36 昇進試験9
俺とリコリヌが、潰された蚊みたいに轢死する危険性も省みず……。
わざわざレッド・ジャイアントの身体に執拗にまとわりついていたのには、ふたつの理由があった。
そのひとつめが、俺の眼下でようやく起こった。
「せっ……セージちゃんセージちゃんセージちゃん! セージちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーんっ!!」
「ばっ……ばかばかばかばかばかっ!! かばかばかばかばかばっ!! かばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!」
「せっ……セージさまセージさまセージさまっ! セージさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
「これ以上尻込みしていては、相撲取りの名折れでごわすっ! 今いくでごわすっ、いくでごわすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーっ!!」
やっと親を見つけた迷子みたいに、泣きながら駆けてくる仲間たち。
みな髪も涙も振り乱し、諸手を挙げて全力疾走。
……よし、やっとやる気になってくれたみたいだな。
レッド・ジャイアントの活き剥ぎという、史上希に見る高難易度の『昇進試験』。
俺も今、その真っ最中ではあるが、何回か死を意識してしまったほどの、本当にヤバい相手だ。
そしてこの試験が選ばれたのは、星の巡り合わせが悪かった、なんて理由ではなく……。
裏にロクでもないヤツが絡んでるんじゃないか、って思ったんだ。
だいたい、ポイント集計で10位以内に入るほどの優秀なヤツが受けられる『昇進試験』だってのに、なんでわざわざ死なせるようなことをやらせるんだよ。
出る杭を打ち、優秀な芽を摘み取るのが、この学園の教育方針なのか?
いや、違う。
この試験をねじ込んだヤツの目的は、シトロンベルを殺すことじゃない。
レッド・ジャイアントのヤバさを、俺自身が体験して確信した。
目的は、『試験をあきらめさせる』ことだと……!
シトロンベルを賢者候補生に昇進させたくないヤツが、裏で糸を引いてるんだ……!
ソイツを突き止めなければ、シトロンベルへの嫌がらせは続くことだろう。
今回の試験を棄権したところで、次回もまた理不尽な難易度の試験を押しつけてくるに決まっている。
だから俺は尚のこと、この試験を達成したくなっちまった……!
この試験を達成すれば、次の試験ではさらに酷い妨害を企ててくるはず。
そうなると、必然的に工作の動きも派手になってくることだろう。
そこが俺の、狙い目……!
火のない所に煙は立たず、その煙でゴキブリどもを、いぶし出せるはず……!
しかしそのためには、シトロンベル自身にもやる気になってほしかったんだ。
この試験はたしかに理不尽だが、『人生』という名の道を塞いでいる、『困難』という名の大岩でもある。
もし乗り越えることができれば、彼女自身が成長するチャンスなんだ。
逆に、ここであきらめて引き返すようじゃ、これから先の道に現れるであろう、さらなる大岩も乗り越えられないだろう。
賢者なんて歪んだヤツらが支配している、こんな世界じゃ尚更だ。
だからこそ俺は孤軍奮闘した。
シトロンベルよ、やる気を出せ、ってな……!
お前が前に進むことをあきらめなければ、俺はなんだってやってやる……!
大岩が爆弾岩だったとしても、関係ねぇ……!
この俺が、突っ込んでいって……!
お前の道を、切り開いてやるよっ……!!
「セージちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」
俺の想いに呼応するかのように、絶叫するお嬢様。
一団の先頭を走っていた彼女は、レッド・ジャイアントの足元まで、あともう少しという所まで迫っていた。
俺が「シトロンベル、右足から狙えっ!」と指示すると、彼女は右側へと身体を傾ける。
その、流水のようになびく髪が……宝石のようにこぼれ落ちる涙が……。
不意に、彗星のような尾を引いた。
その、美しく、儚く、さりげない……。
川に浮かぶ落花のように、普段は流れに身を任せるように受け流し、しかし時には奔流のように、激しく攻めるっ……!
その、剣はっ……!!
瞬きも許さぬほどの一瞬で間合いを詰め、激流のようなひと太刀を浴びせる、静と動の……!!
「落花……流水剣ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」
……ガキィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
火花散るほどの剣閃が、レッド・ジャイアントの右足の爪を斬り裂く。
もし相手が人間であれば、どんなヤツでも生きてはいないであろう渾身の一撃。
以前の剣術授業の時よりも、遙かにパワーアップしている、目の醒めるような一発であった。
水の妖精2体分の力を得たのもあるだろうが、それに加えてかなりの特訓を積んだようだな。
『落花流水』の奥義を、ついに見いだしたか……!
しかし相手は不死身の巨人。
裂かれた指先は一瞬にして元通りになり、三日月のように巨大な爪は、微動しただけであった。
シトロンベルはサッと横に飛び退く。
その背後から、入れ替わるようにして突っ込んできたのは……。
我らが暴風、我らが爆弾娘……!
「あちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!! 渦龍旋風龍爪脚ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
ジャンプ一番、空中でコマのように高速回転をするあばれるちゃん。
カンフーシューズに付けた鉄爪が、レッド・ジャイアントの爪をグラインダーで削るように抉る。
……ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!
シトロンベルと違って、こっちはかなりの手数だ。
あんだけ回って、よく目が回らないな……なんて思っていたら、だんだん回転が鈍っていき、
「ふにゃぁ……」
最後は目を渦巻きみたいにグルグルにして墜落、シトロンベルに受け止められていた。
どうやら、抱きとめられるまでが連携に組み込まれているようだ。
「天呼ぶ、地呼ぶ、人が呼ぶっ……! 天駆ける龍のために、私は戦うっ……! 見ていてくれっ、我が心の天龍、セージ様っ……! ほわたぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
なにやらごちゃごちゃ喚きながら次に突っ込んできたのは、最近なんだかおかしいアイツ。
「暴龍……昇撃剣ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーんっ!!!!」
……ガキィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
拳ではなく、青龍刀を使った斬り上げを披露するクリスチャン。
飛び上がったところに、続けて突っ込んできたのは……。
攻撃班の大トリを務める、ただ今彼女募集中の、ズングリムック……!
「ぬおおおおおおおおおおおおおっ!! 受けてみるでごわすっ!! 相撲秘奥義……突っ張り手、『百秋撃』ぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーっ!!!!」
無数の張り手が嵐となって、荒れ狂う大波のように爪に襲いかかる。
……ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!
なるほど、一撃と連撃を交互に繰り出し、休みなく爪にダメージを与えていくやり方というわけか。
俺は遠くの花火でも眺めるかのように、絶え間なくあがる火花を眺めていた。
その間もレッド・ジャイアントはひっきりなしに俺に攻撃してきたので、かわすために肩の上を行ったり来たりしながら。




