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賢者の胆石  作者: 佐藤謙羊
第1章
55/119

55 相撲の神奥義

 天狗の鼻を、二度と生えてこないほどにへし折ってやって……。

 二度と逆らう気も起きないようにするためには、どうしたらいいと思う?


 それは……ソイツにとって、いちばんだと思っている分野で、叩きのめすこと。

 それも……圧倒的かつ、徹底的、そして絶対的な……。



 完・全・勝・利(パーフェクト・ゲーム)……っ!



 仮に、ボクシングの世界チャンピオンと戦って、こっちは拳銃を使ったとしよう。

 もちろん相手は、法律上は凶器とされるプロの拳を用いたとして……。


 それで勝ったところで、相手は『負けた』と思うだろうか?


 むしろ、『コイツには負けていない』と強く思うようになり、より反発するだろう。

 場合によっては、復讐されるかもしれない。


 しかし、同じ拳で……。

 しかもボクシングでノックアウトしてやったらどうだろうか?


 ボクシングというルール内においては、世界でいちばん強いのは自分だと思っていた自信が、もろくも崩れ去る。


 しかもそれがワンパンだったりしたら、『自分はこの人に完全に負けた』と思うことだろう。

 自分が一生をかけて努力してきた分野で負けた屈辱は計り知れず、もう歯向かう気にもならないだろう。


 だからこそ俺は、『飛び道具』を持っていたとしても、相手の土俵で戦うようにしてるんだ。


 今回の『スレイヴマッチ』を制するのは、俺にとってはそれほど難しいことじゃない。

 開幕と同時に、『死の魔法(デス・スペル)』を対戦相手に放ってやれば、それでいいんだからな。


 しかしその手段で勝ったところで、相撲部(そうぼくぶ)の横暴は止められない。

 ログハウスの放火はドルスコイの指図かどうかはわからないが、俺の学園生活はさらに困窮をきわめることになろうだろう。


 だからこそ俺は、相撲部(そうぼくぶ)の大ボスであるドルスコイを……。

 俺の哲学に則って、ヤッてやることにしたんだ……!


 ヤツが得意とする、相撲(そうぼく)の秘奥義で……!


 俺はボディスラムの要領で、ヤツの超巨体を持ち上げていた。

 そして、



 ……すぽぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーんっ!!



 岩のような脂肪の塊のような身体を、ゴムボールのように軽々と空に放り投げていた。



『えっ……う、うそ……?』



 これにはさすがの実況も呆気に取られすぎて、バカ笑いできなかったようだ。

 直後、



「えっ……ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?



 天地がひっくりかえるような大絶叫が、観客席から噴出する。

 実況はその声で我に返ると、バルーンのように飛んでいくドルスコイを指さし叫ぶ。



『あっ……あああああっ!? 持ち上げた相手を高く放り投げるという、あの技はっ!? ドルスコイ君の得意技……相撲(そうぼく)秘奥義、「(こけら)落とし」っ!?!? 投げられた相手は、天井にぶつかって、そのまま落下して大怪我、打ち所が悪いと死んでしまうという、怖ろしい技ですっ……! でもでも、でもでもでもぉっ!? それをなんで、あんなちっちゃいセージ君がっ!?!?』



「グォワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」



 両手をバタつかせて、いがらっぽい悲鳴をあげるドルスコイ。

 花火のように打ち上がったヤツは、



 ……すどばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!



 ドーム球場のような円形の天井に、人型の大穴を空けていた。

 しばらくして、



「グォワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」



 もう、なにがなんだかわからない、困惑しきった悲鳴とともに、闘技場に戻ってくる。

 落下点を指さし、観客たちが悲鳴をあげた。



「おっ、おい、見ろよっ! 下にセージがいるぞっ!」



「あのままじゃ、潰されちまう!」



「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 逃げてっ!! 逃げて逃げて逃げてっ!! 逃げてっ、セージちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」



「ああっ、ダメダメダメぇ!? そのままじゃ、いくらセージさんでもペッチャリぺちゃんこになってしまうわ!?」



 VIPルームから落ちんばかりに乗り出すシトロンベルと、その後ろで青ざめた顔を両手で押さえて、イヤイヤをするミルキーウェイ。


 熱いバトルを繰り広げていたチャン兄妹とズングリムックは疲労困憊のようだったが、息を荒げながらも叫ぶ。



「な……なにやってるんだっ、セージっ!? 逃げないと、潰されるぞぉぉぉぉーーーーーっ!?!?」



「せ、セージっ!! ウエウエ、上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」



「ま……まさかっ!? セージは、ドルスコイ様と心中するつもりでごわすかっ!?!?」



 いやいやいや。

 そんなバカなこと、してたまるか。


 だいいちこんな激クサデブゴンと一緒に死ぬだなんて、どんな因果だよ。

 そんな人生の幕引きだなんて、1周目より……。


 いや、それでも1周目よりはマシかもしれないな。


 なんてどうでもいいことを考えているうちに、巨大スライムのような物体が降ってきたので、俺は腰を低く落として片足を高く上げた。



「あ……あれはっ……!?」



「し……四股っ……!?!?」



 誰かがそう声を枯らした瞬間、



 ……ズッ!!!!!

 ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ------------------------------------ンッ!!!!!!!!



 天を衝くようにあげた脚に、ドルスコイの腹がめりこんだ。


 衝撃のあまり、俺の身体を支える軸足が、膝のあたりまで埋没した。

 本当にスライムが落ちてきたように、垂れてきた脂肪に俺の身体が包まれる。


 同じ汗ばんだ肌でも、あの時の夜に感じた誰かさんの肌とは大違いだ。

 一刻も早く離れたくて、俺はあげた脚を、押し返すように動かした。


 すると、



 ……すぽぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーんっ!!



 バルーン、再びっ……!!



「えっ……ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?



 今度は本当に天地がひっくり返ったような衝撃が、客席から起こる。

 みんな驚きすぎて、一斉に腰を抜かしてしまったようだ。



「あっ……あの技は……!?!?」



「まさかまさかまさか……まさかっ……!?!?」



 皆の気持ちをひとつにするように、ステージでひっくり返っていた実況のゴーシップが、声を振り絞る。



『あれはっ……!? かつてショウ様とドルスコイ君が相撲(そうぼく)勝負をしたときに、ショウ様が使い、勝利した技っ……!?!? 四股を踏むように掲げた脚で相手を身体を持ち上げ、空の果てまで放りなげる技っ……!! 手を使わずに投げるという、相手を完全に格下扱いにする技っ……!!』



 (しん) ・ () ・ (ばん) ・ (しょう) っ … … ! !



 そのすべてを司ることを許された、ショウ様のみが使える、あの神技(しんぎ)はっ……!!

 相撲(そうぼく)神奥義……!!



 四 皇(しこう) っ … … ! ! ! ! 



 ……ドドドドドドドドドドドドドドッ……!!!!

 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!!!



 2階、3階、4階、5階……!


 天井を突き破る音が鳴り止まない。

 降り注ぐ瓦礫の雨が止まらない。


 俺は手をひさしのようにして、上を見上げた。


 すると……人型に開いた穴が、塔の上階の天井、さらに上階の天井へと、どこまでも続いていて……。


 空を切り取ったような青空が、遠くにぽっかりと浮いていた。

次回、ドルスコイざまぁ!

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