未央の決心
私があの二人と徹底的に闘う決心をしたのはやっぱり、おじいちゃんが買ってくれたランドセルのショルダーを切られたのが一番大きかったと思う。
あの時、私の中で何かがプツンと切れた
様な感じがしたの。
それともう一つ、許せないことが起こっ
たの。
次の週の水曜日、お昼休みの時間に、あの二人は私が教室の机の中にしまっておいた大切な本を、またどこかに隠したのよ。
私の大好きな『赤毛のアン』の本をね。
この本は私の一番のお気に入りだったの。
背表紙が擦り切れるまで、本当に何回も読んだのよ。
アン・シャーリーは、私の最も好きなヒロインのうちの一人なの。
この本を読んで、私もアンのように、豊かな想像力で人生の困難を乗り越えて行きたいって何度も思ったわ。
そして、読むたびにいつも感動するの。
私、もう我慢できないと思った。
その頃には、あと十日ほどで、美波が帰国するところまで来ていたわ。
だけど私は、美波を待っていられないほど
追い詰められていたの。
今考えると、一カ月以上もよくこんな状態を我慢できたなって我ながら不思議に思うわ。
早く、両親か順子お姉ちゃんに相談しておけばよかったのよ。
そうすれば、あんなことには、ならずに済んだかもしれない・・・。
◇◇
その週は体調も悪かったし、二、三日学校を休もうかと思ったの。
でも、私は我慢して通学したの。
だって、一日でも休んだら、もう二度と学校に行く気が無くなってしまうような気がしたから。
それに、もしかしたら、私を精神的に追い詰めて不登校にさせるのが、あの二人の狙いかもしれないって思ったの。
私、絶対にあの二人に負けたくなかった。
おじいちゃんが買ってくれたランドセルの仇を討つためにもね。
◇◇
彩芽の存在が、私を勇気づけてくれた。
彩芽はね、私が靴を隠された時から、心配して頻繁にショートメールをくれるようになってたの。桜からも、クラスでの私の状況を聞いたみたい。
彩芽は塾の勉強も手につかないようだった。
私が靴を隠された次の週の月曜日から、お昼休みはずっと、校庭で私の肩を抱いて、寄りそってくれたの。
登下校も一緒よ。
最近はクラスのみんなも、山崎先生のやり方に慣れてきて、『帰りの会』も早く終わるようになってたの。
「何でもっと早く言ってくれなかったの?」
って、彩芽から言われちゃった。
「私、彩芽の受験勉強の邪魔をしたくなかったの。それにね、彩芽が新しい友達に囲まれて楽しそうだったから、つい声をかけそびれてしまったの」
って言ったら、彩芽は泣きながらこう言っ
たの。
「未央、何言ってるの? 私たち保育園からの長い付き合いでしょう? ゼロ歳の時から十年以上、ずっと一緒だったのよ。私、あなたと美波のこと、実の姉妹のように思ってるの。これからは遠慮しないで、何でも言ってね」
「ごめんね」
って言ったら、私も涙が出て来て止まらな
かった。
「私の方こそ、気づかなくてごめんね」
彩芽が言って、私達はお昼休みの校庭の花壇の横の階段に座って、抱き合って泣いたの。
◇◇
私は頭の中を整理してみたの。
問題はどうやって、あの二人と決着をつけるかだった。
そのためには、どうしても、あの二人をどこかに呼び出して、話し合いをする必要があると私は考えたの。
そこで動かぬ証拠を突きつけて、あの二人が事実を認めざるを得ないように、話を持って行くしかないの。
たぶん、あの二人は、
「証拠はどこにあるんだ?」
って、絶対にトボケると思うの。
そして私が、根も葉ない言いがかりをつけたことにして、逆に私を徹底的に打ちのめすつもりなのよ。奈緒が考えそうな事だわ。
だから、絶対に言い負けてはいけなかった。
あの二人は、私が頭にきて、アクションを起こすのを、手ぐすね引いて待っているの。
たぶん、あの二人は呼び出しに応じると
思うわ。
だってあと一週間後には、アメリカから美波が帰国するし、向こうも焦ってるはずよ。
あの二人との対決は、その週の金曜日の放課後に決めたわ。
時間を気にしないで、あの二人とゆっくり話し合うことが出来ると思ったから。
私はこの時、二人がイジメを止めてくれさえすれば、それでいいと思っていたの。
◇◇
私は『赤毛のアン』の本を隠された次の日、木曜日のお昼休みに、あの二人にメモを渡したの。
〈あなた達と、どうしても話し合わなければならないことがあります。明日、金曜日の放課後、校庭のブランコ前に来れますか? 未央より〉
あの二人も焦ってたのね。
私の提案に飛びついきたわ。
だけど向こうは、違う場所を指定してきた。
〈勝手に決めるな。金曜日の放課後、第二校舎裏の農園に来い。『帰りの会』が終わったら直ぐ来いよ!〉
何かあった時のために、彩芽と桜にだけは、私があの二人と話し合うことになったって、知らせておいたの。
彩芽と桜は、
「私達もついて行くわ」
って言ってくれたけど、私は断ったの。
相手が警戒するといけないと思ったから。
そして私は、二人にこうお願いしたの。
「話し合いが始まったら、近くに隠れて見ててくれないかな。もしあの二人がカッターナイフとかで暴力を振るってきたら、職員室に駆け込んで、先生達に報せてほしいの」
「うん、分かった。未央、気をつけてね」
って、二人は言ってくれたの。