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賢者の胆石  作者: 佐藤謙羊
第1章
54/119

54 熱い茶番

 まさに相撲の立ち会いのような、湿った肉がぶつかる音が、俺の鼻先でおこった。



 ……ドグワッ……!!

 シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーッ!!!!



 俺の胸めがけて跳び蹴りを放っていたふたつの身体が、横薙ぎの暴走列車によってかっさらわれていく。


 横から襲ってきたズングリムックは、俺ではなくてチャン兄妹に体当たりした。

 いや、敵同士だからそれは普通のことなんだが……。


 やられた兄妹のほうは、突然の横波にさられたような、思いもよらぬ表情をしていた。



「……ず、ズングリムック!?」



「ど……どうしてボクらをバンバン攻撃するんだっ!?」



 ズングリムックはなにも答えず、ふたりの身体をわしっと抱えたまま、なおもドスドスと走っている。

 その遠ざかっていく背中を見送っていると、少し遅れてもうひとりの相撲部(そうぼくぶ)ザコが俺に向かってきた。


 ズングリムックと同時にスタートしたはずなのに、こっちはずいぶん遅い到着だな。

 ぶちかましの迫力も、さっきのに比べると全然ない。


 俺はカウンター気味に、張り手で頬をはたいて、ハエのように追い払ってやった。



 ……スパァァァァァァァァァーーーーーーーーンッ!!



「でぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーっ!?!?」



『あはーっとぉ!? 相撲部(そうぼくぶ)と風神流武闘術同好会のスレイヴマッチは、いきなり大きく動いたぁ!! ズングリムック君がチャン兄妹に体当たりして、セージ君と分断! しかしセージ君も負けじとビンタで、相撲部(そうぼくぶ)の部員をひとりノックアウトぉ~! あっはっはっはっはっ!!』



 実況よりもなによりも、俺はチャン兄妹とズングリムックのほうが気になっていた。

 勝負そっちのけで、彼らの行く末を目と耳で追う。



「離せっ、ズングリムック! キミは私たちの攻撃を成功させるために、セージの気を引く役割じゃなかったのか!?」



「そうだよっ!? スグスグ離せっ! 今ならまだ、やり直しが……!」



「おいどんは、ただセージの側面に回り込んで、開始と同時にセージを攻撃せいと、ドルスコイ様から仰せつかっただけでごわすっ!!」



「だったらなぜ、セージではなく、私たちを……!?」



「おんしゃあが、ロクでもないことを考えていると、思ったからでごわすっ!! 何かよからぬことを企んでいることは、目を見ればわかったでごわす! かつて……相撲(そうぼく)にかこつけて、通行料をカツアゲしていた時の、おいどんのように……欲にくらんで、目が濁っていたでごわす!」



「うっ……!?」



「きっとその『風紀委員の証』のバッヂと引き換えに、セージを裏切るよう、そそのかされたんでごわすなっ!? そんなことは……このおいどんが許さんでごわすっ!! 相撲(そうぼく)は、世界最強の格闘技……! そんな汚いことをせずとも、セージに勝ってみせるでごわすっ!!」



「ううっ……!?」



「セージの石鹸のおかげで……おいどんは、目が醒めたでごわす! 身体だけでなく心も洗われたでごわすっ! だから今度は……おいどんの……おいどんの番でごわすっ!!」



「うわっぷ、臭いっ!?」



「どうでごわすか、おいどんの脇のニオイは!?」



 ズングリムックは脇に抱えたチャン兄妹を、荒稽古のように放り投げる。

 地面を滑ったふたりは、ヘッドスプリングで起き上がると、構えを取った。


 ズングリムックは、兄妹の表情……とりわけ瞳の光を確認してから、高らかに笑う。



「どうやら、少しは目が醒めたようでごわすな! さぁ……仕上げに、おいどんがいっちょもんでやるでごわす! ふたりして、かかってくるでごわすっ! それとも……おんしゃあの拳は、背後からでないと怖くて打てないでごわすかっ!? がっはっはっはっはっ!!」



「くっ……! 『風神流武闘術』を、これ以上、馬鹿にはさせんっ! いくぞアバレルっ!」



「うん! ガチガチいいよっ、お兄ちゃん!」



「「うおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」」



 俺が、少年漫画のようなワンシーンを眺めていると……。

 ワッと息を呑む歓声と、風を感じた。


 瞬時にバックステップで距離を取ると、眼前で、鉄壁のような巨大な(てのひら)どうしがぶつかりあい、火花散るほどの爆風がおこる。



 ……ドヴヮァァッ……!!

 シャァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!



『あはぁーーーーーっとぉ!? よそ見をしていたセージ君に、ドルスコイ君の得意技「虎だまし」が炸裂っ!! あと少しでぺちゃんこになるところでしたぁ~っ! あっはっはっはっはっ!!』



 楽しそうな実況の声と俺の身体が、突風に煽られて後ずさる。

 白虎ですら怯えさせる一撃を眼前で受けても、俺がブッ飛ぶどころか眉ひとつ動かしていないことに、観客は驚嘆していた。



「お……!? おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーっ!?!?」



「す、すげえ……!?」



「セージのヤツ、白虎だましを受けても、なんともないぞ!?」



「あの技を食らったら直撃でなくても、10(メトル)の範囲にいるヤツは、たとえモンスターでも吹っ飛ばされて気絶する……! 30(メトル)の範囲にいるヤツらですら、ビビって倒れちまうのに……!?」



 これにはドルスコイも、隈取りのぶっとい眉をひそめていた。



「グォッ……!? グォイドンの『白虎だまし』を受けても、倒れなかったヤツなど……今まで、いなかったでグォワス……! セージ、おんしが相撲(そうぼく)の秘奥義を使ったと聞いたときは、信じられなかったでグォワスが……」



 なにか能書きをタレていたが、俺は無視してヤツにすたすたと歩み寄り、樹齢を重ねた大木っぽい脚に両腕をまわす。



「だいたい今回のカラクリはわかったから、そろそろ終わりにするか。もうちょっと遊んでやってもよかったんだが……こんな茶番に付き合うほどヒマじゃないんだ。せっかくこんな大仕掛けまで用意したのに、残念だったな」



 すると、俺の頭上と観客席から、どっと笑いがおこった。



「おい、見てみろよアレ! セージのやつ、ドルスコイと組んでるぞ!?」



「でもマワシにぜんぜん届いてねぇから、脚にしがみいているよ!」



「あれじゃ本当に、相撲(そうぼく)取りにじゃれついてるちびっ子みたいだな!」



「だいいちセージのヤツ、天空の塔の最初にある、レバーですら自力じゃ倒せなかったんだぜ!」



「ぎゃははははは! そのクセして、あのドルスコイと組むだなんて、馬鹿じゃねぇか!?」



「あれじゃ、ドルスコイが片足を振り上げただけで、軽く吹っ飛ばされちまうぞ!」



「グォグォグォグォグォグォグォ……!! どうやら『虎だまし』は効いていたようでグォワスな! セージは恐怖のあまり、気が変になってしまったようでグォワス!」



 普通、これほどのデカブツを持ち上げようとするのであれば、山が揺れるような、



 ……ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォ……!!



 みたいな音や、大木がひっこ抜かれるような、



 ……メキメキメキメキィィィィッ……!!



 みたいな音がするのが、普通なんだが……。

 俺の場合は、



 ひょいっ。



 という擬音がしっくりくるくらいに、あっさりだった。

 拍子抜けするほど軽く持ち上がったので、持ち上げられた当人も、しばらくは気付いていなかった。



「300kg(キッロ)オーバーのこのグォイドンを持ち上げようなど……!! 今だかつてそんな事ができたのは、ただひとり……!! って、ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」

次回、スレイヴマッチ決着!

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