おじいちゃんのお葬式
お葬式はね、立派な斎場で行われたの。
何百人もたくさんの人達が集まったわ。
だけどね、啓ちゃんと伸ちゃんが、
やらかしちゃったの。
私達親族は、祭壇に近い前の方の親族席に座ってたんだけど、お坊さんが二人来て、年配のお坊さんがお経を唱え出したの。
すると、助手のような若いお坊さんが、
「ポンポンポンポン」
って、木魚を叩き出したの。
それが可笑しかったのか、啓ちゃんが
クスクス笑い出したのよ。
私達は親族席の二列目の端の方に座ってた。
伸ちゃんが私の隣で、啓ちゃんはその隣に
座ってたの。
伸ちゃんは最初、啓ちゃんの腕を叩いて、
「啓二、笑うな!」
って小声で注意してたんだけど、そのうち、
伸ちゃんも一緒にクスクス笑い出したの。
二人とも完全に笑いのツボにハマってる感じだった。
二人は泣いてる振りをして、一生懸命に誤魔化してたわ。お焼香の間中ずっとよ。
私も危なく吹き出しそうになったけど、
必死で我慢してた。
でも、お坊さんのお経の声がだんだん大きくなって来て、最後の方で若いお坊さんがシンバルのような楽器を両手に持って、
「ジャーン、ジャーン!」
って、打ち鳴らしたの。
物凄く大きな音だった。
そしたら、啓ちゃんも伸ちゃんも、
とうとう声を上げて笑い出したの。
啓ちゃんは吹き出した瞬間に、
鼻水までたらしたのよ。
前列に座ってた啓ちゃん達のお父さんが
慌ててやって来て、
「こら、啓二、伸一!」
と言って、二人の頭を叩き、会場の外に連れ出してくれたの。
私、ホッとしたわ。
葬儀に参列した人達も、驚いてその様子を見てたの。
私も少し笑っちゃったけど、隣の節ちゃんの胸に顔を埋めて、必死で我慢したの。
お腹が引きつって本当に苦しかった。
おじいちゃんに申し訳ない気持ちで一杯
だった。
今までの私の短い人生の中で、あんなに
お腹が苦しかったことは無いわ。
私、恥ずかしくて仕方なかった。
もう、あの二人だけは本当に勘弁して
ほしいわ。
◇◇
葬儀が終わると、大勢の参列者が帰って
行ったの。
その後、親族だけで昼食をとり、みんな
で火葬場に行ったのよ。
そこは、山の中にあって、とても静かな場所だった。
海側の斎場から車で一時間以上もかかるの。
だけど、凄く大きくて立派で、とても綺麗な施設だったわ。
その日は一日中曇り空で、灰色の分厚い雲がどんよりと空を覆っていてとても寒かった。
山の中だから、底冷えがして、体中凍えそうだったわ。
火葬場の建物のひさしからツララが何本もたれ下がってた。
そしたら、啓ちゃんが、
「俺、ツララ食べたい! 兄ちゃん肩車して」
と言って、またはしゃぎ始めたの。
もう親族以外誰もいなかったし、大人達もみんな疲れてたから二人を放っておいたのね。
二人は大きなツララを取って来て舐めたり、スターウォーズごっこをしたりして、外でずっと遊んでたわ。
私達は壁も床も大理石で出来た、大きな部屋に運ばれて来た、おじいちゃんの棺の前でお焼香をして、最後のお別れをしたの。
その後、控え室で皆でお茶を飲んだわ。
それから、お座敷のような大きな控え室の畳に横になって、少し眠ったの。
順子お姉ちゃんと、節ちゃんと、夏ちゃんと一緒に、川の字になってね。
とても気持ち良かった。
大人達も各自横になってくつろいでたの。
そしたら、また啓ちゃん達がツララを持ってやって来て、
「こんな大きいのが取れたぞ!」
って、みんなに見せびらかしてるの。
確かに大きなツララだったわ。
根元が太くて、先が尖ってて、透明で、
本当に綺麗なの。
一メートルくらいありそうだった。
伸ちゃんも横で自慢そうに笑ってたわ。
でもツララの融けた雫が、寝ていた夏ちゃん
の顔にポタポタかかってね、夏ちゃんが驚い
て目を覚ましたの。
夏ちゃんは、
「冷たいよー、うっ、うぇーん」
て泣き出したのよ。
順子お姉ちゃんが夏ちゃんを抱いて、
「啓二君、止めなさい!」
って言ったの。
そしたら今度は、啓ちゃん達のお母さんが
素早く起き上がって来て、
「もう、あんた達何してるのよ! みなさんに迷惑ばかりかけて! 遊びに来たんじゃないのよ! 少しは大人しく出来ないの! まったく親に恥をかかせて! 私は今日一日中、あんた達のおかげで恥ずかしい思いをしてるのよ!」
って言って、二人の頭を思いっ切りゲンコツで殴ったの。
二人は、
「痛ってー!」
って、頭を抱え込んで痛がってた。
みんなも呆れて笑ってたわ。
私も今度は、声を出して笑ったの。
◇◇
それから一時間くらいして、おじいちゃんの火葬が終わったって係の人が知らせに来た。
それで、みんなで別の部屋に移動したの。
床も壁もグレーの大理石で囲まれた、
冷たい感じの部屋に親族全員で入ったわ。
目の前に、おじいちゃんの白い遺骨が
あった。
だけど、おじいちゃんの体のどこが、
どの部分なのか、さっぱり分からなかった。
おじいちゃんの体が焼かれて、こんなにバラバラの白いお骨になるなんて、人間って本当に儚いものだなって思ったわ。
私はショックで息が苦しくなって来たの。
節ちゃんもショックだったみたいで、
私の手をギュッって握りしめてきた。
夏ちゃんは、
「これ、本当におじいちゃん?」
って、順子お姉ちゃんに何度も訊いて
たわ。
「そうよ」
って、順子お姉ちゃんも少し涙ぐんで
うなずいたの。
「あーあ、おじいちゃん、こんなに
なっちゃって」
って、夏ちゃんは目を丸くして、おじい
ちゃんの白い遺骨をじっと見つめてた。
大人達も暗い顔をして、あんまり喋らな
かった。
伸ちゃんと啓ちゃんも、さすがにその時だけはシュンとして、一言も喋らなかった。
係の人の説明を聞いて、みんな無言で、言われた通りに、大きなお箸でおじいちゃんの白いお骨を一つずつ拾ったの。
金属のチリトリのような物に、拾ったお骨を乗っけて、みんな端から端まで順番に回していった。
最後に係の人がそれをまとめて、上手に骨壷に納めたわ。
その人は白い手袋をした手で、小さなお骨を一個つまんで、みんなに見せたの。
「これが喉仏です」
と言って、それを白い骨壷の一番上に納めて蓋をしたの。
そして、その骨壷を、また白い箱に入れ
たわ。
私は足がフラフラして、頭がボーッとして
来た。
それで、順子お姉ちゃんに抱えられるよう
にして、控え室に戻ったの。
後から後から涙がこぼれて来て、止まらな
かった。
◇◇
火葬場を出る時、雪が降って来たの。
牡丹雪って言うの?
一つ一つがとても大きくて、それがハラハラと空からゆっくり無数に舞い降りて来るの。
とても綺麗だった。
伸ちゃんと啓ちゃんが喜んで、空に向かって口を開けて、雪を受け止めてた。
私その時、何だか不思議な気持ちに
なったの。
まるで、おじいちゃんが空から語りかけてくれてるような感覚っていうのかな。
「未央ちゃん、さよなら。元気でね」
って、おじいちゃんが言ってくれてるような気がしたの。
おじいちゃんの優しい笑顔が目に浮かん
だわ。
「おじいちゃん、さよなら。ありがとう」
って、私も心の中で呟いたの。