18 ミスリル銀ゲット
俺に絡んでいた肉体労働者どもも、そして絡まれている俺をニヤニヤと見つめていた、まわりのやつらも……。
俺の手によって掘り起こされたモノを目にした途端、言葉を失っていた。
原石なので形は歪であるものの、ひと目で価値があるとわかる、真珠のような白さ。
月のように輝く表面は、まるで引力でもあるかのよう。
吸い寄せられるように覗き込んできた者たちの顔を、青白く照らしていた。
「こ……これは……!」
「み……ミスリル銀っ……!」
「す……すげえっ……!」
「し……しかも、こんなにデケェ原石……!」
「は……初めて見たっ……!」
そんな驚嘆の言葉を絞り出すだけで、精一杯のようだった。
俺はミスリル銀の原石を見るのも初めてだったが、確かに美しい。
ミスリル銀というのは、その名のとおり銀の一種であるが、『魔法鉱石』と呼ばれる魔力を秘めた鉱石である。
石というのは、どんなものでも少なからず魔力を持っているとされているが、その量がハンパない鉱石をそう呼ぶ。
ミスリル銀の特性としては、美しく、軽く、劣化しにくく錆びない。
そして銀を忌避するモンスターに対し、普通の銀以上の効果を発揮する。
たとえば人狼などは銀でできた武器に弱いので、銀鉱石を見せたら嫌な顔をするだろう。
しかしそれがミスリル銀ともなると、カートゥーンアニメばりの勢いで逃げ出すほどらしい。
そして賢者にとっては、無くてはならない鉱物のひとつとされている。
賢者の装備は、ほとんどといっていいほどミスリル銀が使われている。
剣はもちろんのこと、ローブにはミスリル銀を使った銀糸の刺繍が編み込まれているらしい。
そういえばシトロンベルが使っている剣も、たしかミスリル銀だったよな。
原石のカタマリでもアルミより軽いので、非力な俺でも片手で持っていられる。
労働者たちはもっとよく見ようと手を伸ばしてきたが、俺はそそくさとポケットにしまった。
すると急に魅了が解けたような表情になる、いかつい顔の面々。
「お……おいっ、チビっ!」
「ここは元々、俺たちが最初に掘り始めたんだ!」
「だからソイツは、俺たちのもんだ!」
「なに言ってんだよ、この塔にあるものは、何でも早いもの勝ちだろ?」
と言ったところで、引き下がるようなヤツらではないのは顔でわかった。
「だったらなおさら俺たちのもんだ! その犬っころが掘る前から、俺たちはそこを掘ろうとしてたんだ!」
「そうだそうだ! なのにお前が割り込んできて、勝手に掘りやがったんだ!」
「だいいちお前みたいなチビに、ミスリル銀なんて十年早ぇんだよ! 豚に真珠だ!」
「お前らには、犬のウンコをやったじゃないか。お前らにとっては猫に鰹節だろ?」
するとさっきの怒りを思い出したのか、労働者たちは担いでいたショベルやツルハシを構え、俺に突きつけてくる。
「てめぇ、言わせておけば……!」
「ソイツを寄越さねぇと、痛い目にあわせるぞ! チビだからって、容赦はしねぇ!」
「俺たちは朝から晩までこの穴ぐらにこもって、一日じゅう土にまみれて穴掘りしてんだ!」
「それなのに、テメーみたいなチビがやってきて、美味しいところだけ持ってくなんて……させてたまるかよっ!」
「なんだよ、学生かと思ったら、お前ら本当にワークマンだったのかよ。だったらこんな所にいないで、俺ん家に花壇のひとつも作ってくれよ」
「花壇だぁ!? この野郎っ! ちょっと女にモテるからって、イイ気になりやがって……!」
「このチビ、ずっと気に入らなかったんだ! 俺たちのアイドル、アバレルさんを独り占めしやがって!」
「独り占めした覚えはないんだが……。まさかあばれるちゃんが、地下アイドルまでやってたとはな」
「俺たちの天使、アバレルさんを気安く呼ぶんじゃねぇっ! もう許さねぇぞっ!」
……ざざっ! と取り囲んでくるワークマンたち。
俺はやれやれと、ファイティングポーズをとる。
足元ではリコリヌが、ひと足はやくウーウーと唸っていた。
「よぉし、野郎どもっ! この落ちこぼれのクセしてイキがってる、無宿生のクソチビをブッ殺して……!! ここに埋めてやれぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!!!!」
「……やれぇぇぇぇーーーーっ!!」
「…………やれぇぇーーーー!」
「………………やれぇ……」
山びこのようなこだまが、洞内に共鳴する。
その開戦の合図に真っ先に呼応したのは、俺でも、リコリヌでも……ましてやワークマンどもでもなかった。
「………………ちょぉ……」
「…………ちょぉぉぉーーー!」
「……ちょぉぉぉぉぉーーーっ!!」
超音波のようなキンキンとした音が、通路の向こうから響いてくる。
その残響を追いかけるように、ドップラー効果と土煙を起こしながら、ドドドドと部屋に向かってきていたのは……。
“ 暴 風 小 龍 ” っ …… !?!?
「あちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
怪鳥の雛鳥のような羽ばたきと奇声。
いちばん最後に現れ、誰よりも早くファーストアタックをカマしたのは……。
二つ名にふさわしい暴風っぷりで現れた、カンフー少女であった。
彼女は当事者ではないどころか、この場に居もしなかったはずなのに、誰よりも血気盛ん。
まるでブレーキの壊れたカブのような跳び蹴りで、自分の倍くらいある大男を次々とブッ飛ばしていった。
「あ……アバレルさんっ!? はぐうっ!?」
「ど……どうしてここにっ!? うげえっ!?」
「な……なんで俺たちをっ!? ぎゃあっ!?」
推しメンだったアイドルから、問答無用の強制キック会。
胃液や奥歯が口から飛び出すほどの塩対応を受け、地に伏すワークマンたち。
心なしか、俺にやられるよりも幸せそうに見えなくもない。
ノビている彼らを見下ろしながら、鬼のような表情で、ぜーはーぜーはーと肩で息をするあばれるちゃん。
その『天』とか出ていそうな背中に、俺は声をかける。
「よう、どうしたおてんば娘? いつになくお盛んだな」
するとなぜか、幽霊でも見たかのようにギョッとされた。
「せ、セージ、どうしてここにっ!?」
「どうしてって、穴があったら入りたい気分だったんだよ。それにしても、今日の手の早さは異次元レベルだな。朝メシ食い忘れたのか?」
すると彼女は、もどかしそうに歯噛みをしながら、なにか言いたそうにモニョモニョしたあと、
「もういいっ! バカセージっ!!」
ドスン! と駄々っ子のように片足を叩きつけて、プイと背中を向けてしまった。
そして気がつくと彼女の横には、モフモーフとりんごが佇んでいた。
あばれるちゃんの派手な登場とは真逆に、音もなく現れたので、俺は幽霊でも見たかのようにギョッとしてしまう。
「なんだ、珍しいコンビだな」
むくれているあばれるちゃんにかわって、モフモーフが淡々と教えてくれたのだが、学園の授業で『2人パーティで鉱石の獲得』という課題を与えられたそうだ。
パーティは自由に組んだものではなく、くじ引きでランダムに選ばれた相手。
かくして真逆のデコボココンビが誕生し、課題をこなしていた最中だったそうだ。
ふたりで地下を探索し、お目当ての鉱石が出るという場所で採掘。
目的も達成したので、せっかくだからもっと深く潜ってみようということになったらしい。
そして探索を続けていると、あばれるちゃんが邪神に呼ばれたかのように突如として走り出した。
モフモーフがやっとのことで追いついたら、俺がいて……まわりは死屍累々になっていた、というワケだそうだ。
「ふーん、よくわからんが、まあいいか。俺も、もうちょっと深く潜ろうと思ってたところなんだ。帰りに昇降機を使って帰りたいから、一緒に行ってもいいか?」
すると、そっぽを向いていたあばれるちゃんが急に振り向いて、
「だっ、誰がセージなんかとっ! ノコノコ一緒に……!」
赤みがおさまりかけていた顔を、カッと再燃させていた。
どうやらこの娘さん、今日はなにやらご機嫌ナナメらしい。
「そうか、嫌ならいいんだ。じゃあ、またな」
俺は軽く手を挙げて別れようとしたが、肩をガッと掴まれた。
「いっ、嫌だなんて……ズケズケ言ってないだろうっ! ほっ、ホントは、ゲロゲロに嫌だけど……! い、嫌だなんて……ひとことも言ってないっ!」




