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賢者の胆石  作者: 佐藤謙羊
第2章
96/119

35 昇進試験8

 俺は、超デカブツの喉の奥からマグマがせりあがってきて、口からあふれ出るのを目にした瞬間、手を伸ばしていた。


 ヤツの、アゴの下めがけて……。

 グローブの手首に仕込んでいるワイヤーフックを、射出していたんだ……!


 しかしリコリヌの胴体を、太ももでカニばさみにしたまま引き上げられるほど、俺の脚力は強くない。

 だからリコリヌに猫になってもらって、抱きかかえたあとワイヤーを一気に収縮。


 変身の瞬間とマグマが胸に垂れ落ちたのはほぼ入れ替わり。

 普通の装備だったら燃え出しそうなくらいのスレスレでマグマとすれ違った。


 でもおかげでリコリヌ変身の瞬間は見られずに済んだようだ。

 あとはアゴの下という安全地帯で、目の前をドバドバ流れていく炎の滝を裏から見物。


 そしてマグマが品切れになりそうな直前で、リコリヌにまた犬に戻ってもらう。

 これが奇跡のギリギリ大脱出の、タネ明かしってわけだ……!


 俺とリコリヌは、玉座のほぼてっぺんから、謁見場内を眺めていた。

 ずっと超デカブツに登るために、ヤツの身体のほうばっかり見てたから、逆の立場ってのはなかなか新鮮だな。


 場内の壁一面には、観客たちの顔がずらりと並んでいる。

 そして俺たちが入ってきた入り口のあたりでは、地べたにぺたんと座り込んだシトロンベルたちが。


 共通していたのは、どいつもこいつも、アゴが外れたように全開の口を開けっぱなしにしていることだった。

 これだけ大勢の人間がいるというのに、やけに静かだな。


 なんて思ったのも束の間。



「えっ……ええええええっ!?!?」



 涙混じりの生声が、遠くから届いたあと、



『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?』



 落雷のようにバリバリと割れた轟音が、場内をビリビリと震撼させる。

 うるさくて耳を塞ぎたかったが、両手でワイヤーを掴んでいるのでうまくいかない。


 リコリヌは後ろ足の爪をレッド・ジャイアントの身体に爪立て、三角の耳を前足でぺたんと覆っていた。



『ばっ……バッカ……! バッカな……! あのマグマから、逃れるだなんて……!』



『やっぱりセージ君って面白いっ! 超面白いっ! あっはっはっはっはっ!』



 赤と黄色、ふたつの太陽が、左右に分割されて壁に大写しになる。

 かたや陰るように暗澹(あんたん)と、かたや暗雲を消し飛ばすように燦々(さんさん)と。


 赤い太陽は二の句が継げないほどうろたえていたので、黄色い太陽がすかさず叫んだ。



『おおい、セージ君っ! なにボサーッとしてんの!? キミならできるっ! わっちは全面的にセージ君を応援してるからねぇぇぇぇぇぇーーーっ! えい、えい、おおーーーーーーーっ!!』



 客席の人垣から顔を飛び出させ、叫びまくるゴーシップ。



『ワンッ! ワンッ! ワオォーーーーンッ!!』



 隣では、なぜ一緒になって跳ねているのかわからないが、りんごの顔も見え隠れしている。

 さらにその隣には、赤い頭巾のさきっちょが見えていたが、こちらは微動だにしていない。


 観客席で俺たちの味方をしているのは、ひとりと1匹だけか……!

 でも、百人力……! いや、百人と、百匹力だ……!



「……ゴーッ! リコリヌっ!!」



 俺はワイヤーをグローブに収拾しつつ、レッド・ジャイアントの左肩を指さし叫んだ。



「ワンッ!」



 リコリヌにとってはちょうどいい休憩だったようで、戦闘開始直後のダッシュを上回る再スタートを切った。


 超デカブツも油断していたのか、目的の肩先までは瞬きしている間に到着。

 肩に止まった蚊を叩き潰すみたいに右手を振りかざしてきたが、インパクトの瞬間に、ヒラリとかわす。



 ……どばぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーんっ!!



 蚊を叩くにしちゃ、やりすぎな一撃が叩きつけられた。


 肩峰の骨のある所からは、剥ぎ取り対象である角が生えている。

 工事現場にあるカラーコーンを、何倍にもデカくしたようなヤツだ。


 レッド・ジャイアントはその角が掌に刺さらんばかりの勢いで攻撃してきた。


 もしかしたらこの一撃で角が折れる、もしくは叩いてきた右手にダメージを受けるのを期待していたんだが、どちらも叶わなかった。


 やっぱりどっちも、自分の力でやるしかないのか……!


 角はヤツの右手で覆い隠されてしまったので、今度は右肩を目指して走る。



「鬼さんこーちらっ、と!」



 首筋の後ろを通って右肩に到着、すると左指からレーザーサイトのような光が放たれ、俺たちの身体を追いかけてくる。


 ヤバいっ、炎の柱かっ!?



 ……ごばばばばばばばばばばばばばばばばばっ……!!



 時間差で吹き上げる炎が、地雷原を走っているかのように、すぐ背後で爆発する。

 少しでも止まるどころか、一瞬でもスピードを緩めたら灰燼になるのは間違いない灼熱を背中で感じる。


 右肩を埋め尽くす炎に、崖っぷちまで追い詰められたが、二の腕を通って逃れた。

 しかしそれが、ヤツの狙いだったようだ。



 ……ぐおお……!



 とヤツの右腕が大きく振りあげられる。



 そのまま腕を大きく振りおろして、俺たちを振り落とすつもりだっ……!



「飛べっ、リコリヌっ!」



 右腕がなぎ払うように動くのと、リコリヌが二の腕を蹴ったのはほぼ同時だった。



 ……ごおっ!!!!



 崩落するように落ちていく右腕から離れ、なんとか右肩のほうへと復帰。

 思わず手に汗握るほどのピンチだったが、壁面に映っている観客たちも、みな拳を握りしめていた。



『ま、また、レッド・ジャイアントの攻撃を避けたぞ……!?』



『今度こそは、もうダメかと思ったのに……!』



『あっ、また左肩に向かって走り出したっ!』



『ああっ、またまたレッド・ジャイアントの攻撃がっ……!』



『今度こそ、今度こそっ……!』



『ああっ! またまたまた、ギリギリかわしたっ!』



『す、すごい……! あの子たち、本当にすごいよ……!』



『レッド・ジャイアント相手に……! 何百人もいないと敵わない相手に……!』



『たった……たったのふたりで、立ち向かってるなんて……!』



『どうして……!? どうしてなのっ……!? どうしてあんなにすごい勇気があるのっ!? どうしてあんなに圧倒的な相手に、あきらめずに立ち向かえるのっ!?』



『ばっ……ばばばっ……バッカですカァぁぁぁぁーーーっ!? どんなにすごくても、逃げ回ってるだけじゃ、意味なくなくないですカァぁぁぁぁーーーっ!? 昇進試験の目的は逃げきることじゃなく、剥ぎ取ることをだってのを、忘れてませんカァぁぁぁーーーっ!? バーッカ! バーッカ! ベロベロバーッカ!!』



 ……忘れてなんかいないさ。

 俺は待っているんだ、ずっとな。


 ふたつの時が、動き出すのを。


 おっと……!

 どうやらやっと、そのひとつが来たようだ……!

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