未央の不思議な体験
私前に、お化けを見たことがあるって言ったよね。
これから、その時の話をするね。
あれは小三の夏休みのある日のことだった。
私の家は、海のそばのマンションの八階。
家の窓からは、いつも海が見えるの。
私が生まれる前に、パパとママが一緒に買ったマンション。
美波の家は一戸建で、私の家から歩いて五分くらいの所にあるの。
彩芽の家もマンションで、私の家から徒歩で十分くらいかな。
だから連絡すれば、みんな直ぐに集まれ
るの。
私達の両親って、みんな共働きだから、
夏休みはみんなで集まって、よく遊んだの。
みんな、おばあちゃんとか、おじいちゃんが近くに住んでたから、私達は学童クラブには入ってなかったの。
私達は午前中は、家で勉強とか宿題とかをやって、お昼を食べると、だいたいは誰かの家に集まって遊んだの。
時々、誰かのおじいちゃんか、おばあちゃんが様子を見に来るんだけどね。
ゲーム機やスマホは三人とも親に禁止されてたから、オハジキとかトランプ、オセロとかウノをよくやったわ。
あとは、DVDで映画を観たり、みんなで寝転がってお昼寝したり。
私はみんなとの、そういう時間が大好き
だった。
やることが無くなると、各自でそれぞれ好きなことをしたの。
私は本を読んで、ボーッとしてることが多かった。
数ページ読んでは、ボーッと空想するの。
その繰り返し。
「未央って、よくそうやって、何時間もじっとしていられるね」
って、美波が感心してたわ。
彩芽はやっぱりお絵描きね。
ノートに美少女戦士のキャラクターや洋服ばかり描いてるの。
彩芽は集中力があるから、一度始めると何も言わないで、何時間でもお絵描きを続けられるのよ。
美波は私達を見て呆れてたわ。
美波は体を動かすのが好きだから、リフティングばかりしてた。
美波は運動神経が良いから狭い部屋の中でも
リフティングを千回以上も続けられるのよ。
私達の方も逆に、美波を見て呆れてたの。
だって私達には、美波の真似なんて、
とても出来ないから。
◇◇
ある日、私の家のマンションに集まって遊んでた時だった。
美波が、
「海に行きたい」
って言い出したの。
だけど、
『子供達だけで海に行くのは、絶対にダメ』
って私達、親からきつく言われてたのね。
自然の力って怖いでしょ?
万が一、波にのまれたりしたら、子供達だけじゃ絶対に助からないから。
だから、私も彩芽も反対したの。
「美波、それはダメだよ。止めとこうよ!」
ってね。
でも美波の話をよく聞いてみると、美波が行きたがってるのは、海の近くの海浜公園らしいの。
その公園は何年か前に工事が始まって、ほとんど完成してるんだけど、何か事情があって工事が中断してる公園なのね。
今は海岸の手前の国道沿いまで、その公園を取り囲むように高い金網の柵がしてあって、誰も入れないようになってるの。
かなり大きな海浜公園で、国道沿いを何キロも金網のフェンスが続いてるの。
「私この間、翔太達と遊んでて、あの公園に入る方法を見つけたんだ。めっちゃ広いから思いっ切り遊べるよ。海のそばには近づかないから、あの公園で遊ぼうよ。凄く綺麗な公園だよ」
って美波が言うの。
「えーっ、でもー」
って私と彩芽が顔を見合わせて迷ってると、
美波がガッカリしたような顔をして、
「じゃあ、やっぱり今日は止めとく?」
って言ったの。
私、美波が可哀想になってね、つい、
「私、行ってもいいよ」
って言っちゃったの。
そしたら彩芽も、
「未央が行くなら、私も行く」
って言ったのよ。
それでね、三人でその公園まで行ってみることにしたの。
もちろん、私達のおじいちゃんや、おばあちゃん達には内緒でね。
行くと決まったら、私も彩芽もワクワクして来たの。まるで、冒険にでも出かけるような気分よ。
みんな自分のリュックに、お菓子とか、麦茶のペットボトルとか入れてね。
日差しが強いから帽子もかぶったの。
美波は野球帽、私と彩芽は可愛いリボンのついた麦わら帽子よ。
美波もニコニコしてとても嬉しそうだった。
「出発ーっ!」
とかって言って、喜んでるの。
◇◇
私のマンションからその公園までは、歩いて三十分くらいかかったかな。
私の家の前の国道に出て、海沿いの道を真っ直ぐ歩いて行くと、大きな橋があって、それを渡りきると右側がその公園なの。
美波は橋を渡り切ると、欄干を乗り越えて、
「ここ危ないから、気をつけて」
って私達に言って、川沿いの幅の狭いコンクリートの上を、海の方へ歩いて行ったの。
私達も欄干を乗り越え、金網のフェンスにつかまりながら必死で美波について行ったわ。
そのコンクリートの右側は、海に向かう河口の堤防みたいになっていて、なだらかな傾斜がついてたけど、かなり高さがあるし、落ちたら大変だと思ったの。
しばらく行くと、金網のフェンスの一カ所にギリギリ人が通れるくらいの隙間が開いてる場所があったの。
そこはフェンスの下の方の金網が切れてて、向こう側に少しめくれ上がっていたの。
夏草がボウボウに茂ってて、フェンスの向こう側の様子はよく見えないけど、その部分だけは人が通った跡があって、夏草が平らになってたわ。
美波は腹ばいになって、その隙間から先にリュックだけ中に入れて、ほふく前進みたいにしてフェンスの向こう側に入ったの。
私達も美波に手伝ってもらいながら、同じようにして中に入ったわ。
私も彩芽も運動音痴だし、美波みたいに上手に出来ないから、ずいぶん時間がかかったけどね。
フェンスの向こう側に出ると、大人の背の高さくらいに茂った夏草の中に、曲がりくねった道があったの。
美波を先頭に、三十メートルくらい歩いて行くと、いきなり視界が開けて、広い芝生の上に出たの。
そこは、とても広い草原で、緑の芝生が果てしなく海沿いに続いていたの。
その向こうには青々とした大きな海が太陽の光を浴びて、海面がキラキラ輝いてた。
水平線の向こうには入道雲がモクモク浮かんでて、白いカモメが青い空をゆっくり飛んでるの。
遠くの方に江ノ島が霞んで見えたわ。
「うわー、綺麗!」
「うわー、凄い!」
私も彩芽も思わず、感動の声を上げたの。
「美波、ありがとう! ここに連れて来てくれて!」
私達が口々に叫ぶと、
「ここを未央と彩芽に見せたかったんだ」
って、美波が照れたように言ったの。
私達は美波をハグしたり、手を握って飛び跳ねたりして、美波に感謝したのよ。
◇◇
その公園の中には所どころに東屋があって、太陽の強い光をしのげたの。
私達は百メートルくらい歩いて、一番近い
東屋に荷物を置いて休憩したの。
東屋には木製のテーブルやベンチがあった。
時々、冷んやりとした海風が吹いて来て
とても気持ち良かった。
公園の中には誰も居なくて、私達三人だけの貸し切りみたいな感じだった。
たけど、よく見ると、遠くの方の海岸に大勢の人がいたの。
一キロくらい先の、公園の芝生が途切れた砂浜の上よ。
遠くてよく見えなかったけど、その人達は整列して何かの訓練のようなことをしていた。
時々、号令をかける声や、
「オーッ!」
て言う掛け声が、かすかに聞こえて来たの。
「美波、あそこにたくさん人がいるけど、
大丈夫かな?」
って、私心配になって訊いたの。
「大丈夫、あれは時代劇か何かの撮影だよ。この間、翔太達と来た時も居たけど、何も言われなかったよ」
って、美波は平気な顔をして言うの。
確かによく見ると、その人達は戦国時代のような服装をして、鎧兜をつけてるの。
手には刀を持ってたわ。
時々、刀がキラッと光るから分かったの。
赤いのぼり旗が何本も立ってて、馬に乗ってる武将のような人達もたくさんいるの。
「へーっ、映画の撮影かあ」
って、私が言うと、
「もし、注意されたら帰ろう」
って、美波が言ったの。
それで、私も彩芽も安心して、三人で夕方まで思いっ切り遊んだの。
鬼ごっこしたり、缶蹴りしたり、かくれんぼしたり、本当に楽しかった。
公園の中も探検したの。
水の入ってないプールや噴水、中には入れなかったけど、ミージアムみたいな建物も何個かあったわ。
◇◇
私達が砂浜に近い、芝生の切れ目あたりで遊んでる時だった。
彩芽が芝生の中に隠したオハジキを、美波と私が宝探しのように、競争で見つけるゲームをしてたの。
私と美波は芝生の上に這いつくばって、
オハジキを探していたの。
彩芽は、
「あっ、未央、そこは全然違うよ。もっと、左の方かなー」
とかって、いたずらっぽく笑いながら、
私にヒントを出してたわ。
すると突然、遠くの砂浜の方から、
「フゥオオオー! フゥオオオー!」
って、ホラ貝を吹くような大きな音が聞こえて来たの。
私達は驚いて左手の砂浜の方を見たの。
するとね、戦国時代の鎧兜をつけた大勢の人達が、砂浜の上を、こちらに向かって走って来るの。
[とうとう戦闘シーンの撮影が始まった
のね]
って、私思った。
私達は遊びを中断して、武士達が砂浜の上をこちらに走って来るのを黙って見てたの。
武士達は、
「ウオオオオー!」
って声を張り上げて、ものすごい勢いで走って来るの。
表情も真剣そのもので、凄い迫力なの。
みんな頭上に刀を振りかざし、物凄い形相をしてるの。槍を持ってる人達もいたわ。
私、怖くなって動けなかった。
先頭には立派な鎧兜をつけた武将達が、
十人くらい馬に乗って駆けて来るの。
その後を何百人もの武士達が少し遅れて走って来るの。
美波は面白そうにニコニコ笑って見てたけど
彩芽は怖がって泣きそうな顔してたわ。
「ドドドドドドドドド!」
って、馬や人の足音も凄いのよ。
波打ち際を走っている人たちは、水しぶきを跳ね上げながら必死に走ってるの。
その人達は、私達が遊んでいた場所から五百メートルくらい離れた砂浜から走って来たんだけど、私達が遊んでいた場所のすぐ下の砂浜まで来ると、急に向きを変えたの。
そして私達が遊んでいる芝生につながる土手を物凄い勢いで駆け上がって来たの。
私、何が何だか訳が分からなかった。
私も美波も彩芽も、何も出来ずに、
ただ茫然として見てたの。
馬や武士達が、
「ウオオオオー!」
「ドドドドドドドドー!」
って、私たちの方に向かって走って来るのは
分かるんだけど、逃げようとしても、その時
にはもう時間が無かった。
そして武将達の馬が、
「ヒヒィーン!」
って啼きながら土手を駆け上がって、私達の頭上を飛び越えようとした瞬間だった。
「危ない! 伏せて!」
って、美波が叫んだの。
私達は慌てて芝生の上に身を伏せたわ。
だけど私、もう完全に死んだと思った。
伏せながら、思いっ切り体を固くしたの。
たぶん身を伏せてももう遅いし、私達の体は武将達の後に続く、何頭もの馬や何百人もの武士達に踏み潰されて、大ケガするだけじゃすまないと思った。
するとね、私たちが身を伏せた瞬間、目の前まで迫っていた武士達や、私たちの頭上を飛び越えようとしていた武将や馬達が、
「フッ」
って、跡形もなく消えてしまったの。
一瞬のうちに、何もかも、全てが、
消えてしまったのよ。
私達は身を伏せたままの姿勢で、
「フゥーッ」
って息を吐き出したの。
そして、みんなで顔を見合わせたの。
「今の見た?」
って、美波が私と彩芽に訊いたの。
「見た!」
「私も見た!」
私と彩芽が答えたわ。
「見たよね! さっきまで武士や馬達がたくさんいて、こっちに攻めて来てたよね! そうだよね?」
って、美波がまた訊いたの。
「うん、侍や馬達がたくさんいた。そこの砂浜で向きを変えてこっちに向かって来た!」
って、彩芽が興奮して言ったの。
「私も見たよ! ホラ貝を吹く音がして、大勢の武士や馬達が、浜辺をこっちに向かって走って来た!」
って、私も言ったの。
「じゃあやっぱり夢じゃないよね。三人同時に同じ夢、見るわけないし、私も未央と彩芽と全く同じものを見たってことだよね?」
と言って、美波は自分の頬っぺを抓ったの。
そして、
「やっぱり、痛いわ」
って、美波は言ったの。
私と彩芽も頬っぺを抓ってみたわ。
「痛い」
「私も痛いわ」
って、私と彩芽も言ったの。
「じゃあ、さっきのは夢や幻じゃなくて、
私達お化けを見たってこと?」
って、美波が言ったの。
「いやだ、怖い!」
って言って、彩芽が泣き出したわ。
美波も鳥肌を立ててブルッて身震いしてた。
私も、強い日差しが照りつけて、暑いはずなのに、首筋や両腕にザワザワって鳥肌が立って来て止まらなかった。
「帰ろうか?」
って、美波が言ったの。
「うん、早く帰ろう」
って、私は答えたわ。
「私も、帰りたい」
って、彩芽も泣きながら答えたの。
その時には夕日が西に傾き始めてて、雲の色や太陽の色がオレンジっぽくなって来てた。
私達は急ぎ足で、東屋に荷物を取りに行っ
たわ。
そして来る時に通った、夏草の生い茂った場所まで来たの。
だけど三人とも、足を止めて、
草むらの中に入れなかった。
だって三人とも、
[草むらの中で、さっきの武士達にまた会ったらどうしよう]
って、思ってたから。
その時は、不思議と口に出さなくても、
みんなが考えてることが分かったの。
「どうする?」
って、草むらの前で立ち止まって、美波が訊いたわ。
「いやだ、怖い」
って、彩芽が震える声で言ったの。
「だけど彩芽、ここ通らないと帰れないよ」
って、私が言ったの。
「じゃあ行こう。みんなで手をつなごうよ」
って、美波が言ったわ。
私達は美波を先頭に三人で手をつなぎ、草むらの小道の中を恐る恐る前の方に進んで行ったの。
三十メートルくらいの距離が、すごく長く感じられたわ。
もう夕方になってたから、草むらの中は来た時よりも大分うす暗かったの。
だから、入り口のフェンスの所までたどり着いた時は、本当にホッとしたわ。
◇◇
家に帰ると、おじいちゃんが、心配そうに
私達を待ってたの。
もう夕方六時半くらいだった。
その頃は、私のおじいちゃんも、まだ元気
だったのよ。
「未央お帰り、美波ちゃんも彩芽ちゃんも、
お帰り」
おじいちゃんは、ニコニコ笑いながら言っ
たの。
私、おじいちゃんの胸に飛び込んで、
「おじいちゃん、今日私達お化け見たのよ」
って言ったの。
「ほう、それは怖かったねえ。どういうお化けだったんだい?」
って、おじいちゃんが訊いたの。
「あのね、侍のお化けだった。砂浜の上に、大勢いて、 私達の方に向かって走って来て、パッって消えちゃったの。美波と彩芽も一緒に見たのよ、ね?」
って言って、私は二人を振り返ったの。
そしたら、美波と彩芽も競うように、
口々におじいちゃんに説明したの。
「凄かったよ! 武士が何百人もいたし、馬も
いた。声も凄かったし、足音も凄かった!」
って、彩芽が興奮して言ったわ。
「映画の撮影かと思ってたらね、砂浜で向き
を変えて、私達の方に攻めて来たの! 殺され
るかと思った!」
って、美波も言ったの。
「ほう、それは怖かったねえ。無事で良かったねえ」
って、おじいちゃんは少し驚きながら言っ
たの。
おじいちゃんは興味深そうに、私達三人に
いろいろと質問したわ。
私達は最初から、もっと細かく説明したの。
おじいちゃんに黙って海浜公園に行った事はバレちゃったけどね。
たけど、おじいちゃんは、その事については何も叱ったりしなかった。
そして、私達の話を聞き終わると、こう言ったのよ。
◇◇
「あの海岸の辺りはなあ、昔戦があった場所なんだよ。今から七百年くらい前かな。新田軍と北条軍が戦った場所でなあ。たぶん未央達が見たのは、その時の戦で亡くなったお侍さん達だろうなあ」
って言って、少し考えてたわ。
そして、
「実はおじいちゃんも昔、お侍さんのお化けをあの辺りの海岸で見たことがあるんだよ」
って言ったの。
「えっ、おじいちゃんも侍のお化け見たことあるの? ねえどんな感じだった? 教えて!」
って、私が訊いたの。
美波と彩芽も興味深々だったわ。
「おじいちゃんが二十一歳の頃だった。もう五十年以上も前の話さ。おじいちゃんはその頃、国立大学の学生でな、毎晩夜遅くまで勉強したものさ。勉強に疲れると、あの辺りの海岸をよく散歩したんだ。今でもそうだが、波の音を聞きながら砂浜を歩いてると、心が静まってなあ。自分が大自然と一体になったような気分になれるんだ」
おじいちゃんは、遠くを見るように、目を細めながら話し始めたの。
「ある秋の晩、深夜一時か二時頃だったかなあ。海岸に出るために松林の中を歩いてる時だった。満月に近い月が出ていてな、松林の中でもわりと見通しが良かったんだ。すると前の方から誰か人が歩いて来るんだ。その人は戦国時代の鎧兜を身につけていた。大きな飾りのついた、立派な兜だったよ。左手には刀も持っていた。その人はおじいちゃんの前まで来ると、ピタリと足を止めたんだ」
みんな緊張して、おじいちゃんの話を聞いて
たわ。
「おじいちゃんも驚いてなあ。何でこんな時間に、こんな所を、変な服装をして歩いてるんだろう? と思ったよ。しかも、おじいちゃんが『今晩は』って声をかけても黙ったままピクリとも動かないんだ。おじいちゃんも気味が悪くなって来てなあ。そのまま、その人の横を通り過ぎようとしたんだ。すると立ち塞がるように、松の木の陰からもう一人お侍が現れてなあ。さっきの人と同じような服装をしてるんだ。刀も持ってたよ。おじいちゃんは怖くなってな、後ろを振り向いて帰ろうとしたんだ。ところが振り返って見ると、松林の木の陰からたくさんの武士達がワサワサと姿を現したんだ。そして、みんなで取り囲むようにして、おじいちゃんを見てるんだ。みんな憎しみのこもった異様に鋭い目つきをしていてなあ。おじいちゃんは全身にゾッと鳥肌が立って来て止まらなかったよ」
おじいちゃんは当時を思い出したのか、
少し身震いしながら言ったの。
彩芽は怖がって、美波にしがみついてたわ。
私もおじいちゃんの手をギュッと握りしめて聞いてたの。
「おじいちゃんは『何か私にご用ですか?』って訊いてみたんだ。だけどみんな無言なんだよ。『ご用でなければ、どうかそこを通らせて下さい』って言ってみたけど、また無言なんだ。仕方なくおじいちゃんは黙って足を前に踏み出したんだ。すると武士達がスッと一斉に刀を抜いたんだ。おじいちゃんは肝を冷やしたよ。心臓もドキドキするし、生きた心地がしなかった。だけど、おじいちゃんだって日本男児だ。どうせ殺されるなら男らしく戦って死のうと思った。おじいちゃんは覚悟を決めたんだ。腹の底から声を絞り出し、こう叫んだ。『ふざけるな貴様ら! こう見えても、俺は侍の子孫だ! いつまでも黙ってないで、何とか言ってみろ!』ってな。自分でもビックリするくらいの大声だった。するとその瞬間にお侍達の姿がパッと消えたんだ。さっきの未央達の時のように、フッと何もかも跡形も無く消え去ってしまったんだ。後には月明かりに照らされた松林と、波の音がするばかりだった」
って、おじいちゃんが言ったの。
すると、みんなホッとしたように、
「フゥーッ」
って息を吐き出したわ。
そして、おじいちゃんはみんなの顔を見て、
ニコニコ笑いながらこう言ったの。
「死んでも、この世に未練があると、なかなか成仏出来ないんだよ。あのお侍達は、死んで七百年近く経っても、まだ戦ってるんだ。可哀想な人達なんだよ。私達に出来るのは、あの人達のために祈ってあげることだけだ。もう心配しなくてもいいよ、もう戦わなくてもいいんだよってなあ」
私、今でも、あの時のおじいちゃんの優しい笑顔が目に浮かぶの。