未央闘う
第二校舎裏の農園は、今はあまり使われてないの。
農園と言っても小さな畑よ。
私の小学校では、各学年ごとに、ここで野菜や果物を作るの。私はナスやトマト、キウイやゴーヤなんかをここで作ったわ。
だけど去年、本校舎の横に新しい農園が出来たの。それで今年から、ここはもう使われなくなったの。
最近はあまり人が来ないから、男子達が女子に告白したりする場所になってるの。
この畑と第二校舎の隣はプールで、その横に裏門があるけど、あまり人が通らないから、ここはあまり人目につかない場所なの。
私はそこに立ち、周囲を見回したわ。
暖かい秋の日差しが農園を照らし、
私の体を温めてくれていた。
何時もと変わらない、のどかな風景だった。
太陽の光って万人に対して平等よね。
私はこれから、奈緒達と対決しようとして
いる自分が馬鹿ばかしくなった。
[もう、どうでもいい。全てを忘れて、
どこか遠くに逃げ出したい]
って思った。
だけど、こうも思ったの。
[それじゃダメ! やるべきことは最後まで
やり通さないと]
ってね。
私は気を引き締め直したの。
◇◇
私がそこで待っていると、奈緒と理子がやって来たの。
二人は辺りに誰か隠れていないか気にしてるようだったわ。
周囲を見回しながら私の前まで来ると、
奈緒がこう言ったの。
「お前一人か? 誰か連れて来てんじゃねーだろうな?」
会話の担当はやっぱり奈緒だったわ。
理子は怖い目つきをして、カッターナイフを持って横に立っていた。
「私一人よ」
私は緊張で、少し脚が震えてたわ。
たぶん顔も真っ赤だったと思う。
「それで、何なんだよ、話って?」
奈緒が私の様子を見て、面白そうに笑いながら言ったけど、表情が硬かった。
奈緒も少し緊張してるみたいだった。
「分かるでしよ?」
私はだんだん落ち着いて来た。
「分かる訳ねーだろ、お前頭おかしいのか? 人呼び出したの、おめえーだろ? ざけんじゃねーぞ」
私の予想通りの展開だわ。
「じゃあ言うけど、もうみんなに私をシカトさせたり、私の靴や本を隠したり、ランドセルをカッターナイフで切ったり、『死んで』とかって書いた紙を、私のリュックに入れたりするの止めてくれない? 止めてくれたら、私もこれまでのことは忘れるから」
「おめえ、何寝ごと言ってんだよ? あ! 何のことだか、全然分っかんねーよ。やっぱ天然だなあ、おめえーはよお」
「あなた達、何が目的なの? どうして、私にこんな酷いことばかりするの?」
「だから、何のことだか分っかんねーってんだろーがよ!」
「あなた達、そうやってシラを切り通して、言いがかりをつけられたとか言って、どうせ私を悪者にするつもりでしょ? 考えが浅いわよ。そんなことして何が楽しいの? あなた達がしてることは、人間として最低の行為よ。恥ずかしくないの?」
「てめえ、生意気な事ばかり言いやがって、そんな事言うんだったら、私らがやったっていう証拠を見せてみろよ。証拠もねえのに、いい加減な事ばかり言ってんじゃねーぞ!」
[来たな]
って、私は思ったの。
「証拠ならあるわよ」
と言って、私はスカートとお腹の間に挟んで薄手の白いパーカーの裾で隠していた二枚のクリアファルを取り出したの。
「ケッ、何だよそれ?」
奈緒が馬鹿にしたように笑ったわ。
「これはね、あなたが書いた『死んで』っていう紙と、ランドセルの切り口の写真よ」
「たく何かと思ったら、そんなくだらねーもん出しやがって。そんなもん、何の証拠にもならねーんだよ。馬鹿じゃねーの?」
奈緒があざ笑うように言ったの。
「あなた、筆跡を誤魔化すために左手で書いたんでしょう? このランドセルのショルダーの切り口だって、自然に切れたにしては切れ方が綺麗過ぎるわ。これは理子、あなたがやったんでしょう?」
「何言ってんだテメー、勝手に決めつけてんじゃねーぞ、コラッ!」
理子がキツイ目で私を睨んで、初めて口を開いたの。
すると、奈緒が可笑しそうに声を上げて笑いながらこう言ったの。
「おめえなあ、証拠ってのは、もっとハッキリしたもんじゃなきゃダメなんだよ。たく分かってねーなあ。そんなもん大事そうにプリントしてよ。笑っちゃうぜ」
「これ以上ハッキリした証拠はないわ。この紙には奈緒、あなたの指紋がついてる。それにこのピンクのランドセルの実物にも理子、あなたの指紋がついてる。このランドセルは去年亡くなった私のおじいちゃんが入学祝いに買ってくれたものなのよ。私はあなた達を絶対に許さない!」
奈緒がまた笑いながら言ったわ。
「何が指紋だ。笑わせるなバーカ。てめえ推理小説の読み過ぎじゃねーのか? どうやってそれを証明するつもりだ。科捜研にでも持って行くつもりか? てめえの戯言に警察が付き合うとでも思ってんのか? この天然女が!」
「奈緒、あなたこそ何も知らないのね。今はお金さえ出せば、民間の探偵事務所でも指紋鑑定くらい出来るのよ。私はあなた達がやったこと、全部証明してみせるからね。覚悟しなさい!」
私がこう言ったらね、奈緒の顔から余裕の
表情が消えたの。
「クッ、テメー! やれるもんなら、やってみろよ。言っとくけどな、それには私らの指紋なんか付いてねーぞ。私らがそんなヘマする訳ないだろうが、この馬鹿女!」
「それじゃあ、あなた達が指紋を拭き取ったってことね。奈緒、頭の良いあなたが、とうとうボロを出したわね。今、あなたが言った言葉は、自分たちが犯人だって証明しているようなものよ」
私がそう言うと、奈緒は顔を歪めてサッと手を伸ばし、私が持っていたクリアファイルを奪い取ったの。
そして素早く、あのA四の紙をファイルから抜き取って、その紙を引き裂こうとしたの。
指紋がまだ残ってるとしか思えない行動
だった。
私はとっさにそれを止めようとして、両手
を突き出し、奈緒の手をつかもうとしたの。
だけど、横から手を出してきた理子に邪魔
されてしまった。
「痛い!」
って、私は思わず声を上げたわ。
自分の左手を見ると、掌の親指の付け根の
あたりから血が出てたの。
理子は驚いたような顔をして、私の左手を見ていた。理子のカッターナイフを持つ手が震えてたわ。
私は自分の左手の傷口を押さえてしゃがみ込んだの。血が後から後から流れて来たわ。
ふと顔を上げると、奈緒はA四の紙とランド
セルの写真をビリビリに引き裂いてた。
理子はまだ呆然と自分が握っているカッターナイフと、私の左手を見くらべていたわ。
「奈緒、そんなことをしても無駄よ! ランドセルの実物は、まだ、私の家にあるわ!」
って、私は叫んだの。
傷口がジンジン疼いてきて、凄く痛かった。
すると、奈緒が理子のカッターナイフを奪い取り、物凄い形相をして私の前に立ちはだかったの。
「テメー、本当に殺してやる!」
って、叫んでた。
正直言って、私、殺されると思った。
その時、第二校舎の陰から彩芽が飛び出して来て、私をかばうように抱きしめたの。
そして、奈緒にこう言ったのよ。
「奈緒止めて! お願い、冷静になって! 今
桜が先生達を呼びに行ったわ。私達、ずっと校舎の陰に隠れて、未央とあなた達のやり取りを聞いてたの。ハッキリ言ってあなた達の負けよ。もうこんなこと終わりにしよう!」
「そうだよ、奈緒、ヤバイよ、もう止め
よう!」
って、理子も奈緒の肩を掴んで叫んでたわ。
でも、奈緒は理子の手を振り払ってこう言ったの。
「うるさい! 私は初めて見た時から、この女が嫌いだった。自分が美人だからって、いい女ぶりやがって。いつも澄まして本ばかり読んでやがる。テメーを見てると、心の底からムカつくんだよ! 翔太だってテメーに騙されてんだよ! お前なんかぶっ殺してやる!」
奈緒はカッターナイフを握り締め、
私達に近づいて来たわ。
完全に狂ったような目をしてたの。
私と彩芽は恐怖で動けなかった。
目を閉じて抱き合い、身を固くしたの。
するとその時、プールの方から美波の声が
したの。
「止めろ、奈緒!」
私達が振り向くと、美波がプールと第二校舎の間を、全速力で駆けて来るところだった。
美波は、
「うおおおー!」
って、甲高い雄叫びを上げながら、
こちらに向かって走って来るの。
物凄い速さだった。
美波は約四十メートルの距離をアッと言う間に駆け抜けて、奈緒まで残り五メートルの位置まで来ると、思いっ切りジャンプしたの。
そして空中で、奈緒のカッターナイフを持った右手を、まるでサッカーボールでも蹴るように、右足でキックしたの。
その瞬間、カッターナイフは奈緒の手を離れてクルクル飛んで行き、第二校舎の壁ぶつかって刃が粉々に砕け散ったわ。
キックすると同時に、美波は空中で体を反転させて、奈緒とその後ろにいた理子に、背中から激突したの。
二人は交通事故にでも会った様に、
二、三メートル吹っ飛ばされたわ。
「うーっ、痛ってえー」
って、畑の中に倒れ込んだ二人は、
弱々しく呻いてた。
二人とも動けないようだった。
美波は立ち上がって、私と彩芽の側まで
来るとこう言ったの。
「ただ今、未央、彩芽。大丈夫?」
ってね。
私が覚えてるのは、そこまで。
私はその直後に気絶して病院に運ばれたの。
気がついたのは、病院のベッドの上だった。
◇◇
あの後、桜と先生達が駆けつけて来て
大変だったらしいわ。
救急車は来るし、パトカーも来るし、
大騒ぎになったらしいの。