11 『本日のお天気、晴れ時々石の雨』
剣と拳が交錯する。
やはりというか、予想通り『彼女』は速い。目まぐるしく動いて襲いかかってくる拳とか足とか、とにかく危ない。
普通の女の子みたいな私服姿から繰り出される重い一撃。ギャップが凄まじいことになっている。
こっちは受けるので精いっぱいだ。
「チッ」
いなし続けるおれに苛立ちの目を向けた『彼女』は闘い方を変えた。
身を低くして足を狙ってくる。
これはつらい。下からの攻撃は想定してなかった。
瞬く間にバランスを崩して地面を転がる。
途端に不利な体勢。受け身には自信があるけれども、これでは——
「なっ……!」
さらに追い打ちをかけるモノが目に飛び込んできた。
おれの頭を踏み潰すべく上げられた足。
見るつもりなんてぜんっぜんないのに、ひらりとしたスカートの中が丸見えだ!
瞬時に煩悩を追い出して首をねじる。
『彼女』の靴がおれの頭をかすめた。
剣を振って無理やり離し、隙を見て立ち上がる。
「ふん、しぶとい」
「う、うるせー! ちょっとは気を付けろよ!」
「??」
くそ! 馬鹿かおれわ! 真剣な戦いだってのに!
これじゃシリアスさの欠片もない。
「顔が赤いな? もう限界か、ぬし」
「くっ……思春期の男子を馬鹿にすんな!」
「さっきから何を……」
言えるわけない。
おれってこんな……最悪のスケベ野郎だったのか? 自己嫌悪感がすごいことになってきた。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
剣の柄を自分の頭に叩きつける。
もの凄く痛い。でも、おれは正気に戻った。
「何の真似だ……ふざけているのか」
「今のは……気合いだ! 気合をいれただけ!」
改めて対峙する。
『彼女』の攻撃は苛烈だ。ただ、アールとの特訓で鍛えられたおかげか、はっきりと見えるし、対応もできている。
今度はこっちが攻める番だ。
大きく息を吐き、吸う。
剣の構えは中段。太刀筋は様々に変化できる。
偉そうに言っているがアールの真似だ。
でも、きっと通用する。何十回ボコられたか数えきれない経験がそう言っているんだ。
呼気と共に強く踏み込んで、一振り。
自分でも驚くほどに鋭い。
切っ先が『彼女』の服をかする。
驚きの表情はお互い様だった。『彼女』もまた剣の勢いに驚愕している。
さらに二度、三度と攻勢をかける。
躱されるばかりではあったが、ちゃんと戦えている手応えがあった。
見てるかアール! あんたの剣が『彼女』を追い詰めてる!
おれは上段に振りかぶり、力いっぱい下ろした。
最も速く強い一撃が『彼女』に向かっていく。
しかし剣は『彼女』の髪を数本だけ切り裂いただけだった。
「……ぬし」
「どうだ? 少しは見直したか?」
再び距離を取ったおれたちは見つめ合う。
体が熱い。
うまく表現できない感情が込み上げてくる。
これはアレか? 生まれが違ったなら友になれた的なアレか?
「う……うああああああああああああああ!! ニンゲンーーーーーー!!」
あ、そう思ったのはおれだけだったみたいだ。
ものすごい怒ってる。今までにないくらい血管をびくんびくんさせて目を大きく見開いてる。
空気が震えて、にわかに衝撃がほとばしった。
「わらわの……髪に触れたなぁぁぁぁ!! 許さない! 絶対にぃ! 未来永劫許さないぃ!」
そこまで怒らなくても、と思う。
我を失った『彼女』が真っすぐに突進をしかけてきた。
速い。けどさっきよりもずっと単調だ。
単純な力押しだけならもう通じない。
角度を変えて受け止め、勢いを利用して別の方向へと流す。ついでに足を引っかけると、『彼女』は盛大にすっころんだ。
ずざーっと土を巻き上げて転がっていく。
強力極まりない『彼女』の勢いを大部分利用したせいで、思いのほか吹き飛んでいった。
少しの間を置いて立ち上がった『彼女』は獣の咆哮を口から響かせてまたもや突っ込んでくる。
怖い。
けど結果は同じだ。
正面から受け止める風を装い、体を真後ろに倒してやり過ごす。
宙に浮いている『彼女』の体を両足で跳ね上げると、予想以上に吹き飛んでいった。
おれ流巴投げといったところか。うまくいった。
再び地面を転がった『彼女』は、すぐには立たなかった。
体は起こしたものの、地面にぺたりと座ったままだ。
油断なく剣を構える。
ただ突進してくるだけなら、何度でも同じことを繰り返してやる。
「…………?」
立ち上がらない。
心が折れたのか? だとしたら形勢は逆転だ。
おれは慎重に待った。
胸の中で膨らむ期待。
しかし同時に嫌な予感もする。
「……ぬし」
背を向けたまま声をかけてくる『彼女』。感情のこもっていない声が不気味だ。
「何回死にたい?」
『彼女』が振り向くや否や、空気が変わった。
初めて出くわした時を思い出す『死』の香りだ。
おれは数歩下がった。
「答えろ。何回死にたいと聞いた」
答える必要あるかなー。
一度だって死にたくないんだけど。
「千回では飽き足らないな。万回殺す」
いや勝手に答え出さないでくれる?
と思いつつも、さっきから嫌な汗が止まらない。
何をする気だろうか。
なんにせよろくでもないだろう。
「全力で戦うのいつ以来か……」
『彼女』の肉体が重力に反してふわりと宙に浮いた。
「褒めてやろう、ニンゲン。ぬしは万の軍をもってしても止められないわらわに本気を出させたのだからな」
宙に浮いたのは『彼女』だけじゃない。
目を疑う光景だった。
瓦礫や石、砕けた柱も一緒に宙へと浮かび上がっていく。
「いやいや、これは……ありえないでしょ」
眼前を覆い尽くす無機質な物体の数々は、思っている通りならおれに向かって飛んでくるはずだ。
「に……逃げる!」
「逃がさぬ!」
おれは背を向けて走った。
すぐ後ろで、ドゴン、とか、ガゴン、という激しい音がする。
ちらりと振り向いた先には、無数の石くれが迫ってきていた。
「ヤベエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ! コレヤベエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
語彙力がなさすぎる叫びだって笑われてもいい。今はなんとか避けるしかない。
おれは城の中に飛び込んだ。
一安心、と思いきや壁が音を立てて崩れ、『彼女』が浮いたまま侵入してくる。自分の住処なのに壊すことへの躊躇がない。
「逃げ場などないぞ」
『彼女』が無造作に腕を振るだけで、城内のオブジェが飛んでくる。
アールの剣を振るって応戦するが、数が多すぎて全部は落としきれなかった。
いくつかのツボと木の破片が肩や胸に当たる。
「城内は……きつい!」
外よりも断然かわしづらい。
狭い室内ではむしろ不利だ。
とっさに身を低くして外を目指す。だが、そう簡単にはやらせてくれない。
「あはははははははハハハハハハハハ!!」
楽しそうに笑い声を響かせる『彼女』の顔に狂気を感じる。
だめだ、これ以上は見ていられない。こっちまでおかしくなりそうだ。
たまらず外に出たおれを待っていたのは、石の雨だった。
行動を予測されている。
全力を出すとかなんとか言ってたけどはったりでもなんでもなかった。こりゃあ相当にまずい。
石は固形物だから『吸収≪微≫』は通じるはずもない。
避けるのが無理と判断して、剣を構えて迎撃する。
上からしか来ない分、さっきよりはマシだけど防戦一方。いずれ殺されてしまう。
これって六魔術? どっちかって言うと念動力みたいに思える。
朽ちた城の周りには無限に思えるほどの石欠片が散らばっているから弾は尽きないと見ていいだろう。
石を弾きながら、考えを巡らす。
手数はほぼ無限。『彼女』は上空にいて容易にはたどり着けない。
どうする?
六魔術は初心者級だし、吸収≪微≫とかちくわ生成では対抗できない。
このまま、死ぬのか?
よく持った方だよな。アールやニルでさえやられた化け物相手にさあ。
石ぶつけられてめちゃくちゃ痛いし、お手上げだ。
「……」
ほんとにそうか?
「……」
違うよな?
アールになんて言われたっけ?
てめえの持ち味はなんだ、と言われた。俺たちの分まで生きろ、とも。
ニルは言ってたな。
レイならだいじょうぶ、って。
うん、勇気がわいてくる。
「これで終わりだ、ニンゲン」
さらに勢いを増す石欠片の散弾。
おれは前に出た。
当たるとまずいものだけ撃ち落し、後は無視する。
上空に浮いている『彼女』は血しぶきを見て悦に入っていた。艶めかしくて——むかつく顔だ。
「玉砕か? 無駄なことを」
真紅の瞳が妖しく光ると、今度は石じゃなくでかい柱の残骸が浮く。
一気に押し潰す腹なんだろうが、それを待ってた。
石欠片の散弾が止まれば距離を詰められる。
「ぶっ潰れろ!!」
「――ちくわ、生成!!」
柱の残骸が放たれると同時に、おれは自分が持つスキルを発動した。
前に説明したよな。
ちくわは大きさを変えられる。足元で発動されたちくわの生成は見事に決まった。
巨大なちくわが瞬時に現れて、『彼女』への橋になる。
食べ物を粗末にするのは本当に、本当に心苦しい。
おれはためらうことなく、ちくわの上に乗って駆けた。
かなり大きく生成したから、後は普通のちくわが一本作れるかどうか。
「くおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「馬鹿な!!」
ちくわを蹴るようにして跳ぶ。
おれの体は『彼女』よりも上に達した。
慌てて柱の残骸をこちらに飛ばすも、遅い。
勢いをつけたアールの剣が柱を切り裂く。
そのまま『彼女』へと突っ込んで終わりだ。
「なめるな! 下郎が!」
「硬っ!」
恐ろしく硬いモノを叩いたような重苦しい手応えに、腕が痺れる。
おれの振るった剣は『彼女』に届く寸前で止まっていたのだ。
やっぱりあったか、保険。
手を使わずに物を動かせるのなら盾代わりの石が一つや二つ、ないはずない。
にやりとする『彼女』。
いやー、その顔をするのはまだ早いんじゃない?
「ちくわ——生成!!」
今出せる最後の一本を、『彼女』の顔めがけて撃ちだす。
弾力のある物体が『彼女』の美しくも歪んだ顔に、ぺちん、と当たった。
「……?」
何が起きたかわからないって顔してるな。いーい表情だ。
おれは剣を手から離す。
「な……」
間髪を入れず混乱する『彼女』に抱き着く。
体の位置を変えて背後から首に腕を回した。
「は、離せ! この……愚か者め!」
「いーや! 絶対に離さない!」
思いっきり力を込めて首を極める。
いわゆる『裸絞め』。別名バック・チョークとかスリーパー・ホールドとか呼ばれてるやつだ。
良い子は真似しちゃいけない技で一、二を争う危険なものでもある。
いたずらをした時なんかおふくろにはよくかけられたものだ。こいつは一度決まると抜け出せない。
「ぐ……やめろ……この……ウジ虫め……」
こ、今度はウジ虫かよ。あーいいよ、もうほんとに離さない。
覚悟を決めて宙ぶらりんだった足を『彼女』の胴に絡ませてロックをかける。こうなるともはや外すことは不可能だ。
「は、離せ!!」
『彼女』の指がおれの腕に食い込む。無理やり外すつもりだろうが、千切れても離す気はない。
「う……やめ……くるし……」
「離してほしけりゃ負けを認めろ!」
「ふざ……ける……な」
徐々に『彼女』の抵抗が弱まっていく。
同時に高度も下がってきた。
「さあ、早くしないと死んじまうぞ! ほんとに……死ぬんだからな!」
「うっ……くうっ……」
おれたちは地に落ちた。
それでも離さない。負けを認めるまでは二度と離すものか。
地面に落ちた衝撃が体を突き抜ける。
おれは力を緩めるどころか、さらに腕を固くこわばらせた。
全力でもがき、外すことに必死な『彼女』が暴れる。
根競べだ。
仮に『彼女』がニンゲンじゃなかったとしても呼吸をしているからには効いているはず。
そして——決着までそう長くはかからなかった。
「……わかっ……やめ……わらわの……ま、負け——」
ぱんぱんと二回ほどおれの腕が叩かれた。
つまり『彼女』はタップしたってことだ。降参の時ってどの世界も変わらないんだなと不思議に思う。
腕を緩めて突き放すと、彼女は大きく咳き込んだ。
「がはっ……! がっ……ぐふっ……」
ずいぶんと苦しげだけど、油断はしない。
弾かれたアールの剣を急いで拾い上げて、『彼女』の首筋へと突きつけた。
ゆっくりと振り向く『彼女』の目は涙で溢れている。
「さあ、これでいいだろ。おれの勝ちだ」
「……」
ようやくだ。
これでようやく前へ進める。
気が付けば時間は街灯の火が薄くなっていた。
そりゃそうか。
アールと戦って、ディヴァイン兄弟とお別れして、そのままここへ来た訳だしな。結構時間が経ってる。
「聞かせてもらうぜ」
おれが見つめる先。
敗北を悟った『彼女』の瞳は、憎悪や怒りではなく、何故か絶望に彩られている。