12 トンカツパーティ
……さくっ……。
モフモーフは、ひと足遅くクリスピー音を響かせていた。
直後、俺とキスした時のように、寝ぼけ眼をパッチリさせる。
そして、リクライニングでも倒しているかのように、ゆっくりと後ろに沈んでいき……。
……こてん……。
と椅子から転がり落ちていた。
そのまま後ろでんぐりかえしで遊ぶ、小さな子供のようにコロリンコロリンと家の外まで転がってくと、
……ぱったり……。
と力なく四肢を大地に投げ出した。
「はふぅ……」と満足そうな溜息をひとつついたあと、おもむろに起き上がり……。
……ぱたぱた……。
と戻ってきて、再び着席。
サナトリウムに入院中の子供が、久しく食欲を取り戻したかのように、ぱくぱくむしゃむしゃと食べ進めはじめた。
……先達に比べてリアクションが薄い気がするが、気に入ってくれたようだ。
しかし、椅子から落ちて外に転がる一連の動作は、やらなきゃいけない決まりでもあるのか。
「うまいか? なら自分ばっかり食べてないで、りんごのお預けも解いてやれよ」
俺に突っ込まれて「はっ」となるモフモーフ。
取り乱していた自分をごまかすように、咳払いをひとつすると。
「よし……」
と足元に向かって声をかける。
りんごはヨダレで床を水たまりみたいにべしょべしょにしていたが、お許しが出た嬉しさのあまり、その場で垂直ジャンプ。
雪中の獲物に襲いかかるキツネのように、豚肉の入った皿に飛びついていた。
オオカミらしいガツガツとした犬食いなのに、猫みたいに「うみゃうみゃ」鳴いているのが、なんともおかしい。
フードファイトのようにトンカツ定食を食らい尽くす客たち。
給仕のメイは大忙しだ。
さて……それじゃあ俺も、そろそろ頂くとするか。
まずはナイフとフォークを使って、カツをひと口サイズに切り分ける。
……サク、サク、サク……。
なんとも小気味良い音が、手元からおこる。
端っこは脂身が多いから、最初はやっぱり真ん中からだよな。
真正面にあるカツをつまんで、小皿のソースにチョイと浸ける。
最初は半がけのカレーのように、ソースの付いている衣と、付いてない衣を半々にする。
そして肉の端っこへと食べ進めるほどに、ソースの割合を増やしていくのが俺の食べ方だ。
では、いただきます……!
心の中で唱和してから、分厚い衣に歯を立てると、
……サクッ……!
そして、
……フワッ……!
外側のサクサクの香ばしさと、内側のフワフワの柔らかさが出迎えてくれる。
これだけでもじゅうぶんに旨いが、まだ衣だ。
さらに噛みしめると、
……ジュワッ……!
と肉汁がしみ出す。
ソースの酸味と、塩胡椒の辛さ、そして豚肉特有の、ほんのりした甘み……。
それらの味と、肉肉しい食感を楽しんだあと、それらがまだ口に残っているうちに、飯を食らい……。
味噌汁で、一気に流し込む……!
……ゴックン……!
「……ぷはぁ~! うまいっ!」
思わずヒザを打ってしまうほどの出来映えだった。
ちなみに後追いの飯は、付け合わせのキャベツに変えると、また違った味わいになる。
そう思いながらサラダに箸を伸ばして、はたと気付く。
……そういえばコレ、キャベツじゃなくて水菜なんだよな……。
ステーキの時もそうだったんだが、その時はぜんぜん気にならなかった。
でもトンカツとなると、やっぱりキャベツじゃないとな……。
実をいうと今回の『トンカツ』は俺的にはカンペキではなく、いくつかの不満がある。
まず、米はシトロンベルに口利きしてもらって、調理場からもらってきたものだ。
この米は毒抜きが下手なのか、正直パサパサしてておいしくない。
トンカツという強力なバックアップと、味噌汁という水分がないと厳しいくらいだ。
それに味噌汁も、ダシがなくて自作の味噌を入れただけなんだよな。
具も、山で採れたネギだけ……。
本来ならばちゃんとダシを取って、それに具は豚汁とまではいかないまでも、豆腐と油揚げくらいは欲しいところだ。
あとは、これは俺にとっては決定的なことなんだが……。
カラシとすりごまが、ないっ……!
俺は、かけそばには必ず七味が、ピザにはタバスコが、牛丼には紅ショウガが……。
そしてトンカツにはカラシがないと、我慢できないんだ……!
ちなみにウナギには山椒だが、それはあってもなくても別にいい。
なんにしても、俺はトンカツを食べ進めるごとに、ソースとカラシをべっとり付けたいんだ……!
そしてその上から、新しい衣を作るかのように、すりごまをまぶして……!
カラシの刺激とすりごまの香ばしさを感じながら……さらにお新香を……!
あっ……!?
そういえば、お新香もなかった……!
くっ……!
今日はシトロンベルが、成績1位を取ったお祝いをしたかったから、急ごしらえで作ったけど、次こそは……!
招かれた客たちはようやく人間性を取り戻し、幸せそうにトンカツ定食に舌鼓を打っていたが……。
俺だけはひとり、決意を新たにしていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日。
俺はふかふかのベッドでグッスリ寝ていたのだが、メイの冷たい手で頬を撫でられ飛び起きた。
メイは学校に行かなくて良いのかと心配して、俺を起こしてくれたようだ。
だが今日はこれといって興味のある授業はないし、仲間たちも迎えに来てないようなので、このまま二度寝してもよかったんだが……。
まあせっかく目が醒めたんだし、起きるとするか。
ベットから這いだして居間に行く。
昨日はトンカツパーティを終え、後片付けをしないまま寝たのだが、食い散らかした跡はすべてキレイになっていた。
それどころか、ズングリムックが破壊した扉まで元通りになっている。
精霊たちがやってくれたのかな。
そしてメイが、食卓になにかを用意していた。
それは、いつものハーブティーと……皿に入った、奇妙な物体だった。
ハーブティーはともかく、この茶色いのはなんだ……?
と思ってよく見てみたら、油で揚げた木の実と、果物のようだった。
どうやら、俺が教えた『料理』というものが楽しかったらしく、自分なりにやってみたらしい。
俺は朝飯は食べないタイプだし、それに朝から揚げ物は……と思ったんだが……。
メイは初めて作った料理を親に食べてもらう子供みたいに、そわそわしていたので断れなかった。
しょうがないので頂くことにする。
揚げた木の実なんて食べたことなかったが、案外イケる。
塩を振ったらおつまみに良さそうだ。ビールが欲しくなるな。
そして揚げたリンゴなども、思ったよりは悪くなかった。というか旨かった。
俺のやり方を見ていたのか、ちゃんと衣も二度浸け、二度揚げしてある。
火の通ったリンゴはトロトロで、しかも甘さが増している。
バニラアイスを添えて、メープルシロップとかかけてみたら、新しいデザートとして売り出せそうだな。
「うん、うまいな。客に出せるレベルだから、今度シトロンベルたちが来たら振る舞ってやるといい。きっと喜んでもらえるぞ」
褒めてやると、メイは両手でほっぺたを押さえて、照れながら微笑んでいた。




