26 少女の悩み2
俺が、あばれるちゃんとモフモーフという、いつもと変わったコンビとともに地下の探索を楽しんだ次の日。
その日は休みだったので、家でお茶会を催した。
メイの新作ティーと揚げリンゴを振る舞うためだったんだが、そこに遅れてやってきたシトロンベルは元気がなかった。
このお嬢様は、本当に喜怒哀楽の波が激しいな。
一昨日は哺乳瓶を持った俺に驚いて逃げていくし、昨日はパッタリ来なくなったと思ったら、今日は暗い顔で家に来るし……。
その落ち込んでいる理由は、ズングリムックの一言で明らかになった。
「そういえばシトロンベルさん、『昇進試験』の課題は何だったでごわすか?」
『昇進試験』というのは、従者候補生が賢者候補生になるための試験のことらしい。
まず定期的に集計される、区間獲得ポイントにおいて、従者候補生のなかで10位以内に入る必要がある。
その条件を満たすと『昇進試験』に挑戦するチャンスが与えられる。
試験は座学ではなく実戦。
与えられた目的を、『天地の塔』内でこなすことができれば合格。
試験には『昇格点』というのが設定されており、試験の結果に応じて、その点数が与えられる。
『昇格点』が在学中に5点を越えれば、晴れて賢者候補生に昇格となる。
試験の難易度はかなり高いので、1回の試験で稼げる昇格点は、せいぜい1点が関の山。
従って賢者になるためには、5回分の試験をこなさなくてはいけない。
ちなみに試験は、1回の区間獲得ポイント集計につき1回まで。
なので賢者候補生になりたければ、10位以内に5回以上入る必要があるというわけだ。
さらに2回目からの試験は、減点の要素も加えられる。
これらの困難な要因により、従者候補生から賢者候補生に昇格するのは、非常に狭き門といえるだろう。
4~5年にひとりパスできるかどうか、といった確率らしい。
しかしそれはシトロンベル自身が選んだ道だ。
彼女は、尊敬する父親と同じように昇進試験をパスして、従者候補生から賢者候補生になるって息巻いていた。
せっかくその第一歩が踏み出せたというのに、なぜこのお嬢様はメランコリーになっているのかというと……。
「出された試験の題目が、すっごく難しいの……」
シトロンベルは溜息をつきながら、試験内容が書かれた指示書を見せてくれた。
賢者候補生 昇進試験指示書
『天地の塔』の10階にいる、『レッド・ジャイアント』を活き剥ぎせよ。
指定した部位のうち、2箇所以上を納品できれば合格となり、昇格点1を与える。
指定部位は、全部で7箇所。
『脚の親指の爪』が2箇所、『手のひとさし指の爪』が2箇所、『肩のツノ』が2箇所、『頭のツノ』が1箇所。
納品が2箇所増えるごとに、さらに昇格点1を与える。
『頭のツノ』は1箇所で昇格点2を与える。
期限は、この指示書を受験者が受領してから1ヶ月。
それまでに指定部位が2箇所以上納品されなければ、失敗したものとみなす。
俺はテーブルに差し出した紙切れに、ざっと目を通し終えると、
「指定部位を7箇所ぜんぶ納品できれば5点ってことか。ならこの試験をパーフェクトで達成できれば、一気に賢者候補生サマになれるじゃないか、やったな」
しかし俺以外のメンバーは、テーブルにバンと両手をついて、ガターンと立ち上がっていた。
「れ……レッドジャイアントの、活き剥ぎでごわすとっ!?」
「ムチャムチャ無茶だっ! 死んじゃうよっ!?」
「そんなのできるわけがない、不可能だ! 棄権したほうがいい!」
仲間たちの言葉に、シトロンベルは青ざめた顔を伏せると、
「うん……先生も言ってた……。今回の試験は、過去に例がないくらい難しいのが選ばれたから……やらないほがいい、って……。せっかく……セージちゃんにもらったチャンスなのに……」
悔しさを滲ませるようにつぶやく。
俺は、なにをそんなに悲観しているのか、サッパリわからなかった。
「よくわからんが、要は指定部位の納品をすればいいだけなんだろう? だったらそのジャイアントを殺せばいいじゃないか。それともバルーン・ピッグみたいに、活き剥ぎじゃなきゃダメなヤツなのか?」
すると、猛然と責め立てられてしまった。
「それができれば、シトロンベルさんもこんなに悩んでないでごわす!」
「このっ、バカセージ! バカバカセージっ!」
「バルーン・ピッグみたいなザコと、レッド・ジャイアントを一緒にするな!」
聞くところによると、その『レッド・ジャイアント』とやらは、10階の『裏ボス』と呼ばれるほどの強力なモンスターらしい。
『裏ボス』というのは、上階を行くためには倒す必要がないが、その階には不釣り合いな強さのモンスターに与えられる称号のようなもの。
11階への階段を守っている、普通ボスよりずっとずっと強敵らしい。
巨人族の一種で、体格は『天地の塔』のまわりにある、学園の施設塔と同じくらいの高さ。
そう考えると、とんでもないデカブツだ。
赤鬼のような姿形をしていて、いつも巨大な椅子に座っている。
決して立ち上がらず……というか、立ち上がる必要もなく、狩りに来た者たちを、足だけで軽く蹴散らすらしい。
仲間たちからそんなことをまくしたてられたが、俺はまだピンときていなかった。
「よくわからんが、そんなに大騒ぎするような相手か? いくらデカブツでも斬れば血が出るし、痛かったら死ぬだろ」
すると、食いつかれそうなほどにぐわっと迫られ、ギャンギャンと責め立てられてしまった。
「それができれば、シトロンベルさんもこんなに悩んでないでごわす!」
「このっ、バカセージ! バカバカバカセージっ!」
「レッド・ジャイアントは不死身なんだよ!」
巨人族というのは不死身とされており、殺すことができないらしい。
だから巨人の素材が欲しければ『活き剥ぎ』するしかないんだ。
「それにレッド・ジャイアントは、『活き剥ぎ』するのもとんでもなく難しいでごわす!」
「成功例として半年ほど前に、生徒会役員の“聖人”バーナード様が、ショウ様の命令を受けて……足の爪をやっと1箇所獲ったくらいなんだぞ!」
「しかもそのときバーナード様は、大勢の仲間をゾロゾロ連れてたんだ! レッド・ジャイアントの気をそらすために、下僕候補生とバーナード様の飼い犬がオトリ役になったんだけど、100人と100匹もいたのにみんな死んじゃったんだぞ! これでどのくらい大変なのかわかったか! このバカバカバカバカセージっ!」
さんざんバカ呼ばわりされたが、やっぱり俺はまだピンときていなかった。
「よくわからんが、とにかくやってみようぜ。そんなデカブツがいるんだったら、俺も見てみたいし」
するとシトロンベルは、さも意外そうな顔をする。
「えっ、セージちゃん……? もしかして、手伝ってくれるの……?」
「なんだ、昇進試験ってのは、単独でやんなきゃダメなのか?」
「う……ううん、そんなことはないけど……」
「なんだ、だったらお前がその気になれば、オトリ役の1000人や2000人、簡単に集められるんじゃないのか?」
「そんなことないよ……レッド・ジャイアントの活き剥ぎだって聞いたら、誰も手伝ってくれなくて……」
「薄情なヤツらだな。まあいい、とにかく俺はついていくよ。なんだか面白そうだしな」
すると俺のヒザで丸くなっていた犬のリコリヌも起き上がり、「わたしも!」と言わんばかりに「キャン!」と鳴いた。
「あ……ありがとう……! ありがとう、セージちゃん、リコリヌちゃん……!」
シトロンベルは俺たちの言葉が余程嬉しかったのか、それともずっと我慢していたのか、ぽろぽろと涙をこぼしはじめた。
「な……なら、おいどんも手伝うでごわす! にょ……女性の涙……! それもシトロンベルさんの美しき涙を前に引き下がっては、男がすたるでごわすっ!」
「な……ならボクもっ! ボクもグリグリ一緒に行くっ! バカセージを、ポイポイほっとけない!」
「よ、よし……なら私も同行しよう。しかし勘違いするなよ、アバレルの保護者としてだ!」
一気に場が熱を帯びる。
俺は、壁の花のように末席を飾るヤツにも振ってみた。
「モフモーフ、お前はどうするんだ?」
これまで一切話題に加わってこなかったので、存在を忘れそうになっていたが、実は彼女もお茶会にいたんだ。
彼女の足元にいたりんごは、テーブルに前足をついて立ち上がっていた。
ハッハッと舌を出したまま、話題に加わるように、らんらんとした瞳で俺たちを見ている。
そして耳をピーンと立て、しっぽをブン回す勢いで、「ワンッ!」と威勢よく応えてくれた。
しかし彼のご主人サマは、それを手で遮ると、
「……行かない……」
こっちを見もせずに、ふるふると赤い頭巾を揺らしていた。




