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夢見る未央のモノローグ  作者: 宇目 観月(うめ みづき)
6/9

未央イジメにあう

美波と彩芽は四年生から塾に通い始めて、

私達、それまでの様にあまり遊べなくなっ

ていたの。


二人とも学校が終わると、直ぐに塾に行っ

ちゃうし、とても忙しそうだった。


美波と彩芽も、


「未央、一緒に塾行こうよ」


って誘ってくれたの。


ママからも塾に入るように強くすすめられ

たわ。


「未央、あなたも塾に入って勉強しなさい。中学受験で頑張っておけば、高校受験で苦労しなくてすむし、上手くいけば大学までエスカレーター式に上がって行けるかもしれないのよ」


って、去年の春ママから言われたの。


でも私は、嫌だってママに言ったの。


だって塾に入ると、これまでのように読書できなくなるでしょ?


私、パパが買ってくれた世界童話全集も

まだ全部読み切ってなかったから。


それ以外にも、読みたい本がまだたくさん

あったの。


大人向けの小説にも興味が出てきた頃だっ

たしね。



私が嫌だって言い張ってるとね、ママは最後にはカンカンになって怒ってたわ。


だけど、


「未央の好きにすればいいさ」


って、パパが言ってくれたの。


「高校受験はどうせ頑張らなくちゃいけないんだし、大学受験はもっと頑張らないとな。だから小学生の時くらい、未央が大好きな本をたくさん読んでおくのも、悪くないとパパは思うよ」


ってね。


「あなた、そんなこと言ってもいいの? 私、残念だわ、せっかくのチャンスを見送るなんて。美波ちゃんと彩芽ちゃんのママからも、熱心に勧めてもらってるのに」


って、ママはくやしそうだったわ。


「まあ、いいじゃないか、ママ。もし未央の気が変わったら、夏休みから通っても良いんだし」


とパパが言って、その話題はもうあまり

出なくなったの。


ママもとりあえずは諦めてくれたみたい

だった。



◇◇


 

そして今年の春、五年生になると、美波とも

彩芽とも、ついにクラスが分かれてしまったのよ。


私、物凄くショックだった。


クラスが変わると、下校時間なんかも微妙に違ってくるでしょ?


つきあう友達も変わってくるしね。



しかも、私のクラスの担任の山崎先生は四十歳くらいの男の先生なんだけど、毎日の、


『帰りの会』


の時間に、教室が少しでもザワつくと、最初からやり直しとかって言って、みんなを帰らせてくれないの。

 

『帰りの会』には、ビー玉貯金、みんなからのお知らせ、当番が出来たかどうかの確認、先生からのお話、机の整理整頓、あいさつ、とか色々と順番があるの。


でもその間に少しでもみんながザワついたり先生の機嫌が悪かったりすると、全部最初からやり直しなのよ。



一番最悪だったのは『帰りの会』が三分の二くらい終わった時にやり直したことがあって一時間半も帰りが遅れた時があったの。


あの時は、先生がみんなを怒鳴り散らして、みんな緊張して泣き出す子もいたし、本当に異常だったわ。


それで塾に通ってる子や、習い事をしてる子たちは、遅刻するって言って、ブーブー文句を言ってたの。


私も小一の頃から、ピアノと英会話だけは習ってたから、とても困ったの。


だけど、山崎先生はね、


「学校の『帰りの会』もちゃんと出来ないのに塾なんかに通っても意味がない。塾に遅れるのがそんなに困るなら、私が塾の先生に電話してやる」


って言って、自分の方針を変えようとしな

いの。


だから、美波と彩芽は私を待ちきれなくて、一緒に下校できなくなったの。



私がもっと嫌だったのは、山崎先生は以前、オーストラリアの日本人学校で何年か仕事した経験があるの。


それで、その時の自慢話を授業中に何度も聞かされたことなの。


最初の頃は私も山崎先生のオーストラリアでの活躍を興味を持って聞いてたけど、そのうちに飽きてしまって本当にウンザリしたの。


山崎先生がしてくれたオーストラリアの話はたくさんあるけど、例えばこんな話よ。



「オーストラリアでは、イジメとか、生徒間で何か問題が起きた時は、みんなでディスカッションして解決していました」


とか、


「オーストラリアは物価が高いので、私が向こうにいた頃は、毎月八十万円もお給料をもらってました」


とかね。


そのくせ、山崎先生は生徒の意見には耳を貸さないで、自分の考えばかりを生徒に押しつけるのよ。


お給料の話だって、私のパパの方が、日本にいるのに、山崎先生よりもずっと高いじゃないって思ったわ。



◇◇



でも私が一番嫌だったし、困ったことはね、山崎先生が奈緒なおをヒイキしたことなの。


山崎先生は昔、奈緒のママの同級生で、一緒に私達の小学校を卒業した仲だったの。


それでね、授業中とか休み時間とかに、

みんなの前で、いつも奈緒を誉めるのよ。


「うわー、奈緒さんは良く出来ましたねー」


とかって言っちゃってね。


みんな陰でブツブツ文句言ってたわ。



しかも、もっと最悪だったのは、この奈緒ちゃんって子はとても意地悪な性格だったの。


いつも問題児の理子りこちゃんと、つるんでて、このコンビはもう最強で最悪のコンビだったのよ。


この二人は、実は三年生から四年生まで同じクラスでね、自分たちが気に食わない女の子たちをいつもイジメてたの。



理子ちゃんはやせ型で、背が高いの。


私も背は高い方だけど、理子ちゃんは私よりもっと身長が高いのよ。


細くて鋭い目で見つめられると、ゾクッとするくらい怖いの。


運動神経も良いし、力も強いのよ。

だから、男子からも恐れられてたの。


理子ちゃんと体力で対等に渡り合えるのは、美波くらいしかいないの。


勉強はあんまり出来ないけど、口げんかも強いし、頭は決して悪くないのよ。


だけど、先生たちも頭を抱えるほどの問題児なの。


四年生の時なんて、授業中にカッターナイフを持ってね、いつも椅子の上に立って、先生たちを挑発するように、細い目で薄笑いを浮かべてたの。


それから授業中に、教室の入り口の所にぶら下がって遊んだり、机の下に寝そべって漫画を読んだり、本当にやりたい放題だったの。


担任の島村先生は、教師になりたての若い女の先生だったから、理子ちゃんに強く注意できなくて、理子ちゃんのいた四年二組は完全に学級崩壊状態だったのよ。


男子達も理子ちゃんの影響で、授業中に教室の後ろで野球やったりしてるし、校長先生が見かねてね、もう一人、ベテランの先生を監視役として担任につけたほどだったの。



奈緒ちゃんは理子ちゃんと仲良くなる前は、容姿も普通だし、あまり目立たない子だったんだけど、同じクラスになって理子ちゃんとつき合いだしてから、だんだん悪くなって行ったのよ。


奈緒ちゃんはね、理子ちゃんとは全く逆の

タイプ。


奈緒ちゃんは表面上は、お嬢様タイプで成績も良かったし、理子ちゃんのようにワイルドじゃないの。

 

だから、先生達からは気に入られてたの。


しかも頭が良いから、先生たちの前では絶対にボロを出さないの。


本当に、頭が良過ぎて、悪魔のようにズル賢いのよ。


 

私はこれまで、この二人とは、一度も同じ

クラスになったことがなかったの。

 

五年生で、ついにこの二人と同じクラスになってしまった時、私、目の前が真っ暗になったわ。


正直言って、とても怖かったの。


それに私って、前にも話したとおり、

イジメられやすいタイプでしょ?


[美波がいてくれたらなあ]


って何度も思ったわ。



私が美波と仲が良いことはこの二人も知ってたし、向こうも美波を敵に回すと怖いから、最初の一学期は、何とか無事にやり過ごすことが出来たの。


私も出来るだけ目立たないようにしてたし、

服装や髪形も地味にしてたのよ。

 

なるべくこの二人を刺激しないように

してた。


 

美波と彩芽は受験勉強で忙しいから最近はあまり遊べなくなってたけど、朝登校する時、たまに時間が合えば一緒に登校していたの。


二人は、私の前では気を使って、あまり受験の話はしなかった。


美波は私のことをいつも気にかけてくれて、私に会うと、


「ヤッホー、未央、最近どう? 大丈夫? あの二人にイジメられてない? もし、あいつらがイジメてきたら必ず私に言ってね。私、絶対許さないから!」


って、口癖のように言ってくれたの。


だけど夏休みが終わって、二学期になると、状況が変わったのよ。



◇◇



美波が小学生全国陸上競技大会の百メートル走で優勝し、九月から十月までの二カ月間、アメリカに短期留学することになったの。


アメリカの有名なコーチが美波の走るフォームを直すらしいの。そうすれば、美波はもっと速く走れるんだって。



競技大会の日は、私も彩芽と一緒に、美波を横浜国際競技場まで応援に行ったの。


美波はぶっちぎりで優勝して、六年生の優勝者よりも速いタイムで走ったのよ。


私は観客席で彩芽と抱き合って、飛び跳ねて喜んだわ。



美波は走り終わると、私と彩芽が応援していた観客席の真下まで来てくれて、とびっきりの笑顔で、私たちに手を振ってくれたの。


カッコ良かったわ。


追い風参考記録だったけど、これまでの小学生女子の日本記録を破るほどの速いタイムを出したの。


新聞にも載ったし、マスコミも地元に取材に来てね、美波はテレビのニュースでもインタビューを受けたのよ。


私も彩芽も、自分たちの幼馴染から有名人が出て、とても鼻が高かったわ。



◇◇



夏休みは美波の陸上の応援に行った時以外、ほとんど一人で本ばかり読んで過ごしたの。


美波と彩芽は夏期講習とか模擬試験とかで忙しくて、もう去年の四年生の頃から、三年生の時のように夏休みに一緒に集まって遊ぶことは無くなってたの。


私は侍たちの亡霊を見たあの暑い夏の日のことを、懐かしく思い返しては、一人でため息ばかりついてたわ。


人生って不思議よね。


塾に入るか入らないかで、今後の運命が大きく変わってくるんだから。


[私もあの時、ママの言う通り、美波と彩芽と一緒に塾に入れば良かった。たぶん、美波と彩芽は頭が良いから、きっと、私立の有名中学に合格して、私と同じ公立中学になんて行かないわ]


と思うと涙が出て来て、一人で泣いてたの。



◇◇



二学期が始まるとね、美波がアメリカに行った二週間後、あの二人がとうとう私をターゲットにして、イジメを開始してきたの。



始まりはこうだったわ。


ある日、学校から帰る時、あの二人が南門の近くのブランコで遊びながら、私を待ち伏せしてたの。


私はなるべくこの二人と目を合わせないようにして前を通り過ぎようとしたの。


そしたら奈緒がツカツカと私の目の前にやって来てこう言ったのよ。


「お前なんか、ぶっ殺してやるからな!」


ってね。


私、その言葉の意味が重過ぎて、最初は奈緒が何を言ってるのかよく理解できなかった。


私は、ただ奈緒の薄い小さな唇の動きを黙って見てたの。


奈緒は私より背が低いの。

だから奈緒は上目遣いの黒い瞳で無表情に私を見てた。白眼の部分が妙に白く見えたわ。


奈緒のショートカットにした、茶髪っぽいつややかな髪の毛が、風になびいてた。


ブランコを立ちこぎしながら、理子が薄笑いを浮かべて私の方を見てたの。


[殺す? 私を?]


って、私は頭の中で何度も奈緒が言った言葉を繰り返したの。


私がボーッとして、放心状態で立ってると、奈緒は理子と一緒に、正門の方に立ち去って行ったの。


「こいつ、やっぱ天然だから、レスポンス悪過ぎ! 何考えてるか、全然分っかんねえわ」


って言いながらね。



◇◇


 

私今思い返せば、この時点で、両親か先生に相談しておけば良かったって後悔してるの。


でも、後悔先に立たずよね。


だけどもし、山崎先生に相談しても真面目に取り合ってもらえたかどうか分からないわ。


後で奈緒のイジメの事実が発覚してからも、山崎先生はなかなか信じようとしなかったらしいから。



もっと早く、パパかママに相談しておけば、絶対に状況は変わったと思うの。


だけど私、誰にも相談しなかった。


下手に誰かに相談して、あの二人から報復を受けるのも怖かったし、こんなことで、普段から仕事が忙しい両親を心配させたくなかったの。


前にも言ったけど、私の両親は共働きなの。


私のパパはITアイティー関係の仕事が忙しくて、夜中に帰って来ることもあるし、出張して何日も帰って来ない時もあるの。


ママも商社で働いてるから、月末とかの仕事が忙しい時は、私が寝た後に帰って来ることもあるの。


だから私は、夜遅くまで本を読んだり、勉強したりしながら、一人で留守番していることが結構多いの。


去年までは、おじいちゃんが生きてたから、いつも私達家族を優しく見守ってくれたの。


だけど最初に話したとおり、おじいちゃんは去年のクリスマスに他界したばかりだった。


おばあちゃんは、私が生まれる前に亡くなってたし、父方の祖父母そふぼは、北海道に住んでるから、たまにしか会えないの。


順子お姉ちゃんも埼玉に住んでたから、

直ぐに会えるわけではなかったの。


伸ちゃんと啓ちゃんは隣町に住んでたけど

論外ろんがいでしょ?


あの二人に相談したら、話が混乱して、

まとまりがつかなくなるだけだわ。


それに、あの二人がもし、奈緒と理子に暴力でも振るったら、逆にこちらの方が加害者になっちゃうでしょ?


でも、順子おねえちゃんにだけは、ガラ携から電話かメールだけでもしておけば良かった。


私、スマホは両親から禁止されてたけど、

ガラ携は持ってたの。


順子お姉ちゃんなら、きっと素早く対応してくれたような気がするの。



彩芽は性格が優しくておとなしいから、

イジメの相談相手には不向きだと思った。


後で彩芽には、泣きながら叱られたけどね。


だけど私は、何よりも、彩芽の受験勉強の

邪魔をしたくなかったの。



私は美波がアメリカから帰って来るまで、

辛抱しんぼう強く待とうと思ったの。


美波が帰って来さえすれば、それでこの件は全て終わってしまうの。

 

あの二人のイジメも、何事もなかったかのように、ピタリと止むはずよ。


[あと一カ月半、我慢して美波を待てば、

すべて解決するはずよ]


って、私は心の中で信じていたの。


だけど、その考えはやっぱり甘かったわ。

私は今まで美波に頼り過ぎてたの。


やっぱり何事も、自分の力で解決の糸口を見つけていく努力をしなきゃダメなんだって、私は後で、気がつくことになるの。



◇◇


 

二人の私に対するイジメは徐々にエスカレー

トして行ったわ。


私が靴を隠されたのは、奈緒から、


「殺す」


って言われた、次の週の金曜日だった。



その週の始め、私はクラスのみんなから

シカトされるようになってたの。


奈緒と理子が、クラスのみんなに、

私と口をきかないように言ったみたい。

 

私は教室でも、お昼休みの校庭でも一人ぼっちだった。


一番(つら)かったのは、給食をいくつかのグループに分かれて食べる時よ。


シカトって、本当に辛いと思った。

私が話しかけても、みんなスルーするの。


人から相手にされないのって、こんなに苦痛なんだって、初めて知ったわ。

 

みんなと私との間に透明な壁がある感じ。

その場にいたたまれなくなるの。



水曜日、見かねて桜ちゃんがそっと私に話しかけてくれたの。


あの二人に気づかれないようにね。


桜ちゃんはお姉さんタイプの面倒見の良い

子なの。


「未央、ごめんね。私達あの二人から未央と口きくなって言われてるの。みんなあの二人を恐れてるから仕方なく従ってるだけ。だから少しだけ我慢してね。私が先生に言って、何とかするから」


って言ってくれた。


私、本当に嬉しかったわ。ちょうど、

くじけそうになってる時だったから。



男子達の存在も、私に勇気を与えてくれた。

男子って本当に明るいよね。


たぶん、男子の間でイジメがあっても、女子のように、こんなに陰湿いんしつじゃないんじゃないかな・・・分からないけど。


男子達は私がイジメにあってる事に気づいてないみたいだった。


あっけらかんとして、普通に話しかけてくるのよ。大体は、私をからかってくる事が多いんだけどね。


「ヤホ! 未央、今日も綺麗だね。だけど頬っぺに鼻クソついてるよ!」


とかね。


いつもだったら私、怒って顔が真っ赤になるんだけど、この時は、そうやってからかわれても平気だったの。


逆に嬉しかったくらい。


翔太と剛が同じクラスだったら、

私もっと楽だったかもしれない。


だって、あの二人は敏感だし、

女子にもけっこう影響力あるから。


だけど五年生になって、あの二人ともクラスが分かれてしまっていたの。



彩芽は今四組で私は一組。


休み時間に四組まで行くのは遠いから、

私は自分の机で本ばかり読んでたの。


昼休みは校庭で、彩芽に会えるけど、彩芽はクラスの新しく出来た友達に囲まれて楽しそうにしてたから、声をかけずらかった。


 

木曜日のお昼休み。


桜ちゃんが、そっと私に手紙をくれたの。


〈未央、ごめん。山崎先生に相談したけど、全然取り合ってもらえなかった。山崎先生は奈緒がイジメをしてること、信じられないみたい。私今度、副校長先生に相談してみる。もう少し我慢してね。お願い〉


って書いてあった。



◇◇

 


金曜日の帰り下駄箱に行くと、私のお気に入りだった赤いスニーカーが無くなってたの。


私は上下左右の下駄箱も確認したし、クラス

全員の下駄箱の中も見たけど、どこにも私の

スニーカーは見当たらなかった。


桜ちゃんが心配して手伝ってくれた。


彩芽もその日は、たまたま帰りが一緒になったから、塾に間に合うギリギリの時間まで探してくれたの。


彩芽って、やっぱり優しい子だなって改めて思った。



私達は一組から四組、それから各学年の下駄

箱や先生達の下駄箱、来客用や校舎の別館、

用務員室の下駄箱まで全部見て回ったのよ。


桜ちゃんが職員室まで行って先生に報告してくれた。


山崎先生はじめ、何人かの先生たちも一緒になって探してくれたけど、私のスニーカーは見つからなかった。


大人が背伸びしないと見えない下駄箱の上の所や各教室、ゴミ箱の中や体育館、トイレや校庭、校舎の裏まで全部見て回ったのよ。


そうやって一時間くらい探しても見つからないから、結局私、上履きのまま下校したの。



気になったのは、私達が校舎の外側を探してた時、奈緒と理子が校庭のすみのアスレチックの滑り台の所で、笑いながら私達を見てた事なの。


まるで自分達が犯人だって、アピールしてるようだったわ。


桜ちゃんもそのことに気づいてた。


でもあの二人は、先生たちが校庭の方に出て来たら、サッと帰ったけどね。


私はわなにかかってはいけないと思ったの。


もしあの二人に、


「私の靴返して」


とか言ったら、危ないと思ったの。


だって、あの二人がやったという証拠が無いんだから。


私は、あの二人が靴を隠してる現場を目撃するとか、私の靴をあの二人が持ってるところを目撃するとかしないとダメだと思ったの。


そうしないと、逆にあの二人からやられると思った。


だから、この件については、確かな証拠が見つかるまで我慢しようと思ったの。



ママには、靴が無くなったことだけは報告し

たけどね。


ママは山崎先生とまったく同じことを言って

たわ。


「未央、靴をくしたのは仕方がないけど、絶対に人様を疑ったりしたらダメよ。もしかしたら、誰かが間違えて、あなたの靴をいて帰ったのかもしれないでしょう?」


ってね。


だけど状況から考えると、私も桜ちゃんも、

あの二人しか犯人はいないって思ってた。



だって全ての学年の下駄箱の中には、

上履きが全部入ってたから。



◇◇



次の週、私はランドセルのショルダーを切ら

れて、リュックサックで登校しなければいけ

なくなったの。


あの時はちょうどお昼休みで、あの二人の犯行の直後に、私、校庭から教室に戻ったの。



私が教室の前の方の入り口から入ると、あの二人が教室の後ろの方のランドセルを入れる棚の近くで、何かコソコソやってたの。


私に気づくと二人は一瞬戸惑った顔したの。


その後、直ぐに二人は顔を見合わせて、意味ありげに笑いながら、教室を出て行ったの。


「うわー、天然ちゃんが来たー!」


とかって言ってね。


私はその時、何が何だか訳が分からず、

教室の前の方に突っ立ってたわ。


だけど帰る時になって、ようやくランドセルのショルダーの、左上の付け根のバンドの部分が、八割近くカッターで切られていることに気づいたの。


このまま使っていると、一週間ももたずに、

完全に切れてしまうと思ったわ。


とても計算された切り方だった。


理子がいつも持ってるカッターで切られたのに間違いないと思ったわ。


長年ランドセルを使ってる五、六年生のランドセルのショルダーが切れるのはよくあることだけど、切り口が、スパッとナイフで切られたように、綺麗だったから。


朝、私がランドセルを見た時は、

こんなにはなっていなかった。


だって私は、おじいちゃんが少ない年金ねんきんで買ってくれた何万円もするこのピンクのランドセルを、五年間大切に使ってきたのよ。


私、おじいちゃんがこのランドセルを大事そうに抱えて私の家に持って来てくれた日のことが忘れられないの。


保育園を卒園してしばらくしてから、


「ほら、未央ちゃん。おじいちゃんからの

入学のお祝いだよ」


ってニコニコ笑いながら、おじいちゃんが

大きな包みを私に渡してくれたの。


包みを開けてみると、綺麗なランドセルが

出てきたの。


私、凄く嬉しかった。


しかも、私の大好きなピンク色よ。


「うわーおじいちゃん、ありがとう!」


って私、飛び跳ねて喜んだのよ。



◇◇


 

その次の週は、リュックサックの中に、


『お願い、死んで』


って書かれた紙を入れられたの。


A四サイズの黒い紙に、赤いカラーペンで書いてあったわ。


左手で書いたような不気味な文字だった。

筆跡を隠すためにそうしたのは、すぐに分かったわ。


私、推理小説とかもたくさん読んでたから、その知識が役に立ったの。


最初は私、その紙のことに全然気づかなかったの。


家で宿題をはじめた時に、教科書やノートにまぎれて入ってるのにやっと気づいたの。


あまりにも不気味だったから、私、気持ちが悪くなって、家のトイレでいちゃった。



腹が立ったから、あの紙、ビリビリにやぶいて捨てようかと思った。


だけど私、クリアファイルに入れて、大事に保管しておいたの。


附箋ふせんに日付も書いて、クリアファイルに貼っておいた。


それから、先週切られたランドセルの切り口の部分も、デジタルカメラで撮影して、パパのプリンターで印刷しておいたの。


こちらもクリアファイルに入れて、日付を

書いた付箋を貼っておいたわ。


この二つは、あの二人が残した唯一ゆいいつ物的ぶってき

証拠だったから。



◇◇



その頃から、私、だんだん体調が悪くなって行ったの。


食欲もなくなって来て、目まいがするようになった。


学校に行く前には吐き気がして来るし、

なかががキリキリ痛むの。


このまま我慢していたら、私、自分がダメになってしまうと思ったわ。


なぜかっていうとね、私、あの二人から催眠術にでもかけられた様に、その頃にはもう、本当に死にたい気分になって来ていたから。


『人間って、何でこんなに苦労して、生きて

行かなきゃいけないの?』


っていう私の以前からの疑問が、何度も心に浮かんだわ。



前にも話したように、桜ちゃんが今回のイジメの件について、副校長先生にも相談してくれてたの。


副校長先生は気さくで話しやすい先生なの。

だから、生徒からも人気があるの。


だけど山崎先生は、副校長先生から指示を受けても、ろくに調査もせずに、


『問題なし』


ということで、副校長先生に報告書を上げたみたいなの。


桜ちゃんはくやしそうに私にあやまりながら、

こう言ってたわ。


「未央、ゴメンね。山崎先生は、もし奈緒のイジメが発覚した場合に、奈緒の中学受験に不利になるような内申書を、書きたくないんだと思う」


ってね。


私もう、自分の力で、何とかするしかないって思ったの。

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