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混沌と秩序の間に挟まれたらどうすればいーい?  作者: 雨森あお
地下都市遺跡編
12/88

12 『あいつってこいつじゃねーのかよ』

 決着がつき、首筋に剣を当てられても『彼女』は動じていなかった。

 むしろおれの方が居づらくなったくらいだ。

 夜の帳が徐々に降りてくる。


「ぬしは……ニンゲンではないのか?」


 やっと口を開いたが、聞きたい話とは違う。


「人間だけど」

「ニンゲンがわらわに勝てるはずもない。それに……先ほどの術はなんだ? あれは……おかしい」


 おかしいのはおれだってわかってるよ。スキルランク『Z』。役に立たない最低辺ランクスキル『ちくわ生成』だもんな。


「訳あって変わった力を手に入れた。それだけ。いいから教えろよ、あるんだろ? 出る方法がさ」

「……」


 『彼女』は下を向いた。

 とても嫌な予感する。


「……出る方法は、ない」

「ほんとうか?」

「この期に及んで嘘をつくとでも思っているのか」


 うーん、困ったぞ。『彼女』が嘘を言っているようには思えない。ただ、暗い表情を見る限りは何か隠していそうだが。


「ぬし、名は?」

「……レイ。葉坐間レイ」

「ハザマレイ……」

「おまえは?」


 思わず流れで名前を聞いてしまった。


「……ハザマレイ、死にたくなくばここを離れろ」

「おい、まだやるってのか?」

「違う……いや、もう遅いか」

「何言ってんの?」


 いい加減にしろよ、と喉まで言葉が出かかった時、おれは硬直した。

 背後から、かつんかつん、と石畳を歩く音がしたのだ。

 嘘でしょ。

 この気配は、『死』だ。

 感じるのは初めてじゃない。

 地下都市遺跡へ来た初日のことを思い出す。情けなくも見ただけで気を失いそうになったアレだ。


「うう……うああああああああああああああああああああああああ!!」


 おれは振り向かなかった。

 前方に走りながら、『彼女』の体を拾い上げて城の中を目指す。


「や、やめよ! 離せ! このっ―—」


 急に口を閉じたのは舌を噛んだからだろうか。

 必死で走り、城の中へと飛び込む。


「はあっ……はあっ……」

「ハザマレイ……ぬし」

「なんだよ」

「なぜ……助けた。なぜ……ぬしはこうもわらわの予想を裏切る!?」


 知るかよ。何も考えてなかっただけだ。


「あいつはなんだ?」

「あれは……霊的絶対防衛装置。わらわを封印しているもの」


 ……ん?


「あれがある限り、ここから出ることは叶わない」


 ……待て待て。霊的絶対防衛装置だ? 

 両手で口を塞ぎ、叫ぶのをこらえる。

 浮かび上がった疑問を『彼女』にぶつけてみた。


「なあ、あんたさ、ここで誰かと戦ったことある? おれ以外で」

「ないな。ぬしは目が覚めてから初めて現れた人間だ」

「なんの話だ?」

「そっちこそ何の話をしている」



 頭の上に?を浮かべる『彼女』を無視して、おれは考えを巡らせた。

 アールとニルは『彼女』と戦った敗れたんじゃない。

 おれは勘違いをしていた!?

 彼らが言っていた『あいつ』はおれの目の前にいる『彼女』じゃなかったんだ。

 入口の脇に体を寄せて外を覗いてみる。

 さっきまでおれたちがいた庭に、黒い衣をまとった『何か』が佇んでいるのがわかった。

 輪郭だけ見れば『彼女』だ。

 おれはてっきり、あの黒い姿が『彼女』の真の姿とばかり思っていた。


「……まじかよ。こんなのってある?」


 庭に陣取られては城から出られない。


「あいつを倒せば出られるのか……?」


 完全な独り言のつもりだったが、聞いた『彼女』が頷いた。怒りも憎しみもない諦めの顔。絶望だ。


「あれはなんなんだよ」

「……数千もの死霊を集めて作られた存在。わらわをここから出さないためのモノだ」


 なんてことだ。

 アールとニルがやられたのも納得できる。遠くから見ているだけなのに鳥肌がおさまらない。

 色々とツッコミを入れたい箇所がたくさんあるけど、それは後回し。今はなんとかして抜く方法を考えないといけない。


「城まで入って来られない。ここへ入ったのは怪我の功名だな、ハザマレイ」


 くっ……なんでこいつ偉そうなんだ!?


「攻略方法はないのか? あの姿はおまえだろ? 同じ能力ってことか?」


 矢継ぎ早な質問に、『彼女』は首を横へ振った。


「確かにわらわの情報を元にしている。だが力はずっと上だ。神にも等しいだろうな」

「なんで落ち着いてんの!? ここから出らんないんだぜ!?」

「……わらわはもうおそらく千年以上に渡ってここに閉じ込められている。無駄だ」

「千年以上も何してたんだよ? ほんとに全部試したのか?」

「……」


 無言で『彼女』は顔を背けた。


「おい、なんとか言ってくれ」

「……寝ていた」

「…………なんだって?」

「寝ていた。起きたのは……最近……」


 ふっはああああああああああああああああああああ!! ね、寝てただって!? 人の事は言えないが、こいつも大概だな。寝てたのに千年とかテキトーなこと言いやがって。

 これでもかという疑問の目を向けると『彼女』は慌て始めた。


「し、しかしだ! わらわが勝てないのも事実! 何度か仕掛けてみたが何も通じない!」

「…………」

「ハザマレイ、諦めろ。こうなってはしかたない。わらわのしもべとなり、ここで暮らせばいい」


 しかも何言いだすのこいつ!? バカなの? ねえ、バカなの?


「そいつは断らせてもらう」

「何故だ? わらわの僕になるということは天下の栄誉を独り占めするようなもの。断る利用などないだろう」


 い、意味わかんねえ。

 もしかしておれが首を絞めてしまったからおかしくなったんじゃないだろうな。


「おれには……出なきゃならない理由がある」

「……理由とは?」


 真顔で聞いてくる。

 少しだけ空気がピリピリしてきた。迂闊な返答はできない。

 だからおれは本心を言うことにした。


「……食事だ」

「うん?」

「食事だよ、食事。メシを食うってことだ」

「それはわかっている。馬鹿にしているのか?」


 心底呆れた表情をする『彼女』に、おれは怒りが込み上げてきた。いい加減怒ってもいいよな。初対面で裏拳を喰らわせられるし、その後も問答無用で襲われた。扱いがひどすぎる。


「食事は大事なんだよ! おれは! ここにきてからクソマズい種と自分で生み出したちくわしか食ってねーーんだよ! それってほんとに文明人のすることか! おかしいだろ! うまいメシと適度な睡眠! それが文明人のすることだ! ストレスはできるだけ溜めないこと!」


 つい思いのたけをぶちまけてしまう。


「おれはいま無性にからあげが食いてーんだよ! あとカレー! いやもう何でもいい! 料理がしたい!」

「ぬしは料理人なのか?」


 ちがーう! そうじゃない! なんでそこに喰いつくんだよ!


「からあげ……とはどのような料理だ?」

「この世界にだって揚げ物くらいはあるだろ?」

「あるな」

「からあげってのは揚げ物の一つだ。鶏肉を一口大に切って下味をつける」

「ふむ」

「そんでもって色々加えた小麦粉でまぶすんだよ。それを高温の油で揚げる」

「ほうほう」

「するとどうだ? まぶされた小麦粉は金色の衣になって鶏肉を覆う。想像してみろよ。外はカリカリサクサクの小気味よい食感。中には旨味が閉じ込められた鶏肉だぞ? 噛んだ瞬間の弾ける肉汁! 正に至高の逸品だ!」


 って、なんでおれからあげの説明なんかしてんのよ。


「……」

「……おい、よだれが出ているぞ」

「ハッ!?」


 口元をすごい早さで隠す『彼女』。自分が人間じゃないようなこと言ってるけど反応は自然で、腹を空かせた人間そのものに見える。


「むう……ではハザマレイ、ぬしをわらわの料理人に任命しよう。今すぐからあげとやらを献上しろ!」

「話聞いてた!?」


 なんなんだこいつは。頭痛くなってきた。


「作るのはここから出られればの話だよ」

「……そうだった」


 まったく、落ち着けっての。

 だがこいつが乱心しかけたおかげでだいぶ冷静になってきた。


「霊的絶対防衛装置とか言ってたな。確認だ。もう一度特徴を聞かせてくれ」

「いいだろう。あれは元々わらわの力をさらに増すために作られた、いわば霊的エネルギーを集積するものだった。だが謀反を起こされてしまってな。わらわが見ていない隙を突いて封印に変えられてしまったのだ……ううむ」

「どうした? 言いづらいことでも?」

「喉が渇いた。水を献上せよ」


 白目を剥いて倒れそうになる。

 そもそもなんでこんなに偉そうなんだ。

 一応用意はあるが、おれが飲むためのものだ。渡したくない。


「……ほれ」


 とはいえ無下にもできず、水筒を渡す。すると『彼女』はとてつもない勢いで水を飲み始めた。


「ちょーっと待て! 飲みすぎ! 飲み過ぎだから!」


 急いで引き離しにかかるものの、あり得ない抵抗力を発揮して『彼女』は水を飲み続ける。


「な……なんて力だ!」


 全ては遅きに失した。水はあっという間に空となってしまったのだ。


「……やっぱり渡すんじゃなかった」

「温くてマズい水だが、とりあえずはよし」


 しかも一言二言多いし、気が抜けてくる。緊張感ねえな。


「満足したんなら続きを聞かせてくれ」

「うむ。あれはわらわの攻撃が通じない。物理的な干渉をほとんど受けず、魔術の効果も薄い。城の周囲を徘徊し、動く物を狩るのだ」

「弱点はないんだな?」

「ない、としか言えない。死霊を退治する方法は多くない上、あれはとびきりのモノだ。様々な耐性を持っているからな」


 話を聞く限りでは突破口はなさそうだ。


「どんな攻撃をしてくるんだ?」

「触れれば皮膚が爛れる。控えめに言って死ぬ」

「他には?」

「冷気を使う。耐性がなければ凍りつき砕けるな」


 どっちもごめんだ。そんなひどい死に方はしたくない。

 なにかヒントはないものか。せめてニルがいれば、とも思う。他力本願とか非難されてもいい。ニルは博識で、生前ここへ来た時に死霊を片付けたと言っていた。退治する方法はあるんだ。


「あいつのエネルギー源ってなに? どっかに本体があるとかないわけ?」

「ないな。核は闇の衣の中心にある宝玉だ。届く前に肉が削げ落ちるだろう」

「それは……グロいしエグイ」


 攻守に隙が無い。打つ手はないってことか。ますますニルの優しい笑顔が恋しくなってくる。


「あやつは凝縮されたマイナスエネルギーの塊なんだ。実体があるように見えて曖昧なモノ。とらえどころがない。わらわの力は物理中心ゆえ相性は最悪だ」

「まあそりゃあ……おまえを封印するんだったら天敵を用意するわな」


 おれだってアールの剣とか、ちくわとか、そんなもんしか…………待てよ。

 なにか今、閃きそうになった。


「どうした、ハザマレイ」

「……?」


 ふと、庭で佇む霊的絶対防衛装置がこちらを見た気がした。輪郭しかない顔のはずが、にやりと笑ったように感じたのだ。

 そして、ヤツはこちらに向かって歩き出した。


「お、おい、あいつ……こっちに来るぞ!」

「……なに?」


 城には入れないって話じゃあなかったのか? 


「ばかな……今まで一度だって……!」


 まずい。作戦の一つもない状況では逃げるくらいしかできない。


「逃げるぞ! これ多分ここにいたらダメなヤツだ!」


 もしも城内を覆い尽くされたら詰みだ。ド平凡な頭でもそのくらいはわかる。

 霊的絶対防衛装置が身に纏う瘴気を膨張させた。

 それを見たおれたちは、敵対していたことなど忘れて一目散に逃げた。

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