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混沌と秩序の間に挟まれたらどうすればいーい?  作者: 雨森あお
地下都市遺跡編
13/88

13 『満天の星空、旅の始まり』

始まりの終わりなので長め

 広間から廊下に出て床を蹴る。

 一気に全速力で駆け抜けたいところだが、逃げる先を決めてない。

 どこへ逃げる? 安全な場所なんてない。地上には出れないし、突破口を見つけなければ寿命がほんのちょっと延びるくらいでしかないだろう。


「ヤツの活動時間はどのくらいだ!」


 走りながら尋ねる。


「朝になれば消える!」


 いやいや、夜になったばかりだぞ。朝までなんてとてもじゃないが走り続けられない。


「だがここを出ようとしても現れる! 逃げられない!」

「くそっ! 聞かなきゃよかったよ!」


 おれたちは城の端まで逃げて、部屋に入り扉を閉めた。

 荒く息をして呼吸を整える。

 体力がなくなったわけではない。すぐ後ろまで『死』が迫っていたせいで精神を削られている。


「ちくしょう……ニルがいれば……」


 頭にちらつくのはまたもやニルの顔だ。


「ニルとは誰だ?」


 今聞かれても答えられる時間なんてない。


「その者がいれば解決できるのか?」

「……解決できるかどうかは……わかんない。ただ、かなりの魔術の使い手で博識だったんだよ。何か教えてもらえたかもな」

「魔術士であれば霊的エネルギーの扱いに長ける者もいるだろうが……相手が悪すぎるだろうよ」


 絶対防衛装置だもんな。名前で既に負けてる気分だ。


「おまえ、諦めてんの?」

「……」

「妙に落ち着いてる……っていうか、投げやり?」

「…………」

「ここを出てやりたいこととかない訳?」

「…………ある」


 『彼女』の顔に一瞬だけ生気が差す。しかしそれは束の間のことで、すぐに戻った。


「無理だ。こうなっては潔く自決するのも王の生き様だろう」

「……ごめん、おれには理解できねーわ」


 『彼女』にも何か事情があるんだろう。だからって付き合ってられないけどな。

 と、激しい音がして扉が軋んだ。ヤツが扉を挟んだすぐそこまで来たのだ。

 やべ、なんか心臓がバクバクいってる。

 部屋の窓から逃げるか?

 ヤツは人の形こそしているが、霊的エネルギーの塊だっていうし、身動きのとれない空中で捕まったら死ぬ。


「ん? エネルギーの塊?」


 あれ? なんで今まで気が付かなかった?


「なあ、もう一度聞きたい。霊的絶対防衛装置はエネルギーの塊だと、そう言ったよな?」

「今さらなにを……」

「確かに言ったよな?」

「言った。だからそれがどうした」


 思わず笑みがこぼれそうになる。

 な~んだ。だったら何も問題ないじゃん。


「おい、窓から降りるぞ。いけるか?」

「なにをする気だ?」

「いいから早く!」


 おれたちが窓から身を投げ出したのと、霊的絶対防衛装置が扉をぶち破ったのは同時だった。伸ばされた黒い触手がおれの脚をかすめる。

 受け身をとって立ち上がり、『彼女』に身を隠すよう指示した。


「戦うと言うのか!? 何を血迷っている!?」

「いいから下がれ!」

「馬鹿な! 気が狂ったか!」

「おれは正気だ」


 真面目も真面目。ちゃんと考えた結果だ。

 ニルの言葉一つ一つを思い返す。

 彼らディヴァイン兄弟が意識を取り戻した原因と推測してたおれのスキルは『吸収≪微≫』。

 その効果はエネルギーの吸収及び効率の上昇。

 おれの力が成長しているってニルは言った。

 吸収したエネルギーの余剰分が死霊化していたディヴァイン兄弟に意識を取り戻させたと。

 霊的絶対防御装置はエネルギーの塊。

 だったら、吸収できるよね。

 両手を前にして構える俺の前に、色濃い黒の衣を纏ったヤツが降り立つ。見ただけで失神しそうな姿も、今じゃ何も感じない。

 自信過剰に見えるかもな。

 でも確信があるんだ。

 スキルランクが最低辺とか、今はどうだっていい。やれることをやるだけだ。

 落ち着いてスキルを発動。イメージは両手に空いた穴だ。掃除機みたいに吸い込んでやる。

 瘴気が迫る。

 おれは動かなかった。

 触れる一瞬だけビクッとしたけど、イメージ通りに吸収が始まる。

 霊的絶対防衛装置に感情があるのかどうかはわからない。が、動揺に似たものが伝わってくる。

 もう吸収は始まっている。止められない。


「ハザマレイ……ぬしは……なにを……」


 かたわらで絶句する『彼女』をよそにおれは歯を食いしばった。吸い込めているのはいいが、めちゃくちゃ重くて苦しい。あとにがい。


「ぬ……ううううううううう!!」


 霊的絶対防衛装置が数歩下がる。予想外の出来事に混乱しているんだ。


「逃がさねええええええええええええええ!!」


 だいぶ吸ったけど、まだまだ先は長い。

 まるで綱引きだ。気を抜けば引っ張られて死ぬ。

 

「くそっ! こいつ……力ありすぎだろ!?」


 ひたすら黒いエネルギーを吸収したせいか、気分が悪くなってきた。口からなんか出そうになってくる。


「うう……」


 き、気持ち悪い。このまま留めてはおけない。もう限界だ。


「うう……うううううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 吸収されたエネルギーが溢れ出る。たまらず上を向いたおれの口からものすごい勢いで力の奔流が飛び出た。

 きっととんでもない絵面になっていることだろう。天に向かって口からゲロをかます男子高校生なんてどこに需要があるっていうんだ。

 飛び出したエネルギーはどこまでも止まらなかった。

 地下都市遺跡の天井まで達し、轟音を響かせる。


「や、やめよハザマレイ! 天井が崩壊するぞ!」


 無理無理! 止まるわけないでしょ!

 地鳴りがしてぱらぱらと土が落ちてきた。

 吸収が続いているせいで動けそうもない。

 一際大きな岩盤が落ちてくる。しかしそれは空中で止まった。考えるまでもない。『彼女』の能力だ。

 そこから先は何も見えなかった。さっきよりもずっと強い力がおれの口を介して放出され続け、視界を覆ってしまったからだ。

 どのくらい放出していたかな。

 全てが終わった時、おれは仰向けになって地面に寝ていた。

 体中の悪いもん全部出て行ったような爽快感と、ひんやりした空気。体力はほぼゼロで、このまま眠りたい気分だった。


「おー……星すげーな」


 ぽっかりと開いた天井の先から満天の星空がのぞく。

 地球じゃ考えられない量の光点が夜空に瞬いていた。


「ぬし……いったい何をした? どうやって……」


 ある種のパニックから立ち直ったらしい『彼女』が聞いてくる。


「ああ、ありがとな。岩止めてくれて」

「そんなことはどうでもいい! 何をしたのか聞いている!」

「後にしてくれ。それよりも——」


 半身を起こして見ると、風景は一変していた。

 城は巨大な岩に押しつぶされて以前の面影はない。その代わりに地上への道が出来ていたのだ。

 おそらく『彼女』が仕向けたのだろう。崩壊した天井の残骸が地上へと階段状に積み重なっている。

 サイズはちょっと大きいが、登れないことはない。つまり、外へ出られる。

 のっけからつまずいたかに思えた試験もようやく始められるってことだ。


「これで地上に行けるよな」

「……」


 説明されないのが納得いかないらしい。

 『彼女』はむすっとしてこちらを睨みつけている。


「そういえばおまえ、やりたいことあるみたいな言い方してたけどさ、何すんの?」


 なんとなく口にした疑問に対し『彼女』は高らかに、そして怒りと憎しみを込めて笑った。


「地上にいるニンゲンどもを根絶やしにしてくれる! これこそ待ちに待った瞬間! 礼を言うぞハザマレイ! ぬしはわらわの復讐を遂げさせてくれたのだからな!」


 ええ……


「わらわをここに封じ込めたカスどもめ! のうのうと繁栄を享受した代償を払わせる。蹂躙し、何もかもを奪ってやる……!」

「いやいや、当人たちもういないでしょ。千年も閉じ込められてんだよな?」

「そのようなことは承知している! ゆえに子孫を根絶やしにすることでわらわの復讐は成る!!」


 なんか間違ってる気がするが、『彼女』の怒りは相当なものだ。ぶつけるものがなけりゃ気は収まらないだろうな。

 どうでもいいか。別に興味ないし。


「そうか。頑張れよ」


 よっ、と声を出して立ち上がり、右手を上げて別れの挨拶をする。命をかけて戦った相手だし、挨拶くらいはしようと思った。


「……止めないのか?」


 なんで意外そうな顔するんだ? おれ変なこと言った?


「逆に聞きたい。止めて欲しいのか?」

「そうではなくてだな……わらわはぬしと同じニンゲンを殺すと言っているのだ」

「そうだな」


 短く言い返すと、『彼女』は間の抜けた顔をした。

 こうして見ると可愛い。年相応だ。


「そりゃ気分は悪いけど、おまえの気持ちもわかる。ずっとこんなまともな食いもんがないところに閉じ込められたらおれだって怒るわ。だから止めるなんてことはしない」


 『彼女』は無言でおれを見つめた。

 なにか言いたそうにしていたが、結局鼻を鳴らして体を宙に浮かせる。

 羨ましい。宙に浮いたり物を動かしたりと便利な能力だ。

 地上へと向かう『彼女』を少しの間だけ見送って、おれは城跡から離れた。

 出る前にどうしても行きたい場所がある。

 街灯が崩落に巻き込まれたせいで数を減らし、道が暗い。

 おれが目指したのはアールとニルの亡骸があるところだ。


「せめて埋葬くらいはしてやらないと」


 ほどなくしてディヴァイン兄弟が使っていた拠点に着く。城から離れていることもあり、ここは崩落に巻き込まれていなかった。

 

「おれ、やったよ。地上に出られた。二人のおかげだ……」


 目をつむると浮かぶのは二人の、最後の顔だ。

 ひざまずいて黙祷を捧げていると、どこからか『ありがとう』と聞こえた気がした。

 幻聴だ。彼らはすでに、ここではないどこかへ逝っている。

 一息ついて埋葬を始め、終わった頃には空が明るくなり始めていた。


「剣は……墓標にしたいとこだけど、預かっておく。あんたの嫁さんに会えたら渡すよ」


 新しい目的ができた。ディヴァイン兄弟のことを知っている人間に、彼らのことを伝えたいと決めたんだ。

 他にも机に置きっぱなしの手帳を回収する。こっちはニルの形見だ。これもいずれ誰かに渡そうと思う。


「さて」


 まだ全て終わった訳じゃない。地上へ出るには馬鹿でかい岩の階段を登らなくてはいけない。

 『彼女』はもうとっくに上へとたどり着いているだろう。

 地上の人間に対して見捨てるような発言をしたけど、冷たいとか思わないでほしい。

 きっと『彼女』が思うようなことにはならない。

 額に汗して城跡から伸びる階段を上がる。崩れた岩盤のサイズが大きいおかげで足場は安定している。落ちる心配もない。怖いけど。

 ようやく地上に出ると、頭上の太陽はすっかり真上になっていた。

 登り切って地面に腰を下ろす。

 すごい疲れた。こんな高さ、二度とは登るまい。

 これからどうするか。考えたくても疲労のおかげで頭が回らなかった。

 少しの間だけ、そよ風に当たって休む。

 このまま眠ろうか、などと考えていると、風に乗って音が聞こえてきた。

 ずるずる、とか、すん、とかいった自然が奏でる音じゃない。

 おれは、やっぱり、と苦笑いをする。

 眠気を隅に押し込めて立ち、音の主を探す。

 崩れて原型の見出せない遺跡は蔦や草に覆われていて、長い年月が経っていることを表している。

 しばらく歩くと、声の主はそこにいた。

 ひどく見覚えのある少女が、体育座りしている。

 体が震えているのはまあ、泣いているからだろう。


「よ、また会ったな」

「ぬし……」


 おれを見る『彼女』の顔は、涙や鼻水でぐしゃぐしゃだった。ずいぶんと長いこと泣いていたように思える。


「ぬしは……知っていたのか……?」


 知っていた。『彼女』が求めるものはもうないのだと。 


「まあ……人から聞いただけなんだけど」

「わらわの……栄華を誇った都……もはや……見る影も……」


 ニルから聞かされていた話だ。

 地上にはいつ造られたかもわからない都市の遺跡があると言われた。だから『彼女』が復讐したい相手、封印をほどこした人間の子孫なんてとっくの昔にいなくなっている。


「永遠に続くと思っていた……わらわの……」


 こうなると予想していなかったらしい『彼女』はまた泣き始めた。


「わらわはどうすればいい? 復讐する者もおらず、返り咲くべき国もない……」


 質問なのか、独り言なのか、どっちだろう? 聞かれても答えられないけど。

 そもそも声をかけるべきか、わからない。扱いに困る。

 そのまま何分かが経ち、それでも『彼女』が泣き止む気配はなかった。

 おれはいたたまれなくなって、声をかける。


「えーと……好きなことすれば?」

「……」

「自由になったと思ってさ」


 言ってて気休めだと自分でも思う。


「簡単に言うな! 愚か者ぉっ!?」


 あ、やっぱり。

 ただ置いていくのも気が引ける。


「とりあえずどっかでメシ食わないか? それから考えたっていいだろ」


 『彼女』はぴたりと泣き止んだ。メシに反応するあたり、よほど空腹だったか。


「……そういえばぬしはわらわの料理人だったな」

「いつそうなったんだ」

「そうだ! あのような状況でさえわらわは臣下を得た!? やはりわらわは生まれついての王者……業を背負いし者……」

「いや話聞けよ」

「なれば、再び我が王国を築くことも……」

「おーい、ぶつぶつ言って気味悪いんだけども」

「いや……むしろ……」


 振り向いた『彼女』の瞳は妖しい輝きに満ちていた。


「んで? どうすんの? おれはこれから近場の町とか探すつもりだけど」

「……よかろう。わらわもぬしとともに行くことにする」


 やたらと偉そうで少しだけ引っかかるが、ほっとする。

 こいつの能力は便利そうだし、何も知らない土地で一人は辛いと思っていたから、助かった。


「そういや名前聞いてなかったな」

「わらわの名か? わらわはネイレス・コーデリア・タメリシア・マデリーン・バイツクロフト。バイツクロフト王朝の始祖だ」


 名前長っ!? 覚えきれない!?


「ネイ……何だって?」

「ネイレス・コーデリア・タメリシア・マデリーン・バイツクロフト」

「なげーよ! どんだけだよ! おれなんて……五文字だぞ! 姓と合わせても五文字!」


 さすがに呼びにくすぎる。

 悶えるおれに対して意地の悪そうな笑顔をするネイレス・コーデリア・タメリシア・マデリーン。なんていうか、勝ち誇った顔だ。


「長すぎるから縮めさせてもらう! おまえはこれから……『ネコタマ』だ!」

「なに……? わらわを猫扱いする気か? それにタマとはなんだ? 玉のことか?」


 マジレスされると困る。


「猫はまあ可愛いだろ。あとタマってのは、おれの故郷じゃ可愛いものに付ける名前だ」

「か、かわ……」


 可愛いを連発したおかげか、とりあえず怒りはしなかった。


「ネイレス・コーデリア・タメリシア・マデリーンのそれぞれの頭文字をとったんだよ。『ネ』イレス・『コ』ーデリア・『タ』メリシア・『マ』デリーン。だからネコタマ」

「そ、そうか……それでいい」


 半ば冗談で言ったのだが、あっさりと通ってしまった。本人が満足ならいいよね?




 こうしておれは旅の道連れとともに地球とは異なる地を行くことになった。

 混沌と秩序のバランスを保つだのなんだのと大仰な審査は始まっている。

 故郷へ戻る手段のこととか、ディヴァイン兄弟の家族のこととか、色々と考える必要があるし、気は抜けない。

 ただ一つ確かなのは、ここから始まるってことだ。

 だいぶ時間がかかってしまったけど、ようやく第一歩。

 去り際、ふと後ろを振り返る。

 朽ちた遺跡は何も語らない。

 ただ。

 アールとニルに出会ったことは、一生忘れられそうもない。

 できればまた会いたいけど、それはいつかの楽しみにとっておこうと思う。

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