06 活き剥ぎ
しばらくして、俺とズングリムックの元に戻ってきたクリスチャン。
だいぶ落ち着いていて、腕のケガがすっかり治っていた。
どうやら『赤瓶』を使ったらしい。
『赤瓶』というのは魔法の薬瓶のことで、患部に塗れば怪我が治り、飲めば体力も回復する。
ちなみに『青瓶』というのもあり、こちらは精神力を回復させる効果がある。
どちらも大中小の3サイズがあり、所属する階級に応じて、それぞれ1日1本貰えるらしい。
クリスチャンは従者候補生だから、たぶん『赤中瓶』を使ったのだろう。
もしかしたら精神安定のために、『青中瓶』も飲んだのかもしれないな。
「……なにかの、見間違いだ……」
クリスチャンは目も合わせずに、赤く染まった耳だけ俺に向け、蚊の鳴くような声で言った。
そのムダ毛ひとつない腕には、見間違えというか亡霊のように、
セ
|
ジ
様
命
の文字をこすって消したような跡が残っている。
なんだか、よくわからんが……。
深く追求する気にもなれなかったので、そういうことにしておいた。
そんなことよりも剥ぎ取りだ。
今回の戦闘において、俺は何もしていなかったので、ズングリムックとクリスチャンにいいところを譲る。
ふたりが剥いだあとに、余ったところをもらった。
ブルー・ブルから各部位の肉を少々、そして牛乳袋。
チキチキンから肉を少々と、羽根と卵。
卵を壊さないようにと、そっとコートのポケットに忍ばせていると……ズングリムックが意外そうな声をあげた。
「卵は高名な賢者様でも、毒抜きが難しい食材でごわす。だから納品してもたいしたポイントにはならないでごわす。割れやすくて運ぶのも手間でごわすから、嫌がらせに投げて遊ぶものでごわす」
「勿体ないことするんだなぁ、でも俺は持って帰るよ。エッグ・ローリングで遊ぶんだ」
これで牛と鶏が手に入った。
あとは豚があれば、カンペキだな。
……なんて思っていたら、いた。
7階もあと少しで踏破という所で、豚がいっぱい浮いている部屋を見つけたんだ。
風船みたいなモンスターで、『バルーン・ピッグ』というらしい。
俺はさっそく豚肉ゲットにかかろうとしたが、仲間から止められた。
この『バルーン・ピッグ』は、身体の中に詰まった気体で浮いているらしい。
普段はぷかぷか浮いているだけの大人しい存在だが、強い刺激を与えると爆発する。
そうなるともちろん、剥ぎ取りはできない。
近くに仲間がいれば連鎖で爆発がおこり、大変なことになるそうだ。
だから、豚肉が欲しい場合はどうするのかというと、『活き剥ぎ』をする必要がある。
『活き剥ぎ』というのは、モンスターを殺さずに素材だけを剥ぎ取るという高等テクニック。
これにはふたつの用法があって、
強くて殺せないモンスターから、素材だけ剥ぎ取って逃げる、というやり方。
殺してしまうと素材が剥ぎ取れないモンスターに対し、生かしたまま剥ぎ取る、というやり方。
バルーン・ピッグの場合は、後者というわけだな。
ちなみにではあるが、バルーン・ピッグが浮いている原理はとある賢者によって究明され、この世界の交通手段のひとつである『飛行船』に応用されている。
……と、クリスチャンが赤みの残る顔で教えてくれた。
「バルーン・ピッグの活き剥ぎは、ひとつ間違うだけで大爆発に巻き込まれる。豚肉は納品すれば高ポイントが得られるが、リスクが大きいんだ。それにこれだけの数が連鎖爆発を起こしたら、ただではすまないだろう。やめておいたほうがいい、セージ」
さらにクリスチャンから諭されて、俺は理解する。
この部屋はバルーン・ピッグだらけで、入れ食い状態だというのに、誰も近づこうとしない理由を。
まるでシーズンオフの海にいるクラゲみたいに、大量に浮いているから、手が出せないんだな。
でも俺は制止をふりきって、部屋の中に入った。
「な……なにを考えてるんだ! 死ぬぞっ!」
「まあまあ、クリスチャン。セージのやりたいように、やらせるでごわす」
「でも、少しでも失敗したら……! それにクリスチャンって呼ぶな!」
「まあまあ、クリスチャン。セージにはなにか、考えがあるようでごわす。それに失敗したとしても、手持ちの『赤瓶』をありったけぶっかけてやるでごわす。そうすれば、命だけは助かるはずでごわす」
「そんな、無責任な……!」
鷹揚な父親と、心配性の母親みたいなコンビに見送られ、俺は部屋の奥へと進む。
ちょうどその時、部屋の前を別のパーティたちが通りがかり、なんだなんだと覗き込んできた。
「あっ!? アイツ、無宿生のセージじゃねぇか!」
「バルーン・ピッグがこんなに大量発生している部屋で、何をやろうとしてるんだ?」
「まさか……『活き剥ぎ』!?」
「無茶だ! ちょっとでも失敗したらドカンだぞ!?」
「何考えてんだ、アイツ……!? 死ぬつもりか!?」
「ゲコココココ……! あのチビ、とうとうおかしくなったゲコ! 無謀なことをやっていれば、みんなが注目してくれると思ってるゲコ!」
などという、下馬評を耳にしながら……。
俺は、手近に浮いていたベージュの豚に手をかける。
ソイツは夢見るような顔で浮いていて、触っても嫌がらなかった。
触り心地は、ぐにぐにしてて本当にゴム風船みたいだ。
問題なのは、どこを触っても同じ感触だということ。
この似たような触りごこちを頼りに、どこを切るかを判断しないといけない。
肉や内臓がある所を切ればセーフとなる。
しかし、ガスの入ったところを少しでも切ってしまうと大爆発。
しかも、その部位は個体によって違うらしい。
それにセーフの箇所だったとしても、切り方が悪いと怒って大爆発。
簡単に言うなら、黒ひげ自身の機嫌によっても飛び出すことがある、危機一髪ゲームをやってるようなもんだな。
俺は、着用しているグローブから、仕込みナイフを飛び出させる。
このグローブは、手のひら側の手首からは糸が出るようになっているが、手の甲側からはナイフが出るようになっているんだ。
鉱石で強化してあるから、そのへんのナイフなんかよりはずっとよく切れる。
刺しどころが悪くなければ、スパッといけるはず。
俺はゴクリと喉を鳴らすと、バルーン・ピッグの身体のなかで、触り心地がほんの少しだけ違う箇所をめがけて……。
ナイフを、突きたてたっ……!
瞬間、部屋の入り口から「わっ!?」と驚愕が飛び込んでくる。
刺しても刺されてもいないのに、外にいるヤツらがいちばんビックリしていた。
「や……やりやがった!?」
「よくあんなに、躊躇なくいけるもんだなぁ!」
「でも、見るゲコっ! バルーン・ピッグの顔っ!」
一刀目を受けた風船豚は、逆鱗に触れられたかのように、顔を歪めていた。
先程までの幸せそうだった顔が、おかめだとしたら……今は、般若のよう……!
身体は急激に膨張し、肌も破裂寸前のように赤熱し……!
こりゃ、当たり……!? いや、ハズレかっ……!!
と思った瞬間、
……カッ!!
とストロボのようにまばゆい光が、ヤツの身体の中心から熾る。
「せ、セージ!」「逃げるでごわすっ!」「ゲココココココ!」
入り口からは悲鳴混じりの声がひっきりなしに飛び込んできていたが、俺はあるがままを受け入れていた。
そして、ついに……!
「……ドッ……! ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」
と俺が叫び返してやると、入り口にいたヤツらは一斉にひっくり返る。
肝心の、バルーン・ピッグはというと……。
……ぷしゅぅぅぅ……。
気の抜けるような音とともにしぼんでいき、そのままゆっくりと地面に落ちていった。




