれば格段の歩きやすさ。うん、いける。
自然と足取りが軽くなり、スピードも上がる。
そして——
「あれは……人?」
視線の先に人が見えた。まだ森は抜けていないが、人がいるのなら町は近そうだ。
声をかけようと近づいたおれは、しかし様子がおかしいことに気付く。
「なんだ?」
一人は黒装束に身を包んだ長身の男だ。黒いマントを風になびかせて、もう一人をじっと見ている。
もう一人の様子は尋常じゃなかった。地面にできた赤い水たまりの中に倒れている。
この嗅ぎ慣れない匂い。
黒マント男の顔には赤い染みが付いている。
あー、なるほどなるほど。お取込み中ですね?
隠れようと思ったがもう遅い。
黒マント男と目が合ってしまった。
「貴公……何者だ?」
髪を撫でつけてオールバックにしたいかにも精悍な男が目を細める。
「まあいい……いざ尋常に勝負!」
「はああ!?」
この世界のヤツってとりあえず襲いかかってくるのが礼儀なの?
放たれた殺気に反応し、おれは身構えた。