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賢者の胆石  作者: 佐藤謙羊
第2章
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21 セージ vs 拳闘犬部

 『拳闘犬(けんとうけん)』のルールはこうだ。


 飼い主と犬がペアとなって、リングの中で戦う。

 『拳闘(けんとう)』と名が付いているだけあって、飼い主側はボクシングと同じで拳による攻撃のみ可能。


 ボクシングと大きく違うのは、拳の裏側や内側を使って殴ってもよいこと。

 バックハンドブローやスレッジハンマーもアリというわけだな。


 またボクシングでは相手の側頭部や後頭部、背中を殴ることは禁じられているが、拳闘犬(けんとうけん)ではオンルール。

 ただ、ヒザを付いた相手の攻撃はしてはならない。


 そしてここが拳闘犬(けんとうけん)においてのミソとなっているのだが、犬だけは、相手の飼い主がどんな状態の時でも攻撃していいことになっている。

 だから相手がヒザを付いたりダウンした場合は、犬に攻撃を任せればいいというわけだ。


 そしてもうひとつ重要なポイントなのは、勝敗の決着方法。


 ダウンしたあと10カウントで立ち上がらなかったらとか、そんな生やさしいものじゃない。

 ダウンした飼い主が、犬に身体の一部を食いちぎられると負けとなる。


 なかなか物騒だが、これもミソではあるな。

 またペアとなっている犬が、食いちぎることができないほど弱ってしまった場合も負けになるんだ。


 そして俺が、『相撲部(そうぼくぶ)』のキャプテンであるドルスコイを倒したというのに、下っ端が『拳闘犬(けんとうけん)』での戦いを承諾した理由もわかった。


 『相撲(そうぼく)』でならともかく、『拳闘犬(けんとうけん)』なら負けることはないと、タカをくくっているんだろう。

 たとえ俺には勝てなかったとしても、リコリヌのほうをヤッてしまえば勝ちとなるんだからな。


 こんな生まれて間もないような仔犬に負けるわけがないと、さらにタカをくくったというわけだ。


 だが、この下っ端野郎はわかっちゃいない。

 リコリヌは俺と一緒で、ただのちびっ子じゃないってことを……!



「ぐ……はぁぁぁっ!?」



 開幕ボディーブローをくらったそのザコは、目と舌を剥き出しにして崩れ落ちていた。

 ヒザをつくと、俺からはちょうどいい高さになったので顔面にもう一発お見舞いしてやろうとしたら、



 ……パシャッ! パシャッパシャッ!



 人垣から『レッドトップス新聞部』のひとりが飛び出してきて、拳を振りかぶった俺を激写しはじめた。


 無視して勝負を続けてもよかったんだが、なんとなく嫌な予感がする。



「ああっと、スカったぁ!」



 俺はわざと大振りのフックを放ち、偶然を装って、



 ……バキイッ……!!



 新聞部のヤツがしている、写真撮影用のゴーグルをたたき割ってやった。

 すると、ヤツのどす黒い思考が、俺の中に流れ込んでくる。



無宿生(ノーラン)のセージ、反則行為!』



拳闘犬(けんとうけん)部との試合において、ダウンした相手を攻撃!』



『セージ、反省の色なし! スポーツマンシップなどクソくらえの大胆発言!』



『勝負は何をやっても勝てばいいんだ! ドルスコイとの試合でもインチキをしたが、それが何だっていうんだ!』



『セージが告白! あのスレイヴマッチは不正まみれ!? 生徒たちが一丸となって、セージを糾弾!』



『学園のアイドル、シトロンベルもついにセージの正体に気付く!』



『彼があんな下衆だとは思いませんでした! 死ねばいいと思います!』



 そんな赤字のデカデカとした新聞の見出しが、ヤツの脳内では躍っていた。


 ……まったく……。

 ダウンした相手を殴った写真1枚だけで、よくここまでのデッチあげが思いつくもんだ。


 しかもその写真を起点として、スレイヴマッチもインチキだったということにして……。

 さらにはシトロンベルとの破局まで作り上げようとするだなんて……。


 コイツらは三流以下の学園新聞のクセして、本当に悪知恵だけは働くんだな……!


 パパラッチ野郎に腹が立ったので、事故のフリをしてもう一発、ボディブローをお見舞いしてやった。

 すると、



「「ぐ……ええっ!」」



 試合中のザコと同じタイミングで、バタンと倒れ伏した。


 リコリヌはちょうどその側で、相手の犬と戦っていた。

 相手の飛びつき攻撃をヒラリとかわし、身体の小ささを活かして腹部に潜り込む。


 汚い野犬は、急所である腹をガブリとやられ、



「キャインキャインキャインッ!?」



 倒れたご主人サマをほったらかしにして、さっさと逃げだしていた。


 しかし人垣の外に出ようとしたところで、モヒカン野郎に捕まって、再びリングへと蹴り込まれる。



「おら、あんなチビ犬に相手に逃げんじゃねぇ! お前ら犬は死ぬまで戦うんだよっ!!」



 その犬は完全に戦意を喪失していたようなので、俺は言ってやった。



「『拳闘犬(けんとうけん)』のルールだったら、飼い主か犬の身体が食いちぎられたら終わりだろう?」



 リコリヌの口には、汚い犬の毛が咥えられている。


 俺はリコリヌに、相手の犬をなるべくケガさせないようにしつつ、抑え込むことを頼んだ。

 飼い主に大きな罪があったとしても、従っているだけの犬には罪はないからな。


 でも、今更ながらにかなり無茶な要求だったと思う。

 しかしまさか、毛を毟るだけの手加減攻撃で勝負をキメてくれるとは……。


 まるで『拳闘犬(けんとうけん)』のルールを知っていたかのような、ナイス判断だ。


 しかしその凄さが、ヤツらには伝わらなかったようだ。



「うるせえっ! 俺たちがやってるのはスポーツじゃなくて、殺し合いなんだよっ! 毛を毟ったくらいで勝ちになるかっ! 相手の肉を食いちぎるまで、勝負は終わらねぇんだよっ! それにこのまま引き下がったら、部長に合わせる顔がねぇっ! ……おいっ、野郎どもっ!!」



 モヒカン野郎が叫ぶと、人垣のリングがばらばらと崩れ、俺とリコリヌを取り囲んだ。



「このチビどもを、犬のエサにしてやるんだっ! おい新聞部! 落ちこぼれのガキが泣きわめいて命乞いしているところを、しっかり写真に収めろよっ!」



 ……まったく、やっぱりこのパターンか、と思っていたら、



「そんなこと、ヌケヌケさせるかぁぁぁぁぁーーーーーっ!! あちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」



 とうとう痺れを切らしたあばれるちゃんが、新聞部のヤツの顔面に跳び蹴りを食らわしていた。

 鼻血とゴーグルの破片を撒き散らしながら、吹っ飛んでいく。



「よし、あばれるちゃんは新聞部のヤツらを頼む! いくぞっ、リコリヌ!」



「キャン!」



 俺は地を蹴る寸前、チラリとモフモーフのほうを見た。

 すると彼女はしゃがみこんでいて、今にも飛び出していきそうなりんごを抱きしめ、必死になって押さえていた。



「……りんご……だめ……戦うの……だめっ……」

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