01 招かれる客
『スレイヴマッチ』から一夜明けた次の日の朝。
俺はこの学園に入った当初に野宿に使っていた木の上で目覚めた。
昨晩はシトロンベルとあばれるちゃんとミルキーウェイが三位一体となって大変だったんだ。
ログハウスが燃えて、ミルキーウェイは自分の部屋に泊まらせようと……。
そしてシトロンベルとあばれるちゃんも一緒に泊まろうと、俺を追い回した。
露天風呂の中だったので、まさか全裸のまま逃げ出すわけにもいかず……。
というか、すでにサバ折りの名を借りた、三人の少女による肉の檻に閉じ込められていた。
その状態のまま風呂からあがり、よってたかって身体を拭かれ、人形のように服を着せられ……。
とっ捕まった宇宙人みたいに両手を繋がれ、賢者候補生の寮に連行された。
俺は『スレイヴマッチ』において、ドルスコイの300kgの巨体を投げ飛ばしたものの……。
アレは無詠唱魔法を使って吹き飛ばしただけなので、俺自身はいまだ6歳の子供と同じ身体能力しかない。
だから正直なところ、三人の中でもいちばん非力そうなミルキーウェイひとりすら振りほどくことができない。
でもその女神サマは誰よりも天然だったので、それをうまいこと突いて、スキを作り出してなんとか逃げだした。
そして、現在に至る。
伸びをして起き上がると、なぜか俺の胸の上に妖精が寝ていて、ハムスターのようにコロリンと転がった。
どうやら人の身体をベッドにしていたようで、地震にあったみたいに慌てて飛び起きていた。
それは、塔の7階で見かけた妖精より、小さくて幼い……。
少女というよりは幼女のような存在であった。
うっすらと身体が透けて見える、薄手で緑色のミニスカワンピ。
まとめあげた金色の髪に、背中にはカゲロウのような羽根……。
どっからどう見ても妖精だな。
彼女は逃げることもせず、寝そべったままの俺の腹の上で居住まいを正す。
まるで誰かに教えられたように、ちょこんと正座をすると、深々と頭を下げた。
なんだコイツ……と思っていると、ふわりと飛び上がり、俺を手招きした。
俺はまだ起き抜けでボンヤリしていたので、黙って見つめていると……。
鱗粉のようなキラキラした粉を飛ばしながら戻ってきて、俺の一張羅であるコートの襟を引っ張ってきた。
「付いてこいってのか? なんだよ、朝っぱらから……」
やれやれと起きだし、木の上から飛び降りる。
するとヤツは光の軌跡を残しながら、森の奥に向かって飛んでいった。
少し先でクルリと振り向いて、こいこいと手招き。
アクビをしながらついていくと、さらに奥へ奥へと進んでいく。
そんなことを、しばらく繰り返していると……。
急に、開けた場所に出た。
蛍のような光の粒子と、蝶たちがふわふわと浮いていて……。
その合間をウサギや鹿、リスや小鳥などの動物が、じゃれあうように走り回り、飛び回る……。
まるでおとぎ話の中に迷い込んだような、一面の草原。
ツヤツヤの葉緑と、色とりどりの花々が、絶え間なく吹き抜ける爽風に揺れている。
少し先には、高さはそれほどではないが、横に大きく広がっている大木が鎮座していた。
空を覆うように伸びた立派な枝葉が、いかにも心地よさそうな木陰を作り出している。
俺は起きたばかりだというのに、こんな所で昼寝したら気持ちいいだろうなぁ、なんて思ってしまった。
先客を脅かさないようにしながら、この森のヌシのような大木に近づいてみる。
すると飛び出した一本の枝に、手作りのブランコがかかっているのを見つけた。
急に人工的なものが出てきたので、さらによく見てみると……。
大木には玄関扉や窓のようなものがあって、まるで家のような外観をしていた。
……二足歩行する、ウサギの一家でも住んでるのか?
俺はなんとなく興味をそそられたので、両開きの玄関扉にあるノッカーを動かしてみる。
ちなみにノッカーは高い所と低い所の2箇所にあって、子供の俺でも背伸びせずにノックできた。
ほとんど間を置かず、
……カチャリ。
と静かに扉が開く。
そこに立っていたのは……メイド服の少女だった。
いや、人間であるかどうかも疑わしい。
背の高さはシトロンベルより少し高いくらいで、顔立ちはお姉さん。
かなりの美貌であるが、肌は青白くぼうっと光っている。
顔は人間そのものだが、目には瞳がなくて、昆虫みたいにツルンとしていた。
ようは……人間サイズにまで大きくなった、羽根のない巨大な妖精みたいだったんだ。
コイツはもしかして……妖精より上位の精霊か?
彼女はにっこり微笑むと、本物のメイドみたいにうやうやしく頭を下げた。
そして俺を家の中へと招き入れようとする。
家の中には、ここまで俺を案内してきた幼女妖精がいて、またしてもいたずらっぽく手招きしていた。
もしかして俺は、この家に招待されていたってわけか?
まぁ少なくとも、招かれざる客が突然押しかけたような対応ではないし……入ってみるか。
呼ばれるがままに、大樹の腹の中に足を踏み入れると……。
中は俺が以前住んでいたログハウスを、数倍広くしたような空間が迎えてくれた。
大家族が住めそうな居間には、立派な木のテーブル。
といっても人工的な調度品ではなくて、巨大な丸太から切り出したような、つなぎ目のない贅沢な逸品。
それどころか、椅子や棚などの家具もすべてオール木製の削り出しで、金属が一切使われていない。
丸みのある、かわいらしいデザインで統一されていて、なんともいえない温かみがある。
俺は初めて来た家だというに、まるで我が家に帰ってきたような落ち着きを感じた。
天井は吹き抜けになっていて、各階から見下ろせる造りになっている。
ところどころ渡された梁には、妖精と小鳥が仲良く羽根を休めていた。
『天地の塔』だと妖精は滅多に出ないレアキャラらしいが、この家にはウジャウジャいるな。
もしシトロンベルがここに来たら、ケーキバイキングに来たみたいになるだろうな……。
なんてことを考えながら、メイドに促されるままテーブルに座る。
するとすかさずハーブティーと、木の実のお茶請けが出てきた。
ひと口飲んでみると、すーっと鼻に抜けるような爽快感が広がる。
これは、俺がいつも咥えているパイプに入っているのと同じ、スペアミントだな。
偶然にも、俺の好みにピッタリのお茶だった。
気付くと、木の実が入っている皿のそばには、なんだかヤンチャそうな仔リスがいて、皿から取ったクルミを俺に向けていた。
「食べてもいい?」と尋ねているようだったので頷くと、ピャッとテーブルの隅に走っていく。
そこには同じような仔リスがたくさんいて、なにやら勇気を讃え合っているようだった。
俺は木の実が欲しいんだろうと思い、リスたちのそばに皿を置いてやる。
するとワッと皿に群がって、あっという間にカラッポにした。
もっちりと膨らませた頬と、つぶらな瞳で、揃って俺を見上げ……「ありがとう」とお礼を言っているように見えなくもない。
……ってそんな事よりも、客が来たってのに家人が出てくる様子がないな。
「なぁ、この家の主人はどこにいるんだ?」
俺は言葉が通じるかわからなかったが、妖精メイドに尋ねてみる。
すると、思いも寄らぬ返答が……というか、リアクションが返ってきた。
彼女は黙って、白魚のようなほっそりとした手で……。
まさにメイドが案内するような丁寧な手つきで、俺を示していたんだ。
ここがセージの、新しい家…!?




