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賢者の胆石  作者: 佐藤謙羊
第2章
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02 新しい家

「え? 俺?」



 俺は我ながら間抜けな声をあげ、俺自身を指さす。

 する青白肌のメイドさんと、その肩のあたりに浮いていた幼女妖精は、そろってコックリと頷いた。


 授業で習ったんだが、精霊ってのは上位のランクにならないと、人間の言葉を喋れないらしい。

 しかし下位の精霊であっても、人間の言っていることは理解できるそうだ。


 俺が尋ねると、少女たちは身振り手振りで答えてくれた。


 ……どうやらここは、家なき子となった俺のために、精霊たちが作ってくれた新しい家らしい。


 なんでそんなことを……と思ったら、「それに相応しい精霊力になったから」だそうだ。


 俺はミルキーウェイから貰った『賢者の石ハンドブック』をコートのポケットから取り出し、調べてみる。


 どうやら俺の体内にある『賢者の石』がレベルアップしたらしい。

 石はレベルアップすると、持ち主にさらなる精霊力を与えてくれるそうだ。


 ちなみにレベルアップのコツは、『いろんな経験をすること』。

 持ち主が体験したことを通して、石も成長していく。


 俺が『発火(ファイヤリング)』や『死の魔法(デス・スペル)』だけに頼らず、『落花流水剣』や『風神流武闘術』、そして『相撲(そうぼく)』などのいろんな技で戦ってきたのが、偶然にも成長を促したようだ。



「精霊からこんないい家を作ってもらえるなんて、俺はいまどのくらいの精霊力なんだ?」



 と尋ねてみたら、幼女精霊が女王様みたいなコスプレをして、メイドの肩に座ってエッヘンとふんぞり返っていた。

 どうやら、『精霊王』クラスらしい。


 俺が今朝起きた時点でレベルアップして、昇格が確定したそうだ。

 メイドがぱちぱちと手を叩いて、改めて祝福してくれた。


 精霊王か……。

 精霊界においてかなりの上位、ほぼトップに近い座じゃないか。


 ちなみにメイド曰く、今の俺は『無冠の帝王』……。

 精霊力は絶大だが、知名度はまだまだ全然らしい。


 彼女たちも、ログハウスの火事の時に出現した、炎の精霊たちから話を聞くまで俺のことを知らなかったそうだ。


 これから彼女たちが噂を広めるので、そしたら、もっと精霊たちが力を貸してくれる……。

 そうなれば、もっと大きな住居が作れるようになるそうだ。


 しかし俺は、丁寧にお断りした。



「いや、それはやめてくれ。俺の評判なんて、この森の中だけでじゅうぶんだから、ヨソには広めないでくれるか? それに……せっかく家まで作ってもらってアレだが、ここに住むわけにはいかないんだ」



 すると、ふたりの少女は今にも死んでしまいそうなほどショックを受けていた。

 メイドは立ちくらみを起こしたように膝をつき、幼女妖精に至っては殺虫剤をかけられたハエのように墜落する。



「俺の家が火事になったことを知ってるなら、なおさらだ。これから賢者(フィロソファー)候補生とさらにモメることになるだろうから、また火を付けられかねん。せっかく平和に暮らしてるお前たちを、巻き込みたくないんだ」



 すると、ふたりの少女は感涙の表情を浮かべた。

 メイドは跪いたまま、神に祈るように、幼女妖精に至ってはハエが天国に逝くように、ふわふわと浮き上がってくる。


 それからよくよく聞いてみたのだが、どうやらこの家は燃えないようにできているらしい。

 草や木ばっかりで、景気よく燃えそうなものばかりなんだが……。


 半信半疑の俺は、発火(ファイヤリング)の魔法で灯した火をテーブルに置いてみた。

 すると燃え広がらず、焦げ付きもしない。


 それどころか、テーブルの隅にいた仔リスたちが集まってきて、ヌクヌクと暖を取り始める始末。


 しばらくすると、炎は何者も傷付けることなく……。

 俺に一礼するように頭を垂れ、フッと消えた。


 メイドのジェスチャーによる説明によると、この草原は四霊が仲良く暮らす空間で、少々の災害が起こっても、その属性に対応した精霊が交渉にあたり、お引き取り願うことができるそうだ。


 うーん、なんだかよくわからんが……。

 でも、まーいっか。


 そこまで考えられているのであれば、これ以上断る理由もないだろう。



「わかった。それじゃ、お前たちが作ってくれた、この『木のお家』……。有り難く住まわせてもらうことにするよ」



 すると、声はなかったが、この家じゅう……。

 いや、この草原じゅうにいた精霊たちが、ワッと歓声をあげたように感じた。


 そしていきなり新居を手に入れた俺が、まずしたのは……。

 同居人の名付けだ。


 精霊は、かなり上位にならないと固有名が与えられないらしい。

 しかし名前がないと呼びにくいので、俺が付けてやることにした。


 とりあえず、これからも俺の側にいて世話をしてくれるらしい、水の精霊のメイドを『メイ』。

 俺をここまで案内してくれた、風の幼女妖精を『リズ』とした。


 単純だけど、呼びやすくていいよな。

 名前を付けてもらったのがそんなに嬉しいのか、メイもリズも大はしゃぎ。


 大人しいメイは最初落ち着いていたが、リズに巻き込まれるようにして、ふたりで手を繋いでクルクル回っている。


 まぁなんにしても、俺も助かった。

 このままじゃ今日も野宿か、シトロンベルたちに追い回されていただろうからな。



「……あっ、セージちゃん!?」



 とその時、聞き覚えのある声が、窓からする。

 視線をやると、家の中を覗き込んでいるシトロンベルと、あばれるちゃんと目が合った。



「さっそく最初のお客さんか。まぁあがれよ」



 家の中に招き入れてやると、ふたりは興奮気味だった。



「ど、どうしたの、このお家!?」



「それになんだよ、この草原っ!? こんなビカビカに綺麗なところ、この森にあるだなんて知らなかった!」



「いや、ちょうどいい物件を見つけたから、借りることにしたんだ。庭付きメイド付きでな」



 それで俺は「あっ」となった。


 よく考えたら、メイは精霊じゃないか。

 それにこの家には、リズをはじめとしてたくさんの妖精がいる……。


 もしバレたら、バーゲン会場みたいになるぞ……!?


 と不安に思ったのだが、どうやら妖精の姿はふたりには見えていないようだった。

 リズが顔のまわりを飛蚊のように飛び回っても、まるで気付いていない。


 メイのほうは視認していたが、メイドだと思い込んでくれたようだ。



「き、綺麗なメイドさん……!? は、はじめまして、 “聖鈴の”シトロンベル・イーンシーニアスです! せ、セージちゃんが、お世話になります!」



「ぼ……”暴風小龍”アバレル・チャンだよ! ドッカリお願いします! バカセージにはもったいないくらいだよ!」



 ふたりはメイの神秘的な美しさに、珍しく気後れしているようだった。

 しかし俺はそんなことよりも、気になっていることを彼女たちに尋ねる。



「お前らどうやってこの家にたどり着いたんだ?」



 ヒマな時にこの森を探索した俺でも、こんな場所があるとは知らなかった。

 もしかしたら突然できた場所なのかもしれないが、それにしては見つけるのが早すぎる。



「セージちゃんが寝てる木のところに行ったら、下に花がたくさん咲いてたの」



「それが道しるべみたいにズリズリと続いてたんだよ。それを辿ったら、ここに着いたんだ」



「花……?」



 俺は眉をひそめ、家の外に出てみる。

 すると、この家の入り口から、まるで曳航のように、一本筋の通った花が咲き乱れていた。


 花々は種類豊富で色とりどり。

 虹の橋が架かっているかのように美しい。


 たしかにこんなのが続いていたら、跡をたどってみたくもなるってもんだ。



「でも、俺が来た時にはこんなのなかったぞ……?」



 観察しながら草原を歩いていると、俺の背後から「「ええっ!?」」と肝を潰したような声が。

 何事かと思って、振り向いてみると、そこには……。


 俺が歩いた跡を追いかけるように、新たなる花々がポンポンと芽吹き、開花し……。

 文字通り花道を作っていた俺を、唖然として表情で見つめる、ふたりの少女がいた。

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