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放置された未来  作者: イトユウ
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4 格差社会問題1

季節はどの時代も変わらない。


春になれば、心地よい。


夏になれば、暑い。


秋になれば、心地よい。


冬になれば、寒い。


こんな当たり前のことが何年も生きているとあまり感じなくなるのは何故だろう。


仕事に没頭するあまり、只々暑い、寒いを繰り返す一年間。


春や秋の様に心地よい陽気を感じられなくなってしまう。


しかし、それは其々の心の内面を表している気がしてならない。


心が荒んでいれば暑いや寒いが先行する。


対称的に心が穏やかな人は春や秋の様に心地よい陽気を感じることが多くなる。


人間とは不思議なものだ。


その不思議な感情を陽太郎も感じていた。


『高齢者義務教育制度』を発表して数週間後、実際に動き出したこの計画は、数々の意見が噴出するも、軌道に乗りつつあった。


第一校目となる高齢者学校が山梨県に開校されることになった。


何故山梨県なのか。


当初、東京に開校される予定だったが、陽太郎はそれはおかしいとして、高齢者が多い山梨県へと開校するよう発言したのである。


まだ、企画段階だったのですぐさま変更がなされ第一校目が山梨県に開校された。


外は春の涼しい風が漂っているだろうに、陽太郎は外の空気を吸うこともままならず忙しい日々を過ごしていた。


実際には外に出ているのだが、春の陽気を感じる精神的余裕が陽太郎に無かったためである。


『高齢者待機問題』の底辺部分から着手した陽太郎であったが、新たな問題が進藤から伝えられた。


「先日の総理の斬新的な案は賛否両論、総理にしかできない発案で、意外と期待の声も大きいです」


褒められ慣れていない陽太郎は恥ずかしながら頭を搔いていた。


陽太郎は移住区の自分の部屋でテーブルを挟み進藤と話していた。


陽太郎たちが座っているソファーは礼によって国内最大手の企業が独自に開発したソファーの様で座ったとたんに包み込まれるような感覚が味わえ、立ち上がるときにもだるさが残らず、自分の立場が一般のサラリーマンであり、この部屋に住めたらどんなに幸せだろうかと想像してしまうのであった。


「その成果を何日も待っているわけにはいきません。実は次の議案が上がってまして説明してもよろしいでしょうか」


陽太郎は何か嫌な予感がした。


『高齢者待機問題』にまつわる高齢者を対象とした義務教育の案は、陽太郎の頭が熱くなった状態でとっさに出た案で、陽太郎にとって知恵を振り絞って出た案ではない。


それを知ってか知らずか、進藤は再び斬新な案を期待しますとし、説明を始めた。


「『格差社会問題』です。大手企業の平均賃金と中小企業賃金のそれぞれの平均の賃金の差が過去最高を記録していまして、この問題をどう解決するかという問題なのですが」


それは、陽太郎も感じていた事であった。


サラリーマンを経験していた陽太郎は中小企業の実態を誰よりも分かっていた。


職場の先輩の話し等も何度も聞いており、深刻な問題になっていると陽太郎も感じていた。


「その問題は自分も感じていました。数年前から企業の平均ボーナスがいくらだとか平均賃金がいくらだとか言われていますが、実際の所、中小企業ではボーナスカットや賃金は一昔前の基準のままになっていますよね」


「その通りでございます。この問題は総理にはうってつけかもしれませんね」


「うってつけって言われても、歴代の総理大臣も含めた日本全体で前々から言われていたことですよね。それで今日に至っているわけですから、素人の自分が到底解決できるとは…」


「期待しています」


進藤を満面の笑みを浮かべて去って行った。


――一つ上手くいったからってまた上手くいくと思ってるな。


先程の進藤の表情をみて陽太郎を思うのであった。


愚痴ってもいられない陽太郎は千絵に相談に行くことにした。


千絵に連絡を入れ階段上で待ち合わせた二人は共通空間である談話室に向かった。


ここは空き部屋とされていたが、陽太郎も千絵も部屋に他人を入れるときには、いろいろとロック解除の際にやることが多く、話し合い用に誰でも出入りが出来る談話室が欲しいと進藤に要請したところ、進藤も賛成し空き部屋にテーブルやソファーを持ち込んで談話室を拵えたのである。


先程の陽太郎と進藤の話しの様に話が漏れることが厳禁の場合のみ、各部屋に招き入れることになっている。


千絵に『格差社会問題』の事案を伝えると、千絵は何度か頷き陽太郎と同様の考えを持っていた。


「確かに、陽太郎の言う通り陽太郎に解決できると思えない問題だね。『高齢者待機問題』言ってもここ数年ピークに達した問題だから、動きやすかったし、情報も入って来たけど、各社社会なんて何十年も問題になっているもんね」


「そうなんだよな。皆それが当たり前になってるもんな。大手企業に勤める友人が自分の何倍も給料もらっているからって敬遠したりしないもんね。当たり前のように一緒にご飯を食べるし」


「その大手企業に勤めている人たちも、中小企業に勤めて給料も自分の何分の一だからって見下す時代は、各社社会以前の話しだもんね」


「そういった面では良い事だけど、各社社会が当たり前になった一番の要因でもあるんだよね」


「自分が不利益を被っていると思わないと、中々行動に移さないからね。このままでも良いかって」


二人して知恵を絞るも簡単に案が出てくるわけもなく二人して笑ってしまった。


「だけど、どうも実感が湧かないんだよね。俺が日本のトップにいるってことが。日本の事をこんなに考えた事も無かったし」


「そうだね。私にしてみれば陽ちゃんがこんなに真剣に取組みとは思ってなかったけどね」


「それどういうことだよ」


二人の会話はそこから横道にそれていった。


その間に真剣に話しても良い案が浮かぶとは考えられなかったのである。


結局夕食の時間になって、千絵の方から提案した。


「またどこかに訪問してみれば。前回も老人ホームへ訪問してあまりにひどい環境に熱くなって案が出てきたわけでしょ。だから今回も大手企業や中小企業に訪問してみれば良いんじゃない?」


「確かにね。駄目元でいってみるか。こうして話していても、結局他愛も無い話になっちゃうし」


そういうと夕食が用意してあるであろう部屋に向かったのであった。




佐藤CARS。


中小企業の訪問先として選んだ企業である。


車の販売業をしているようで、支店を持つほどだが、売り上げは中小企業を代表する数字であった。


社長室に入った陽太郎は半ば驚愕していた。


そもそも社屋はすこし古めかしく、とても新車を扱っているとは思えない程であった。


働いている社員も着古したスーツを着用しており、この企業の実情を表しているようであった。


ある程度覚悟をして向かった社長室であったが、そこのみまるで大手企業のような空間が広がっていた。


広大なスペースに、双方の壁に備え付けられた大型テレビ。


壁には陽太郎が住んでいる部屋と同様のプロジェクションマッピングによってヨーロッパの街並みが映し出されていた。


すると柔和な笑みを浮かべた社長である佐藤庄吉が握手を求め近づいて来た。


「これはわざわざ足を運んでいただき大変恐縮でございます。こちらへおかけください」


案内されたソファーも陽太郎の部屋と同様の様でさすがの進藤も表情を険しくしていた。


「今日は、お話によりますと中小企業の実態を知りたいとのことでしたね」


笑顔を絶やさないその社長を見た陽太郎は少し違和感を持った。


――とてもこんな環境を好き好んで作るような人じゃないよな。


思いつつも、自分の経験が無いだけかなとも思い話を聞いた。


「この社屋は歴代代々引き継いだものでして、この立派な社長室も先代の社長の時代からあるものなんですよ。昔からの方針で社長たる者社内で一番の裕福でなくてはならないという考えでして」


それで販売所があの有様では、裕福もへったくれもあったものではない。


「昇進する社員はこの社長室で労いのために夕食をすることになっているのです。社員に少しでも還元しようとね」


目の前の社長から発せられている言葉とは思えない話の内容でつい陽太郎は思った事を口に出してしまう。


「社員はこの事についてどう思っておられるのでしょうか」


「この事とは」


「ですから、この豪華な社長室と昇進の時にこれ見よがしに社長室に招き入れる事をです」


「社員は皆喜んでおられですよ。やはり昇進はどんな社員にでも共通して言えるのですが仕事をする際のモチベーションでありますから、私共のような中小企業に賃金を求める社員はいないですよ。皆理解がある社員ばかりです」


これが実情かと陽太郎は驚愕した。


何にしても陽太郎は一番に驚愕したのが、賃金を求める社員はいない、理解があると思い込んでいる事である。


賃金を求めないのではなく、求められないのだ。


理解があるのではなく何も言えないのだ。


社員の生活をどう思っているのか、陽太郎は聞きたかったが、碌な回答は返ってこないと思い、思いとどまった。


「しかし、総理のような若者がこれからも増えると良いですな。その若さで日本を背負ってたつことを決断されたのですから」


曖昧に頷いていると、そんな陽太郎にお構いなしに続けた。


「我が社に入社してくる若者は駄目です。まずは賃金を上げろなどと、まずは会社の利益を優先しないことには何も始まりません。それなのにボーナスが低いだ賃金を上げろだとこの会社を守る身にもなってほしいものです」


その時千絵が徐に立ち上がった。


千絵の顔を見ると真っ赤な顔をしており、怒りに震えているのははっきりと見て取れた。


陽太郎は嫌な予感がしたが、間に合わなかった。


「何考えてるんですか。会社を守る?ふざけるな!社長室にこれだけの金を使っておいて何が最近の若者わだ。社員は理解があるんじゃなくて、何も言えないだけなんだよ!」


陽太郎は深いため息をついた。


やってしまった。


千絵は元来、何かしらのスイッチが入ってしまうと、後先考えずにまくし立ててしまうところがあり、この総理大臣の補助をするにあたって、仇にならなければ良いなとは思っていたが、こんな所で出てしまった。


この千絵の迫力に進藤も驚きを隠せず少し間が空いた後に千絵を宥め落ち着かせた。


「何なのですか。総理が言うならまだしも補助の貴方に言われたくないものですな」


陽太郎が思わず間に入る。


「失礼しました。自分が変わってお詫びします。しかし、彼女の言うことも一理あると思われるので、これからの経営案としてご考慮下さい」


陽太郎は頭を下げた。


冷静になった千絵も進藤と共に頭を下げていた。


さすがに総理達に頭を下げられた社長は、場が持たなくなったのか「頭を上げてください」と焦った様子で陽太郎に言った。


その後、陽太郎は中小企業の実情を聞くも、途中から予想していたが、支離滅裂で何のプラスにもならなかった。




帰りの車の中で千絵は一人怒りに震えていた。


「何なのあの社長。社員をなんだと思ってるんだろ。まったく」


進藤も苦笑いするしかなく助け船を出すように陽太郎に目線を送るも、こうなった千絵には何を話しても逆効果だということを知っている陽太郎は申し訳なさそうに頷くしかなかった。


次の訪問先は大手企業の中に入る井上工業という会社である。


この会社は十年ほど前までは印刷会社一般であったが、最近になり様々な事業を展開し急成長を続け、一昨年上場することに成功した企業である。


東京の銀座に社屋を構える井上工業は現社長の井上辰巳の父が設立した会社であり、数年前に経営権を現社長の辰巳が引き継いだ。


社長室に案内された陽太郎は秘書にお茶を出していただくと、秘書に言われた。


「社長なのですが、仕事の方が大変おしてまして、あと数分で到着される予定です。誠に申し訳ありません」


陽太郎は構いませんと笑みを浮かべると秘書に話を聞いた。


「この会社は代々現社長であります井上辰巳社長の父親や祖父が社長を務める等井上家が経営権を握っておられるとお聞きしましたが」


「その通りでございます。会社を設立した時は、丁度電子書籍業界が出始めた頃でして、印刷会社を立ち上げても儲からないと言われていたそうです。しかし当時の社長は言ったようです。楽な状況から始めると課題が見つからない、厳しい状況から始めるからこそ見えてくるものがあると」


陽太郎はその行動力に尊敬の念を抱いた。


一歩間違えたら、会社を立ち上げ早々赤字続きになり金銭も底をついてもおかしくない状況であえて課題が見えてくるからと立ち上げる実行力は素晴らしいものがあると。


その時、扉が勢いよく開いて、作業着姿の男が慌てて入って来て「すいません」と言い、頭を下げた。


秘書はため息をつくと「あちらが社長の井上辰巳です」と紹介した。


「構いません。お仕事ご苦労さまです」


と対面のソファへ社長をいざなった。


どっちがゲストか分からなくなっている。


「社長、時間は守っていただかないと」


秘書が注意すると子供っぽい笑みを浮かべて辰巳は言った。


「でも新しいソフトが完成したんだよ。あのエラーが解決できたんだ。これでウイルス犯罪を劇的に抑制できるんだよ」


秘書も口を手に当て共に喜んでいる。


陽太郎は微笑ましく見ていた。


こんな社長がいる企業に務めてみたかったなと。


我に返った秘書が陽太郎に「すみません」と謝ると辰巳もそれにならって頭を下げた。


「明るくて良い会社のようですね。そのウイルスソフトとどんなものですか。言える範囲で良いので教えてもらいたいのですが」


辰巳は待ってましたかのように説明を始めた。


日本で十数年前から進められた電子決済化。


技術が進むにつれて、硬貨や紙幣を使う人が少なくなっていき、便利になる一方、当時から問題視されていたのがハッキングやウイルスの問題である。


他人のアカウントを使用し、他人の名義でチャージや使用をしてしまう犯罪が横行していた。


それは電子決済に限らずSNSの乗っ取り被害や個人情報の盗み見等問題は多岐にわたっていた。


これは日本国内に限らず、大半は外国経由や外国からのアクセス被害で、日本国内の事案なのにもかかわらず日本警察も手をこまねいていた。


そんな中で、その対策ソフト開発に乗り出したのがこの井上工業で、某大手SNS会社と提携しハッキング・ウイルスソフトを新たに開発し、これまでそのSNS被害はそのソフトを導入してからただの一度も無いという。


その技術を応用し井上工業はここまで大きくなったようである。


そして、今回発明したソフトは、ウイルスソフトではなく電子決済ソフトのようで、その対策ソフトの技術を総動員して、安心安全な電子決済ソフトを作ったとのことであった。


「それはすごいですね。正直自分も怖くて大金をチャージできないんですよ。そもそも銀行口座もインターネット化が進んで銀行から金を盗まれたら致命的です」


「総理の言う通りでございます。電子決済や電子マネー等の電子化が国ぐるみで本格化した時良く聞かれたのが、個人情報を盗まれ、電子マネーを持ってかれたというものや、乗っ取られて勝手に電子マネーを使って買い物されたとの言葉です。電子化する際にはどうしても付物の問題なのですが、完全解決せずに進める電子決済化や電子マネー化に恐怖を覚えまして、対策ソフトを開発していたのです」


陽太郎は完全に興味を引かれたようで顔を輝かせながら言った。


「こういう立場なので、他の人に言えないのが悔しいですよ。そんなソフトがあると知ったら外国の企業も黙ってないでしょうね。引く手あまたになりますよ」


「そのためにも宣伝を一杯します。これからが楽しみです」


終始和やかなムードで終ったが、昨年の業績を聞いて陽太郎の表情は一変した。


利益はわずかで、同業種と比べると、売り上げは断トツでトップクラスなのだが、支出も断トツでトップクラスに多いのである。


「これは我々みたいな開発を手掛ける企業の宿命みたいなものです。どうしても開発費が嵩んでしまいますから」


神妙な顔つきで陽太郎は頷いた。


そして一つ気になることを質問した。


「人件費の割合がどんどん増えていますが、売り上げと比例していないようですけど」


「それは私の考えです。社員は人間ですから賃金は増える事はあっても減らすことはしません。私の会社も昔は中小企業に分類される規模でしたが、その時代から人件費は削ったことがありません。ボーナスも同様です。さすがにボーナスはその年度ごとの売上で左右しますが、大幅には減らしません。私も会社を守る責任がありますが社員は家族を守る責任、そして自分の人生を守る責任があります。そして毎月の賃金やボーナスが減れば社員のモチベーションは当然のことながら低下します。そこで私が言葉を尽くして盛り上げようと話しても、何の意味も無いですから。社員は人間です。ご飯を食べなければ仕事もできません。なので人件費を削る時は会社が立ち行かなくなり、会社を畳む寸前ですよ。社員をの事を分かろうとしない、又社員を守れないならば会社なんて守れるわけがないですよ」


陽太郎は神妙な顔で聞き続けていた。


「しかし、そう綺麗ごとだけでは済まされないのが社会というものなのでしょうが。私達の会社は運が良かっただけかもしれませんしね」


陽太郎はその後も社長の話を聞き、帰路についた。


陽太郎には一つ決めている事があった。


先程の二社を訪問して思いついたことである。


返ったら会議室に皆を集める手配をしてくれと進藤に伝えると、陽太郎は考え込みながら車に揺られた。

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