34 昇進試験7
俺とリコリヌはレッド・ジャイアントの腹を通り過ぎ、胸へとさしかかった。
ノーマークの時は一瞬で肩まで登りつめたってのに、いつ滑落してもおかしくないほどに、激しい妨害に晒されている。
デカブツ野郎は首を限界まで前に折って、胸を這い上るいたずらハムスターを叱るように、俺たちを睨みつけ……。
って、そんな可愛らしいものに接する表情じゃないな。
まるでドブネズミでも見るコックのような、修羅の表情。
……グワアッ!
その口が食らいついてきそうなまでに大きく開く。
炎トカゲのようにてらてらとした舌の奥には、赤熱したガラスのような喉彦。
……カッ!!
それが直視できないほどの輝きを放った途端、思わず目がくらんでしまった。
視界を奪われても、攻撃の気配を察することができたのは、尋常ではない熱気をはらんだ呼気を感じたからだ。
またブレスかと思ったが、同じ吐息でも趣がだいぶ違う。
人間で例えるなら、悪酔いの真っ最中のような……!
「こいつは……ヤベえっ!?」
危機感が口をついて飛び出した、寸毫の後、
……ゴバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!!!!
ヤツの口から、広大な胸一面を覆うほどの、灼熱の液体が吐き出されっ……!
真っ赤な高波となって、襲い来たっ……!!
『イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーッ!?!?』
『バッカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーンッ!?!?』
痛ましい悲鳴と、むかつく悲鳴が謁見場内を揺らす。
『レッド・ジャイアントの口からオゲェーーーッと吐き出されたのは、なんとなんと、マグマっ!? あんな攻撃、見たことない! 初めてじゃないですカァーーーッ!? きっとレッド・ジャイアントも、醜いアリンコとノミッコに気分が悪くなったに違いないデスカァーーーーッ!? バッカッカッカッカッ!!』
迷調子はさらに続く。
『しかしアレはよけられない! 胸を登っている最中に、上からマグマをぶちまけられたんじゃあよけられない! アリンコとノミンコ、一歩も動けず飲み込まれてしまいましたカァーーーッ!? しかもまだまだ口からマグマは出続けてますカァーーーッ!? もう胸どころか、身体じゅうビッチャビチャですカァーーーッ!? よっぽど気分が悪かったんですカァーーーッ!? あれじゃアリンコとノミッコは、骨も残ってませんねぇ! バーッカッカッカッカッカッカッカッ!!』
観客たちは、悲痛な声を絞り出す。
『あ……ああ……』
『セージくん、死んじゃったぁ……』
『あんな攻撃、いくらリコリヌちゃんでも、よけられないよ……』
『なに言ってんだよ! 俺たちはセージがやられるところを見にきたんだろ!』
『あっ、そ……そういえば、そうだったよね』
『あーあ、でもつまんねーな! あんなマグマに飲まれたんじゃ、苦しまずに一瞬じゃねぇか!』
『あのチビが泣き叫んで、のたうち回るところを見たかったのによー!』
『でも残念だったなぁ、モフモーフ!』
『お前ひさびさに喋ったってのに、推しの犬っころが灰になって、残念でしたぁ~!』
『お前がいま一緒に連れてる犬も、一緒に焼却処分にしてもらえばかったんじゃねぇか!?』
『そーそー! その犬、近づくだけで唸るんだよ! 教室だけならまだしも、こんな所に連れてくるんじゃねーよ!』
『ちゃんと躾ができないんだったら、檻にでも閉じ込めとけよっ! ……って、なんだよ、その目はっ!?』
『……あっはっはっはっはっはっ! 甘いねぇ、若いねぇ、わかってないねぇ!』
『わあっ!? ゴーシップ様っ!?』
『どうして、モフモーフの隣に!?』
『あっはっはっはっはっ! セージくんがあの程度の攻撃で死ぬわけないじゃん! あっはっはっはっはっ!』
『ええっ!? だって、どう見たって終わりでしょう!?』
『見てくださいよ、アレ! レッド・ジャイアントはまだマグマを吐いてるじゃないですか!』
『マグマを浴びて生きてる人間なんて、いるわけがないのに!』
『はぁい、そこぉ~! 総合司会をさしおいて、もりあがらないでくださいませんカァ~? そんな五流新聞部の部長の言うことなんて、寝耳に鼻クソですカァら~。それよりも……はあいっ! ちゅーもーーーーーーーく!!』
マスゴミーは観客たちの話題を強引に刈り取ると、ステージの背後にある天地の塔を、バッ! と指さす。
そこにはマーライオンのごとく、まだマグマを吐き続けているレッド・ジャイアント。
そして分割された画面には、崩れ落ち泣き叫ぶシトロンベルが映っていた。
『アリンコとノミンコは、レッド・ジャイアントの軽~い攻撃によって、あっという間にやられてしまいましたぁ~! バッカッカッカッカッ! きっとシトロンベル君はこうなることを予想して、ああやって泣く演技をしているんですカァ!? 次期絶対聖母の布石として、情け深いオンナノコを演出してるんですカァ!? バッカッカッカッカ! バーッカッカッカッカッカッカッ!!』
画面に背を向け、これでもかと上背をのけぞらせて嗤うマスゴミー。
食堂塔にいる賢者候補生たちから、拍手喝采が巻き起こる。
彼らが拍手をしている時には、一緒になって盛り上がらなければならない。
下々の観客席にいた、従者候補生以下の者たちも、こぞって、否応なく、仕方なく……。
手を打ち鳴らし、ヤジを飛ばす。
『や……やったぁぁぁ~!』
『ざ……ざまあみろっ!』
『チビのクセして、出しゃばってくるからそんな目にあうんだよっ!』
『そーそー! レッド・ジャイアントに挑むなんて、賢者候補生でも無理だってのに!』
『無宿生なんかが挑んだどころで、死ぬのはわかりきってたんだよっ!』
『いやぁ、全くもってその通りですカァーーーーーーッ!! 前回、五流新聞部の部長が仕切っていたスレイヴマッチの時は、観客の心はてんでバラバラでしたけど、このレッドトップス新聞部長であるこの弊誌が仕切れば、この通りっ! 最後の最後には悪は潰え、学園の生徒たちの心は、ピッタリとひとつになりましたカァーーーーーッ!! それではみなさん、恒例のヤツを、ご一緒にぃ! せぇーのっ!!』
バッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッ!!
バァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッカッカッカッカッカッカッ!!!!
……カッカッカッカッ……?
……。
…………カッ?
………………カアッ!?
カァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!?!?
………………。
…………あはっ。
……あはっ、あははははっ。
あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!
あぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっはっはっはっはっはっはっ!!!!
赤い馬鹿笑いは消え、あんぐりと開けた口が居並ぶ間抜け面が残る。
そんな客席の中で、新たに起こった黄色い高笑い。
ひとり、ぴょんぴょんと……。
いや、りんごといっしょに飛び跳ねていたのは、笑う太陽のような少女。
彼女が嬉々として指さした先には……。
マグマの残りがしたたる、レッド・ジャイアントのアゴ。
その奥にある喉元には、少年と犬が……
まるでアゴの下で雨宿りをするかのように、ワイヤーでぶら下がっていたのだ……!
『やっぱりぃぃぃぃぃぃーーーーーーっ!! セージ君、生きてるじゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!! あっはっはっはっはっ!!』




