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賢者の胆石  作者: 佐藤謙羊
第2章
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19 新たなる火の粉

 俺は、あばれるちゃんとモフモーフという、いつにも増して珍しいパーティに加わった。

 「うう……」と足元で唸っているワークマンどもを尻目に、地下の探索を再開する。


 道中はあばれるちゃんの独壇場。

 モンスターを見つけるとまっしぐらに突っ込んでいき、ボコボコケリケリして瞬殺。


 あばれるちゃんは、兄貴のクリスチャンがいるときは大人しいが、いない時は鎖の外れた狂犬さながらだな。

 まるで獣がもう1匹増えたみたいな有様だった。


 そしてなぜかあばれるちゃんは兄貴と同じく、戦闘中に俺をチラチラ見てくるんだ。


 そんなことはさておき、順調に進んでいく俺たち。

 地下6階へ続いているであろう大部屋に到着した。


 しかし、そこは……。



「ああっ、いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 絹を裂くような悲鳴と、パンパンと乾いた音……。

 そして思わず鼻を押さえたくなるような、獣くささが支配する空間だった。


 「新聞部か……」と、あばれるちゃんが苦々しくつぶく。

 後を引き継ぐように、「拳闘犬(けんとうけん)部も……いる……」とモフモーフ。


 どうやらまた、どっかの部が塔内を勝手に占拠して、好き勝手やっているようだ。

 しかしその異質さは、かつての相撲部(そうぼくぶ)の比ではなかった。


 生徒たちは犬みたいな服従のポーズをとらされ、またある者は四つん這いせられ、野良のような犬にヘコヘコと腰を打ち付けられている。


 後者は実際にやってたらシャレにならないが、どうやらフリだけらしい。

 それでも人間にとってはかなり屈辱的な姿を、



「いいねぇ~! いいねぇ~!」



 などと、単眼の暗視ゴーグルみたいなのを被った不気味なやつらが取り囲んで凝視していた。


 周囲にはアメリカのガードマンのように、犬を連れた生徒たちでずらり。


 しかしどいつもこいつも何かを守るというよりも、犬をけしかけて襲いそうなチンピラばかり。

 足元にはぜんぜん洗ってなさそうな小汚い犬がいて、飼い主とお揃いの首輪をしている。


 なんでここにいる犬は、どれも臭くて汚いのか疑問だったのだが、ようやく理由がわかった。


 犬たちはみな、金属の口輪をはめられていたからだ。


 しかもそれは、(しつけ)の用途ではない。

 犬どもが口を開いた途端、



 ……ジャキィーーーーーンッ!



 とノコギリのような金属の歯が飛び出していたんだ。


 まさか噛むのを防止するものではなく、噛んだときのダメージを増大させるものとはな……。


 いずれにしても、その口輪のせいで自分の身体を舐めることができず、毛繕いできずにボロボロの体毛になっているんだろう。

 中には、ゾンビ犬みたいに皮膚まで赤くただれているヤツもいる。


 俺たちパーティが部屋に入ると、いち早く察知してワンワン吠えかかってきた。


 その鳴き声で下っ端どもが気づき、ふたり組がどらどらと出迎えてくれる。



「おっ!? 無宿生(ノーラン)のセージだ! それにあばれるちゃんまで! いいねぇ、いいねぇ~!」



 ひとりは、ひとつ目のゴーグルをした、なれなれしい口調の男。


 手にはケーブルで繋がったスイッチみたいなのを持っている。

 それを押すたびに、ゴーグルのレンズに埋め込まれた水晶玉が、パチパチと瞬く。


 俺は直感する。

 もしかしてアレが、この世界の写真機なのか?


 もうひとりは、首輪をして犬を連れた、裸に革ジャンの男。

 首輪も上着も鋲だらけで、世紀末かよと思ってしまった。



「ひゃははははっ! ここを通りたけりゃ、ひとり1万(エンダー)! 踏破の魔法陣を通りたけりゃ、さらに10万(エンダー)を払いな!」



 なんと、相撲部(そうぼくぶ)の時の倍近いじゃないか。



「現金のみで、ポイント払いはナシだ! 金が無いってのなら、ああやって『ポーズ』をするんだな! ひゃはははは!」



 チンピラは親指で、背後の地獄絵図を示す。


 そこには服従する犬みたいに、へそを天に向ける形でごろごろんと寝そべる男子生徒たち。

 舌をだらんと口からはみ出させたまま、「もう許してぇ~!」などと情けない声を上げている。


 そして女生徒たちは、犬にのしかかられて交尾のまねごとをさせられている。

 「もうやめてぇ! 撮らないでぇ!」と顔を伏せようとしたところを、ガッと髪を掴まれて泣き顔を激写されていた。


 ふと、俺の前にいたゴーグル野郎が前かがみになる。

 俺の顔を覗き込むようにして、舌をベロリと出してきた。



「いやぁ、このちびっ子は金じゃなくて、ポーズ一択っしょ! しかも全裸で! セージが服従のポーズを取ってる姿を『レッドトップス学園(ウラ)新聞』に載っけたら、バカ売れ間違いなしでしょ!?」



 ……仕組みが大体理解できた。

 犬で脅してカツアゲし、金が払えないヤツはあやって痴態を撮られ、裏新聞とやらに掲載されるってわけか。


 ゴーグル野郎の提案に、チンピラも大いに頷く。



「ひゃはははは! そりゃいい! ちょうど俺たち『拳闘犬(けんとうけん)部』に従わねぇモフモーフもいるしな! おいモフモーフ、お前も全裸だ! しかもフリだけじゃねぇ、マジで俺の犬とサカるんだよ! そうすりゃ、ここを通してやるぜ!」



 俺の後ろにいたモフモーフは、がまぐちを取り出していた。


 リンゴの形をした、真っ赤ながまぐち。

 どうやら金を払おうとしていたらしいが、交尾を強要され、その手がピタリと止まる。


 隣にいたあばれるちゃんは、今にも殴りかかりそうに、歯噛みをして握りこぶしを固めていた。

 その堪えているような姿を、すかさず写真におさめるゴーグル男。



「おやぁ? あばれるちゃんってば、もしかして殴ろうとしてる? いーよ、やってみたらぁ!? ここで俺たちがしていることは、『レッドトップス新聞部』と『拳闘犬(けんとうけん)部』、それぞれの部長の指示……! 賢者(フィロソファー)候補生様を、ふたりも敵に回してもいいんだったらねぇ!」



 ベロベロバァ、と垂らした舌を揺らしながら続ける。



「しかも部長のおふたりは生徒会役員だ! その力がありゃ、『レッドトップス学園新聞』で、あることないこと書き立てて……キミを退学にすることだって、簡単にできるんだよねぇ!」



 「うっ……ぐぐぐっ……!」と、悔しそうに呻くあばれるちゃん。


 まったく、こういう時こそ殴りかかっていけばいいのに。

 それで問題になったとしても、俺が全力でケツを拭いてやるんだがなぁ。


 そして俺たちが何も言わないので、下っ端コンビはさらに調子に乗った。



「そうだ! せっかくだから『拳闘犬(けんとうけん)』で勝負したらどうだ!? お前と、モフモーフでやり合うんだ!」



「そりゃいい! モフモーフの犬は、たしかメスだったよなぁ! ボロボロに負けた飼い主と犬が這いつくばらされて、並んでヤられてる姿は、すげー絵になりそうだな! ひゃははははっ!」



「だろぉ? そこにセージとあばれるちゃんも加えれば、ヤバいくらいの部数増大は間違いないって! もう『イエローペーパー学園新聞』なんて目じゃなくなるぜ! ……っておい、どこに行くんだよっ!?」



 振り向くと、りんごを引きずるようにして、モフモーフが部屋をあとにしようとしていた。

 下っ端コンビは追いかけようとしたが、それよりも早く俺が声をかける。



「おい待て、逃げるのか?」



 まさか俺からそんな言葉が飛び出すとは思ってもみなかったのか、モフモーフもあばれるちゃんも、それどころか下っ端コンビまで、驚きのあまり固まっていた。

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